機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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FINAL PHASE「そして明日へと続いていく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチャ、と言う小気味いい音と共に、カップがソーサーに戻される。

 

 もっとも、そのカップは元より、飲んでいる本人も実は実体では無く、精巧なホログラフ映像なのだが。

 

 飲んでいる本人がどの程度のうまさを感じているかは判らないが、それでも満足そうな表情を浮かべているから良い事にした。

 

「て言うか、こんな所で油売ってて良いの、ラクス?」

《油を売っている訳ではありませんわ。こうしている間にも、情報へのアクセスは継続中です》

 

 呆れ気味に尋ねたラキヤ・シュナイゼルに対し、ラクス・クラインはニッコリと微笑んだ。

 

 戦争が終結して、1カ月が経過しようとしていた。

 

 最終決戦の地となった要塞から名前が取られ「ヤキン・トゥレース戦役」と名付けられたこの戦いは、CE以後に行われたどの大戦よりも規模が大きく、また、その分謎が多い物となった。

 

 特に、PⅡと呼ばれた国際テロネットワークの首謀者が介入した結果、彼の死亡により闇の中へ埋没してしまった真相も多く、その解明は急務となっていた。

 

 ターミナルの運営をキラ達に任せたラクスの今の役割は、そうした戦争の裏側における真相究明がメインとなっていた。

 

 それはさておき、

 

「この記事は、見た?」

《・・・・・・ええ》

 

 ラキヤが示した新聞の記事を見て、ラクスも頷きを返す。

 

 先の戦争以後に発足したプラント政府は、逮捕したアンブレアス・グルックに対する戦争裁判を開始していた。

 

 前プラント最高評議会議長をプラントの市民が裁く異例の裁判が、いよいよ始まろうとしているのだ。

 

 これに先立ち、旧グルック派と呼ばれる者達の処遇も進められている。

 

 グルック政権の象徴とも言うべき存在だった「プラント軍」は解体され、精鋭部隊だったディバイン・セイバーズと悪名高き保安局は解散。特に保安局の方は、過去の悪行の数々が次々と明るみに出た事で大量の逮捕者を出していた。

 

 彼等の多くは裁判で有罪が確定し、ある者は収監、またある者は、遥か木星圏の開発事業に労働要員として飛ばされた。

 

 そのような中で始まるアンブレアス・グルックの裁判には、多くの者達が注目を寄せていた。

 

「これから、どうなるんですかね、ラクス様?」

 

 そこへ、新たにコーヒーを淹れて持って来たアリス・シュナイゼルが会話へ加わった。

 

 戦争は、確かに終わった。一応の首謀者であるグルックも逮捕され、裁判に掛けられようとしている。

 

 世界が、一つの区切りを迎えた事だけは間違いない。

 

 しかし、これで全てが終わるとは、到底思えなかった。

 

《判りません》

 

 それに対して、ラクスもまた顔を俯かせて返事をする。

 

《ただ、わたくし達にできる事を、その時その時でこなしていく以外に、無いのかもしれません》

 

 かつて、ラクスはギルバート・デュランダルに対し、平和とはその時代時代の人間が積み重ねていくものだと語った事がある。

 

 ならば、今この状況も同様に、自分達が平和を得るために努力を重ねていくしかないと考えるのだった。

 

 

 

 

 

 久しぶりに降り立ってみると、オノゴロ国際空港は相変わらずの賑わいを見せていた。

 

 一度はプラントに占領されたのだから、ある程度閑散としている事を予想していたのだが、これは良い意味で裏切られた感じである。

 

 アスラン・ザラ・アスハは重い荷物から手を離し、息を付いた。

 

 プラント軍に占領された際、当時は発足したばかりだった自由オーブ軍の手引きで脱出して以来だから、実に3年ぶりとなる帰還である。

 

 第1の故郷であるプラントも、アスランにとっては大切な場所である事は間違いないが、やはり、家族の待つオーブは別格だった。

 

「さて、みんなは?」

 

 アスランは左右を見回して、見慣れた人影を探す。

 

 今日帰る事は伝えてあるので、迎えに来てくれている筈なのだが。

 

 その時、

 

「父様―!!」

 

 ひどく懐かしさを感じる声。

 

 振り返るアスラン。

 

 そこには、愛しい我が子が、転がるように走ってくる光景があった。

 

「リュウ!!」

 

 アスランは両手を広げると、駆け寄ってきた末の息子を抱き上げる。

 

「大きくなったなッ 元気にしてたか?」

「うん!!」

 

 元気いっぱいに頷くリュウ。

 

 そこへ、もう1人の息子、ライトが歩いて来るのが見えた。

 

「おかえり、父さん。お疲れ」

「ああ、ただいま」

 

 そう言うとアスランは、片腕でリュウを抱きながら、ライトの頭を撫でてやる。

 

 アスランが旅立つ前は、やんちゃボウズ丸出しと言った感じの長男だが、あれから思うところがあったのだろう。少し、落ち着いた印象を受ける。

 

 ちょうど、代表首長として慣れない仕事に精を出していたカガリに似ている気がする。

 

 そして、

 

「おかえり、アスラン」

 

 最愛の妻が、優しく声を掛けてきた。

 

 振り返るアスラン。

 

 そこには、カガリ・ユラ・アスハが柔らかい微笑と共に、夫を迎えていた。

 

 先日、正式な国民投票による次期大統領選出選挙が行われ、オーブ政府は正常な機能を回復しつつある。

 

 そこで、戦時即応状態だった臨時政府は解体され、カガリもまた、一般市民の主婦へと立場が戻っていた。

 

 アスランはリュウを床に下ろすと、カガリをそっと抱き寄せた。

 

 3年ぶりに感じる妻の温もりに、アスランの中で安堵感が広がる。

 

「ただいま、カガリ。苦労を掛けたな」

「お前こそ、大変だっただろ」

 

 しばし、抱擁を交わすアスハ夫妻。

 

 そこでふと、アスランは1人足りない事に気が付いた。

 

「そう言えば、シィナはどうしたんだ?」

 

 しっかり者の長女の姿が無い事に、アスランは怪訝な面持ちになる。

 

 それに対し、

 

 カガリは頬を掻きながら苦笑する。

 

「あ~ 実はな、アスラン。シィナの奴・・・・・・・・・・・・」

 

 そう切り出すとカガリは、驚愕の事実を口にした。

 

 

 

 

 

 3機のイザヨイが、編隊を組んで飛翔して行く。

 

 既に戦後の軍縮を見据え、再編を進めているオーブ軍だったが、未だに世界には侵略戦争を諦めていない国家も多い。

 

 特にアジア方面では、ユーラシア連邦と東アジア共和国の国境紛争が激化しつつあり、それに伴う被害も拡大している。

 

 オーブ軍の一部も難民救助等に駆り出されている現状、軍の状態を平時の形態に移行させつつ、必要な再編成が行われるという作業が、同時並行で急ピッチに行われていた。

 

 とは言えオーブもまた、先の大戦で多くの兵力を失っている。再編成と一言で言っても、なかなかうまくいっていないのが現状だった。。

 

 そこで期待されるのが、新進気鋭の若き担い手達だった。

 

 今も、そうした訓練のさ中である。

 

 しかし、

 

 見ていると、先導する隊長機に比べ、後続する2機はフラフラと危なっかしい飛行を続けている。更に、急加速する隊長機に対して明らかな遅れが目立ち始めていた。

 

「何をしているッ 編隊を崩すな!!」

《《は、はいッ!!》》

 

 たちまち隊長から叱責の声が飛び、新人隊員2人は慌てて速度を上げて追いついてくる。

 

 その様子を確認しながら、編隊長を務めるミシェル・フラガはフッと笑みを浮かべた。

 

 彼は今、大戦中の活躍を買われ新人教育を務める教官役を務めている。

 

 一時は記憶を失って北米解放軍と行動を共にしていたミシェルだが、その後の審議によって、彼に落ち度は無かったと判断され、原隊復帰を認められていた。

 

 戦争は終わった。

 

 だが、既に次の戦火は見え始めている。

 

 早くヒヨッコの新人達を一人前に鍛え、オーブを背負って立つ人材に鍛える事が、ミシェルにとっての急務だった。

 

「今日は後3セット残っているッ へばっている暇は無いぞ!!」

《《はいッ!!》》

 

 ミシェルの叱咤に、荒い息の交じった返事が返る。

 

 今見ている2人は、新人達の中でも特に有望株の者たちだ。

 

 1人はシィナ・アスハ、そしてもう1人がショウ・アスカ。

 

 それぞれ、英雄の子供達である。

 

 勿論、今の彼等は親達に遠く及ばない。

 

 だがいずれは、彼等が親達に代わって、彼等が国の守りを担う事になるだろう。

 

 その時の為に、彼等を徹底的に鍛えると決めていた。

 

「行くぞ、さあ、着いて来い!!」

《《はい!!》》

 

 声を上げると同時に、3機のイザヨイは速度を上げて蒼穹を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

「司令、お茶が入りました」

「ああ、すまない」

 

 コトリと音を立てて机の上に置かれたカップには、程よい香りのする紅茶が注がれている。

 

 淹れてくれたナナミ・フラガに対し、シュウジ・トウゴウは笑顔で謝辞を述べる。

 

 ここは、彼らにとって慣れ親しんだ戦艦大和の艦橋ではない。

 

 先の大戦の功績によって昇進を果たしたシュウジは、本国防衛の要である北部アカツキ基地司令に転任を命じられていた。

 

 事実上、本国北方守備の総責任者に抜擢された形である。

 

 戦争が終わったとは言え、北米にはまだ、プラント軍の残党が残っており、彼等は時節を見て蠢動を開始すると見られている。

 

 その事を考えれば、オーブ軍は実績のあるシュウジを防衛責任者に据える事で、有事に備える腹積もりであった。

 

 だが、そんな殺伐とした中、ナナミもまた、転任願いを司令部に提出し、シュウジの副官という形で着任していた。

 

 ナナミは大和時代、操舵手を務めると同時にシュウジの秘書も務めており、正に阿吽の呼吸が判る仲である。

 

 今やシュウジにとって、ナナミの存在は単純な副官以上に重要な存在になっていた。

 

「部隊の再編状況はどうなっている?」

「はいっ 今日の午後、新規編成された部隊が本土から到着予定になっています。それらを組み込む事で、予定の兵力が揃う事になります」

 

 アカツキ基地は、大戦末期のプラント軍の攻撃で壊滅的な被害を受けている。現状の防衛戦力は、必ずしも万全とは言い難い。

 

 シュウジの着任後、防衛施設等は最優先で再建を行ったが、新規の部隊だけは本国からの補充がない事にはどうにもならない。

 

 その待望の部隊が、ようやく到着するらしかった。

 

「よし」

 

 書類を閉じて、シュウジは立ち上がる。

 

「基地内の巡察を行う。着いてきてくれ」

「はいっ」

 

 颯爽と歩きだすシュウジ。

 

 その背後から、ナナミは頬を紅潮させて従った。

 

 

 

 

 

 歌が終わった後も、コンサート会場は熱狂の渦に包まれていた。

 

 壇上に立ったアイドルは、皆の声援に包まれながら、舞台裏へと戻ってくる。

 

 ヘルガ・キャンベルは、プラントへは戻らず、母子ともどもオーブに定住して生きていく道を選んだ。

 

 大戦末期、オーブ軍が実施した情報戦、プロパガンダ放送に従事したヘルガは、いわばプラントの敗北に間接的に関わったと言える。

 

 そのヘルガがプラントに戻れば、どのような仕打ちが待っているか判った物ではない。

 

 その為ヘルガは、このオーブにて市民権を取得し、再びこの地で芸能活動を始めたのである。

 

 ただし、故郷への帰還を諦めた訳では、決してない。

 

 今は無理でも、いつの日か必ず、母を連れてプラントへ戻る。その事は、ヘルガの中で悲願となりつつあった。

 

 と、

 

「お疲れ様」

 

 舞台袖に入ったヘルガを、彼女の友人にしてアシスタントを務める少女が出迎えた。

 

 リザ・イフアレスタール。

 

 いや、リザ・アルスターは、ヘルガに飲み物を渡してニッコリと微笑みを向けた。

 

 戦争が終わった後、リザは軍を辞め、ヘルガのアシスタント見習いとして、ミーアが社長を務める会社に就職していた。

 

 リザにとって軍には、悲しい出来事が多すぎた。

 

 何より、兄を失った事がリザにとっては大きかった。

 

 最後まで己の目指す物を掴む為に戦った兄、レオス。

 

 だが、兄は同時に、リザを守るためにも戦ってくれた。

 

 ならばリザは、その兄が残した遺志を継ごうと思った。

 

 すなわち、アルスター家の再興である。

 

 何も軍に身を置き、戦うばかりが家の再興ではない。

 

 こうして市井に身を置き、自分にできる事をコツコツとやって行く。それこそが、リザの選んだ「戦い」だった。

 

 そして、そんなリザの夢を応援しているからこそ、ヘルガも彼女をアシスタントに任命したのだ。

 

「さて、じゃあ、次の予定は?」

「この後、ドラマの撮影にCMの打ち合わせ、それが終わったら、夜には社長との会食だね」

 

 テキパキと予定を読み上げるリザ。

 

 そんな頼れる相棒に対し、ヘルガは笑みを向けるのだった。

 

 

 

 

 

 外部での戦闘は既に終結し、戦いはコロニー内部に移りつつあった。

 

 しかし尚も、敵は激しい抵抗を示し、討伐に参加した部隊の苦戦は続いている。

 

「これで6か所か。連中は一体、いくつ保有していたんだ?」

「判っているだけで、あと9個。こりゃ、年内には終わらんな」

 

 舌打ち交じりに発せられたイザーク・ジュールの言葉に、ディアッカ・エルスマンもまた、溜息交じりに返す。

 

 2人は今、部隊を率いて旧保安局所属の収容コロニーの一つに対する制圧任務を行っていた。

 

 グルック派が隠匿して所有していた収容コロニーは、実に40近くを数えており、その全ての制圧を行う事には多大な困難を伴っていた。

 

 グルックの逮捕と同政権の崩壊により、事実上、彼の配下だった「プラント軍」は解体され、新たに自由ザフト軍を中心とした新生ザフト軍が発足、プラント本国ならびに周辺地域の治安維持、及び不穏分子の取り締まりを行っている。

 

 今回の任務も、その一環だった。

 

 解体されたとは言え、旧プラント軍、特に保安局やディバイン・セイバーズの残党の中には、未だにグルックを慕い、中には彼の奪還を企てている者も少なくない。

 

 イザーク達は、それらの対応に追われていた。

 

 それだけ、グルックの残した傷跡は大きいと言える。

 

 もっとも、それらに関わる全記録を取得できたのが、PⅡが最後に残していったデータのお陰であるという点は、皮肉以外の何物でもないが。

 

「さて、俺達も勤労精神に勤しむとしますかね」

「そうだな。子供達ばかりに負担を負わせるのも、情けない話だ」

 

 そう言うと、頷き合うイザークとディアッカ。

 

 今、コロニー内では彼等の子供達が奮戦を続けている。

 

 全盛期は既に過ぎたとはいえ、まだまだ、彼らに負けるつもりは2人ともなかった。

 

 

 

 

 

 潮騒の音と共に、心地よい風が吹いて来る。

 

 その風に誘われるように、レイ・ザ・バレルは目を覚ました。

 

 身体を包み込む倦怠感が心地よく、もう少し眠っていたいと言う欲求があったが、誰かが部屋の中に入ってくる気配を感じ目を開ける。

 

「気分はどう、レイ?」

「悪くない」

 

 見下ろして尋ねてくるルナマリア・ホークに、レイは微笑を返しながら言った。

 

 ここはオーブの片隅にある、小さな海沿いの家である。

 

 今、2人はここに同棲する形で暮らしていた。

 

 ヤキン・トゥレース攻防戦が終わった後、2人はキラに許可を貰ってターミナルを除隊した。

 

 既にレイの体は限界に達しており、これ以上の軍務には耐えられないと判断した為だった。

 

 2人にはカガリを通す形で、このオーブに住む家を貰い、こうして暮らしていたのだ。

 

「何だか、不思議な感じだ」

「何が?」

 

 机の上の花瓶を整理しながら、ルナマリアはレイの呟きに反応する。

 

「俺が、こうして穏やかな時間を過ごせる日が来るなんて」

「あ、それは、あたしも同じこと考えてた。本当、時間がゆっくり進むって不思議だよね」

 

 約四半世紀に渡って戦場を駆け抜けてきた2人にとって、こうして穏やかな時の流れに身を任せる事は、却って違和感を感じるのだった。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・悪くない」

 

 レイは、ルナマリアに聞こえないくらいの声音で呟いた。

 

 今ある穏やかな時間。それは間違いなく、自分やルナマリアが戦って勝ち取った時間である。そう考えれば、とても価値ある存在に思えてくるのだった。

 

 かつて、レイが父とも心酔したギルバート・デュランダルもまた、こうした時間を得るために戦ったのかもしれない。

 

 ルナマリアを見て、レイはフッと笑みを浮かべる。

 

 自分には、あとどれくらいの時間が残されているかは判らない。

 

 だが、こうして戦友と2人、穏やかに過ごしていくことができれば、ただそれだけで幸せな事だと思った。

 

 

 

 

 

 吹きすさぶ猛吹雪の中、少女は歩き続けていた。

 

 もう、どれくらい、歩き続けた事だろう?

 

 時間の感覚はとっくに失せており、それすら判らなかった。

 

 既に体力は限界に達し、いつ倒れてもおかしくは無い。

 

 どんなに衣服をかい込んでも、身を切る寒波は容赦なく体を凍らせていく。

 

 行く当てなど無い。元より、この世界に身寄りなど無い身である。

 

 ただひたすらに、

 

 ただ黙々と、

 

 思考を止めて歩き続ける。

 

 一緒に戦った仲間達が、あの後どうなったかは、判らない。

 

 恐らく、多くがあの戦いで命を落とした事だろうが、それでも、うまく逃げ切ってくれていれば、あるいはまだ、どこかで生きているかも知れなかった。

 

 もっとも、少女にとっては最早、どうでも良い言なのだが。

 

 尚も、歩き続ける。

 

 既に脚先の感覚は無いに等しく、体温は1寸刻みに削り取られていく。

 

 このままでは、いずれ死んでしまうだろう。

 

 だが、それで構わない。

 

 これは、罰だ。自分が犯した罪に対する。

 

 自分は死ななくてはならない。

 

 それも、出来るだけ苦しんだ末に。

 

 そうでなければ、世界中で死んでいった人たちに対して申し訳が立たなかった。

 

 やがて、そんな少女の苦行を見かねたのか、天が慈悲を与える。

 

 遠くなる意識。

 

 風の音すら、もはや聞こえなくなりつつある。

 

 自分の体が、雪の上に倒れ込んだ事だけは、どうにか認識できた。

 

 ああ、これで、やっと・・・・・・・・・・・・

 

 そこで、少女の意識は途切れた。

「ハッ!?」

 

 一瞬にして覚醒した意識が、クーヤ・シルスカの魂を現実世界に引き戻した。

 

 起き上がると同時に自分がベッドに寝かされていた事に気付く。

 

「・・・・・・・・・・・・ここは?」

 

 周囲を見回しても、見覚えのある風景ではない。

 

 しかし、

 

 久しぶりに感じるベッドの感触が、疲労しきった体に至上の安らぎを与えていた。

 

 今時珍しい薪ストーブの齎す温もりが、死にかけていたクーヤの体を優しく温めていた。

 

 徐々に覚醒する意識の元、周囲を見回してみる。

 

 部屋の調度品も質素だが落ち着いた印象があり、家主の控えめな性格を現しているかのようだった。

 

 唯一、壁際の戸棚いっぱいに本が並んでいる事が印象的である。

 

 その時、扉が開いて、1人の女性が室内に入ってきた。

 

「あっ」

 

 女性はクーヤの顔を見るなり声を上げると、慌てた廊下へと引き返して行った。

 

「あなた、あの子が目を覚ましたわよ!!」

 

 彼女が、自分をここまで運んでくれたのだろうか?

 

 そんな事を考えていると、女性の声に導かれるようにして彼女の夫と思われる男が部屋の中へと入ってきた。

 

 恐らく、歳は40歳前後と思われるが、人のよさそうな大人しい顔つきの男性である。

 

「お、目を覚ましたか。驚いたよ、君はあの猛吹雪の中、殆ど雪に埋もれた状態で倒れていたんだからな」

 

 どうやら、倒れていたクーヤを発見して、ここまで運んできたのは、この男性だったらしい。

 

 彼の説明によると、倒れているクーヤを見付けると、大急ぎで自分の家へと運び、それから医者を呼んで、栄養を与えられ、どうにか持ち直す事に成功したとか。因みに今は、クーヤが拾われてから三日後であるらしい。

 

「何で、あんなところで倒れていたんだ? 見たところ旅行者って感じでもなさそうだし」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 男の質問に対し、クーヤは沈黙で答える。

 

 事情が分かると同時に、腹立たしさが込み上げてくる。

 

 まったくもって、余計な事をしてくれた。

 

 自分はあのまま死ぬつもりだったのに。

 

 どうせもう、この世界に未練なんて無いのに。

 

 死のうとして死にきれなかった。その悔しさが、否応なく込み上げてくる。

 

 その時、先程の女性が、手に湯気の立つ皿を持って部屋に入ってきた。

 

「さあ、起きたなら少しは食べないと。身体が弱っちゃうからね」

 

 小さなテーブルをしつらえて、そこに皿が置かれる。

 

 皿の中には、湯気の立つシチューが盛られ、美味そうな匂いをたてている。

 

 しかし、

 

 クーヤは、その皿に手を付けようとしない。

 

「どうした? 遠慮はしなくていいんだぞ」

 

 怪訝そうな表情をしながら、男性もクーヤを促す。

 

 しかし、死のうと思っていたところを助けられた反発心故に、どうしても夫妻の好意を素直に受け取る気にはなれなかった。

 

 と、

 

 ク~~~~~~~~~~~~

 

 可愛らしい音が、クーヤのお腹から聞こえてきた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 たちまち、顔を真っ赤にするクーヤ。

 

 死のうと意気込んでいる真っ最中にも、馬鹿正直な反応をする自分の体が恨めしかった。

 

 そんなクーヤの頭を、女性は優しく撫でる。

 

「遠慮しなくて良いのよ」

 

 促されるまま、スプーンを取って、皿の中のシチューを恐る恐る口に運んだ。

 

 途端に、乾ききっていたクーヤの心を満たすような、温かさが魂の底まで染み渡ってくる。

 

 涙が、自然と零れる。

 

 生きている。

 

 ただ、それだけの事が、これ程素晴らしいとは思わなかった。

 

 後の事は、何も覚えていない。

 

 ただ、貪るように、クーヤは出された食事を食べて行った。

 

 

 

 

 

 

 砂を蹴り上げて、男は歩く。

 

 結局また、生き残ってしまった事を自嘲気味に感じながら。

 

 笑ってしまう。

 

 今の自分ほど滑稽な物は、他に無いだろう。

 

 あれだけ滾っていた衝動は、嘘のように消失し、後にはただひたすら空虚な脱力感だけが残っていた。

 

 これが、テロリストのなれの果てだと思うと、情けないと呆れるべきか。

 

「あいつも、こんな感じだったのかね?」

 

 誰にともなく、尋ねるように呟く。

 

 あいつに対する恨みは無い。

 

 そもそも、私怨から戦ったわけではないし、何より、人生で同じ相手に二度も負ければ、流石にたくさんだった。

 

 自分も、いい加減歳を取ったと言う事だろう。

 

「さて、これからどうすっかな」

 

 呟いた時だった。

 

 がさっと言う物音と共に、小柄な人影が目の前に飛び出してきた。

 

「お、お金と食べ物があったら、全部置いて行け!!」

 

 汚い身なりの少年である。

 

 襤褸と見紛わんばかりの布を羽織り、小さな手には錆びたナイフを握っている。

 

 笑ってしまう。これで追剥のつもりらしい。

 

 だが、

 

 男はスッと目を細め、少年を見る。

 

「ちょうど、あの頃のあいつと同じくらい、か」

 

 かつて、共に戦っていた頃のあいつ。

 

 目の前の少年は、ちょうど同じくらいの年齢だった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 黙って踵を返す男。

 

「お、おいっ 聞こえないのかよ!!」

 

 少年は、慌てて追いかけようとする。

 

 それに対し、男は振り返らずに言う。

 

「興味があるなら、着いて来い。飯くらいなら、食わせてやる」

 

 そう言うと、足を止めずに歩き出す。

 

 果たしてどうなるか?

 

 そう思っていると、ややあって小さな足音がついて来るのが聞こえた。

 

 その音を聞きながら、フッと笑みを浮かべる。

 

 ほんの気まぐれだったが、これもまた、運命を変えた事になるのかもしれない。

 

 果たして将来、この少年は世界を滅ぼすテロリストになるか、あるいは世界を救う英雄となるのか。

 

 それは、男には判らなかった。

 

 

 

 

 

 

「ちょと、これ、変じゃないよね!? 変じゃないよね!?」

「だから、大丈夫だって、何回も言ってるでしょ」

 

 何度も服装のチェックを求めてくるリィス・ヒビキに対し、アラン・グラディスは苦笑気味に返事をする。

 

 いつに無く慌てた調子のリィス。

 

 そんな彼女の反応も新鮮で面白いのだが、流石に過剰反応し過ぎだと思う。

 

 まあ、リィスの気持ちも判らないではないが。

 

 今日、アランはリィスを両親に引き合わせる予定である。そしてそこで、正式に結婚の許可をもらうつもりだった。

 

 父は大丈夫だろう。元々穏やかな性格をしているし、リィスの事もすぐに気に入ってくれるはず。

 

 問題は母である。

 

 軍人の母は厳しい性格の持ち主である。果たして、リィスの事を苛めないか心配なのだ。

 

 などと言う事を冗談交じりに言ったら、リィスは完全にビビッてしまっていた。

 

 ちょっと、やりすぎたか、と今は後悔している。

 

「大丈夫だよ、母さんも優しい人だから」

「・・・・・・ほんとに?」

 

 伸ばしたアランの手を、リィスはオズオズと言った調子に掴む。

 

 見つめ合う2人。

 

 自然と、互いに微笑みをかわし合う。

 

「行こうか」

「ええ」

 

 そう言うと、2人は手を繋いで歩き出した。

 

 

 

 

 

 視界が切り替わる。

 

 その瞬間、自分が「入った」事を自覚した。

 

 軽い酩酊感が脳に叩き込まれ、めまいにも似た感覚が齎された。

 

 この辺は、今後の改良ポイントだろう。

 

 そんな事を考えていると、意識が徐々に落ち着いて来るのが判った。

 

 目を開く。

 

 そこには、

 

 愛しい少女が佇んでいた。

 

「ヒカル」

「レミリア・・・・・・」

 

 ヒカル・ヒビキとレミリア・クラインは、互いの名を呼び、そっと手を伸ばす。

 

 触れ合う手と手。

 

 その掌に感じる、確かな温もり。

 

 ヒカルは今、間違いなく、レミリアの温もりを感じ取っていた。

 

 次の瞬間、

 

 どちらからともなく、互いを抱きしめる。

 

「信じられない、こんな事、できるなんて」

「ああ、俺もだよ」

 

 そう言うと、2人は互いの唇を重ね合った。

 

 唇にも、互いの感触が伝わってくる。

 

 夢でも、幻でもない。

 

 否、その表現は間違いである。

 

 ある意味これは夢であり、幻であり、決して「現実」ではない。

 

 だが、感じる互いの温もりは、間違いなく「現実」の物だった。

 

 

 

 

 

 機器の接続を解除すると、同時にヒカルは瞼を開ける。

 

 すると、目の前には笑顔を浮かべたカノン・シュナイゼルの姿が立っていた。

 

「どうだった?」

「ああ、問題ない。もう少し改良する部分もあるけど、充分に実用レベルだよ」

 

 そう言ってヒカルは、たった今まで自身を接続していた機器を見上げた。

 

 これは、苦心の末にヒカルが父の協力を得て実用にこぎつけた機器である。

 

 実体のないホログラフに過ぎないレミリアとは、現実世界で触れ合う事はどうしてもできない。

 

 当初はクローンを作り、そこにレミリアの意識を転写する事も考えていた。技術が進み20年前に比べてテロメア問題もだいぶ改善されてきている事を考えれば、悪いアイデアではないと思ったのだ。

 

 しかし、クローンはどこまで行ってもクローンに過ぎない。いかにCE現代の技術を持ってしても、人間の体をゼロから作り、そこへ別人の意識を転写する事は不可能だった。

 

 だが、そこでヒカルは発想を転換した。

 

 現実世界で触れ合う事ができないのなら、仮想世界ではどうだろうか、と。

 

 専用の仮想空間を作り、そこにレミリアのデータをインストールする。そして更に、現実世界の人間の意識も転送する事で条件を同じくする事ができる。

 

 こうする事によって初めて、ヒカルはレミリアと「触れる」事に成功したのだった。

 

 確かに、レミリアには実体は無い。

 

 しかしこれで、いつでも彼女と触れ合う事ができるようになったのだ。

 

 と、

 

 そこでカノンは何を思ったのか、ヒカルの腕にヒシッと抱きついてきた。

 

「な、何だよ?」

 

 腕に感じる豊かな胸の感触に戸惑いながら、ヒカルは声を上ずらせる。

 

 対して、カノンは上目づかいにヒカルを見ながら言った。

 

「レミリアと触れ合えるようになったのは、わたしも嬉しいけど、わたしの事、忘れちゃダメだからね」

 

 そう言うと、カノンは自己主張するように、更にヒカルの腕を抱く手に力を込める。

 

 そこへ、

 

《コラー!! 抜け駆け禁止って言ってるでしょ!!》

 

 突然、空間から湧き上がるように現れたレミリアが、怒鳴り声を上げる。

 

 機器から抜け出したところで、カノンがヒカルに抱き着いている所を目撃し、慌てて出て来たのだ。

 

《ヒカルはボクのでもあるんだから、カノンばっかりずるいよ!!》

「だって、さっきまでレミリアが独り占めしてたでしょッ こんどはわたしの番!!」

 

 たちまち、顔を突き合わせて痴話げんかを始める2人の少女。

 

 そんな2人を、

 

 ヒカルは微笑みながら見つめる。

 

 レミリアとカノン。

 

 2人とも、ヒカルにとって大切な少女だ。

 

 苦心の果てに、ようやく取り戻したレミリア。

 

 戦いの中、ずっと自分を支えてくれたカノン。

 

 そんな2人を、自分はこれからも共に歩み、そして愛し続けて行こうと心に決めていた。

 

「お前等」

 

 静かに声を掛けると、2人は姦しい口を止めて振り返る。

 

 そんな2人に、ヒカルはニッコリと笑って言った。

 

「これからも、よろしくな」

 

 そんなヒカルの笑顔に、レミリアとカノンは互いに顔を赤くしながら目を見合わせ、次いでオズオズと言った感じにヒカルを見やった。

 

「う、うん」

《こ、こちらこそ》

 

 はにかむような表情を見せる2人の少女。

 

 そんな2人を、ヒカルは何よりもいとおしく思うのだった。

 

 

 

 

 

「大変です、キラ」

 

 息子達のやり取りを見ていたエスト・ヒビキは、やれやれとばかりに肩をすくめながら夫を見やった。

 

「このままでは、花嫁衣装が2つ必要になります」

「まあ、楽しければ、そういう苦労も良いんじゃない?」

 

 そう言ってキラ・ヒビキは笑顔を浮かべる。

 

 戦いが終わった後、ヒカルからキラへ申し出があった。

 

 軍を辞めて、ターミナルに入る、と。

 

 どうやら出撃前に、これを言いたかったらしい。

 

 これには、流石のキラも驚いた。

 

 オーブを始めとした国家が、非公式で存在を承認しているとは言え、ターミナルはしょせん、歴史の表舞台に立たない非公式な組織である。

 

 わざわざ陽の当たる表舞台から、影の道に来る事も無いと思うのだが。

 

 だが、ヒカルは確固たる考えの下、父に対して真っ向から言った。

 

 世界から戦争が無くならない以上、PⅡのような輩は、必ずまた形を変えて現れる。

 

 そうした連中に対処するには、表世界の組織ばかりを強化するだけでは足りない。

 

 毒を制するには猛毒が必要なように、裏社会の組織に対抗する為には、より強力な裏組織が必要なのだ、と。

 

 戦争が存在し続ける以上、ターミナルのような組織は必要になる。

 

 誰よりも早く戦場に駆けつけ、悲劇を食い止める為に。

 

 ただ、もしかすると、ヒカルの中で、ようやく一緒になれた家族と離れたくないという思いもあったのかもしれないが。

 

 悩んだ末、キラはヒカルの申し出を受ける事にした。

 

 実際のところ、レイとルナマリアが抜けた事で、ターミナル実働部隊の戦力は低下を来していたところである。ヒカルの申し出は、キラとしてもありがたかったが。

 

 誤算があったとすれば、一緒にカノンとレミリアもくっついて来た事だろう。

 

 ヒビキ家としては、一気に嫁が2人も出来た形である。

 

 と、

 

「呑気な奴らだ。下手するとまた、テロリスト認定でもされかねんというのに」

 

 呆れた声が、壁際から聞こえて来た。

 

 振り返るとそこには、壁に背を持たれて腕組みをした青年が、嘆息交じりに立っていた。

 

 アステル・フェルサーもまた、ヒカル達と一緒にターミナルに編入していた。

 

 元々、オーブ軍にはヒカルに引っ張り込まれる形で入隊していたアステルである。戦争が終わった以上、居続ける理由も特になかった。

 

 そこで、裏組織として活動を続けていくターミナルに編入した訳である。

 

「裏組織だからって、いつも張りつめてたら疲れるだけだよ、リラックスくらいしないと」

「・・・・・・・・・・・・フンっ」

 

 キラの言葉に鼻を鳴らすアステル。

 

 面白くなさそうな態度をしているがしかし、その横顔がどこか笑みを浮かべているように見えたのは、多分、キラの気のせいではないだろう。

 

「いいなあ。ヒカル達、楽しそう」

 

 尚も騒いでいるヒカル達の様子を見て、車いすに座った少女が羨ましそうに呟きを洩らした。

 

 意識と記憶を取り戻したルーチェ・ヒビキは、父と母の下、ユニウス教団によってもたらされた投与薬物の浄化を行うと同時に、リハビリも開始していた。

 

 薬物の影響に加えて、戦闘による負傷もあったルーチェの体は当初、立って歩く事も難しい程であった。

 

 しかし兄を始めとした友人一同の励ましや、何より本人の懸命な努力の甲斐あって、今では短時間なら1人で歩けるまでに回復していた。

 

 時間はかかるだろうが、完全回復するのも夢ではなかった。

 

「ルゥは、もう少し元気になってからです」

 

 エストはそう言って、残念がる娘の頭を撫でてやった。

 

 その様子を、キラは微笑ましく眺める。

 

 長い戦いが、終わった。

 

 だが、戦いが終わったという事はすなわち、次の戦いが始まった事を意味する。

 

 人の持つ運命が戦い続ける事にあるのなら、

 

 運命に抗い続ける事が自分の運命である。

 

 かつて言い放ったセリフが、キラの脳裏によみがえる。

 

 自分も、いつかは戦えなくなる日が来るだろう。もしかしたら、戦場に倒れるかもしれない。

 

 だが例えそうなったとしても、後を継いでくれる息子がいる限り、キラは何物も恐れはしない。

 

 やがて、

 

 そんなキラ達の下に、

 

 息子達がゆっくりと、歩み寄ってくるのだった。

 

 

 

 

 

FINAL PHASE「そして明日へと続いていく」     終わり

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼      完

 


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