機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-10「冥府に葬列を成す亡者」

 

 

 

 

 

 

 

 その日、アラン・グラディスの姿はプラント首都アプリリウスワンにある、最高評議会議事堂にあった。

 

 普段から若さが漲るその表情だが、今は見るからに緊張によって硬直しているのが分かった

 

 地方選出の若手議員として政権与党に名を連ねるアランだが、現在のグルック派のやり方に対して、必ずしも絶対的な支持をしている訳ではない。

 

 プラントの権威拡大を目指すグルック派のやり方は、確かに国を強くする方針である事は間違いない。そう言う意味では、決して間違っているとは言い難いだろう。

 

 しかし、それは同時に危険なやり方である事は、これまで存在する数多の歴史が証明してきている。

 

 強すぎる力は、必ず災いを呼ぶ。そして災いは己の身をも焦がす事になる。

 

 グルック派の議員たちは、自国の繁栄ばかりに目が良き、そう言った歴史の暗部を忘れているのではないか、とさえ思っていた。

 

 アラン個人としてはむしろ、数年前に他界したラクス・クラインの思想に共感を覚えている。

 

 エンドレスとの戦いが終結した後は、力ではなく融和によって、繁栄と平和を目指したラクス。そして彼女は、その理想的な世界に手が届くまで、あと少しと言うところまで来ていたのだ。

 

 その偉大性は、亡くなった今でも多くの信奉者がいる事から伺う事ができるだろう。

 

 しかし、今のプラント政府内では、ラクスの事を支持するのはご法度と言って良い。それは、アンブレアス・グルックが政権を握った際に、全てのクライン派議員が放逐された事から見ても明らかだった。

 

 故にアランとしては、ラクス・クラインに対する己の信奉は、取りあえず内に秘める以外には無かった。

 

 そんなアランの目の前に、今、現プラント最高評議会議長アンブレアス・グルックが、悠然と腰掛けて対峙していた。

 

 その圧倒的な存在感を前に、若いアランは完全に委縮してしまっている。

 

 つい先日の議会の場にあって、アランはグルックの唱える方針に対して異を唱えている。その事について、何らかの懲罰があるのではないか、と内心で恐々としているのだ。

 

 そんなアランの心情を見透かしたように、グルックはフッと笑って見せた。

 

「そう緊張する事もあるまい。私は何も、取って食おうと思って君を呼んだわけではないのだよ」

「は、はあ・・・・・・・・・・・・」

 

 アランとしては、そう答えるのがやっとの状態だった。

 

 緊張するな、と言うのがそもそも無理な話である。下級議員に過ぎないアランが、最高議長から直々に呼び出されて緊張しない方がおかしかった。

 

「今日、来てもらったのは他でもない。君にやってほしい仕事があるからなのだよ」

「仕事、ですか?」

 

 グルックの言葉に、アランは怪訝そうに首をかしげる。

 

 グルックには子飼いの議員が掃いて捨てる程居るのに、直接的なつながりの薄いアランに仕事を回す事の意味を図りかねたのだ。

 

「まずは、これを見てほしい」

 

 そう言ってグルックが差し出してきた書類を受けとり、アランは一読する。

 

 それは、何かの作戦計画書のようだった。軍事関係には疎いあアランだが、北米において大規模な軍事行動が計画されている事は知っていた。恐らく、その為の書類なのだろうと思われる。

 

「モントリオールの総督府からあげられてきた北米南部侵攻案に対し、参謀本部が具体的な作戦案を提示した物だよ」

 

 グルックの説明を聞きながら、アランは読み進めていく。

 

 現在、北米解放軍の本拠地はフロリダ半島にあると思われる。しかし、そこに至るまでにはかなりの数の防衛ラインが用意されている。

 

 北部には巨大要塞群が建設されてザフト軍の南下に備え、南部の海上には艦隊と水中用モビルスーツの大部隊が目を光らせ、水も漏らさぬ体勢を築き上げている。事実上、これらを攻略しない事には解放軍の本拠を突く事は不可能だった。

 

 そこでザフト軍参謀本部は、今回の作戦に当たって大規模な囮作戦を展開する事を提案してきた。

 

 まず、同盟軍である南アメリカ合衆国軍がフロリダ半島の対岸に集結して、北上の構えを見せる。ただし、これは囮である。装備も規模も劣る南米軍では、解放軍とまともに戦う事はできない。

 

 しかし、重要なのは南米軍の大軍が、すぐに解放軍に対して攻撃できる位置に展開する事だった。

 

 北米解放軍が南米軍へ目を向けた隙を突き、北米駐留ザフト軍、並びにモントリオール政府軍から成る共和連合軍主力が解放軍の要塞群に攻撃を仕掛けて突破、一気に解放軍の本拠地へ雪崩込むのが作戦である。

 

「お話は分かりました。しかし、これで私に何をしろと?」

 

 アランは先を促すようにして尋ねた。

 

 これ程の大作戦が展開するのは久しぶりの事だが、軍事について素人のアランが呼び出された理由がイマイチ判らなかった。

 

「現在、北米でオーブ軍の戦艦が活動しているのは、君も知っているね?」

「はい、大和の事ですね」

 

 オーブ軍所有の最新鋭戦艦である大和が、解放軍と抗争を繰り広げているのはアランも知っている。が、グルックの口から大和の話題が出て来たのは予想外だった。

 

「今度の作戦だが、大和にも参加してほしいと思っている。君には彼等に、我々の意図を伝達する連絡官として赴いてほしいのだよ」

 

 グルックの言葉に、アランは愕然とした。

 

 確かに、これまで一切連繋の無かった他国の部隊と意思の疎通を図るためには、直接連絡官を派遣する事は必要だろう。しかし、まさか政治家の自分にその話が来るとは思ってなかったのだ。

 

「しかし議長、私は軍事的な事は・・・・・・・・・・・・」

「彼のラクス・クラインも、政界に入るまでは軍に所属して活躍している。それに、今は引退していると言うが、オーブ連合首長国の最後の代表であったアスハ女史も、かつては軍に身を置いていた」

 

 アランの言葉を遮るようにして、グルックは己の言葉を続けた。

 

「これからの強いプラントを担っていくのは、君達のような若い人材だ。その為に、多くの経験を積んで学んでもらいたいのだよ」

 

 そう言って、グルックは笑みを向ける。

 

 対して、所詮は下級議員に過ぎないアランに逆らう術は無かった。

 

 

 

 

 

「あなたも、随分と人が悪い」

 

 アランが退出し、グルックだけになった部屋に、別の人物の声が響き渡る。

 

 面白くてたまらないと言った感じの声に対して、グルックもフッと笑って答える。

 

「私が言った事は真実だよ。彼にはより多くの経験を積んでほしいと思っている。その事は確かさ」

 

 グルックの言葉に、相手が苦笑するのが分かった。何を白々しい事を言っているのか、とでも思っているのだろう。

 

「それで、彼が死んじゃったらどうするつもりなのさ?」

「それなら、彼はその程度の男だったと言うだけの話だ。ラクス・クラインの信奉者が減る。そう考えれば、我々の懐は一切痛む事も無い」

 

 グルックはそう言って肩を竦める。

 

 実際、彼はアランの命など歯牙にもかけていない。自分の子飼いの議員ではない彼を、いわば「最前線送り」にした事からも、それは明らかだった。

 

 ラクス・クライン的な物は全て否定されなくてはならない。彼女に対する信奉者も、またしかり。

 

 彼女の軍縮政策に反対するグルックにとっては、それは絶対的な事だった。そう言う意味で、機会があればどんな些細な事でも利用するつもりだった。

 

 笑みが聞こえる。

 

 しかし、それに対してグルックが、何かを応える事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その基地の規模を見れば誰も、そこがゲリラの秘密拠点だとは思わないのではないだろうか?

 

 そう思わせる程に構造はしっかりとした造りをしており、集積された物資も莫大な量に上っていた。大国の持つ軍事拠点であっても、これほどの規模の物はそうそうあるまい。

 

 偽装された滑走路からは、時折モビルスーツが離陸していくのが見える。

 

 行先は北か? それとも南か? どちらかにいる敵の攻撃へと向かうのだ。

 

 北米南部には、このように要塞化された拠点群がいくつも存在している。彼等には、それらの兵力を整えるだけの莫大な資金源が存在するのだった。

 

 特にアパラチア山脈沿いに建設された「バードレス・ライン」と呼ばれる巨大要塞群は、地下構造を利用した強固な防御陣地として存在し、あらゆる攻撃を跳ね返し、かつ集積した物資と後方整備体制の恒久的な確立により、外部から一切の補給を受けずとも2年は持ち堪えられるとさえ言われている。

 

 北米解放軍は、北米の武装組織の中ではもっとも初期から活動していた組織である。

 

 事実上の母体とも言える大西洋連邦体が莫大な物量を有していた事もあり、その戦力は国家規模を遥かに凌駕している。北米解放軍は、かつて大西洋連邦が、崩壊前に所持していた資金、戦力、物資をそのまま継承して発足したという経緯がある為、これほどまでに強大な勢力を短期間で築く事ができたわけである。

 

 その気になれば北米南部に新たな国家を名乗る事も不可能ではない彼等だったが、敢えてそれを行わない理由は二つあった。

 

 まず敵対している共和連合が、彼等を正式に国家として認めない姿勢である事が大きい。

 

 北米を統治するのは、あくまでモントリオール政府と、その中心である総督府であり、それ以外の政体は一切認めない、と言うのが共和連合側の主張である。また、解放軍領土の南方に領土を持つ南アメリカ合衆国も、解放軍が国家として成立するのには強い反対の意を示している。南米側からすれば、自分達に敵対する勢力が、自分達と隣り合わせになるのはどうあっても容認できない事だったのだ。

 

 また、もう一つの理由としては彼等自身の主張にある。北米解放軍の目的があくまで「北米全土の解放」にあった事もある。彼等にしてみれば、北米大陸の一部を手に入れたところで満足する訳にはいかないのだ。

 

 そのような事情があり、現在、北米解放軍では北方にモントリオール政府軍、並びにザフト軍。南方では南米軍と対峙した状態で戦闘を続けていた。

 

 リーダーの名はブリストー・シェムハザ将軍。

 

 かつては地球連合軍の高官だったらしい彼は、その卓抜した指揮能力と大規模な兵力を駆使して、共和連合軍を相手に一歩も退かずに戦い続けてきた。

 

 同時に、今では壊滅状態にあると言われているブルーコスモスともつながりがあったとされる彼だが、真偽の程は定かではない。

 

「これで、いくつ目だ?」

 

 オーギュスト・ヴィランは、ため息交じりに数字を読み上げ、ガックリと肩を落とした。

 

 目の前の資料には、ここ数日の味方部隊の損害状況が書き記されている。わずか1週間で、被害が1か月前までと比べて3倍近くに上っているのが分かる。

 

「共和連合が新たな部隊を投入したみたいね」

「ああ。みたいだ」

 

 コーヒーを持って来てくれたジーナ・エイフラムに答えながら、オーギュストは苦い顔を作る。

 

 北米解放軍の規模からすれば、今のところまだ、損害は致命的と言えるレベルではない。

 

 しかし問題なのは、被害の殆どが北方に繰り出している遊撃部隊に集中していると言う事だった。

 

 先日の北米統一戦線の攻撃によってジュノー基地が壊滅したニュースは、解放軍でも掴んでいた。そして、同基地が北米北部の押さえとして重要な事も判っている。

 

 恐らくモントリオール政府軍は、ジュノー基地再建の為に動くだろうことも予測できた。ならば、その資材輸送を行う部隊を狙って通商破壊戦による封鎖作戦を仕掛ければ、少数の労力で敵に多大な損害を与える事も不可能ではないと判断されたのだ。

 

 北米解放軍と北米統一戦線は、連携して動いている訳ではない。それどころか状況が進めば、いずれは対決する事も互いの視野の内に入っていた。解放軍はあくまで、自分達の手で北米を開放する事を目指しているし、統一戦線の方でも、解放軍の強引すぎるやり方には賛同できないはずである。

 

 しかし将来の事はともかく、今は状況を最大限に利用しない手はないとオーギュスト達は考えた。

 

 そんなわけで、北米解放軍はジュノー基地の封鎖作戦を行っていた訳であるが、その封鎖を行う為に派遣した部隊が、次々と連絡を断っている訳である。

 

 調査に赴いた部隊の報告によれば、ウィンダム等の機体の残骸を見付けたと言っている事から、何らかの敵の襲撃を受けた事は間違いないのだが。事実上、生存者は皆無である為、何が起きたのかは全く分からない状況だった。

 

「このまま敵の攻撃が続けば、士気の低下にも影響しかねないな」

 

 簡単だと思われた北部の襲撃任務は、今や死と隣り合わせの危険な物となっている。早急に手を打つ必要性に迫られていた。

 

「その事なんだけど、これちょっと見て」

 

 ジーナはそう言うと、1枚の写真をオーギュストに示してきた。

 

 撃墜されたウィンダムの内、辛うじて生き残っていた頭部のカメラデータから抜き取られた物である。

 

 そこには、青空をバックに8枚の蒼翼を広げた機影が映り込んでいた。

 

 見覚えのあるその姿を見て、オーギュストは思わず目を細めた。

 

「これは・・・・・・あいつかッ」

 

 つい先日、太平洋上で交戦した共和連合軍の新型機。つまり、敵は例の戦艦と言う事になる。

 

 厄介な敵である。

 

 オーギュストは舌打ちする。確かに連中が相手では、少数で、しかも輸送隊相手に油断していた襲撃部隊はひとたまりも無かっただろう。

 

 だが、

 

「ジーナ、戦力を集めてくれ。それから、ジェネラル・マッカーサーは、もう使えるな?」

「ええ、技術班から、予想以上の仕上がりだって言ってきているわ」

 

 ジーナの返事に、オーギュストは面白そうに口の端を吊り上げた。

 

 狩られる側の者が、いつまでもそのままでその地位に甘んじていると思ったら大間違いである。

 

 戦場における攻守の立場など容易く逆転する物である。それはテーブルの上のカードをめくるよりも簡単に。

 

「さあ、始めるぞ。猟犬狩りを・・・・・・」

 

 そう呟いて、オーギュストは凄味のある笑みを口元に浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぞろぞろと、長い列を成して歩く人の群れ。

 

 その誰もが虚ろな目をして、重い足を引きずるようにして歩いている。

 

 その長蛇の列が構成する人の波は、複数の流れを作って、それぞれ自分達の目的地へと歩いて行く。

 

 彼等の目に希望は無く、彼等の歩む先に未来はない。

 

 ただ只管、絶望が口を開けて待っているだけである。

 

 彼等はこれから、船に乗り込む事になる。

 

 行き先は誰も知らない。

 

 ただ、僅かなりとも事情に精通している人は、口をそろえて言う。

 

 「地獄、らしい」と。

 

 彼等はこれから、どこかの隔離されたコロニーへと送られる事になる。そこで何をされるのかは分からない。ただ、一つだけ言える事は、生きて帰って来た者はいない、と言う事だけだった。

 

 まるで、亡者の群を連想させるような光景である。

 

 そんな彼らを取り囲むようにして、銃を持った兵士達が周囲を監視するようにして立っているのが見える。

 

 威圧的な兵士たちの姿は、歩く人々を委縮させるのに十分である。

 

 時折、倒れ込む人の姿も見られるが、そうした人たちに兵士は駆けより、腕を掴んで無理やり立たせ、列へと戻している。

 

 その様子を、物陰から見つめる人影があった。

 

 その人物は、上はTシャツを着込み、下は短パンを穿いている。更にキャップを目深にかぶり、薄手のコートを着込むことで、傍からは顔を確認されにくいような格好をしていた。

 

 流れて行く人の列を見やって、僅かに唇をゆがめる。

 

 その手は、ゆっくりとコートの裏側に差し込まれ、中から黒光りする拳銃を引き抜こうとした。

 

 次の瞬間、

 

 思いっきり首根っこを掴まれ、強引に物陰へと引っ張り込まれた。

 

「わわッ!?」

 

 驚いて振り返ると、そこにはよく見知った少年の顔があった。

 

「ちょッ アステル!?」

「馬鹿な事を考えるな」

 

 抗議交じりのレミリア・バニッシュの言葉に、アステル・フェルサーは素っ気無い調子で返した。

 

 そのままアステルは、レミリアの首根っこを捕まえたまま、ズルズルと引きずるようにしてその場から離れて行く。

 

「ちょッ 放してってばッ 痛い!!」

 

 強引にアステルの手を振り払うレミリア。そこでようやくアステルも立ち止まって、頬を膨らませているレミリアへ振り返った。

 

「あそこで、お前が暴れても何の解決にもならなかったぞ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 アステルの指摘に、レミリアは言い返す事が出来ずに黙りこむ。

 

 アステルの言う通りだった。いかにレミリアでも、1人であそこにいた全員を助ける事など不可能である。最悪、レミリア自身も捕まってしまう可能性の方が高かった。

 

「ここで俺達ができる事は何もない。一刻も早く地球に戻る事が先決だろう」

「でも・・・・・・・・・・・・」

 

 ことさらに冷静な口調のアステルに対し、尚も言いつのろうとするレミリア。

 

 しかし現実的な問題として、今の自分達に彼等を救う手段は無く、また救う事への意味もないと言う事は明白だった。

 

 

 

 

 

 アステルがレミリアの支援の為に合流したのは、軌道上でのザフト軍との戦闘があってから2日後の事だった。

 

 ザフト軍の降下揚陸部隊を撃破し任務を達成したレミリアだったが、その後のザフトの追及が厳しく、即座に地球へ戻る事が困難になった。そこで、事前に取り決めがされていた、月面中立都市コペルニクスへと進路を取る事にした。万が一の時は、ここに身を隠すように決まっていたのだ。

 

 そこで支援の為にやって来たアステルと合流したレミリアは、支援組織に匿われる形で、ザフト軍のマークの目が外れるのを待っている状態だった。

 

 アステルはレミリアの幼馴染であるし、何より彼女が女である事を知っている。さらに言えば戦闘力も、モビルスーツ戦闘、対人格闘共にレミリアと同等以上である数少ない人材だ。アステル以上の適役は北米統一戦線にいなかった。

 

 港を後にしたレミリアとアステルは、そのまま人の目を避けるようにして裏路地を縫いながら走り、指定された廃屋へと駆け込むと、そこから地下へともぐった。

 

 ここは支援組織がアジトに使っている地下施設への入り口を偽装した物で、一見すると路地裏でうち捨てられた廃屋にしか見えない為、当局の目を欺くには最適だった。更に、地下から直結するように、今は使われていない古い物資搬入口がある。そこに、スパイラルデスティニーと、アステルのストームアーテルが隠してあった。

 

「よう、戻ったか」

 

 2人が部屋の中へと入ると、中にいた男が手を上げて迎え入れた。

 

 エバンス・ラクレスと言う名前のリーダーは40代後半ほどと思われるナチュラルで、若い頃には軍隊経験もあったと言う精悍な顔つきの人物である。ベテラン兵士としての雰囲気は、どこかクルトと相通じるものがあるように思われた。

 

 月面におけるパルチザン組織を束ねるリーダーで、北米統一戦線とは協調関係にある為、今回、ザフト艦隊を襲撃した後に月へと逃れたレミリアの受け入れと補給を引き受けてくれたわけである。

 

 そんなエバンスの前に、アステルは粛然と、対してレミリアは憮然とした表情で腰かけた。

 

 そんな2人の対比に、エバンスは訝るように首をかしげた。

 

「どうかしたか?」

「どうもこうも無いですよ」

 

 レミリアは、ムスッとしたままエバンスに答える。

 

「港に行ってきました。あれはいったい何なんですか?」

 

 怒りをこめた調子のレミリアの言葉で、エバンスはようやく状況を察し、得心したようにうなずいた。

 

「見たんだな、あれを?」

「見ました。あれはいったい何なんですか?」

 

 強い口調で言うレミリアの脳裏には、先程見た光景が思い出されている。

 

 希望も無く、ただ機械的に足を動かして船へと乗り込んでいく人々。

 

 それを追いたてるようなザフトの兵士達。

 

 なぜ、中立都市のコペルニクスで、ザフトがあのような捕虜輸送のような真似ができるのか? 正直、そこからして分からなかった。

 

「保安局の連中だよ」

 

 そんなレミリアをなだめるように、エバンスはことさら冷静な口調で言った。

 

 保安局。

 

 聞き慣れない単語が出た事で、アステルは訝るようにして顔を上げた。

 

「保安局とは?」

「新設されたザフト軍の部署・・・・・・いや違うな。プラント内部における、まったく新しいタイプの警察機構と言って良いかもしれん。直接の命令系統は最高議長直属で、主な任務はああして、思想に問題がある連中を逮捕、連行する事だ」

 

 元々、ザフト軍は「プラント国防軍」としての色合いが強く、機能的にも軍事組織と言って差し支えが無い。

 

 しかし、今聞いた限りでは、保安局は警察、それも秘密警察的な色合いが強いように思われた。

 

「じゃあ、あの捕まった人たちはみんな、思想に問題がある人たちなんですか?」

「んな訳無いだろうが!!」

 

 尋ねるレミリアの発言に対して、返事は別の方向から返された。

 

 見れば、エバンスの仲間と思われる男が、入口の戸を開けて大股で部屋に入ってくるのが見えた。

 

 かなり大柄な男で、逆立てた髪をまとめるようにバンダナを額に巻いている。目つきは剣呑で、今にもこちらに殴りかかってきそうな勢いだ。

 

「戻ったかダービット。どうだった?」

 

 尋ねるエバンスに、ダービット・グレイは、面倒くさそうに手を振って見せた。

 

「だめだ。第15区のアジトは壊滅。メンバーは殆ど保安局に捕まったと見ていいだろう」

 

 そう言って、ダービットはがっくりと肩を落とす。

 

 警察組織として高い情報網を誇る保安局が相手では、彼等のような地下組織は対抗する事が難しい状況である。

 

 しかし、

 

「でも、何でですか? ここは中立都市ですよ。それなのに何で、プラントの組織が活動しているんです?」

 

 レミリアは先ほどから気になっていた質問をぶつけてみた。

 

 コペルニクスは国際条約で認められた、れっきとした中立都市である。本来なら、いかなる事情があろうとも大ぴらな軍事活動を行う事は許されない。例外的に一時的な港の使用等は認められているが、思想違反者狩りのような過激な行動は絶対に許可されないはずだった。

 

 と、

 

「ケッ これだから地上でぬくぬくやってる連中は、事情も何も知らないってんだ」

 

 嘲るようなダービットの発言に、レミリアはムッとしたような視線を向ける。

 

「よせダービット。地球の方には、まだ保安局は進出していないからな。知らないのも無理は無いだろ」

 

 そんなダービットをたしなめながら、代わってエバンスが説明に入った。

 

「保安局は現プラント最高議長アンブレアス・グルックが新たに作った組織だよ。君が言った通り、コペルニクスは確かに中立都市だ。しかし連中はお構いなしさ。グルックが政権を握ってからと言う物、共和連合、特にプラントのやり方を止める奴は誰もいなくなってしまったのさ」

 

 そう言って、エバンスは肩を竦めて見せた。

 

 その言葉に、レミリアは愕然とした。

 

 地上にいたのでは、確かに判らない事が多すぎたかもしれない。

 

 アンブレアス・グルックがプラントの政権を握って行こう、その強硬な政治姿勢によって、ザフト軍が大幅に増強された事は知っている。

 

 しかし、中立都市でまで強引な取り締まりをしていようとは。

 

 しかもエバンスの説明を聞けば保安局のやり方はあからさまに強引で、僅かでも思想に違反があると「疑わしい」とされた人物は、問答無用で連行されると言う。

 

 そして何より恐ろしいのは、そんなプラントの政治姿勢を、誰も非難する事ができない事である。

 

 今やプラントは、間違いなくかつての大西洋連邦をもしのぐ世界最大の国家である。その莫大な戦力を背景に行われる強硬路線は、脅威以外の何物でもない。

 

 共和連合のもう一方の雄、オーブ共和国は近年、穏健派議員が政権に着いた事もあり、プラントの強硬路線を掣肘する事ができないでいるのだ。

 

 事実上、世界はプラントの天下であると言って良かった。

 

「せめて、ラクス・クラインが生きていりゃ、ここまでひどくは無かったんだろうが」

「馬鹿言うな。あの女が今の世界の温床を作ったんだろうが。結局のところ、俺に言わせればプラントに住んでるやつは、どいつもこいつも同じ穴のムジナだよ」

 

 ため息交じりのエバンスの言葉に、ダービットは苛立ったように返事を返す。

 

 そんなやり取りを聞きながら、レミリアはスッと目を細めた。

 

 ラクス・クラインという女性がかつており、多くの紛争を終結に導いた英雄である事は、レミリアも話に聞く程度なら知っている。

 

 そのラクスも、死後は支持者と批判者によって全く別の顔を覗かせるようになっていた。

 

 ラクスの支持者は彼女を「平和の体現者」と称える一方、批判者は「稀に見る大量殺戮者」とけなす。

 

 果たして、どっちの「ラクス」が本物なのか、実際に会った事が無いレミリアには判断のしようがない。

 

 ただ、全く対照的な考えを持つらしいエバンスとダービットを見詰めながら、ある種の決意にも似た思いが、男装少女の中で浮かび上がろうとしていた。

 

 

 

 

 

「何を企んでいる?」

 

 当てがわれた部屋に戻ろうとした時、不意にアステルに背後から声を掛けられ、レミリアは足を止める。

 

 振り返れば、アステルは揺れの少ない瞳でジッと、レミリアの方を見ていた。

 

 普段表情を変える事の少ないアステルだが、レミリアには判る程度に、僅かに眉間にしわが寄っていた。

 

 明らかに疑惑の眼差しを向けてくるアステルに対し、レミリアはやや目線を下に下げながら笑みを浮かべる。

 

「企むって、人聞きが悪いよ。ボクは別に、何も・・・・・・」

「嘘だな」

 

 レミリアの言葉を、アステルはバッサリと斬り捨てた。

 

 あまりにも素早くカウンターを返された事で、さしものレミリアも、とっさに反論が追いつかず言葉を詰まらせる。

 

 とは言え、流石に付き合いが長いと、こちらの考えも筒抜けになってしまうようだ。

 

「お前の事だ。どうせ、ろくでもない事を考えているんだろ?」

「うわ、ひどッ それじゃあ、まるでボクが、いつも無謀な事ばっかりしているみたいじゃん」

 

 口を尖らせるレミリア。

 

 それに対して、アステルは僅かに目を細めて睨みつける。

 

「ハワイに潜入する時、自分1人でやると言い張ったのは、どこのどいつだった?」

「うぐ・・・・・・・・・・・・」

 

 余計な護衛やら何やらにゾロゾロとついて来られたら却ってやりにくかったので、そう言った物を全部断って、身一つでハワイ潜入をやったのは、他ならぬレミリア自身である。

 

 完全に、反論の余地は無かった。

 

 そんなレミリアの様子を見て、

 

 アステルは軽くため息を吐くと、改めて顔を上げた。

 

「それで、何を考えてるんだ?」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 どこか諦念を滲ませたようなアステルの声を聞き、レミリアも顔を上げる。

 

「どうせ、お前の事だ。止めたって勝手にやるつもりなんだろ。話くらいは聞いてやる」

 

 普段は冷静なようでいて、思い込むと猪突する癖があるレミリアの事。下手をすると自分1人で何かをやらかしかねない。それよりだったら、あくまでこちらの制御下で突っ走らせた方が得策だとアステルは考えたのだ。

 

 そんな幼馴染の様子に、レミリアは微笑を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地平線の砂ほこりが、どこか平和じみた印象を見せる。

 

 沈みかけた夕日に照らされるように、徐々にその姿も、地面の陰に消えてなくなろうとしていた。

 

 安寧を取り戻した輸送路を辿り、物資や兵力がジュノー基地への道を走っていく。

 

 ここ一連の戦闘で、北米解放軍の襲撃部隊に対し、ほぼ壊滅的な打撃を与えたと判断した大和は、進路を北に向け、ジュノー基地への帰還を目指していた。

 

 基地に戻れば、やがて来るザフト軍との増援部隊と合流する。そうなると、いよいよ北米統一戦線が根城にしているアラスカ近傍への侵攻作戦が始まる事になる。

 

 その事を考えヒカルは、尚も積る複雑な心を持て余していた。

 

「・・・・・・レミル」

 

 アラスカ近傍へ攻め込むと言う事は即ち、いよいよ親友との直接対決を迎える事になる。

 

 果たして自分は、あいつに勝つ事ができるのか?

 

 否、そもそもからして、戦う事自体できるのか?

 

「・・・・・・・・・・・・クソッ」

 

 力いっぱい、壁を殴りつけるヒカル。

 

 分かっている。あくまでレミル(レミリア)が敵になるなら、自分はあいつを撃たなくてはならない。そうでなかったらカノンやリィス。そしてシュウジを始め大和のクルーにも犠牲を強いる事になる。そんな事は絶対に許されなかった。

 

 多くの戦場を掛け抜け、数多の敵を薙ぎ倒してきた勇者であっても、自身の心の隙を突かれて敗北する事は往々にしてある。戦場における心理とは、それだけ戦いに影響を及ぼす物なのだ。

 

 ヒカルはいよいよ、自らの心に決断を強いられるところまで来ていたのだ。

 

 その時だった。

 

 突然、艦がゆっくりと艦首を回して回頭を始めた。

 

 その動きのせいで、僅かに傾ぐ床の上で、ヒカルはどうにか体重を移動してバランスを保とうとする。

 

「何だ?」

 

 明らかに進路を変えている大和。今まで西に向かっていたのに、今は完全に南へと艦首を向けている。

 

 それが何を意味しているのか、今のヒカルには知る由もなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-10「冥府に葬列を成す亡者」      終わり

 




《人物設定》

エバンス・ラクレス
45歳      男

備考
月面パルチザンを束ねるリーダー格の男。落ち着いた性格で、皆からも頼りにされる。億米統一戦線ともつながりがあり、宇宙での活動拠点が無いレミリア達を快く受け入れた。





ダービット・グレイ
38歳      男

備考
月面パルチザンに所属する男性。粗野な性格でやや乱暴な言動が目立つが、根はやさしく仲間思い。

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