機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-23「夜天斬り裂く聖剣」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SEEDを宿したPⅡの双眸。

 

 その向けた視線の先のモニターに「EX―V System Setup」の文字が躍った。

 

 次の瞬間、

 

 デザイアはスラスター全開で、一気にエターナルスパイラルへと襲い掛かってくる。

 

「なッ!?」

 

 その様子に、思わず息を呑むヒカル。

 

 速い。

 

 これまでとは比べ物にならないくらいのスピードだ。

 

 重い外装と追加武装を取り払った事で、比類無い機動性を実現しているのである、

 

 対して、ヒカルもまた対応すべく動く。

 

 レミリアのオペレートに従いながら、フルバーストモードへと移行。一斉に砲門を開く事で、突撃してくるデザイアを迎え撃つ。

 

 空間を薙ぎ払うように奔る閃光。

 

 だが、放たれた攻撃を、PⅡは悉く回避。同時に、デザイア背部に装備したビームキャノンを跳ね上げて、エターナルスパイラルへと砲撃を行う。

 

「こいつッ!?」

 

 その攻撃を辛うじて回避しつつ、ヒカルはビームライフルを収めて、再びビームサーベルを構えた。

 

 距離が詰まる両者。

 

 同時に、PⅡも自身のデザイアの腰部からビームサーベルを抜いて斬り掛かる。

 

《言っとくけどさ》

 

 斬り掛かりながら、PⅡがマイク越しに話しかけてくる。

 

《君達がやっている事は、全部無駄だよ無駄。無駄の塊と言って良いね》

「どういう事だ!?」

 

 デザイアの斬撃を回避するヒカル。

 

 同時に繰り出したビームサーベルは、しかし、PⅡの掲げたビームシールドによって防がれる。

 

《巨悪を1人倒したぐらいじゃ、戦争は終わらないって事さ。僕だって同じだ。僕がいなくなっても、どうせまた別の人間が、別の理由で戦争を起こす。結局のところ世界は、その繰り返しなのさ》

「黙れよ!!」

 

 勢いよくビームサーベルを振り抜き、PⅡを牽制するヒカル。

 

「言葉遊びなんか、どうだって良いッ それでお前がやった事が許されるわけじゃない!!」

《許してもらおうなんて端から思って無いし、それに、こればっかりは遊びじゃなくて、ヒトの持つ真実って奴さ》

 

 言いながら、デザイアのビームキャノンと複列位相砲、更に両手に構えたビームライフルでフルバーストモードへと移行するPⅡ。

 

 対抗するようにヒカルも、ビームライフルとレールガン、残った3機のドラグーンを展開して19連装フルバーストを放つ。

 

 両者の放つ閃光が、中間で激突。

 

 対消滅により、あふれ出る閃光が周囲に迸る。

 

 一瞬、塞がれる視界。

 

 その間にヒカルは、爆炎を煙幕代わりにして体勢を立て直そうとする。

 

 しかし、

 

 次の瞬間、

 

 炎を割るようにして、デザイアが飛び出してきた。

 

「ヒカル!!」

「クッ!?」

 

 とっさにトリガーを引き絞り、レールガンで牽制の砲撃を放つカノン。

 

 しかし、甘い体勢から放たれた砲撃は、デザイアを捉えるには至らない。

 

 その間にPⅡは腰部からエクステンショナルアレスターを射出、攻撃位置に付こうとしていたドラグーン1基を破壊、更にエターナルスパイラルの右手に装備したビームライフルを撃ち抜く。

 

「クソッ!?」

 

 とっさにビームライフルをパージしながら、後退を掛けるヒカル。

 

 対照的に、PⅡは口元に浮かべた笑みを強める。

 

 戦闘はPⅡの有利に進んでいる。操縦技術については互角だし、機体性能も負けていない。

 

 何より物を言っているのは、デザイアに搭載されているシステムだった。

 

 EX―V System

 

 PⅡが密かに開発し、デザイアに搭載しておいたシステムだが、その内容はエクシード・システムとヴィクティム・システムのハイブリットにある。

 

 操縦者がSEEDを発動した場合、OSが感知して機体性能を向上、更に相乗する形でシステムが操縦者の五感に感応し、その能力を強制的に引き上げる、いわば機体とパイロットが互いの能力を限界まで引き出すしようとなっている。

 

 これにより、今のPⅡは単純なSEED因子以上の戦闘能力を発揮している事になる。

 

 その戦闘力は、デルタリンゲージ・システムで機体性能を底上げしているヒカル達をも凌駕していると言えた。

 

《かつて、本気で世界を滅ぼそうとした、1人の狂人がいた!!》

 

 ビームサーベルを振り翳してエターナルスパイラルに斬り掛かりながら、PⅡは口を開く。

 

 対して、ヒカルはビームシールドでデザイアの斬撃を防ぎつつ、右手のパルマ・エスパーダを発振、横なぎに切りつける。

 

 自身に迫る刃。

 

 それをPⅡはとっさに後退しつつ回避。複列位相砲で牽制してヒカルの追撃を断つ。

 

 対して、ヒカルはとっさに後退しながら攻撃を回避する以外に無い。

 

 両者の距離は再び開き、ヒカルは舌打ちする。

 

《彼は、迫りくる破滅を前にして、こう言ったそうだよ。「正義と信じ、判らぬと逃げ、知らず、聞かず、その果ての終局だ」ってね。正に、人間の真理そのものじゃないか!!》

 

 人間は自分に都合の良い物を信じ、都合の良い事しか見ず、都合の良い事しか聞かない。

 

 故に相手の都合など考える事も無く、自ら進んで闇へと転がり落ちていく。そして転がり落ちた理由すら他人にも問える始末だ。

 

 度し難いまでの愚かさである。

 

《彼は正に、世界を滅ぼす一歩手前まで行った。まあ、結局は失敗しちゃったんだけどね。けど、その狂気が齎す言葉は、正に真実を突いていると僕は思うよ》

「ふざけんな!!」

 

 叫びながら、残った1基のビームライフルとレールガンを放つヒカル。

 

 迸る閃光は、しかい一瞬早くデザイアが身をひるがえしたため、虚空を薙ぎ払うにとどまった。

 

 PⅡの反応速度は、確実にヒカルを上回っている。

 

 エターナルスパイラルの攻撃は、デザイアを捉える事無く、空しく虚空へと吸い込まれていった。

 

「そいつはただ、逃げたかっただけだろうが。自分の運命から目を背けて、世界中の人間を、勝手に道連れにして!!」

 

 勿論、ヒカルはその人物の事は判らないし、どんな背景を背負って生きていたかも知りようがない。

 

 しかし、ただ己の内にある闇のみを見て他人を見ようともせず、そして自身の悲劇を他人にぶつける。

 

 その果てに世界を滅ぼそうとした輩を容認する事など、たとえどれだけその人物の事を知ったとしても、ヒカルにはできそうになかった。

 

 対して、PⅡは高笑いを上げる。

 

《アハハ、流石は魔王様ッ 随分と傲慢な発言だね!!》

「お前がイカレているだけだ!!」

 

 ビームサーベルを構えて斬り込んで行くPⅡ。

 

 対抗するように、ヒカルもビームサーベルを抜き放って迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アシュレイ・グローブは、かつて宇宙解放戦線と呼ばれる反プラント組織を率いていた人物である。

 

 しかし、月面中立都市コペルニクスでの蜂起を自由オーブ軍に阻止され、自身もヒカルの駆るエターナルフリーダムによって撃墜、その後、プラント軍に捕縛されると言う末路を辿っていた。

 

 しかし、そんな彼だが、処刑前にPⅡの手引きによって脱出、レトロモビルズと合流する事で再起を期していた。

 

「ハハハハハハ、憎きプラント軍は壊滅し、我が悲願に大きく近付いた!!」

 

 かつての愛機であるデスティニーシルエット装備のゲルググを駆りながら、アシュレイは高笑いを上げる。

 

 そのアンバランスな外見とは裏腹に、高い性能を誇る機体は、搭載したビームキャノンやエクスカリバー対艦刀を駆使し、群がってくる連合軍の機体を次々と撃破していく。

 

「後は、かつて我々の大義を理解せずに敵対したオーブ軍と、それに連なる愚者共を排除すれば良いだけッ 残ったプラントに突入し、存分に蹂躙してやるぞ!!」

 

 意気揚々と叫びながら、アシュレイはエクスカリバーを振るってイザヨイを斬り捨てる。

 

 彼の駆るゲルググを先頭に、レトロモビルズが更に進軍を開始しようとした。

 

 その時、

 

 突如、飛来した閃光が、エクスカリバーの刀身を半ばから吹き飛ばした。

 

「な、何ッ!?」

 

 驚愕するアシュレイ。

 

 そこへ、白銀の翼を羽ばたかせたクロスファイアが高速で飛来する。

 

「このッ こいつ、よくも!!」

 

 とっさにビームキャノンとビームライフルを構え、応戦しようとするアシュレイ。

 

 しかし、それよりも早くキラは、クロスファイアのビームライフルとレールガンを展開、フルバースト射撃を仕掛けてゲルググの武装を吹き飛ばす。

 

「おのれッ!!」

 

 破れかぶれとばかりに、アシュレイは最後のエクスカリバーを抜き放つ。

 

 だが、

 

 次の瞬間、キラは一気に距離を詰めた。

 

 クロスファイアの両手に装備した、ブリューナク対艦刀が奔る。

 

 一閃、

 

 エクスカリバーが柄元から折れ飛ぶ。

 

 一閃、

 

 ゲルググの両足が、一緒くたに叩き斬られる。

 

 一閃、

 

 シールドを掲げようとしたゲルググの左腕が、肘から斬り飛ばされる。

 

 一閃、

 

 ゲルググの右腕が斬り落とされる。

 

 一閃、

 

 ゲルググの頭部が叩き落とされる。

 

 最後にレールガンを至近距離から発射、ゲルググの背中にあった翼が直撃を浴びて脱落した。

 

「ば、ばかな・・・・・・・・・・・・」

 

 あんぐりと、口を開ける事しかできないアシュレイ。

 

 正に、反撃する機会すら、彼には与えられなかったのだ。

 

 一方、

 

「何だったのでしょう、今のゲルググ?」

「さあね。次、行こっか」

 

 そう言って言葉を交わすと、キラとエストはそれ以上見向きもせずに飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 向かってくる敵機をビームサーベルの一閃で屠り、返す刀で繰り出した脚部ビームブレードが、後続を討ち取る。

 

 逃げようとする相手に対してはビームダーツを投擲、正確無比な一撃は無慈悲に命を刈り取る。

 

 ギルティジャスティスを駆るアステルは、単機で敵陣を駆け抜けながら、目についた敵を片っ端から斬り飛ばす。

 

「秩序だった動きではない。どちらかと言えば、軍と言うより野党と言った方が近いか」

 

 動きがバラバラである為、個々の連携を重視しない。

 

 故に、先程から攻撃のパターンも不規則で、時折同士討ちすらしている。モビルスーツ戦における最大のセオリーである「乱戦では飛び道具は控える」と言う事すら守られていない有様である。

 

 見ようによっては、正規軍よりも厄介かもしれない。何しろ、自軍の損害すら度外視するのだから、全体としての動きを読む事が難しい。

 

 だが、

 

「それならそれで、やりようは幾らでもある!!」

 

 言い放つと同時に、アステルはリフターを射出、掩護位置につかせながらギルティジャスティスを突撃させる。

 

 慌てたように照準を修正しようとする敵機。

 

 しかし、そこへリフターからの砲撃が襲い掛かる。

 

 連続した攻撃で次々と、アステルを攻撃しようとしていた敵が撃破される中、ギルティジャスティスが斬り込む。

 

 複雑な軌跡を描く刃。

 

 その斬撃が、残った敵を一掃した。

 

「ここは死守する。必ず帰ってくる、あいつらの為に」

 

 静かな宣誓が響く。

 

 ヒカル、レミリア、カノン。

 

 アステルの「仲間」である3人は今、この戦争の根源を断ちきるために、孤独な戦いしている。

 

 ならば、彼等の献身に報いるために、アステルは戦い続けると決めていた。

 

「行くぞ!!」

 

 吠えると同時に、紅き甲冑の騎士は虚空を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 エターナルスパイラルとデザイアは、共に最後の激突を期して駆け抜ける。

 

 激突する両者。

 

 繰り出される光刃。

 

 同時に展開した盾が、互いの剣を弾く。

 

 その瞬間を逃さず、ヒカルは追撃に動いた。

 

 PⅡは強い。

 

 ヒカルとしても、その事を否が応でも認識せざるを得なかった。

 

 ならば、確実に仕留める為の手段を重ねて行く必要があった。

 

 左手のパルマ・フィオキーナを起動、掌から迸る光を掴み、デザイアに襲い掛かる。

 

 突き込まれるエターナルスパイラルの腕。

 

 しかし、

 

《おっとォ!?》

 

 間一髪、PⅡはとっさに機体を翻したため、エターナルスパイラルの腕は僅かにデザイアの胸部装甲を掠めるにとどまる。

 

 EX-Vシステムの影響で、機体、パイロット双方ともに次元の違うレベルまで性能を引き上げられたデザイアの反応速度は、ヒカルの攻撃を上回って見せた。

 

「ッ!?」

 

 意気を呑むヒカル。

 

 その視界の先では、カウンター攻撃の体勢を整えるデザイアの姿。

 

 エターナルスパイラルは、攻撃直後で動きを止めている。

 

 デザイアは既に、ビームサーベルを振り翳し、既に攻撃態勢に入っていた。

 

 回避は、できない。

 

 斬撃を受ける覚悟を固めるヒカル。

 

 口元に勝利を確信した笑みを浮かべるPⅡ。

 

 しかし、次の瞬間、

 

 複数の閃光が駆け抜け、デザイアの攻撃を牽制する。

 

 舌打ちしながらとっさに後退するPⅡ。同時に、展開したシールドで尚も迫る攻撃を防いだ。

 

「危なかった・・・・・・」

 

 荒い息を吐きながら、カノンが呟く。

 

 彼女がとっさに、援護位置に展開したドラグーンで牽制を行ったのだ。

 

 一方のPⅡは、忌々しげに舌打ちする。

 

《厄介だよね、それ!!》

 

 複座方式を採用し、操縦と砲撃を分担できるエターナルスパイラルの特性には、さすがのPⅡでも一朝一夕では攻めきれない様子だ。

 

 ビームキャノン、ビームライフル、複列位相砲を放つPⅡ。

 

 対して、ヒカルはとっさに機体を上昇させつつ回避。同時にレールガンで牽制の攻撃を加える。

 

 飛翔してデザイアへと向かう砲弾。

 

 だが、PⅡはその攻撃を回避すると、スラスターを全開にして追撃する。

 

 ヒカルは更に砲撃を強めるが、PⅡは全く意に介さずに斬り込むと、ビームライフルを斉射してドラグーン2基を撃破する。

 

 これで、エターナルスパイラルのドラグーンは全滅した事になる。

 

「クソッ!?」

 

 舌打ちしながら、残った火力を集中させるヒカル。

 

 だが、PⅡはシールドを翳してエターナルスパイラルの攻撃を防ぎ止めると、更に距離を詰めてくる。

 

 袈裟がけに振るわれるデザイアのビームサーベル。

 

 対して、ヒカルはとっさに後退しながら回避する。

 

 しかし、

 

《逃がさな、いっと!!》

 

 更にビームサーベルを振るうPⅡ。

 

《追い込まれているよヒカル、体勢戻して!!》

「判ってる!!」

 

 レミリアの警告に対し、舌打ち交じりに返すヒカル。

 

 言われるまでも無く、PⅡの圧倒的な戦闘力を前に、ヒカル達は徐々に自分達が追い込まれているのを自覚せざるを得なかった。

 

 遠距離では正確な射撃を、近距離では強烈な斬撃を繰り出してくるPⅡ。

 

 その姿を見ながら、ヒカルは内心で舌を巻く。

 

 正直、これ程のパイロットが、今まで前線に出て来る事もせずに謀略に徹していたとは。

 

 もし、戦争初期の段階でPⅡが積極的な戦線介入を行っていたら、オーブ軍の勝利は無かったかもしれない。

 

 勿論、PⅡの目的は悲劇に苦しむ人々を遠くから眺める事である。そう考えれば、彼が前線に出てくる可能性は限りなく低かっただろうが。

 

 だがそれでも、今初めて戦場で対峙するPⅡの存在に、ヒカルは戦慄せずにはいられなかった。

 

《世界は悪意で成り立っている》

 

 エターナルスパイラルの攻撃を回避しながら、PⅡは謳うように語る。

 

《君がいくら頑張った所で、それは変わらない。今の戦争が終わっても、また別の戦争がどこかで起こる。いや、もう起こっていると言っても良いだろうね》

「クッ・・・・・・・・・・・・」

《まさか、自分が世界を変えられる、なんて本気で考えてないよね? 個人の力で変えられる程、世界は甘くないよ》

 

 嘲笑うPⅡ。

 

 同時にデザイアから放たれたビームキャノンを、ヒカルは旋回を掛けて回避する。

 

《まあ、それでも、変えようと足掻く馬鹿な鼠が多いから、この世界は面白いんだけどね、僕はさ!!》

 

 そう言って笑うPⅡ。

 

 確かに、

 

 ヒカルはデザイアから距離を置きながら考える。

 

 個人の力はちっぽけだ。世界を構成する流れに比べたら、取るに足らない存在かもしれない。

 

 こうして戦っているヒカルも同様だ。どんなに足掻いたところで、世界に与える影響力などスズメの涙にも及ばないだろう。

 

 しかし、

 

「世界ってのは、そんなに単純に割り切れる物なのかよ?」

《・・・・・・・・・・・・あん?》

 

 突然、反論してきたヒカルに対し、PⅡは笑いを止めて応じる。

 

 対して、ヒカルははっきりした口調で、自身の考えを紡ぎだす。

 

「世界は、お前が言うみたいに、簡単に括れるもんじゃないだろ? そこには多くの人達がいて、多くの考えを持っていて、その多くの人達1人1人が、それぞれの世界を持って生きている。世界ってのは、そういう、1人1人の小さな世界が集まって、形作られる物だろう」

 

 世界を構成する「根源」とは何か?

 

 ヒカルはその問いに対し、「世界とは人である」と答えたのだ。

 

 世界には100億の人間がいれば、そこには100億の正義があり、100億の考えがあり、100億の想いがあり、100億の悲劇と悲しみがあり、そして100億の世界がある。

 

 無論、人間である以上、良い奴もいれば悪い奴もいる。だが、だからこそ、「この世界」などと言う軽い言葉で、一概にひとくくりで処理する事はできない。

 

「けど、世界を変えるってのは、お前が言うような大それたことじゃない。人間1人1人の抱える問題を解決し、その考えを尊重し、それを少しずつ積み上げていく事で世界は変わるんだ」

 

 そして、それならば、人一人が持つ力でも、決して不可能な事ではない。勿論、簡単な話ではないが。

 

《・・・・・・・・・・・・むかつくなあ》

 

 ややあって、PⅡは低い声で言った。

 

 それまでの陽気な態度とは一変し、まるで這いずるようなおどろおどろしさがある。

 

 仮面が、剥がれつつある。

 

 ヒカルの自信に溢れた言葉に反論する術が見つからず、ピエロの下にあるドロリとした素顔がさらけ出されつつあるのだ。

 

 ヒカルの正義が、PⅡの悪意を凌駕しつつあるのだ。

 

《どんな綺麗事ほざいたって、世界が変わる訳がない。戦争は無くならないし、悲劇はいつまでだって繰り返されるんだ》

「そこで諦めるから、何も変わらないんだろ。なら、格好悪く這いずってでも、前に進まなくちゃいけないだろうがッ いつか、世界が変わるって信じて!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 ヒカルは動いた。

 

 主の意志を受けて、不揃いの翼を羽ばたかせるエターナルスパイラル。

 

 やや遅れて、PⅡも迎え撃つように動いた。

 

 デザイアが搭載した火砲を全て解放して放つ。

 

 それに対してエターナルスパイラルはティルフィング対艦刀を抜刀、光学幻像を引きながら突撃していく。

 

 デザイアの火線が次々と空を切る中、ヒカルは間合いまで斬り込むと同時に真っ向からティルフィングを振り下ろす。

 

 対してPⅡは、後退を掛けながら、エターナルスパイラルの攻撃を回避、同時にビームキャノンと複列位相砲を放って牽制する。

 

 それらの攻撃を、ヒカルは錐揉みするように回避しながら接近、同時にティルフィングを横薙ぎにする。

 

《いくら君達が足掻いたって、世界は沈んで行くだけさ!!》

「何度も言わせるなッ それでも、諦める心算は無い!!」

 

 ビームキャノンとビームライフル、複列位相砲を構えてフルバーストの体勢に入るPⅡ.

 

 対して、ヒカルはそれよりも一瞬早く高周波振動ブレードを抜刀すると、そのまま切っ先を正面にして投擲する。

 

 次の瞬間、投げつけた高周波振動ブレードの剣先は、デザイアのビームキャノンの砲門に真っ向から突き刺さる。

 

 次の瞬間、発射前のエネルギーが暴発し、デザイアのバランスが大きく崩れた。

 

《クッ さかしらな真似を!!》

 

 舌打ちしながら、ビームキャノンをパージするPⅡ。

 

 その隙を突く形で、距離を詰めに掛かるヒカル。

 

 だが、ヒカルが間合いに入るよりも一瞬早く、PⅡはデザイアの腰に装備したエクステンショナルアレスターを射出した。

 

 ワイヤー付きの刃が鋭く走り、エターナルスパイラルの右大腿部に食い込む。

 

 エターナルスパイラルの右足が吹き飛んだ。

 

 バランスを崩すエターナルスパイラル。

 

 だが、ヒカルの対応も早かった。

 

 PⅡが追撃に動くよりも早く、右掌のパルマ・エスパーダを起動、エクステンショナルアレスターを中途から斬り飛ばす。

 

 その間にレミリアがバランス補正を行い、カノンはレールガンを展開して斉射、PⅡの動きを牽制する。

 

「自分達だけで、世界を変えられるかどうかなんて、そんな事は判らない!! 判る訳がない!!」

 

 バランス補正が完了すると同時に、ヒカルは再び斬り込む。

 

 光学幻像が視覚を攪乱しつつ、デザイアへと迫るエターナルスパイラル。

 

 対して、PⅡも砲撃戦では埒が明かないと判断し、ビームサーベルを抜いて迎え撃つ。

 

「けど、お前をここで倒す事で、破滅に向かう世界を僅かでも食い止められるなら、俺は、俺達は躊躇わない!!」

《いくら叫ぼうが、今さらどうにもならないよ!!》

 

 ティルフィングの斬撃を、PⅡはビームシールドで防御。カウンター気味にビームサーベルを繰り出す。

 

 対して、ヒカルはエターナルスパイラルを後退させる事で回避、サーベルの切っ先が僅かに胸部装甲を斬り裂くが、ダメージは軽微な物に収まる。

 

《人が人としてあり続ける以上、破滅の道は止められない!!》

 

 デザイア胸部の複列位相砲を放つPⅡ。

 

 ヒカルはとっさにビームシールドで防御するが、衝撃でエターナルスパイラルは大きく押し戻されてしまう。

 

《それが人の持つ業ってものだよ、ヒカル君!! だからこそ、その滑稽さを楽しもうじゃないのさ!!》

 

 更に、残った砲門を全て開いて、砲撃を続行するPⅡ。

 

 対して、

 

「そんな事は無いッ 人は、そこまで絶望的な物じゃない!!」

 

 叫ぶと同時に、ヒカルはスラスター出力を全開まで上げる。

 

 ヴォワチュール・リュミエールが唸りを上げ、同時に光学幻像が無数の虚像を産み出して視覚を攪乱する。

 

 一気に距離を詰めるヒカル。

 

 放たれるデザイアの砲撃が悉く空を切る中、接近と同時に、真っ向からティルフィングが振り下ろされる。

 

 一閃される大剣。

 

 その一撃が、デザイアの左腕を肩から切断する。

 

《滑稽すぎて笑えてくるよッ そうまでして、人間に希望を見ている君達はさ!!》

 

 後退しながらビームライフルを放つPⅡ。

 

 その一撃が、炎を放つエターナルスパイラルの左翼を吹き飛ばした。

 

 これで、光学幻像と言う厄介な物は封じた。

 

 ほくそ笑むPⅡ。

 

《君達はいつまで、そうやって足掻き続けるつもりだい!? 醜くもがいた先には何も残っていないと言うのに!!》

 

 言いながら、更なる砲撃を行うPⅡ。

 

 対して、

 

 ヒカルは、自身が倒すべき相手を真っ向から睨み据えた。

 

「いつまで・・・・・・だって?」

 

 次の瞬間、

 

 残った右翼に全出力がぶち込まれる。

 

 最大展開されるヴォワチュール・リュミエール。

 

「俺達が俺達である限りどこまでも!! 諦めるつもりは、毛頭無い!!」

 

 次の瞬間、エターナルスパイラルは駆け抜ける。

 

「お前がどれほどの悪意をまき散らそうが!!」

 

 ただ只管に、

 

「俺達は、俺達の持つ全存在を掛けて、全ての悲劇を食い止めて見せる!!」

 

 己が倒すべき敵に向けて真っ直ぐと。

 

 それに対して、PⅡの照準は全く追いつかない。

 

 全ての攻撃が、エターナルスパイラルをすり抜けていく。

 

 人の可能性を信じて戦うヒカルと、人の業を嘲笑うPⅡ。

 

 互いの執念が、最後の激突を行う。

 

《クソッ こいつッ!?》

 

 遠距離攻撃では埒が明かないと考え、とっさに接近戦に切り替えるべく、デザイアに残った右手でビームサーベルを引き抜くPⅡ。

 

 繰り出される剣閃が、エターナルスパイラルの左肩に当たり、これを斬り飛ばす。

 

 しかし、次の瞬間、

 

 一気に接近を果たしたエターナルスパイラルの剣閃が、真っ向からデザイアを貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 損傷したまま、互いに距離を置いて滞空する2機の機動兵器。

 

 エターナルスパイラルとデザイア。

 

 死闘を終えた双方の機体は、力尽きたようにぐったりとして宙に浮かんでいる。

 

 デザイアの方は全ての武装を失い、肩口からティルフィングが突き刺さっている。

 

 一方のエターナルスパイラルもまた、殆どの武装を失い、戦闘力を低下させている。

 

 互いのコックピットに座する者達もまた、全ての力を使い切ったようにして荒い息を吐いていた。

 

 と、その時、

 

《・・・・・・フ・・・・・・フ・・・・・・フハ、フハハハハハハハハハハハハ!!》

 

 突如、ピエロ男が、狂ったような笑い声をあげた。

 

「ッ!?」

「何!?」

《これはッ!?》

 

 警戒するヒカル、カノン、レミリアをあざ笑うかのように、PⅡの笑い声は尚も続く。

 

 ややあって、笑いを止めたPⅡが口を開いた。

 

《いやー 楽しかった。戦闘は本来、僕の趣味じゃないんだけど、たまにはこうやって体動かすのも悪くないかな》

「お前・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルは唸るように言いながら、再び戦うべく操縦桿を握り直す。

 

 判定大破と言える損害を受けたエターナルスパイラルだが、まだわずかだが戦闘力は残っているし、エンジンも生きている。無理をすれば、もう一戦くらいはできそうである。

 

 だが、

 

《ああ、そう鬱陶しく凄まなくても、どのみち、これ以上僕は戦えないよ》

 

 あっさりと、PⅡは言ってのけた。

 

 ヒカルが放った最後の一撃が、デザイアに致命傷を与えていた。

 

 機体に突き刺さったままのティルフィングは僅かに急所から外れているが、刃がエンジンの一部を損傷させ、出力を低下させたのだ。

 

 事実上、デザイアは完全に戦闘不能に陥っていると言って良かった。

 

《認めよう。モビルスーツの戦いは、君達の勝ちだよ。悔しいけどね》

 

 あっけらかんとした調子で、自分の開けを認めるPⅡ。

 

 だが、

 

 ヒカルは尚も、警戒を緩めなかった。

 

 今のPⅡのセリフに、違和感を覚えたのだ。

 

 まるで、モビルスーツ戦では負けたが、その他は自分の勝ちだ、とでも言わんばかりである。

 

 それに対して、含み笑いを加えてPⅡは言う。

 

《けど、戦いそのものは僕の勝ちだよ》

「・・・・・・どういう意味だ?」

 

 既に戦闘力を失っているデザイアが、これ以上戦えるとは思えない。それは、他ならぬPⅡ自身が認めている事である。

 

 いったい、これ以上何をしようと言うのか?

 

《フフ、それは・・・・・・こういう事さ》

 

 そう言うと、PⅡは離れていた場所に放置してあったパーツを呼び戻す。

 

 それは、戦闘開始前にデザイア本体からパージした、シャトルの後部3分の1に当たるスラスター部分だった。

 

 何をするのか、と思っていると、シャトルのスラスターはデザイアの背部コネクタと接続する。

 

「しまったッ」

 

 PⅡの意図を悟り、思わず舌打ちするヒカル。

 

 戦闘に勝利した事で、完全に油断していたが、PⅡは自分が敗北する事まで見越して、離脱する手段まで用意していたのだ。

 

 恐らく、ドッキングしたシャトルの後部には独立した推進ユニットと燃料タンクが備えられており、それだけでも単独の長距離航行が可能なのだ。

 

 つまり、推進ユニットとドッキングしてしまえば、デザイアはまだ動く事が出来るのである。

 

《それじゃあ、僕はこのまま失礼させてもらうけど、君達の機体はもう、動く事も出来ないよね》

「クッ!?」

 

 PⅡの嘲弄に歯噛みするヒカル。

 

 完全にしてやられた。

 

 ヒカル達はデザイアを撃墜、もしくは行動不能にするまでやらなくてはならなかったと言うのに、PⅡは初めから、エターナルスパイラルの推進能力を奪うだけで良かったのだ。

 

《アハハ、それじゃあ、最大限の徒労、ご苦労様。君達はこのまま、ここで朽ちていくと良いよ。僕はほとぼりが冷めたら、また地球圏に戻って遊ばせてもらうとするからさ》

「お前ッ!!」

 

 とっさにレールガンを展開して放とうとするヒカル。

 

 しかし、それよりも早くPⅡはスラスターを全開まで吹かし、一気に離脱していった。

 

 あっという間に、視界の彼方へと飛び去るデザイア。

 

 後には、エターナルスパイラルの残骸のみが残されていた。

 

「クソッ!!」

 

 力任せにコンソールを叩くヒカル。

 

 せっかくここまで来たと言うのに、

 

 せっかくあそこまで追い詰めたと言うのに、

 

 結局は取り逃がしてしまうのか? あいつの言うとおり、自分達がやった事は全て無駄だったのか?

 

 悔しさが、否応なく込み上げる。

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなヒカルに声を掛けるカノン。彼女もまた、悔しさを堪えるように唇をかみしめている。

 

 このままでは、いつか再び、地球圏に悲劇の嵐が吹き荒れる事になる。

 

 自分達がPⅡを取り逃がしてしまったばかりに。

 

 だが、もうどうする事も出来ない。

 

 大破したエターナルスパイラルに、最大速度で逃げるデザイアを追いかける手段は無かった。

 

 その時、

 

《まだだよッ!!》

 

 凛とした声が、絶望に沈みかけた2人を引っ張り上げる。

 

 顔を上げるヒカルとカノン。

 

 そこには、真剣な眼差しを向けてくるレミリアの姿がある。

 

《諦めないで、2人とも》

「レミリア・・・・・・・・・・・・」

 

 力無い声で、ヒカルはレミリアを見る。

 

 彼女の気持ちは判る。諦めたくない気持ちは、ヒカルも、カノンも同じである。

 

 しかし、既にエターナルスパイラルは殆ど動く事すらままならない有様だ。これでは、どうにもならない。

 

《大丈夫だよ》

 

 対して、レミリアはニッコリと微笑んだ。

 

《だって、ボク達にはまだ、最後の切り札が残ってるじゃない》

 

 

 

 

 

 レミリアの言葉を受け、エターナルスパイラルは動き出す。

 

 残っていた右翼が角度を変えると、その上部に格納されていた大型砲が迫り出した。

 

 元々、エターナルフリーダムの物をそのまま使った右翼には、以前はバラエーナ・プラズマ収束砲が取り付けられていたが、オーブ奪還戦においてスパイラルデスティニーの交戦して大破した際、バラエーナは取り外されて、別の武装のプラットホームとなっていた。

 

「ファイナルコマンドを実行する!!」

《パスワード認証、コード『ヌァザ』封印解除!!》

「専用照準モード、展開!!」

《デルタリンゲージ・システム、出力最大!!》

「システムコネクト、聖剣解放!!」

「聖剣、解放します!!」

 

 右翼から迫り出した巨大な大砲が、肩越しに展開。同時に砲身が倍に伸びる。

 

「バレル、展開完了!!」

《デルタリンゲージ・システム、ターゲットロックオン、自動追尾開始!!》

「エンジン出力全開!!」

「全動力を、『光の聖剣』へ!!」

 

 砲身が光を帯びる。

 

 同時に、コックピット前方に展開した専用モニターに輝点が明滅するのが見える。

 

 広域精査が可能なデルタリンゲージ・システムが、逃げるデザイアを完全に捕捉したのだ。

 

 今や、全ての準備は整った。

 

「いいな、2人とも」

「勿論」

《ヒカル、君に全て託すよ》

 

 少女2人は、固い決意と共に、少年に身を任せる。

 

 ヒカルはモニターを睨み付け、トリガーに指を掛けた。

 

 その胸の内に広がる、万感の想い。

 

 守りたい、世界がある。

 

 守りたい、人達がいる。

 

 伝えたい、想いがある。

 

 抱きしめたい、人がいる。

 

 全ての想いを乗せ、今、解き放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「《   クラウソラス、発射ァ!!   》」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 閃光が迸った。

 

 

 

 

 

 其れはかつて、プラントに向かう核ミサイルを全滅させた光。

 

 其れはかつて、発射寸前の大量破壊兵器レクイエムを完全破壊した光。

 

 其れはかつて、地球へ落下しようとするエンドレスの移動要塞オラクルを破壊し、破滅を食い止めた光。

 

 イリュージョン級機動兵器、最強最後の切り札。

 

 高密度プラズマ収束砲クラウソラス。

 

 エターナルスパイラルの持つ全動力を一撃に込める事によって、戦艦の主砲をもはるかに上回る砲撃を可能にする。

 

 ただし、放てるのは1発限り。

 

 エネルギー消費が激しすぎる事に加えて、オリジナルから性能アップが図られた結果、発射の反動が激しすぎる為、一発撃てば機体が損壊してしまうのだ。

 

 正に、使えば自らもただでは済まないジョーカー。

 

 そのクラウソラスを今、ヒカルは解き放った。

 

 迸る巨大な光が、正しく虚空を斬り裂いて奔る。

 

 全ての夜の闇を斬り裂き、地上に光を齎す聖剣が、全ての戦いにピリオドを打つべく振り抜かれた。

 

 

 

 

 一方、戦場を離脱しようとしていたPⅡは、エターナルスパイラルを完全に振り切ったと判断し、油断しきっている状態だった。

 

 既にデザイアは速度を緩め、慣性航行に入っている。

 

 このまま、地球圏を脱出して逃げ切るつもりだった。

 

「まったく、馬鹿な奴等だよね。こんな無駄な事で命を落とすなんてさ」

 

 最前まで剣を交えていたヒカル達に対し、PⅡは遠慮なしに侮蔑をぶつける。

 

「生きていれば、また遊んであげたのにさ。まあ、死にたい奴なんてさっさと死ねば良いんだし、僕は僕で楽しくやらせてもらうさ」

 

 既に、PⅡの脳裏には数年先が見据えられていた。

 

 地球圏が今回の戦いから立ち直った頃合を見計らって帰還する。そして、予め仕込んでおいた火種に火をつけて回り、再び世界を戦火に沈めるのだ。

 

 その時の事を思い浮かべれば、実に心が躍った。

 

 ほんの数年。

 

 それだけ待てば、再び楽しい楽しい、お遊びの時間がやってくるのだ。

 

「あ~ 今から待ち遠しいな~ 今度は何して遊ぼうかな」

 

 まるで遠足前の子供のように、悲劇を撒き散らす事への嘱望に胸を躍らせるPⅡ。

 

 その時だった。

 

 突如、コックピットに警報が鳴り響く。

 

 同時にセンサーが、何か巨大なエネルギーが急速に接近してくるのを捉えた。

 

「なッ!?」

 

 思わず絶句するPⅡ。

 

 それは彼が、ついに人前では見せる事の無かった、狼狽する姿だった。

 

 逃げようとするPⅡを引き戻すように追いかけてきた光。

 

 その閃光が、一気にデザイアを包み込む。

 

「馬鹿なッ こんな!!」

 

 叫ぶPⅡ。

 

 しかし、もはや全てが遅い。

 

「い、イヤだ!! 僕は、もっと、生きて・・・・・・」

 

 何かを言いかけるPⅡ。

 

 次の瞬間、

 

 光の聖剣クラウソラスに斬り裂かれたPⅡは彼自身が持つ野望と共に、強烈な光の中に絶叫をかき消され消滅していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは、終わった。

 

 デザイアの消滅を確認。乗っていたPⅡ が生きている可能性も、皆無と言って良かった。

 

 全ての悲劇にピリオドを打つ。

 

 ヒカル達は、その想いを成し遂げたのである。

 

 しかし、

 

 その代償は、大きかったと言える。

 

 クラウソラスを放った反動により、既に大破状態だったエターナルスパイラルは、完全に崩壊していた。

 

 胴体と、左足は残っているものの、腕部と翼、頭部は完全に喪失。

 

 そして、全動力を喪失した装甲は色を失い、鉄灰色に戻って行った。

 

「・・・・・・・・・・・・終わったな」

 

 ヒカルは静かな声で言った。

 

 PⅡは倒した。

 

 この戦いの元凶とも言える存在を、ヒカル達はようやく討ち果たす事が出来たのだ。

 

 そして、

 

 3人はもう、戻る事はできない。

 

 最後のエネルギーをクラウソラスに込めて発射した結果、エターナルスパイラルの動力は完全に停止、力を使い果たしてしまった。

 

 PⅡを倒す代償として、ヒカル達の運命もまた、確定されたのだった。

 

「ごめんな、2人とも」

「謝らないでよ」

《これは、ボク達が3人で考えて決めた事でしょ》

 

 そう言って、カノンとレミリアはヒカルに微笑みかける。

 

 強制されたわけではない。2人もまた、自分達の意志でここまで来たのだ。ならば、そこに後悔など、ある筈が無かった。

 

「・・・・・・・・・・・・なあ、レミリア」

 

 ややあって、ヒカルが口を開いた。

 

「お前、もうどこにも行くなよ」

《え・・・・・・・・・・・・》

 

 優しく語りかけるヒカルに、レミリアは呆けた表情を返す。

 

「これ以上、お前を失うのは御免だ。だから俺の・・・・・・」

 

 言ってから、ヒカルはカノンを見て言い直す。

 

「俺達の傍にいてくれ」

 

 その言葉を聞いて、

 

 レミリアは思わず、口元に手を当てる。

 

 見れば、カノンもまた、笑顔で頷いている。

 

 もう、どこにも行かせない。どこにも逃がさない。

 

 2人の表情が、そう語っていた。

 

《でも・・・・・・今の僕は死んでるし、この身体だって偽物・・・・・・》

「関係ねえよ」

 

 レミリアが言おうとした「言い訳」を、ヒカルは途中でバッサリと斬り捨てた。

 

 確かに、今のレミリアはAIで、見えている姿もホログラフに過ぎない。

 

 しかし、

 

「方法は見付ける。俺が、必ず見つけてやる。だから・・・・・・」

 

 そっと、手を伸ばすヒカル。

 

 その掌が、レミリアの頬に当てられた。

 

 不思議だ。

 

 実体のない体のはずなのに、ただそれだけで温もりを感じるようだった。

 

 これで良い。

 

 たとえ、ここで自分達が朽ち果てる事になったとしても、それで構わない。

 

 こうしてまた、3人一緒になる事が出来たのだから。

 

 他には何もいらない。互いが、そう思わせてくれるから不思議だった。

 

 その時だった。

 

《あれ?》

「ん、どうしたの?」

 

 突然、レミリアが声を上げて振り向く。

 

 2人が視線を向ける中、レミリアは何かを注視するように、視線を向けた。

 

《何かが接近してくる。けど、これって・・・・・・・・・・・・》

 

 レミリアが言いかけた時だった。

 

 まだ生きていたモニターの中で、炎の翼が躍った。

 

「あれはッ!?」

 

 ヒカルが声を上げる中、炎の翼を羽ばたかせた機体が、真っ直ぐにエターナルスパイラルの残骸へと向かってくる。

 

 その姿を見て、ヒカル達の間に歓喜が浮かんだ。

 

「クロスファイアだ!!」

 

 ヒカルの声にこたえるように、モニターの中でノイズ交じりに通信が入った。

 

《・・・・・・・・・・・・えている? ・・・・・・じをして!! ・・・・・・》

 

 程無く、ノイズが晴れ、画面の中でキラの姿が映った。

 

《ヒカルッ カノンッ レミリアッ 無事だよね!!》

「父さん!!」

 

 ヒカルは歓喜と同時に、驚きの表情を見せる。

 

 幻でも夢でもない。本当に、キラが助けに来てくれたのだ。

 

 だが、どうやって?

 

 この場所は、ヤキン・トゥレース要塞から大分離れているし、広大な宇宙空間ではモビルスーツなど砂粒以下の存在でしかない。事実上、目標物が無い場所で標的を見付けるのは不可能である。

 

《君達が飛び去った方角は大体わかっていたからね。それに、クラウソラスを使ったでしょ? その時の閃光が観測できたから、位置を割り出す事が出来たんだ》

 

 それで得心が行った。

 

 クラウソラスの使用が、思わぬところで功を奏した形である。

 

《あー それからね、ヒカル。実はもう1人、君に会わせたくて、連れてきた子がいるんだ》

「え?」

 

 ヒカルがキョトンとする中、キラは意味ありげな笑みを浮かべてコックピット内の後席を指し示す。

 

 そこには、

 

《あの・・・・・・その、ヒカル・・・・・・久し、ぶり? かな・・・・・・》

「ッ!?」

 

 オズオズといった感じに聞こえてきた言葉。

 

 それを聞いた瞬間、思わずヒカルは息を呑んだ。

 

「嘘っ・・・・・・・・・・・・」

《そんな・・・・・・・・・・・・》

 

 カノンとレミリアもまた、思わず声を詰まらせる。

 

 なぜならそこにいたのは、

 

「ルーチェ・・・・・・・・・・・・」

 

 見間違えようはずもない。

 

 ヒカルの双子の妹であり、長く教団の「聖女」として崇められ、引き離されてきた少女、

 

 ルーチェ・ヒビキが、躊躇いがちな表情を浮かべて座っていたのだ。

 

《ヒカル達が出撃して、暫くして目を覚ましたんだ。記憶の方は、まだ少し混乱しているみたいだけど、教団が駆けた洗脳も、少しずつ解けて、元に戻りつつあるみたい》

 

 キラの説明を受け、ルーチェは少しばつが悪そうに笑いながら言う。

 

《その・・・・・・ごめん、レミリアとカノンも・・・・・・何か、ずっと迷惑ばっかりかけてたみたいで・・・・・・》

「い、いやいや、ルゥちゃんが起きてくれただけで、すっごく嬉しいよ」

《ほんと、良かった》

 

 カノンとレミリアは口々に、親友の帰還を喜ぶ。

 

 そして、

 

「馬鹿野郎・・・・・・」

 

 そんなルーチェに対し、

 

 ヒカルは涙を滲ませながら笑いかける。

 

「迷惑をかけたなんて、そんな物、当たり前の事だろ。俺は、お前の兄貴だぞ。迷惑くらい、いくらでも背負ってやるよ」

《ヒカル》

 

 そう言って、互いに笑みを浮かべるヒカルとルーチェの兄妹。

 

 そんな2人を祝福するように、

 

 大天使の名を冠した白亜の巨艦が、ゆっくりと近づいてきた。

 

 

 

 

 

PHASE-23「夜天斬り裂く聖剣」      終わり

 


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