機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-13「漆黒の解放者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 受話器の向こうの相手が、恐縮した体で話してくる声が聞こえる。もう引退して久しいと言うのに、こういうところは全く変わっていない。

 

 未だに自分を慕ってくれる人間がいる事に対して、素直に喜べばいいのか、それとも呆れればいいのか、話をしている女性としては本気で悩むところである。

 

「・・・・・・そうか。じゃあ、フリューゲル・ヴィントは無事に合流したんだな? ああ・・・・・・ああ・・・・・・成程。物資も同時に補給してくれたわけか。すまない、助かるよ」

 

 それから二言三言と言葉を交わしてから、女性は受話器を置いた。

 

「・・・・・・やれやれ」

 

 大きく息を吐く。

 

 本来なら、こういう権力の使い方は彼女の好むところではないのだが、何しろ今回は急を要したのだ。背に腹は代えていられなかった。

 

 女性、カガリ・ユラ・アスハは、昔より僅かに伸ばした金髪を揺らしながら、自分の椅子に座り直した。

 

 そんなカガリの様子を見ながら、向かい側に座っている男性が笑みを含んだ声で話しかけてきた

 

「時々、アンタが敵でなくて本当に良かったと思うよ。戦闘で勝てても、別の意味では負けそうだからな」

「茶化すなよ。私だって、できればこんな事はしたくないんだから」

 

 そう言って苦笑する友人に対して、カガリは苦い顔で返事を返した。

 

 男の名はシン・アスカ。現在はオーブ軍の准将を務め、オーブ宇宙軍アグレッサーチーム隊長を務める。

 

 カガリにとっては20年来の友人であり、ヤキン・ドゥーエ戦役から一貫して最前線に立ち続けている数少ない人物である。

 

 カガリが先ほど電話で話していた相手は、オーブ軍参謀本部の高官であり、古くからアスハ家とは縁がある人物であった。カガリは彼に「お願い」して、特殊部隊フリューゲル・ヴィントの1個中隊を、北米で転戦している大和隊の増援として送り届けたのである。

 

 カガリは既に、全ての公職から引退して久しい。カーディナル戦役の後は事後処理や国政の立て直しで、尚数年の間は閣僚の座にあり続けたが、やがて1人目の子供を懐妊したのを機に引退を決意。今は家庭の主婦へとおさまっている。日常生活上は、夫でありオーブ国防大学で教鞭を取っているアスラン・ザラ・アスハの収入があるので問題は無かった。

 

 しかし、かつては「獅子の娘」「建国の母」という異名で呼ばれ、旧オーブ連合首長国最後の代表首長を務めたカガリ。多くの戦役の中でオーブの舵を握り続けてきた彼女の事を慕う人間はオーブ国内に未だに数多い。その為、今回のような無茶な頼みでもできる訳である。

 

 大和には甥のヒカルと姪のリィス、それに友人夫婦の娘であるカノンも乗り込んでいる。その事を知ったカガリは、無茶を承知で、増援の要請を軍司令部に掛けあったのである。

 

「この事、ラキヤとアリスには?」

「知らせた。2人とも居ても立ってもいられないって感じだったからな。近いうちにハワイの方に行ってみるとか言ってたな」

 

 大和の母港はハワイである。戦闘が終了したらオーブ本国よりもハワイへと戻る可能性が高い。その事を見越しての行動だと思われた。

 

「だが、無事だといいんだけどな」

 

 シンは、やや渋みを滲ませた表情で呟いた。

 

「今、北米はひどくキナ臭い感じがする」

「北米解放軍と、北米統一戦線か?」

 

 懸念の意を示すシンに対して、カガリは北米の二大反体制勢力を挙げて見せる。

 

 それらの組織が、大々的な抵抗運動を行っている事は新聞でも取り上げられている為、カガリも良く知っている。

 

 だが、シンは頷きつつも、話を続けた。

 

「それだけじゃない。例の噂、カガリも聞いてんだろ?」

 

 例の噂、と言う言葉を聞いてカガリはスッと目を細める。シンが何を言わんとしているのか察したのだ。

 

「国際テロネットワーク、か?」

 

 カガリの問いに、シンは無言のまま頷きを返した。

 

 それは、大西洋連邦が崩壊して暫くしてから、まことしやかに囁かれている噂である。

 

 旧大西洋連邦の高官、特にブルーコスモス派に属する議員や軍人が大量に地下へ潜伏し、世界中のゲリラ組織と密かに連携し、テロ支援等の活動を行っている。との事である。

 

 北米解放軍が短期間で戦備を整え、国家をもしのぐ規模に膨張したのも、そのネットワークの存在が大きかったと言われている。

 

「今の共和連合には、カーディナル戦役の頃のような勢いはない。もし、国際テロネットワークに所属する組織が一斉に攻勢に出たら、防ぎきれるかどうか・・・・・・」

「その事を考慮した上での、今回の侵攻作戦なんだろうけどね」

 

 ザフト軍が中心となって、北米解放軍の支配地域へ侵攻する作戦を計画していると言う話は、カガリも知っていた。何かと情報に事欠かないのは、元代表首長、元閣僚と言う肩書の賜物だろう。

 

 「敵の体制が整う前に」と言うのは、戦略を立てる上で基本の一つではあるが、それにしても今回の侵攻作戦は、拙速すぎるような気がしないでもなかった。

 

「オーブの方に参戦要請は来ていないのか?」

「正式には無いらしいな。ただ、北米にいる大和隊には、何らかの形で接触があるかも、って話だが・・・・・・」

 

 実際の話、参戦要請が正式に来たとしても、オーブ軍が北米に派兵している余裕はない。

 

 オーブではまず、上げられた事案に対して政府による閣僚会議が行われ、事の是非について話し合う事になる。同時に部隊の編成も行われる事になり、派兵案が可決されると同時に出撃する事になる。しかし、現在のオーブ共和国政府は穏健派によって占められているため、派兵については否定的な意見が多数に上るだろう。その議題が問われている時点でタイムリミットを迎える事は目に見えていた。

 

 時間的に間に合うとしたら、現在すでに北米にいる大和くらいの物だろう。

 

 そう言う意味でも、フリューゲル・ヴィントを送り込む事ができたのは僥倖だった。これで、万が一の場合でも対応が可能である。

 

「さて」

 

 カガリは声を上げると、立ち上がって傍らの手提げバッグを手に取った。

 

 その様子を、シンは怪訝な面持ちで見詰める。

 

「どっか行くのかよ?」

「ああ、そろそろ下の子の幼稚園が終わる時間だからな。迎えに行ってやらないと」

 

 カガリはこれでも、3人の子持ちである。1番上の女の子は13歳、2番目の男の子は8歳、そして一番下の男の子は4歳になる。

 

 因みに、シンにも男の子が1人おり、その子はカガリの長女と同い年である。

 

「何て言うか、大変だよな。家庭の主婦ってのも」

「どうって事無いさ。モビルスーツに乗ったり、政治家相手に腹黒い話をする事に比べたらな」

 

 ぼやくシンに、カガリはそう言って肩を竦める。

 

 その姿には、かつて軍や政治の一閃に立っていた頃のような鮮烈さはないが、それでも充分な幸せを掴む事ができた女の姿があった。

 

 

 

 

 

 葬列を連想させる船団が、漆黒の宇宙空間を粛々と進んでいく。

 

 そう連想させる根拠は、その群の様子に希望という言葉が一切見出せないからかもしれない。

 

 扁平な船体を持つ大型の輸送船が、舳先を連ねて航行している。

 

 中に収められているのは人間である。

 

 反逆罪、もしくは思想に問題有りとして、コペルニクスを始め月面各諸都市にて逮捕、拘束された者たち。その数は数万にも上る。

 

 その大半が、実のところ罪状が曖昧であったり、あるいは冤罪の者達である。

 

 しかし「疑わしきは罰せよ」のスタンスを持つ側にとって、罪状の有無など関係の無い話である。そんな物は後からいくらでも付け足す事ができるのだから。

 

 彼等はこれからプラントの一角へと護送される事になるが、行き先が分かっているのはそこまでである。

 

 そこから更に、船を変えて別のコロニーへと送られる。

 

 その場所がどこなのかは、誰にも分からない。先に待っている運命まで含めて。

 

 一つだけ分かっている事は、彼等には最早、希望を持つ権利すら無いと言う事だけだった。

 

 収容先のコロニーから戻って来た者は、1人もいない。故に、そこに送られると言う事は人生の終わりをも意味していた。

 

 新設部署であるプラント保安局は、強大な国力と軍事力を背景として、コペルニクスをはじめとした中立都市内部においても治安維持活動を展開している。その動きを掣肘で着る存在は、もはや地球圏には存在しなかった。

 

 護送船団を守るように、ナスカ級戦艦やローラシア級戦闘母艦、更に複数のモビルスーツが護衛している。

 

 いずれもプラント保安局に所属する部隊だが、機種はザフト軍が使っているザク、グフ、ゲルググで占められている。最新鋭機のハウンドドーガこそいないものの、収監された人々を護送する為の戦力としては、聊か過剰とも言えた。

 

 それらの機体が、巨大な輸送船の周りをゆっくりと飛び交いながら警戒を行っている。万が一、脱走者が出た場合には、彼等は猟犬の如く飛んで行って、不遜な者達へ徹底した見せしめを行う事になる。

 

 もっとも、今までそのような事は殆ど無かったのだが。

 

 囚人の側からしても、多数のモビルスーツが監視している中で脱出が可能であるとは思っていない。それ故に、船倉に閉じこもったまま震えている事しかできなかった。

 

 護送船団は、間もなく月とプラントの中間地点にまで差し掛かる。行程も残り半分である。

 

 そろそろ母艦に戻り、護衛役を後退しよう。

 

 直掩隊の指揮官がそう思って、帰還信号を発しようとした。

 

 次の瞬間、

 

 突如、縦横に撃ち放たれた閃光が闇を切り裂き、複数の機体を貫いて爆散した。

 

「な、何ィッ!?」

 

 動揺する保安局員達。

 

 まさかの襲撃。このような事は、当然ながら初めての事である。

 

 自分達に攻撃を仕掛けてくる愚か者が、まさかいるなどとは誰も思っていなかったのだ。

 

 そんな彼らの前に、

 

 炎の翼を広げたスパイラルデスティニーが、悠然と姿を現した。

 

「奇襲成功だよ。アステル、そっちをお願い!!」

《任せろ》

 

 弾むようなレミリアの声に、アステルが低く応じる。

 

 同時にもう一枚、炎が形成する翼が闇を切り裂いて飛翔する。

 

 アステルが駆るストームアーテルは、スラスター全開で突撃すると、レーヴァテインを対艦刀モードにして構え、立ち尽くすゲルググ2機を一刀の元に切り捨てる。

 

 ただちに反撃を開始しようとする保安局の機体が、距離を詰めながら砲門を開くのが見える。

 

 相手はたったの2機。数に任せた攻撃で押しつぶそうと群がってくる。

 

 その動きを見据え、レミリアはスパイラルデスティニーが持つ全火砲を展開する。

 

 バラエーナ改3連装プラズマ収束砲、クスフィアス改連装レールガン、ビームライフル2丁、そして8基のアサルトドラグーン。

 

 放たれる52連装フルバースト。

 

 その一斉射撃を前に、いかなる回避も防御も無意味と化す。

 

 正確、かつ高速の射撃は、並みいる保安局の機体を1機残らず吹き飛ばしてしまう。

 

 元々、保安局は自前のモビルスーツによる機動戦力を持ってはいるが、その任務はモビルスーツ同士の戦闘よりもむしろ、暴動の鎮圧や思想違反者の逮捕、摘発、更には間諜や防諜である。その為、対モビルスーツ戦闘のスキルは本職のザフト軍に比べてかなり低かった。

 

 アサルトドラグーンを引き戻して機体の翼にマウントすると、レミリアはビームサーベルを抜いて斬り込んで行く。

 

 残った機体が焦ったように下方を向けて攻撃を仕掛けて来るが、高機動と虚像を織り交ぜたスパイラルデスティニーに追随する事は叶わない。

 

 あっという間に距離を詰められ、次の瞬間には閃光の如き剣によって切り裂かれ爆散する。

 

 スパイラルデスティニーが飛び去った時、複数の機体が炎に包まれて爆散していた。

 

「アステル!!」

 

 更にザク1機のボディををビームサーベルで袈裟懸けに斬り捨てながら、レミリアが叫ぶ。

 

 それに答えるように、漆黒の嵐が駆け抜ける。

 

《判っている!!》

 

 アステルはスパイラルデスティニーに負けない程の機動力を発揮して加速。同時にストームアーテルの右手には対艦刀モードのレーヴァテイン、左手にはビームサーベルを抜いて構える。

 

 狙うは、船団前方を航行しているナスカ級戦艦。

 

 その前に立ちはだかったザクが2機、ゲルググが1機、ストームアーテルの存在を認めて砲火を集中させてくる。

 

 しかし、アステルは冷静な眼差しで攻撃を見詰め、最小限の動きで飛んでくる攻撃を回避していく。

 

 一切の無駄を省いた動きは、華麗さこそ欠けるものの、熟練めいた物を感じさせる。

 

 アステルはレミリアのように無限の動力を持った機体に乗っている訳ではない。節約できるところは、極力節約する必要がある。

 

 レーヴァテインを振るい右のザクを斬り裂き、左のザクはビームサーベルでコックピットを潰す。

 

 怯むゲルググ。

 

 その隙を逃さず接近。両手の剣を振るい、交差させて斬り捨てた。

 

「相変わらず、やるなァ アステル」

 

 鬼神の如き圧倒的な戦闘力で敵を薙ぎ払うアステルの様子を、レミリアは横目で見ながら感嘆している。

 

 レミリアの戦闘実力は、北米統一戦線内では「最強」と言われている。しかし、そのレミリアの目から見れば、アステルの戦闘力は「最凶」と言っても良かった。

 

 正直、まともに戦ったらレミリアでも、アステルに勝てるか自信が無い。

 

 更に、高速で進撃するストームアーテル。

 

 その段になって、ようやくナスカ級戦艦の方も自分達が危険に晒されている事に気付いたのだろう。遅ればせながら対空砲火を撃ち上げ始める。

 

 しかし、反応は圧倒的に遅い。

 

「これで終わりだ」

 

 アステルはブリッジ前まで機体を進めると、低く呟きながら大上段にレーヴァテインを振りかぶった。

 

 一瞬の間すらおかず、振り下ろされる大剣は無防備なブリッジを一瞬にして斬り裂き吹き飛ばした。

 

 離脱するアステル。

 

 そこで、残敵掃討を終えたレミリアのスパイラルデスティニーと合流した。

 

「やったね、アステル」

《ああ》

 

 喜びの色を隠そうとしないレミリアに対し、アステルは素っ気ない調子で返事を返す。

 

 アステルが感情を見せる事は少ない。そのせいで、初対面の人間には難しい性格の持ち主だと誤解される事もあるくらいである。付き合いが長いレミリアからすれば決して素っ気ないと言う訳ではないのだが。

 

 レミリアとアステルがそんな会話を交わしていると、輸送船の方から連絡が入った。

 

《こっちの制圧は完了した。よくやってくれた、ボウズ達!!》

 

 通信は、制圧部隊を指揮している、月パルチザンのエバンス・ラクレスだった。

 

 レミリアとアステルが敵の護衛を排除し、その間にエバンス達が輸送船を拿捕、逮捕された人々を奪還する作戦を提案したのはレミリアだった。

 

 コペルニクスで不当に逮捕され、連行されていく人々を見たレミリアは、どうしても見過ごす事ができず、北米に戻る前に彼等を救出する作戦を立案したのだ。

 

 作戦はシンプル。まずレミリアとアステルがモビルスーツで奇襲を掛けて敵の護衛を排除。その後、待機していたエバンス達が突入部隊として輸送船を制圧する、と言う流れだった。

 

 作戦は、立案したレミリア自身が驚くほどスムーズに運んだ。

 

 保安局の護衛部隊はスパイラルデスティニーとストームアーテルの奇襲で全滅。輸送船もパルチザンが制圧完了した。

 

《こっちも制圧完了だ》

 

 別の輸送船を制圧していたダービット・グレイからも通信が入った。どうやら、向こうも制圧作戦が終了したらしい。

 

《その・・・・・・なんだ、世話になったな》

 

 少し照れくさそうに、ダービッとは躊躇いがちに言ってきた。

 

 コペルニクスでは、レミリア達に辛辣な態度を取っていたダービットだが、どうやら今回の作戦を通して、その内面に変化が起きたらしい事が伺えた。

 

 本来なら、自分達の本筋とは関係ない救出作戦に手を貸してくれたレミリアとアステルに感謝の念が湧いているようだったが、やはり、この間は大人げない事をしてしまったと言う思いもあり、どこか照れくささもあるようだった。

 

 そんなダービットの様子に、レミリアもクスッと笑って頷きを返す。

 

 今回の作戦成功により、北米統一戦線と月パルチザンとの間の信頼、協調関係はより強固な物となったはず。これは今後も活動を進めていくうえで、必ず大きな力になる筈だった。

 

《俺達は、取りあえず月に戻って潜伏生活を続けるが、また何かあったらいつでも頼ってくれ》

「判りました。ありがとうございます」

 

 月の状況は北米大陸に比べても遜色無いくらい悪い物であると言う事が分かった。これからエバンス達はさらに苦しい戦いを強いられる事になるだろう。

 

 だが、彼等ならきっと、その苦しい戦いを生き抜いていくに違いないと感じた。

 

《さて、帰るぞ、レミル》

「うん、そうだね」

 

 アステルの言葉に頷きを返すと、レミリアは機体を反転させる。ここから先は、パルチザンが輸送船の護衛を引き継ぐことになる。2人はこのまま、待機させていたシャトルと合流して北米へ帰還する事になる。

 

 輸送船に背を向けて、飛び去って行くスパイラルデスティニーストームアーテル。

 

 しかしこの時、レミリアも、そしてアステルも知らなかった。

 

 自分達が帰るべき北米で、今、予想だにしなかった事が起きている事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小気味よい重機の音が遠くから聞こえてくる。

 

 どうやら、再建作業は既に始まっているらしい。

 

 港の中をゆっくりと進む大和の甲板で風を浴びながら、ヒカルは近付いて来るジュノーの街を見詰めてそう呟いた。

 

 襲撃部隊の撃滅、そしてデンヴァー救援を終えて、大和はようやくジュノー基地へと帰って来た。

 

 ヒカル達の活躍によって北米解放軍の部隊を殲滅した事で、共和連合軍はようやく、モントリオールからジュノーまで続く連絡線の再構築に成功し、物資や戦力を展開する事ができた。

 

 物資を基地に下ろした事で、基地の再建や戦力の展開が早速行われている。

 

 どうやら、港は最優先で修復が行われたらしく、もう既に大型船舶が停泊できるくらいの機能は回復していた。

 

 吹き抜けてくる風に身を委ねながら、ヒカルはこれからの事に思いを馳せていた。

 

 北米解放軍の襲撃部隊を排除し、ジュノー基地の再建も続いている。

 

 当初の任務が完了した以上、次はいよいよ北米統一戦線との戦いになるだろう。そうなると、当然、レミル(レミリア)との直接対決も避けられない物となる筈。

 

 しかし、

 

「・・・・・・俺は、本当に戦えるのか、あいつと?」

 

 レミル(レミリア)とのわだかまりが、未だに心の中で整理の付かないヒカルは、これから先に確実に起こる対決に対する不安が消えないまま残っていた。

 

 戦う以上、恐らくレミル(レミリア)は手加減抜きで掛かって来るだろう。それはハワイ基地でスパイラルデスティニーを強奪した時の強引な手口から考えても間違いない。

 

 それに対して、内面に不安を抱えたままの状態で、果たしてかつての相棒と戦う事ができるかどうか。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 自身の弱気を振り払うように、ヒカルは首を振る。

 

 こんな気分で戦場に赴く事なんてできない。もっとしっかりしないと。

 

 そう考えた時だった。

 

「どうしたの?」

 

 不意に声を掛けられ、ヒカルは顔を上げる。

 

 するとそこには、怪訝そうな顔でこちらを覗き込む少女の姿があった。

 

 リザ・イフアレスタールと名乗る少女は、あのデンヴァーで保護された民間人の1人である。

 

 あの後大和は、デンヴァーに残っていた民間人全員の保護を決定して艦内に収容、このジュノー基地まで護送してきた。

 

 あのままデンヴァーに居続けたら、報復として北米解放軍に何をされるかもわからない。それならばいっそ、ジュノーに収容した方が得策であると判断したのだ。

 

 住民たちは住み慣れた土地を捨てる事には抵抗を示したが、実際に自分の家族や友人が虐殺された現実を直視しては拘泥する事もできず、結局、ジュノーへの移住を決定したのであった。

 

 その中にリザと、彼女の兄の姿もあった。

 

 自分よりも小さな女の子に心配される事に対して、若干の気恥ずかしさを感じたヒカルは、慌てたようにリザから目を逸らした。

 

「な、何でもねえよ」

 

 ぶっきらぼうに、そう言うヒカル。

 

 しかし、リザはなぜか、尚もヒカルに視線を向けたまま首をかしげている。

 

「・・・・・・泣いてるの?」

「べ、別に・・・・・・」

 

 何だか、心の中を見透かされたようで、ヒカルは一瞬動揺してしまった。

 

 泣いていた訳ではない。ただ、ある意味泣きたい心境であるのは確かである。リザにはまるで、その事が分かっていて話しかけて来たかのようだった。

 

 その時、

 

「リザ、ここにいたのか」

 

 リザの兄が2人の姿を見付けて歩み寄ってきた。

 

 ヒカルよりも少し年上のこの兄は、レオス・イフアレスタールと言う。リザとは若干年が離れているためか、あまり似ている印象は無い。

 

 しかし、性格は気さくで、デンヴァーからの旅の中でヒカルとも打ち解けていた。

 

「悪いな、リザの面倒見てもらって」

「いや、俺は別に。どうせ今は非番だし」

 

 言いながら、ヒカルは笑顔で応じる。

 

 レオスたちはこれから一度、ザフト軍の当局に引き渡される事になる。そこで簡単な検査と事情聴取を受けた後、新たに市民権を発光されてジュノーの街で暮らす事になっていた。

 

 身寄りのない兄妹の事を思うと、これから先土地勘の無い場所で暮らして行く事に不安はあるだろうが、それでも、あのままデンヴァーに居続ける事に比べたら、こちらの方が幸せに思えるのだった。

 

「・・・・・・良い街だな、ジュノーは」

 

 遠くに見えるジュノーを眺めながら、レオスはポツリと呟いた。

 

 つられるように、ヒカルも再びジュノーを見やる。

 

 良い街、と言うレオスの発言には、ヒカルは全面的に賛同できるわけではない。オーブに行けば、ここよりも良い所はたくさんあるからだ。

 

 見慣れたオーブの街から比べれば、ジュノーは良く言って「寂れた漁村」と言った感じである。

 

 しかし核攻撃で壊滅し、その後もしばらく放置されていたせいで廃墟と化していたデンヴァーと比べれば、多少寂れているとは言え、街並みが整っているジュノーは確かに良い所なのかもしれない。

 

「・・・・・・・・・・・・俺がまだ子供だった頃」

「え?」

 

 突然、何かを思い出すように話し始めたレオスを、ヒカルは怪訝な瞳で見つめる。

 

 その視線の先で、レオスはどこか寂寥感を宿したような瞳でジュノーを見詰めながら語った。

 

「本当に小さかった頃、空から火が落ちてきて、この大陸を焼いて行った」

 

 それはCE78に起こった、武装組織エンドレスによる北米同時多発核攻撃の事だろう。

 

 当時ヒカルはまだ、妹のルーチェと一緒に母のお腹の中にいた為、その時の記憶は無い。しかし、今ではさまざまなメディアで取り上げられ、教科書にまで乗っている大事件である為、触れる事の出来る情報には事欠かない。

 

 当時、スカンジナビア王国の陥落と欧州戦線の決着により、戦局を優位に進めていた地球連合軍は、その余勢を駆ってオーブを滅ぼすべく大規模な侵攻作戦を行った。しかし、その作戦はオーブ軍と、同盟関係にあったザフト軍の手痛い反撃にあい失敗。地球連合の攻勢は一時的に頓挫する事となった。

 

 その直後だった。

 

 大西洋連邦軍を構成する一部の部隊が突如、「武装組織エンドレス」を名乗り反旗を翻したのは。

 

 彼等は大量破壊兵器オラクルと、それに搭載されたミラージュコロイド対応型核ミサイル・メギドを用いて北米各都市を壊滅に追いやったのだ。

 

「俺と、俺の家族は、辛うじて被害を免れた。その後、2年してリザが生まれたが、良かったのはそこら辺までだったな」

 

 その後、大西洋連邦は崩壊。それまで一等国としての地位をほしいままにしていた国が、国としての体すら成せず、様々な自治体が乱立する無政府地帯へと転落する様は哀惜も浮かぶ。

 

「俺達の家族は、野党やゲリラを避けて大陸中を転々とした。そんな中で、親父が事故で死に、おふくろも病気で・・・・・・」

 

 その後、レオスは幼いリザを抱えて北米中を旅し、ようやくの思いでデンヴァーに辿り着いたのだった。

 

 しかし、その安住の地も北米解放軍に奪われてしまった。

 

「けど、お前等のおかげでこうして、もっと安全な場所に来る事ができた。ありがとう。感謝してるよ」

「レオス・・・・・・」

 

 笑顔を浮かべるレオスを見て、ヒカルも顔を綻ばせる。

 

 自分の行動が正しいかどうか悩むヒカル。

 

 しかしこうして、イフアレスタール兄妹を助けられた事だけをとっても、自分達のやった事には意味があったのではないかと思えた。

 

 その時だった。

 

「ねえねえ、何か来るよ!!」

 

 リザに促され、ヒカルとレオスは指差した方向に目を向ける。

 

 そこには、停泊して投錨した大和を目指して走ってくる、一台のジープの姿が見えた。

 

 

 

 

 

 プラント政府派遣特別連絡官アラン・グラディス。

 

 そう名乗った青年を、シュウジ達はいぶかしげな視線で見詰める。

 

 大和の艦長室には他に、リィスとミシェルの姿もある。プラントから連絡役の人間が来る事は事前に知らされていたので、責任者の2人にも同席するようシュウジが命じたのだ。

 

 それにしてもてっきり、連絡官と言うから来るのは武官だと思い込んでいた。

 

 しかし、実際に来たのは、どう見ても文官風の、線の細い青年だった。

 

 無論、コーディネイターである為、外見で能力を判断する事は難しい。一見すると線の細い人間であっても、一騎当千の実力者である事は珍しくない。

 

 とは言え、仕立ての良いスーツを着たアランの格好は、どう見ても軍人ではない事だけは確かだった。

 

「今後、共同作戦を行うに当たり、プラント政府との連絡役は全て私が勤めさせていただきます。どうぞよろしく」

 

 丁寧に挨拶して頭を下げるアランには、悪印象を受ける要素は見られない。

 

 しかし、居並ぶオーブ軍人3人は、尚も残る不信感をぬぐえなかった。

 

 同盟関係にあるとはいえ近年、オーブとプラントの外交関係は冷却傾向にある。それを考えれば、このタイミングで連絡官を寄越すと言う事態には、聊かの勘繰りを無しとはしなかった。

 

 アランが何らかの密命を帯びて大和にやってきた可能性も否定できない。そうでなくても、アラン自身に知らされていないプラント政府の思惑があると考える事もできた。

 

「それで・・・・・・」

 

 口を開いたのはリィスだった。

 

 とにかく、追い返すわけにもいかない。どんな思惑があるにせよ、アランがここに来た目的を聞かない事には話は始まらなかった。

 

「プラント政府としては。今後、どのような作戦を考えているのですか?」

「はい。それにつきまして、皆さんに説明する為に、わたしが派遣されました」

 

 そう言うとアランは、持って来た鞄を開いていくつかの資料を3人に手渡した。

 

「ご存じの通り、現在の北米において最も警戒すべき勢力は北米解放軍です。彼の軍は、最近になって大規模な軍備拡張を行い、更に戦力が増大していると見られています。そこで我々としましては、解放軍がこれ以上膨張する前に彼等の本拠地である北米南部の拠点群を叩き、治安回復に努めたいと思っています」

「しかし、治安回復と言っても、連中の拠点は殆ど判っていないんじゃないですか?」

 

 発言したのはミシェルである。

 

 北米南部は、長く北米解放軍が実効支配し続けている状態である為、その実情に関しては殆ど情報が無い状態である。そこへ攻め込んで行くのは、いかにザフト軍と言えど無謀の極みであるように思えたのだ。

 

「それに、北米統一戦線の方はどうするんです? こっちも無視はできないと思うんですけど」

 

 リィスは自分が感じた疑問をぶつけてみた。

 

 北米解放軍を討伐するのは結構だが、その為には大半の戦力を南部に振り分けなくてはならない。当然、その間に北米統一戦線は野放しに近い状態になり、彼等の跳梁を許してしまう事になりかねない。

 

 それらの質問に対して、アランはやや困ったような顔をしながら口を開いた。

 

「私は軍事関係について本職ではないのですが、ここに来る前にモントリオールの総督府に寄って、事情を聞いてきました。それによりますと、南部地域に孫公に際しては、現地の協力者を雇い、道案内をお願いするとの事です。あと、統一戦線に対しては、一部隊を派遣して押さえにする、とか」

「・・・・・・場当たり的な作戦にも思えるんだが」

 

 シュウジは懐疑的な口調で、アランの言葉を聞き入る。

 

 ザフト軍は先日、宇宙空間で北米統一戦線の襲撃を受けて、北米に送る予定だった増援部隊に壊滅的な被害を受けている。その為、戦力の主力はモントリオール政府軍と現地駐留のザフト軍と言う事になるのだが、それだけの戦力で南部に攻め込むのは無謀なように思える。北米解放軍がどの程度の戦力を有しているのか、正確には殆ど判っていないのだから。

 

 恐らく、その戦力補充の為に、大和にも参加してほしいと言うのだろうが、話を振られたこちらとしては俄かには首肯しかねる話だった。

 

 そもそも、自分達の主敵はあくまで、スパイラルデスティニーを強奪した北米統一戦線であると言う認識が強い。それを考えれば、ここに来て再び北米解放軍を相手にするのは、不要な回り道の要にも思えるのだった。

 

 とは言え、これが共和連合として正式な要請であるなら、無碍に断る事も出来ない。

 

 ただ、その前途に感じる暗雲は、いかようにしても拭う事ができなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-13「漆黒の解放者」      終わり

 


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