機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-12「守り抜いた小さき花」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白を基調とし、胸部には燃えるような赤い装甲を持つ機体が、両手に装備した対艦刀を掲げ、倒れ伏しているセレスティを守るように立ち塞がっている。

 

 リィスやカノンの駆るリアディスと同型機で、その2番目に当たる機体。

 

 リアディス・ツヴァイ

 

 駆り手の名は、ミシェル・フラガ。元オーブ共和国軍最高司令長官ムウ・ラ・フラガ大将の長男にして、自身も既にエースパイロットとして認定を受けている青年である。

 

 20歳と言う若い年齢が齎す双眸からは、父親譲りの自身に満ち溢れた眼差しが光っているのが見える。

 

「・・・・・・ミシェル(にい)?」

 

 墜落のショックからようやく立ち直ったヒカルは、朦朧とした意識を振り払うようにして、自分を助けてくれた者の名を呼ぶ。

 

 親同士に縁があった事もあり、ヒカルはミシェルの事も良く知っている。昔から面倒見がよく、ヒカルにとって兄貴分のような人物だったが、まさかこんな、故郷から遠く離れた戦場で助けられるとは思っていなかった。

 

 そんな事を考えていると、リアディス・ツヴァイからセレスティに通信が入ってきた。

 

《ヒカル、まだ動けるか!?》

「へ?」

 

 突然の問いかけに、思わず間抜けな声を上げるヒカル。

 

 どうやら既に、ヒカルがセレスティの正式なパイロットに認定した事は、軍の中でも周知であったらしい。その為、ミシェルは迷う事無く、スピーカー越しに声を掛けてきたのだ。

 

 声に弾かれるように、慌ててヒカルは計器のチェックを行う。

 

 突然ミシェルが現れた事には驚いたが、今は戦闘中。呆けている場合ではない。

 

 バッテリー残量は、辛うじてまだ3割。推進剤は充分な量残っている。もう一会戦分としては充分である。

 

「大丈夫ッ まだ!!」

《よし、なら、こいつらの相手は俺がするから、お前は大和の方の救援に行け!!》

 

 言いながらミシェルは、両手に構えたムラマサ対艦刀を振り翳して斬り掛かって行く。

 

 ブレードストライカーと呼ばれるこの装備は、9メートル級対艦刀であるムラマサを主装備とした、接近戦強化型の形態である。火力ではファランクスに、機動力ではイエーガーにそれぞれ劣るが、その分、接近戦能力では最高クラスと言っても良い性能を実現している。

 

 スラスターを吹かし、地を蹴る赤き機体。

 

 手にした双剣は、陽光に反射して鋭い光を発する。

 

 ミシェルはリアディス・ツヴァイの両手に把持した対艦刀を振るい、ヴェールフォビドゥンに斬り掛かった。

 

 その機動力を前にして、ジーナは思わず目を剥く。

 

「こいつッ 速い!?」

 

 交差させるように振るわれた剣閃を、ジーナは辛うじて後退しながら回避。同時に誘導砲と腰のビームキャノンを展開してリアディス・ツヴァイへ撃ち放つ。

 

 近接状態。事実上ゼロ距離から放たれた三連の攻撃は、

 

 しかし、ミシェルは余裕すら感じさせる動きでもって機体を横滑りさせて回避する。

 

 驚くジーナ。

 

 ゲシュマイディッヒパンツァーで射線偏向まで行った攻撃を回避された事に、愕然とする。

 

 不可能ではないにしろ、簡単に回避できる距離ではなかったはず。それをミシェルは、いともあっさりと回避して見せたのだ。

 

 対照的に、ミシェルは不敵な笑みを口の端に刻む。この程度の芸当は、彼にとっては余技の一つ。別段、驚くには値しない事だった。

 

「これで、どうだ!!」

 

 旋回するように振るわれる斬撃が、ヴェールフォビドゥンへと迫る。

 

 洗練された剣閃が、鋭く迫る。

 

 それに対して、ジーナの迎撃は追いつかない。

 

 横なぎに振るわれた刃は、確実にフォビドゥンを斬り裂くかと思われた。

 

 しかし次の瞬間、リアディス・ツヴァイの振るった斬撃は、高空から急接近した機影によって阻まれた。

 

「そこまでにしてもらおう!!」

 

 急降下してきたゲルプレイダー。

 

 オーギュストはリアディス・ツヴァイを見据え、ツォーン、ビームガン、ビームキャノンによる一斉攻撃を敢行する。

 

「チッ そう言えばもう1機いたな。忘れてたぜ!!」

 

 舌打ちするミシェル。

 

 しかし、流石に特機クラス2機を同時に相手にするのは不利である。

 

 仕方なく、後退して距離を置こうとするミシェル。

 

 その瞬間を逃さず、オーギュストとジーナは攻勢に出た。

 

 ゲルプレイダーが背部に備えた2本のシュベルトゲベール対艦刀を抜き放ち、リアディス・ツヴァイに斬り掛かる。

 

 対抗するように、ミシェルもまた、回避行動をやめて足を止めると、ムラマサを斬り上げる。

 

 長さ的にはシュベルトゲベールの方が長いが、ムラマサはその分、小回りの利いた攻撃が可能となる。

 

 振るわれる斬撃。

 

 剣閃が交錯し、互いに機体を刃が霞める。

 

《行けッ ヒカル!!》

 

 レイダーとフォビドゥンを牽制するように剣を振るいながら、ミシェルが叫ぶ。

 

 その声に弾かれるように、ヒカルは倒れたままのセレスティを立ち上がらせた。

 

 ミシェルの言うとおり、フリーになった今の内に、大和へ戻る必要があった。

 

 8枚の蒼翼を広げ、機体を飛び上がらせるヒカル。

 

「行かせるか!!」

 

 そのセレスティに対し、背後からフレスベルクを放つジーナのヴェールフォビドゥン。

 

 閃光が、蒼翼を吹き飛ばすべく伸びていく。

 

 しかし

 

「やらせないっての!!」

 

 それを読んでいたかのように、機体を滑り込ませたミシェルは、掲げた盾でフォビドゥンからの攻撃を防ぐ。

 

 その間に戦場を離脱してひた走るセレスティ。

 

 それを見届けると、ミシェルは両手の双肩を改めて構え直す。

 

「さてと、こっからは仕切り直させてもらうぜ」

 

 不敵に言い放つミシェル。

 

 それに対して、オーギュストとジーナは苦々しい視線をリアディス・ツヴァイへ向ける。

 

「よくも邪魔をしてくれたな!!」

 

 オーギュストが咆哮を上げながらツォーンを斉射。同時にシュベルトゲベールを振り上げて斬り掛かって行くゲルプレイダー。

 

 その攻撃を、ミシェルは上昇しながら回避。同時にビームライフルを抜いて放つ。

 

 伸びる閃光は、真っ直ぐにゲルプレイダーへと向かう。

 

 しかし命中の直前、射線上にヴェールフォビドゥンが横滑りで割り込むと、ゲシュマイディッヒパンツァーを展開、リアディス・ツヴァイの攻撃を明後日の方向へと逸らしてしまった。

 

 その様子に、ミシェルは舌を打った。

 

「こりゃ、遠距離攻撃は無理があるなッ」

 

 ビームライフルをハードポイントに戻しながら、ミシェルは改めて抜いたムラマサを構え直す。

 

 元より、リアディス・ツヴァイは接近戦用にカスタマイズされている。遠距離攻撃が防がれても、何も問題は無かった。

 

 双剣を構えて向かっていくリアディス・ツヴァイ。

 

 それに対抗するように、ゲルプレイダーがシュベルトゲベールを、ヴェールフォビドゥンがニーズヘグを構えて迫る。

 

 互いの剣戟を交わしながら、3体の鉄騎が激しい攻防を繰り広げていた。

 

 

 

 

 

 尚も激しい砲撃を行うクリムゾンカラミティを相手に、リィスとカノンは自分達が追い詰められつつある事を自覚せざるを得なかった。

 

 反撃によって、いくらかのドラグーンを叩き落とす事に成功しているものの、その成果も微々たる物でしかない。現に、飛来する攻撃は聊かも衰える事無く吹き荒れている。

 

 数は力である。圧倒的な量を誇るグレムリンの数を前にして、リィスとカノンはいよいよ追い詰められつつあった。

 

 既にファランクスストライカーをパージしたリアディス・ドライは攻撃力を大幅に減じ、リアディス・アインもスラスターの一部を破損して機動力が低下している。

 

 やはり、甘い考えだったか。

 

 コックピットの中で、リィスは舌打ちする。

 

 いかに最新鋭の機体を擁しているとは言え、自分達だけで解放軍の主力部隊を相手取るには、物量が圧倒的に足りなかった。

 

「カノン、アンタだけでもどうにか逃げて!!」

 

 ビームライフルでなけなしの応戦を行いながら、リィスは叫ぶ。

 

 ドラグーンが、また1機破壊されるが、次の瞬間には3倍から4倍の火力が返されてくる。まさにじり貧だった。

 

 このまま2人で足を止めて戦っていても勝てる見込みは少ない。ならば、どちらか一方だけでも助かる道を選択する必要がある。

 

 ならば、リィスは迷う事無く自分がこの場に残って敵を足止めする道を選ぶ。

 

 カノンはまだ若い。彼女を、こんな異郷の地で散らせたりしたら、彼女の両親にも、そして死んだリィスの両親にも申し訳が立たなかった。

 

 しかし、

 

《リィちゃん1人、置いて行けるわけないでしょ!!》

 

 予想通りの言葉が、少女の口から放たれた。

 

 カノンなら、多分こう言ってくるだろうと言う予想があった。彼女の両親もかつては軍人で、戦場においては勇敢に戦ったと言う。そんな両親の気質を、カノンもまた受け継いでいる事は疑いない。そんな彼女が、リィス1人を残して撤退する事を承服する筈が無かった。

 

 しかし、状況が聊かも改善されていない事には、何ら変わりはない。このままではいずれ押し切られてしまうだろう。

 

 ドラグーンだけではなく、生き残った解放軍機も次々と戦線に加わり、リィス達に攻撃を仕掛けてきている。

 

 圧倒的な火力に押しつぶされる前に、いっそ斬り込んで活路を見い出すべきか?

 

 そう思って、リィスが背部のビームサーベルに手を伸ばしかけた、

 

 その時。

 

 突如、展開する解放軍部隊の真ん中で爆炎が踊り、吹き飛ばされる機体が相次ぐ。

 

 動揺が広がり、一瞬、解放軍の砲火が乱れる。

 

 そこへ、高空から複数の機体が急接近してくるのが見えた。

 

「あれは、イザヨイ!?」

 

 戦闘機型のモビルアーマーへ変形できる可変機構は、オーブ軍特有の物である。中でも今、解放軍に攻撃を仕掛けているのは最新鋭機のイザヨイに間違いなかった。

 

 驚いて声を上げるリィス。まさか、このような所で味方が来てくれるとは思っていなかった。

 

 戦闘機形態のイザヨイ、は急降下で解放軍の隊列に上空から接近すると、翼下のハードポイントに搭載したミサイルを発射、その勢いのまま急上昇する、と言う攻撃を繰り返して解放軍部隊を撃破していく。

 

 たちまち、戦場に炎が躍る。

 

 同時に、今まで良いようにリィス達を攻撃していた解放軍の機体が、次々と爆発、撃破されていった。

 

 予期していなかった攻撃を前に、大混乱に陥る解放軍。

 

 10機近いイザヨイは、一糸乱れぬ機動を行って解放軍を翻弄している。

 

 その千載一遇の好機に、リィスが動いた。

 

 残された推進剤を全てぶち込むようにしてスラスターを全開。尚も猛威を振るい続けているクリムゾンカラミティ目がけて突撃する。

 

 カラミティのパイロットも、突撃してくるリアディス・アインに気付いたのだろう。残ったグレムリンを全て引き寄せる形で自機の前面に展開、砲火を集中させてくる。

 

 しかしリィスは、集中される砲撃をシールドで防御しながら接近。いくつかの砲撃が霞めるのも構わずゼロの距離まで入り込むと、不要となったシールドを投げ捨てて背部に手を伸ばす。

 

 抜き放たれる2本のビームサーベル。

 

 一閃された光刃は、カラミティの手にあったビームバズーカを切り飛ばした。

 

 とっさにビームバズーカを放り投げ、距離を置こうとするカラミティ。

 

 しかし

 

「もう、一回!!」

 

 更に追撃を掛けるべく、ビームサーベルを構え直すリィス。

 

 しかし、そうはさせじと、カラミティも胸部の複列位相砲をほぼゼロ距離から発射する。

 

「クッ!?」

 

 とっさに機体を傾けて回避行動を取るリィス。

 

 カラミティの一撃は、イエーガーストライカーの翼端を削り取って行った。

 

 リアディスはバランスを崩してよろける。

 

《リィちゃん!!》

 

 それを見て援護に入るカノン。

 

 リアディス・ドライは後方からビームライフルを放ち、クリムゾンカラミティを牽制する。

 

 対してクリムゾンカラミティにパイロットは、リアディス・ドライからの攻撃をシールドで防御しながら後退していく。

 

 どうやら増援も来た事で、これ以上の交戦は不利と判断したのだろう。残った全火力を開放しながら、急速に後退していくカラミティ。

 

 それを追撃する事は、消耗著しいリィス達には不可能だった。

 

 

 

 

 

 ジェネラル・マッカーサーから連続して放たれる砲撃を、大和は回頭する事で辛うじて回避する。

 

 数発が装甲を直撃するが、全てラミネート装甲に弾かれて四散するのが見える。

 

 お返しにとばかりに、大和の方もマッカーサー目がけて前部6門の主砲を撃ち放つ。

 

 動きながらの砲撃である為、なかなか直撃弾を得られないが、それでも牽制の役には立っているらしく、どうにかこれまで致命傷を受けずに来ている。

 

 だが、大和にとって厄介なのは戦艦よりも、むしろモビルスーツの方である。

 

 グロリアス、ウィンダムを中心とした地上部隊は、相変わらず大和を取り囲むようにして並走しながら砲撃を加えてきているし、高速で飛来するレイダーの対艦ミサイルが装甲を叩いていくのが分かる。

 

 今のところ、モビルスーツの攻撃で装甲が貫通される事は無いが、対空砲やセンサーなど、一部の弱い部品には被害が出始めている。

 

 このままでは、大和は嬲り殺しにされてしまうだろう。

 

 そしてモビルスーツにばかり気が取られていると、その隙を突くようにマッカーサーが仕掛けてくる。

 

「敵戦艦正面、本艦を射程に捉えた模様!!」

 

 オペレーターの悲鳴じみた声に、シュウジが顔を上げる。

 

 そこには、主砲を大和に向けてくる敵戦艦の姿があった。

 

「回避、取り舵!!」

 

 シュウジの命令に従い、操舵手が舵輪を回す。

 

 しかし、間に合わない。

 

 大和が艦首を振り、左へと旋回し始めたところで、複数の閃光が直撃して装甲を叩く。

 

「イーゲルシュテルン、3番、5番損傷!!」

「右舷ラミネート装甲、排熱限界まであと20パーセント!!」

 

 オペレーターからの報告は、大和の損傷が確実に高まっている事を告げる。

 

 そこへ更に、高高度からレイダーが迫ってくる。どうやら、急降下で対艦ミサイルを浴びせ、そのまま勢いを殺さず離脱するヒット・アンド・アウェイを仕掛けるつもりのようだ。

 

「対空砲火ッ 撃ち落とせ!!」

 

 上部甲板上の対空砲が、唸りを上げてレイダーを撃ち落とすべく放たれる。

 

 1機のレイダーが、大和の攻撃を浴び、バランスを崩して墜落していく。

 

 しかし、残りの機体は怯む事無く迫ってくる。

 

 高速で迫るレイダーに対して、大和が空中に張り巡らせる弾幕は、殆ど用を成していない。

 

 このまま行けば、大和は上空から雨のように対艦ミサイルを浴びる事になりかねない。そうなると、撃沈までは至らずとも、相当な被害を蒙る事になるだろう。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 突如、横殴りの砲撃が飛来し、大和に対して急降下を仕掛けようとしていたレイダーの大半が一撃の元に吹き飛ばされる。

 

 その様に驚く間も無く、オペレーターの歓喜に満ちた声が響いた。

 

「セレスティです!! ヒビキ准尉が来てくれました!!」

 

 その言葉通り、フルバーストモードで砲撃を行うセレスティの姿が、モニターに映し出されている。

 

 ミシェルの援護で戦線を離脱する事に成功したヒカルは、フルスピードで駆けつけてきたのだ。

 

 解放軍の側でもセレスティの存在に気付き、慌てて目標を変更しようとしているのが見える。

 

 しかし、ヒカルの動きは彼等よりも速かった。

 

 解放軍がセレスティを目標にすべく反転する間に、次々と正確な射撃を浴びせ、撃ち抜いていく。

 

 更にヒカルは、腰からビームサーベルを抜き放つと、一気に低空まで舞い降りて地上から大和に砲撃を浴びせているグロリアスやウィンダムを片っ端から斬り飛ばしていく。

 

 端から重たい対艦装備を施して出撃してきた解放軍は、機動力を犠牲にしている状態である。そこにきて軽快な機動性で斬り込んでくるセレスティが相手では、ひとたまりも無かった。

 

 セレスティの振るう光刃を前に、次々と斬り裂かれていく。

 

 ものの数分で、戦闘力を残している解放軍機は殆どいなくなってしまった。

 

 それを受けて、シュウジは動いた。

 

 敵の機動兵器はヒカルの活躍で壊滅状態に陥り、大和を攻撃する余裕はなくしている。仕掛けるならば今だった。

 

「艦首回頭30ッ 本艦はこれより、敵戦艦に対して艦首固定砲を用いた対艦砲撃を敢行する!!」

 

 シュウジの命令に従い、大和は動き始める。

 

 長大な艦首を巡らし、ゆっくりと敵戦艦に向き直る。

 

 その間、尚も執拗に攻撃を仕掛けてくるモビルスーツは、ヒカルのセレスティが排除。その間に大和は砲撃準備を進める。

 

「エネルギー充填率120パーセント!!」

「薬室内良好。回路異常無し!!」

「陽電子チャンバー開け!!」

「チャンバー開きます。粒子加速器、全システム、オールグリーン!!」

「メインハッチ、解放!!」

 

 大和の艦首部分が開き、中から巨大な砲身が迫り出す。

 

 陽電子破城砲「グロス・ローエングリン」

 

 かつて初代大和が搭載していたバスターローエングリンに更なる改良を加え、砲身部分を倍に延長、粒子チャージャーも効率化し、事実上、ある程度なら「連射」も可能になった。口径も増大し、1発の威力も上がっている。

 

 グロス・ローエングリンの発射体勢に入る大和。

 

 その状況に気付き、敵戦艦は退避行動に入ろうとしているが、もう遅い。巨大な質量を誇る戦艦は、一度軸線に捉えてしまえば、そうそう逃げられる物ではない。

 

 その動きを、シュウジは冷静に見据えて立ち上がった。

 

「グロス・ローエングリン、発射ァ!!」

 

 次の瞬間、解き放たれる閃光。

 

 巨大な剣が大気を斬り裂いたと錯覚するほどの一撃が、敵戦艦へと降り注ぐ。

 

 閃光は、退避行動中だった敵戦艦の右舷装甲を掠めて通り過ぎていく。

 

 しかし、ただそれだけで敵艦の装甲は抉れ、内部機構にも被害をもたらしていく。

 

 煙を噴き上げて傾斜する敵戦艦。

 

 大和のグロス・ローエングリンの砲撃は、たった1発で敵戦艦に大破の損害を与えたのだ。

 

 それでも、撃沈だけはどうにか免れたらしく、よろけるように艦首を巡らせて退避していくのが見える。

 

 それに対して、シュウジも追撃は命じなかった。

 

 こちらも、あまりにも損害を喰らい過ぎてしまった。機動兵器の消耗も激しいし、万が一敵が更なる伏兵を用意していたら、下手な追撃は藪蛇になりかねない。

 

 ここは、敵の追撃よりも、味方の収容を優先すべきだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いが終わり、大和は着陸して損傷個所の修理と、機体の収容を行っている。

 

 「あえて敵の罠の中に飛び込み、これを打ち破る」と言うコンセプトのもとに発動した作戦だったが、結果的に試みが成功したとは言え、かなり危ない橋を渡った事は否めなかった。

 

 解放軍の戦力は思った以上に大きく、かつ作戦も周到だった。

 

 ミシェルが増援を率いてくるタイミングがあと少し遅ければ、大和以下部隊は全滅していたかもしれない。

 

 それを考えれば、作戦が成功したとは言え、今後に課題が残ったとも言える。

 

 そのような状況の中で、増援部隊の存在はありがたかった。

 

 今後、本格的に解放軍との戦いが行われていくに当たり、大和の現有戦力だけでは力不足である。いかにセレスティやリアディスと言った新鋭機を有しているとは言え、数の差は覆す事ができない。

 

「そんな状況だから、君達の事は手放しで歓迎したいな」

「恐れ入ります」

 

 シュウジの言葉に、ミシェルは苦笑で返した。

 

 フリューゲル・ヴィント1個中隊を引き連れてきたミシェルは、今日から大和のモビルスーツ隊所属となる。もっとも、彼は中隊を臨時に指揮して来ただけであり、以後の指揮はリィスが取る事になるのだが。

 

「それで、本国からは何か?」

 

 シュウジは、今一番気になっている事を尋ねてみた。

 

 増援を得たとは言え、尚も状況的に厳しい事に変わりはない。大和がこのまま戦い続けるにしても、何か具体的な作戦案を示してほしいところだった。

 

「それなんですが、どうやらザフト軍の方で、何か大規模な作戦を予定しているみたいなんですよ」

「ザフト軍が?」

 

 ミシェルの説明を聞いて、シュウジは訝る。

 

 正直、ザフト軍、と言うよりもプラント政府に対して、シュウジはあまり良い印象を持っているとは言い難い。それは、最近の強引な膨張政策から来ているのだが、そのザフトが動くと言う事自体に、シュウジは不安を感じずにはいられなかった。

 

 しかし、北米の管理と治安維持はプラント及びザフトの領分でもある。その観点から行けば、ここ最近、活動が活発化している北米の反共和連合勢力に対して、ザフト軍が何らかの行動を起こすのはごく自然な事なのだが。

 

「それで、本国の方からは大和に対して、現状維持とザフト軍の指揮下に入って、彼等を支援するようにとの指示が来ています」

「・・・・・・成程な」

 

 やや諦念を滲ませた嘆息をシュウジは吐き出す。

 

 今回の決定について、シュウジは正直、歓迎すべき点を見出す事ができない。ザフト軍の支援と言う事は、ようするに彼等の下につけと言う事だ。

 

 北米で活動する以上、ザフト軍と共同戦線を行うのは当然だが、オーブ軍所属の大和が、ザフト軍の指揮下で動かなくてはならない理由は無いはずだ。

 

 シュウジには、オーブはプラントの決定に引きずられているような気がしてならなかった。

 

「この件に関して近々、プラント本国から連絡役の文官が来るとの事です」

「・・・・・・厄介な奴でなければいいがな」

 

 シュウジが嘆息気味にそう呟いた時だった。

 

《艦長、お話し中失礼します》

 

 艦橋からの直通通信が入り、2人の会話は中断された。

 

《デンヴァーの調査に当たっているヒビキ一尉から連絡が入りました》

「どうかしたのか?」

 

 リィスは今、部隊を率いてデンヴァー内部の調査に当たっている。もしかしたら敵がまだ潜んでいる可能性がある。その残敵掃討を行う必要があったからだ。

 

 掃討作戦が終了したので帰還すると言う報告でも入ったのかもしれない。

 

 そう考えたシュウジだったが、実際にオペレーターから発せられた言葉はシュウジが予想した物ではなかった。

 

《それが、その・・・・・・生存者がいたそうです。民間人の》

 

 

 

 

 

 重たい扉をこじ開けると、中にいた三桁に上る虚ろな目が一斉に向けられてきた。

 

 その視線を受け、ヒカルとリィスはウッと、思わず息を呑んだ。

 

 まるで幽鬼を連想させるような無数の目には、およそ規模や輝きと言った物は感じられない。

 

 誰もが生きる事に絶望し、ただ自分達の運命を機械的に、あるいは惰性的に受け入れている。そんな感じの目だ。

 

 デンヴァーの旧繁華街と思われる地区。その一角にある建物の地下にかすかな生命反応を感知したヒカル達は、護衛の兵士達を伴って地下へとやってきたのだ。

 

 そこで見た物は、鍵のかかった地下のホールで、寄り添うように座り込んでいる多数の民間人達だった。

 

「共和連合軍の者です。皆さんの救出に来ました」

 

 そう、声を掛けるも反応は薄い。

 

 幾人かの者達が、開け放たれた扉から差し込む光を見て、眩しそうに首を動かす程度だ。

 

 その反応に、ヒカルもリィスも戸惑いを隠せない。

 

 傍らの兵士も同様らしく、困り顔を見合わせていると、不意に低い声を投げ掛けられた。

 

「・・・・・・・・・・・・どうして、もっと早く来てくれなかったんだよ?」

「え?」

 

 振り返ると、40代くらいの男が、こちらに向かって睨みつけて来ていた。

 

 明らかに込められているとわかる感情は「憎しみ」。

 

 それにつられるように、複数の人間が憎悪に満ちた視線をヒカル達に投げつけてきた。

 

 いったい何を?

 

 そう問いかけようとした時、それを制するように、しわがれた声が聞こえてきた。

 

「ここにいる者達は、皆、この街に住む、ほんの一部分じゃ」

 

 視線を向けると、杖を突いた老人がよろけるようにしてヒカル達の前に出て来た。

 

 それを見て、数人の男達が飛び出してくると、口々に「長老」と呼びながら、老人の体を支えようとする。

 

 それらを制して、老人はヒカル達の前に歩み出た。

 

「他の者は、みんな殺されてしまった。親も、兄弟も、子供も・・・・・・」

 

 老人の目が、真っ直ぐにヒカル達へ向けられた。

 

「殺した解放軍の連中は、無論憎い。しかし、それと同じくらい、早く来てくれなかったお主らの事も、儂たちは憎いのじゃ」

 

 その言葉に、ヒカルもリィスも、返す言葉が見つからず立ち尽くす。

 

 自分達にも事情があった。ここに来るまでに多くの解放軍部隊と戦い、すぐに駆けつける事ができなかった。

 

 しかし、そんな物は彼等にとって単なる言い訳に過ぎない。死んでいった者、そして大切な人達を失った者に対しては、如何なる言い訳も無意味だった。

 

 一気に険悪化する場の空気。

 

 その状況を一変させたのは、まだ幼さの残る声だった。

 

「もうやめて!!」

 

 悲痛な叫びを上げながら、小さな女の子が飛び出してくる。その背後からは、彼女の兄と思われる人物も走り出てくるのが見えた。

 

「リザ!!」

 

 名前を呼ぶ兄を振り切るようにして、リザと呼ばれた少女はヒカル達を庇うようにして、両手を広げて長老たちの前へと立ちはだかった。

 

 年の頃は、まだ10代中盤くらい。カノンと同じくらいのようにも見える。赤み掛かった短い髪と、意志の強そうに吊り上った印象的な少女である。

 

「この人たちは、私達を助けに来てくれたのよ!! それなのに・・・・・・」

「リザ、よさないか!!」

 

 兄が怒ったような口調で言うのを無視して、リザはヒカルの方へと向き直った。

 

 その顔に一瞬、気圧されるように後ずさるヒカル。

 

 しかし、少女は笑顔を浮かべてヒカルの手を取った。

 

「助けてくれてありがとう。お兄ちゃん」

「あ、ああ・・・・・・」

 

 どこか、狐につままれたような顔で少女と見つめ合うヒカル。

 

 そんなヒカルの様子を、少女は明るい笑顔で見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

PHASE-12「守り抜いた小さき花」      終わり

 




《人物設定》

ミシェル・フラガ
ナチュラル
20歳      男

乗機:リアディス・ツヴァイ

備考
ムウとマリューの長男。オーブ共和国軍中尉。父親に似て細かい事には拘らない性格だが、いざと言う時には頼れる兄貴分的な存在。ヒカルとは子供の頃からの知り合い。

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