機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-08「原初の中に消えた妹」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 活力に溢れた人物とは、このような存在を言うのだろう。

 

 30代後半にして見上げるような長身を持つその男は、全身から迸るような存在感を持って、円卓に居並ぶ一同を見渡している。

 

 アンブレアス・グルック現プラント最高評議会議長は、ラクス・クライン亡き後、暫くしてプラントの政権を掌握した人物である。

 

 その剛腕ぶりは就任当初から如何無く発揮され、プラントの勢力拡大、ザフトの軍備増強を政策の骨子として掲げ、失業率の低下にも繋げている。

 

 ラクスと言う光を失ったプラントに、新星の如く登場したヒーロー。次代を導くに当たって必要不可欠な存在。再び混迷をもたらした時代の中にあって、グルックこそが、プラントと言う国家をリードするのに相応しい人間であるように思える。

 

 そのグルックは最高評議会の円卓に居並ぶ閣僚達を見回しながら、重々しく口を開いた。

 

「やはり、事をオーブに任せたのは失敗だったようだな・・・・・・」

 

 手元の資料を見ながら、そのように発言する。

 

 本日の議題は、ようやく事後報告書がまとまった、先の北米統一戦線の手によるハワイ基地襲撃事件に関する事だった。

 

 この戦いで共和連合軍はハワイ駐留戦力の内、実に8割を喪失。1割も何らかの損傷を受けて、すぐには戦力化できないと言う有様だった。

 

 更に住民にも多大な被害が出た事から、ハワイの基地機能は完全に失われてしまった。復旧には恐らく、かなりの時間がかかると思われる。事実上、太平洋における制海権を失ったに等しい共和連合にとって、この事態は深刻だった。

 

 もっとも、失った戦力は全てオーブ共和国が所有する戦力であり、ザフト軍の戦力は聊かも失われたわけではない。そう言う意味でグルック達にとっては、不幸中の幸いであったとも言える。

 

 それでも、居並ぶ議員達が問題視しているのは、仮にも共和連合所属の基地が襲撃を受け、あまつさせ最新鋭の機体まで強奪された事だった。これでは、共和連合の権威は地に堕ちたに等しい。たとえしくじったのがオーブ軍であっても、問題がプラントの方にも波及する事は充分に考えられた。

 

「そもそも、私は反対だったのだ!!」

 

 閣僚の一人が、声を荒げながら立ち上がる。

 

「いかに高い技術力を誇るとはいえ、オーブなどに新型機開発を任せるなどと!!」

「然り。彼等とは10年以上前、地球連合と言う共通な敵があった時だからこそ、これまで協力体制を維持してきました。しかし、その地球連合も著しく弱体化した今、むしろオーブの存在は邪魔にすらなっています」

「軍制改革を断行し、大幅な軍備拡張が成った今のザフト軍なら、単独でも地球連合如き圧倒できる。なにも無理に共和連合の体制の維持に躍起になる事もあるまい。ましてか、今回の相手は国家ではなく、取るに足らないテロリストだ。我がザフトの精鋭なら、苦も無く勝てる相手だろうさ」

 

 他の閣僚達からも同調する声が上がる。誰もがオーブを格下に見下し、自分達こそが世界をリードする存在であると疑っていない様子だ。

 

 それらを眺めながら、グルックは顔の前で組んだ手の裏で、密かな笑みを浮かべた。自分が蒔いた種が予定通りの成長を見せている事に満足しているのだ。

 

 グルックが議長に就任してから、まず手始めに行った事は、旧クライン派議員の粛清だった。

 

 亡きラクスの意向を受け、共和連合同士の結束と融和を訴える彼等を、グルックは政界から追い出したのである。

 

 クライン派議員たちは、ラクス亡き後もしばらくの間は政権中枢にあり続け、共和連合構成各国との連携を重視する政策を維持し続けた。

 

 しかし、グルックの考えは違った。

 

 既にプラントは強大になったザフト軍の下、単独でも充分に国防を行う事ができる。のみならず、今よりもより強いプラントを目指す事も不可能ではない。そうなれば、オーブを始め他の同盟国の存在は足を引っ張られるだけで、邪魔になるだけと考えたのである。

 

 その為、グルックの議長就任から僅か3か月で、クライン派に連なる議員たちは、軒並み職を追われて野に下る事となった。

 

 そうして空いたポストには、「グルック派」と呼ばれる自分の子飼いの議員達を座らせていった。彼等はみな、グルックの掲げる富国強兵論に賛同し、今こそ「強いプラント、強いザフト」を夢見る者たちである。

 

 誰もが、自分たちならばそれも可能であると、固く信じていた。

 

 本来であるならば、次期主力機開発計画もザフト主導で行いたかったのだが、オーブがハワイの工廠提供と、技術の開示を条件にしてきたため、今回はプラントが折れる形になったのだが、その判断が仇となった形である。

 

 しかし、

 

「そう、悲観ばかりもする事は無いさ」

 

 余裕を持たせたような態度で、グルックは激高する一同を制するように言った。

 

「確かに、スパイラルデスティニーを奪われたのは痛手だったかもしれない。しかし奪っていった北米統一戦線。彼の組織が脆弱である事は、諸君も知っている事と思うが?」

 

 単一の兵器では「戦場」を支配できるかもしれないが、それだけで「戦局」を覆す事は出来ない。それは幾多の歴史が証明している。

 

 小規模勢力に過ぎない北米統一戦線が、奪ったスパイラルデスティニーを使ってできる事は、せいぜいテロ活動の拡大くらいの物だ。それで北米に駐留するザフト軍やモントリオール政府軍を壊滅させる事など不可能である。

 

「子供が出来の良い玩具を自慢げに振り回している程度の事に、いちいち考えても仕方あるまい」

 

 グルックの言葉に、幾人かの議員が失笑を漏らした。

 

 子供、つまり北米統一戦線如き矮小な存在に、大国を主導する自分達が慌てる必要は一切ないと言う訳だ。

 

 と、

 

「しかし議長。つい先日、ジュノー基地が統一戦線の攻撃を受けて壊滅したばかりです。今少し、警戒を強めてもよろしいのではないでしょうか?」

 

 まだ年若い、恐らくは20代後半ほどと思われる議員が、見計らったように発言した。

 

 一部の議員達は胡散臭げに、その青年へと視線を向ける。

 

 誰もが統一戦線の攻撃によってジュノー基地が壊滅した事を苦々しく思っている所である。青年議員の発言は、その痛いところを容赦無く突いた形だった。加えて、そう何度もあのような失態をザフトがするはずもない、という思いもある。

 

 自然、議員達が青年に向ける視線は厳しい物となる。

 

 しかし、青年議員の方はと言えば、居並ぶお歴々を前にしながら、平然として座り、身じろぎすらしていない。

 

 この青年、名をアラン・グラディスと言う。

 

 ユニウス戦役の時に活躍した戦艦ミネルバの元艦長にして、現在はザフト士官学校の校長を務めているタリア・グラディスを母に持つアランは、母の強気な資質を受け継いでおり、逆境に対しても物怖じしない性格として周囲に知られていた。

 

 そんなアランの発言に、他の議員達は激昂しかける。

 

 しかし、意外なところから、アランに対する援護射撃が行われた。

 

「君の言う事はもっともだと思う、グラディス議員」

 

 グルックは深く頷きながら、アランの顔を見る。

 

 その様子に、他の議員達の間に動揺が走った。まさかグルック自身が、消極策に対して賛意を示すとは思っても見なかったのだ。

 

 そんな彼らに納得させるように、グルックは更に口を開く。

 

「必要以上に恐れる必要はないが、油断しすぎて足元を掬われたくもない。ボヤはボヤの内に消しておかないと、いずれは全てを撒きこむ大火になりかねないからな。加えて、彼の大陸にはより大きな脅威として、北米解放軍が存在している。そちらの方もの対応も急ぐ必要があるだろうな」

「では議長、モントリオール総督府から寄せられた例の件を?」

 

 グルックが発言した内容を聞き、議員の1人が確認するように尋ねる。

 

 それに対して、深く頷きを返すグルック。

 

 北米の統括維持をプラントから任されているモントリオール政府から、近いうちに北米解放軍が実効支配する領域に対して大規模な軍事行動を起こす作戦案が上げられてきている。この際だから、そちらの作戦を実行し、禍根を一気に断とうとグルックは考えているのだ。

 

 ユニウス戦役が終結しラクス・クラインがプラントの政権を掌握して以降、長くクライン派が政権中枢を占めてきた事は、先にも話した通りである。

 

 カーディナル戦役が起こっていた頃は、それでもプラントはザフト軍に対して優先的に予算を振り分け、それが軍の強化へとつながったが、しかし、カーディナル戦役が終結した途端、ラクスは軍事予算を一挙に削減して軍縮を行った。

 

 戦争が終わり、軍が必要無くなったのだから、軍事費を削減するのは当然だと彼女は判断したのだろうが。それは大きな間違いであったと言わざるを得ない。

 

 ザフト軍が軍備縮小を行った結果、彼女が死んで世界中の反共和連合組織が一斉に蜂起した時、殆ど有効な対応をする事ができなかった。

 

 結局のところラクスが行った軍縮政策が連中を突け上がらせ、現状のように多くの勢力が乱立する状態を生んだのだと、グルックは考えている。

 

 だからこそ今、「強いザフト」を実現する為に、武威を示す時だった。そして全世界はコーディネイターの下に統治されるべきなのだ。

 

 全ては、恒久なる平和な世界の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呆然、と言う表現しか浮かばなかった。

 

 周囲には瓦礫と化した施設が散乱し、そこかしこにモビルスーツの残骸と思われる物が散乱しているのが見える。

 

 北米ジュノー基地。ほんの数日前、北米統一戦線の攻撃を受けて壊滅的な被害を蒙った基地である。

 

 元々は北米統一戦線への抑えとして北方のアラスカ近郊を警戒する為に建設された基地だったが、攻撃を受けて以後は少数の哨戒機を飛ばすのが精いっぱいの状態にまで、活動レベルは落ち込んでいた。

 

 入港を予定していた大和も、港湾機能が破壊された為に港に入る事ができず、仕方なく付近の入り江に艦を停泊させると、上陸予定人員はそこから艦載車両に乗って1時間かけて基地へ向かうと言う手間を取らざるを得なかった。

 

「ひどいもんでしたよ」

 

 やって来たシュウジ達に対して、対応した基地司令はため息交じりに、呟いた。

 

 北米統一戦線の攻撃によって、基地駐留戦力の9割を喪失。そして基地司令自身も負傷し、シュウジと対面している今も、額と腕に包帯を巻いているのが分かる。

 

「我が基地が、たった1機のモビルスーツにここまで破壊される事になるとは・・・・・・」

 

 悔しさを滲ませた基地司令の言葉を聞きながら、シュウジはその1機と言うのがスパイラルデスティニーであると直感した。

 

 北米統一戦線の所有する戦力の中には、1機でザフト軍基地を壊滅させられるだけの戦闘力は他にない。

 

 そうなってくると、ハワイでの敗北が完全に痛恨だった。あの時の戦いが、どこまでも尾を引いてしまう。

 

「それで、今後の作戦行動についてですが・・・・・・」

「残念ですが・・・・・・」

 

 尋ねるシュウジに対して、司令官は力無く首を横に振った。

 

 本来であるならこの後、ジュノー基地に駐留する戦力を糾合して、統一戦線に対する掃討作戦を実行する予定だった。大和もそのためにジュノー基地に入ったのだ。

 

 しかし、基地も戦力も壊滅した今、掃討作戦は無期限の延期を余儀なくされていた。現在ある戦力をかき集めても、スパイラルデスティニーを擁する北米統一戦線と戦うのは厳しすぎた。

 

「だが、貴艦がこの時期に来てくれたのは幸いだった」

「どういう事でしょう?」

 

 訝るように尋ねるシュウジに対して、基地司令はパネルを操作して、メインモニターに画像を呼び出した。

 

 出て来たのは北米大陸の地図。特に西海岸付近一帯を俯瞰的に撮影した物である。

 

 ジュノーより下。つまり南に位置する一点に、赤いマーカーがある事がすぐに判った。

 

「今年に入ってから、北米解放軍の活動が活発化している。連中は、復興支援が行き届いていない西海岸一帯を中心に自分達の勢力範囲を広げ、こちらの勢力圏を脅かしているんだ」

 

 司令の言葉に、シュウジは腕組みをしたまま僅かに頷いて見せる。

 

 大和も、ジュノー基地に向かう途中で解放軍の襲撃をうけた身である事を考えれば、彼等が太平洋沿岸で勢力圏を伸ばしていると言う話には信憑性があった。

 

「モントリオールから陸路を使い、基地再建の為に資材が送られてくる予定なのだが、その為の輸送部隊も解放軍の襲撃を受けて壊滅している。このままでは、我々はここで干乾しになるのを待たねばならない」

 

 敵の補給線に負担を掛けるのは、戦略の基本である。

 

 壊滅したとは言え、ジュノー基地は北部への押さえとして欠かす事ができない拠点である事に変わりはない。ザフト軍、ひいては共和連合軍としては早期の復興が望ましいのだが、しかし基地を復興する為には当然、相当な量の資材や失った物資の補給が早急に必要な訳である。

 

 北米解放軍はその泣き所を的確に突いてきた形だった。「干乾しになる」と言う司令の言葉は、全く持って正しい物だった。

 

「では、我々の任務は?」

「敵拠点を陥落してくれとは言わんが、せめて襲撃部隊だけでもどうにかしたい。やってくれるか?」

 

 同じ共和連合所属の部隊とは言え、ザフト軍の司令はオーブ軍のシュウジに対して直接命令する権限はない。その為、「要請」と言う形で頼んでいるのだった。

 

 それに対して、シュウジも深く頷きを返す。

 

 どのみち、このジュノー基地が再建されない事には、本来の敵である北米統一戦線と対峙する事も出来ないのだ。ならば先に北米解放軍を叩き、補給線を確保すべきと言う司令の意見に、シュウジも異存はなかった。

 

「了解しました。これより戦艦大和は、南部に展開する北米解放軍を排除する為に出撃します」

 

 

 

 

 

「ったく、何で俺がこんな事しなくちゃいけないんだよ」

 

 ヒカルはやる気のない手つきで操縦桿を動かしながら悪態を吐く。

 

 大和は今、ザフト軍の輸送車両に横付けされ、中から荷物が運び込まれている。

 

 統一戦線の攻撃によって基地施設に壊滅的な被害を受けたザフト軍だったが、大和が南部の鎮圧に赴くに当たり、なけなしの物資の中から融通を効かせてくれたのだ。

 

 もっとも、港に停泊していた船舶は壊滅状態である為、現在のように輸送車両で基地から陸路を使って大和が停泊している入り江まで運んでいる状態である。

 

 尚、当然ながらただの入り江にはガントリークレーンやリフト等の荷積み用の設備も無い。そこで艦載機を使い「人力」で積み込み作業を行っている訳である。

 

 ヒカルもセレスティを操縦して、ザフト軍が運んできてくれた物資を積み込んでいる。

 

 セレスティのいる場所からは見えないが、リィスとカノンも、それぞれリアディスを使って積み込み作業を行っているはずだった。

 

 と、

 

《ヒカルーッ ブー垂れてないで手ぇ動かしてよ!!》

「ヘイヘイ」

 

 通信機越しにカノンに怒鳴られ、ヒカルは渋々作業に戻る。

 

 もっとも、ヒカルとしても戦うに当たって物資が必要なのは理解している。だから、先程の不満にしても本気で言っている訳ではなかった。

 

 ただ、ままならない現状に、不満の一つも吐き出さない事にはやってられなかった。

 

《・・・・・・・・・・・・ね、ヒカル》

 

 暫く作業をつづけた頃だった。

 

 カノンが、どこかオズオズと言った調子で、ヒカルに話しかけてきた。

 

「ん、どうした?」

《やっぱさ、残念だよね。レミルの事・・・・・・・・・・・・》

 

 レミルの名前が出た瞬間、ヒカルは僅かに顔を歪ませた。

 

 既に作戦の決定は全クルーに伝えられている。だから、カノンが何を言いたいのかは、ヒカルにも判っている。

 

 せっかく北米大陸まで来て、いざ、レミル(レミリア)がいる北米統一戦線との戦闘に入ろうとした矢先に、まさかの遠回りをさせられる事態となったのだ。正直、ヒカルも忸怩たる思いがあった。

 

 手を伸ばせば届きそうなところにレミルがいる。なのに、直前でその手は大きく引き離されてしまった。そう思えば尚更である。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・言うなよ、その事は」

 

 少し不機嫌そうに、ヒカルはカノンをたしなめた。

 

 今ここで言ったとしても仕方がない事である。南部への移動はザフト軍からの正式な要請であり、艦長であるシュウジが同意した以上、ヒカル達にはどうしようもない事であった。

 

 本音を言えば、今すぐにでも艦長に直談判して来たに向かいたいところである。と言うか、士官学校にいた頃のヒカルならとっくにそうしていただろう。

 

 しかし、今それをやればリィスにまで迷惑を掛ける事になる。姉を悲しませるような事を、ヒカルはしたくなかった。

 

 いかに成績優秀とは言え、カノンはヒカルよりも年少者である。ならば、年上の人間として、ヒカルはみっともない所を彼女に見せる訳にはいかなかった。

 

《ごめん・・・・・・・・・・・・》

「いいさ。それより、さっさと終わらせて飯でも食いに行こうぜ」

 

 一転して明るい調子で言うヒカルに、カノンは苦笑する。

 

 悲しそうな顔をしていたかと思えば、こうして一転して楽しげな表情をする。

 

 まったく、この年上の幼馴染の思考回路は、単純なんだか複雑なんだか、長い付き合いのカノンにも良く判らない事が多すぎた。

 

 

 

 

 

 作業に戻ったカノンの様子を眺めながら、ヒカルは脳裏で別の事を考えていた。

 

 確かに、レミル(レミリア)の事は気になっている。早く何とかしてケリを付けたいとも。

 

 しかし、それ以上にヒカルを動かしている感情は、強い怒りの心であった。

 

「・・・・・・・・・・・・テロリスト、か」

 

 通信マイクは既にオフにしてあるので、その呟きはカノンに聞かれる事は無かった。

 

 しかし、口調からも苦い物が混じって吐き出された言葉は、ヒカルにとって原初とも言える風景から滲み出た物だった。

 

 ヒカルがまだ小学生だった頃、オーブで大規模なテロ事件に巻き込まれた事があった。

 

 その時ヒカルは、双子の妹であるルーチェと共に、両親に連れられて遊園地に遊びに来ていたのだ。

 

 事件は、その遊園地で起こった。

 

 突如、鳴り響いた園内放送。

 

 爆弾が仕掛けられていると言う内容の放送と共に、園内は大パニックに陥った。

 

 慌てて逃げようとする人々の波の押され、ヒカルとルーチェは両親からはぐれてしまった。

 

 後で知った事だが、その時、警察当局が派遣した爆発物処理班が、必死になって爆弾解体作業を行っていたらしい。

 

 しかし、そんな努力をあざ笑うかのように悲劇は起こった。

 

 轟音と共に炎が巻き起こり、衝撃波が周囲一帯を薙ぎ払う。

 

 まだ逃げ遅れている人々がいるにもかかわらず、それらも巻き込んで蹂躙されていく。

 

 ヒカルも例外ではなかった。

 

 まだ幼く、小さな体は爆風に翻弄され、空中に大きく投げ出された。

 

 遊園地の惨劇として、今もオーブでは悲しみと共に語り継がれているこの事件だが、ヒカルにとってはもう1つ、人生において忘れる事の出来ない痛恨事として脳裏に焼き付いている。

 

 爆風で吹き飛ばされたヒカルだったが、たまたま植え込みの中に体が落下した為、軽傷を負う程度で命は助かった。

 

 起き上がったヒカルが見た物は、まさに地獄の現出と言っても過言ではない光景だった。

 

 それまで華やいだ楽しげの雰囲気であった遊園地の光景は一変し、炎と破壊とによって薙ぎ払われていた。

 

 来客者に楽しさを提供する為の遊具は軒並み破壊され、瓦礫の山と化している。

 

 そして、その周囲には折り重なるようにして倒れている人の群れ。

 

 大人も、子供も、倒れている者達はピクリとも動かない。

 

 その時のヒカルには判らなかったが、後に、あれらの人間の命が、既に失われていたのだと言う事が分かった。

 

 ヒカルが初めて「人の死」に直接触れた瞬間であり、同時に初めて見た地獄の光景だった。

 

 そして、

 

 気が付いた時、しっかりと手を握ったはずの妹の姿がどこにも無かった。

 

 ヒカルは必死に周囲を探し回ったが、ルーチェの姿はどこにも無かった。

 

 やがて、さ迷い歩いていたヒカルを見付けた母が駆け寄ってきて抱きしめてくれたが、それすら気付かない程、その時のヒカルはただルーチェのみを追い求めていた。

 

 やがて、ルーチェは爆発の衝撃に巻き込まれて死んだと言う事にされ、ヒカルも両親からそう聞かされた。

 

 遊園地の爆破テロ。

 

 そしていなくなった妹。

 

 その2つの事柄が、ヒカルの中で大いなる感情の渦を形成し、その事がテロリストに対する憎しみを醸成していた。

 

 だが、そんなヒカルでも、親友がテロリストであったと言う事には複雑な感情を抱かずにはいられない。

 

 騙されていた、裏切られたと言う怒りはある。

 

 しかしそれでも、士官学校にいた1年間、レミル(レミリア)と共にあった友情を、偽りの物だとは思いたくないと思っている自分がいる事に、正直なところヒカルは内心でひどい驚きを感じていた。

 

 この1年間。レミル(レミリア)とは、本当にうまくやれていたと思っている。多少の意見の違いからぶつかり合う事はあったが、親友として、そして相棒として、誰よりも互いを信じあえたと思っていた。

 

 今、ヒカルの中で、テロリストに対する憎悪と、親友に対する友情と言う矛盾した感情がせめぎ合い、相克し合っている状態だった。

 

 だからこそ、もう一度レミル(レミリア)に会って、事の真偽を確かめようと思っている。そうでなければ、ヒカルは己の中にある矛盾に耐え切れず、いずれ押し潰されてしまう事だろう。

 

 それが今、ヒカルを突き動かしている最大の原動力と言っても過言ではなかった。

 

 大和への物資搬入作業は、その後もしばらくの間続けられたが、やがて予定の物資を搭載し終えてザフト車輛が基地に戻るのを確認した後、大和もエンジンに灯を入れ、ゆっくりと入り江を後にしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その報せが北米統一戦線の司令部にもたらされたのは、彼等が次の作戦行動について協議を重ねている時だった。

 

 ジュノー基地を叩いた事で、当面の安全と補給線の確保に成功した北米統一戦線は、今後の作戦方針について、2つの意見が出されていた。

 

 1つはこのまま防御に徹し、力を蓄える。スパイラルデスティニーを奪取したとは言え、北米統一戦線が寡兵である事に変わりはない。無理な力攻めは避け、防御に徹する事で状況の変化を待つと言う物。

 

 これは、確実さと言う面で考えれば上策であると言える。一定以上の戦力を保持しし、敵軍に対して脅威であり続ける事で、自らの存在感を誇示し続ける事は立派な戦略の一つである。

 

 ただし、この策にはいくつか欠点があって、まず長期的に防御に徹すると言う事は、組織内でも厭戦気分が蔓延し、士気が低下する恐れがある。兵士の士気と組織内の綱紀を維持するには、出戦する事も必要なのである。

 

 そしてもう一つは、単純に戦力差の問題。

 

 時間が経てば、共和連合軍が増援を呼ぶ事は目に見えている。統一戦線も少しずつ戦力の増強は行っているが、それでもザフト軍が本気でつぶしにかかって来ればひとたまりも無かった。

 

 では逆に、積極的な攻勢に出ればいいかと言われれば、それも懐疑的にならざるを得なかった。

 

 戦力的に劣る統一戦線には正面切って共和連合軍と戦うだけの戦力は無い。現状では首都モントリオールまで攻め込む事は不可能に近かった。

 

 やはりここは、従来通りのゲリラ戦で対応していくしかないか、と思われた。

 

 考えが覆ったのは、その報告が齎されてからだった。

 

「・・・・・・ザフト軍が大規模増援部隊の降下揚陸作戦を画策中、か」

 

 報告分を読んだクルトが、苦い表情のまま沈黙した。

 

 この場には他にも、レミリア、アステル、イリアが顔を連ねているが、どの表情にも明るい色は無い。それだけ、事態は容易ならざるものであると言えた。

 

 敵は宇宙からやって来る。これは完全に、クルト達の予想外の事だった。てっきり、敵は地上から来ると思っていたのだ。

 

 報告によれば、敵の大規模増援部隊は直接アラスカ近傍に降下、その後は北米統一戦線に対して掃討作戦を実施するとの事だった。

 

「作戦開始は、いつ?」

「もう間もなくだそうだ。既に月基地には、ザフト軍の大艦隊が集結中らしい」

 

 レミリアの質問にクルトは答える。

 

 もし敵の降下を許せば、その時点で北米統一戦線の壊滅は確定してしまうだろう。大兵力を至近に展開されては、防ぐ手だではなかった。

 

「何とか、宇宙にいるうちに叩く。それしか無い」

 

 壁に寄りかかったまま聞いていたアステルが、断定するように呟いた。

 

 地球に降下されてからでは遅い。ならば、宇宙にいて相手が油断している隙に叩いてしまおう、と言う訳だった。

 

「でも、そう簡単に言うけど。うちの戦力じゃ、宇宙での作戦は無理よ」

 

 イリアがやんわりと、アステルの意見を否定する。

 

 北米統一戦線は一応、独自のシャトル発着拠点を押さえている為、宇宙と地上の往来自体は可能である。しかし、それで送れる積み荷の量はごく少数であり、とても、ザフトの大艦隊を迎撃するだけの戦力を展開する事はできない。

 

 完全に袋小路だった。

 

 どうあっても、ザフト軍の侵攻を阻止する手立てが思いつかない。

 

 最悪、現在の拠点を放棄して逃走するしかないか?

 

 そう考えた時、レミルは眦を上げてクルトを見た。

 

「ボクが行く」

「レミル?」

 

 レミリアの発言に、隣にいたイリアが驚いたように顔を上げた。

 

「ボクがデスティニーで宇宙に上がって、ザフト軍を押さえる。その間にみんなは、地上で防御陣地を構築して」

 

 スパイラルデスティニーの性能なら、攻め寄せてくるザフトの大艦隊とも互角に戦えるはず。と言うのがレミリアの考えだった。

 

 どのみち、少数の戦力しか送れないのなら、最強戦力を送るしかない。その間に防御陣地の構築ができれば、再度のザフト軍侵攻にも耐えられるだろう。

 

「確かに、それなら抑えられるかもしれないが・・・・・・」

「ダメよ、そんなの!!」

 

 アステルの言葉を遮るように、イリアがレミリアに詰め寄った。

 

「1人で艦隊を押さえるなんて、そんな無茶な事、あなたにさせられないわよ!!」

 

 両親がすでに他界しているせいか、レミリアに対してはいささか過剰とも言える保護欲を発揮するイリアは、そう言って強硬に反対する。

 

「でも、お姉ちゃん・・・・・・」

「何か、他に方法がある筈よ。レミルが、そう何でもかんでも1人で背負い込む必要なんて無いわ」

 

 決めつけるように言って、イリアはレミリアの意見を封じようとする。

 

 確かに、先のジュノー基地襲撃作戦にしても、レミリア1人が基地に突入して敵を壊滅させている。

 

 最強戦力だからと言って、毎回のようにレミリアに負担ばかりかける事はクルト達にとっても本意とは言えない。

 

 しかし、だからと言って代替案などそうそう転がっている訳でもない。

 

 一同は頭を抱えたまま、その後も延々と議論を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 その日も、彼等にとっては楽な任務を送るだけの筈だった。

 

 司令部から受けた命令は、モントリオールからジュノーへ向かう共和連合軍の補給部隊の捕捉、撃滅だった。

 

 荒野で待ち伏せて、偵察班から連絡があり次第出撃。そして徹底的に破壊し尽くした後は、そのまま退避行動を取る。と言うのが一連の流れである。

 

 正直、これほどスリルがあって、かつ面白い任務は他にない。

 

 敵は無力な補給部隊。勿論、護衛は付いているがそう多くはないのが常だ。せいぜい、射的ゲームのモブキャラぐらいの脅威にしかならない。

 

 護衛を排除した後は、お楽しみの狩りの時間となる。

 

 逃げ回る敵を圧倒的な戦力で追い回してたっぷりと恐怖を味あわせた後、一息に吹き飛ばしてやる。

 

 少し焦らして、希望を見せてやるのがポイントだ。

 

 「もしかしたら助かるかもしれない」と考えれば考える程、獲物は生にしがみつこうとして必死になる。

 

 そうして希望が見えかけた瞬間を狙って、ライフルで吹き飛ばしてやる瞬間は、正に快感と言って良かった。

 

 この日もそうだった。

 

 既に護衛のモビルスーツは排除し、残っているのは輸送物資を満載したトラックのみ。これを撃滅すれば任務完了となる。

 

 輸送トラックは右に左にと目まぐるしく進路を変え、どうにかして難を逃れようとしているのが見える。

 

 失笑してしまう。あんな動きでモビルスーツから逃げられると、本気で思っているのか?

 

 まあ良い。そろそろ、苦しみから解放してやろうじゃないか。死と言う解放感と共に。

 

 そう思い、照準を合わせた。

 

 次の瞬間、

 

 突如、閃光が斜めに駆け抜けて行った。

 

 驚く一瞬。

 

 次の瞬間、聞き慣れない警報と共に、コックピットパネルの一部が赤く明滅しているが見えた。

 

 部位欠損。ライフルを持っていた右腕が、いつの間にか肘から先が無くなっている。

 

 驚きと共に振り返る。

 

 最後に見た物。それは、視界いっぱいに広げられた8枚の蒼翼だった。

 

 次の瞬間、長大な剣が袈裟懸けに繰り出され、機体を真っ二つに斬り裂いて行った。

 

 踊る爆炎。

 

 同時に、セレスティはティルフィング対艦刀を構え直し、その長大な刃を振り翳す事によって、他の解放軍機を威嚇する。

 

「これ以上、好きにはやらせないぞ!!」

 

 そのコックピットの中で、ヒカルは敢然とした叫びを上げた。

 

 

 

 

 

PHASE-08「原初の中に消えた妹」      終わり

 




《人物設定》




アンブレアス・グルック
コーディネイター
42歳     男

備考
現プラント最高評議会議長。ラクスから続いて、2代後の議長となるが、彼が就任すると同時にプラントは再び軍拡、対外強硬路線に政策を転換、手始めに北米をプラント統治下に置くべく兵力を送り込んでいる。その剛腕ぶりはプラントの新たなる指導者として支持を集めている。





アラン・グラディス
コーディネイター
27歳     男

備考
タリア・グラディスの息子。プラント評議会下院議員。まだ年若いが、母親に似て気骨のある性格で、言うべき事はハッキリ言う人物だが、普段の物腰自体は和ら悪人当たりが良い。

※年齢に関しては、正確な資料が無いので独断です。

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