機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 作:ファルクラム
1
ゆっくりと速度を落としつつ、機体を惰性速度へと持って行く。
要塞から脱出し、敵の追撃を断つ為に最高スピードで飛んできたが、既に充分な距離は稼げたと思う。
ここまで逃げて来れば、もはや一朝一夕では追いつけない筈。燃料節約の為にも、ここはゆっくり行くと決めた。
徐々に機体のスピードが落ちる中、コックピットに座したピエロ顔の男には、満足げに笑みを浮かべた。
「あー それにしても、面白かったなァ」
そう言うとPⅡは、楽しい事など他にこの世には無いと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべた。
アンブレアス・グルックが覇権を得る事に協力し、世界を己の意のままに操る。そして、全ての事が終わった後、彼自身をも絶望の淵に突き落とす。
絶望を知った人間が見せる滑稽な表情は、至高の美味といっても過言ではない。
これに比べたら、世に溢れる快楽などには毛程の価値すら無いだろう。
人間なんてものは、所詮は鼠に過ぎない。
笛を吹いて右を向けと言えば右を向くし、左を向けと言えば左を向く。
それは、どれほどの戦場を駆け抜けた英雄であっても、どれだけ国民に慕われた為政者でも変わらない。
どんな人間であっても、ふと気を抜く瞬間は存在する。
そしてPⅡは、そうした人間が見せる「一瞬の心の隙」に潜り込む事が得意だった。
人が必要としている物をチラつかせ、心の奥に入り込む。
後はその人物の信頼を得るまで、甘い言葉を耳元で囁き続けるのだ。
そうして、相手が自分に対して絶対の信頼を寄せるようになったタイミングを見計らい、
奈落の底へと突き落とす。
その瞬間、誰もが自分がどうしようもないくらい道化に過ぎなかったと悟った人間の表情程、甘美に感じる物は無い。
今回の戦争でも、そうした瞬間を幾度となく見る事が出来た事は、PⅡにとって、この上無く満足であった。
勿論、その中で最大の快楽を得る事が出来たのは、アンブレアス・グルックの間抜け面であった事は言うまでもないが。
「まあ、これで暫くは、地球圏では大人しくして居なくちゃいけないんだけど」
そう言って、PⅡは肩を竦める。
あれだけの騒ぎを起こして逃亡してきたのだ。少なくとも、ほとぼりが冷めるまでは次の行動を起こす事はできないだろう。
それが2年先になるか、5年先になるかはまだ判らないが。
「まあ、良いけどね。その間は火星辺りにでも行ってのんびりとさせてもらうし。また色々と仕込みをさせてもらうのも良いかな」
これからの計画に想いを馳せ、PⅡは楽しげに呟く。
今回の遊びは終わった。と言う事は即ち、次の遊びの為の準備が始まったことを意味する。
「次はどうしようかなァ 今度は旧連合勢力に介入して見ようか? それともいっそ、オーブに行ってみるのも良いかもね」
人が人である限り、欲望の泉は尽きる事無く昏々と湧き続ける。それはつまり、PⅡにとっての遊びのネタも尽きない事を意味していた。
PⅡが次の遊びについて想いを馳せていた。
まさに、その時だった。
突如、手元のセンサーが、何かが接近してくる反応を捉えた。
「はえ?」
呆けたような声を上げるPⅡ。
次の瞬間、
彼方で光が奔った。
急速に近付いて来る閃光。
眺める視界の彼方に躍る、不揃いの翼。
闇を払い、全ての悲劇にピリオドを打つべく、永遠に飛翔する螺旋の翼が駆け抜ける。
「見つけたぞッ PⅡ!!」
ヒカルが叫びを上げる。
大和のグロス・ローエングリンを最大展開したヴォワチュール・リュミエールに受ける事で得られる超加速により、一気に追いついてきたエターナルスパイラルが、攻撃態勢に入るのが見えた。
「アハッ」
その様を見て、PⅡは、微笑を浮かべると、通信機のスイッチを入れた。
《まさか、追いかけてまで来るなんてね。そんなに僕が恋しかったのかな?》
「ふざけんな!!」
加速するシャトルに対し、ヒカルはビームライフルによる先制攻撃を仕掛ける。
闇を斬り裂くようにして駆け抜ける閃光。
しかし、距離があり過ぎるせいか、なかなか命中弾を得られなかった。
「お前は・・・・・・お前だけは逃がさない!!」
ここでこの男を逃がせば、将来必ず大きな禍根となる。
その事はヒカルは元より、カノンも、そしてレミリアも認識している。
だからこそ、討ち果たす。今日ここで、何としても。
《やれやれ、ご苦労な事だね。わざわざこんな所まで》
そんなヒカル達に対して、PⅡは嘆息を返す。
流石に、追いかけてまで来るとは予想外だった。
とは言え、こうなった以上、ここを切り抜ける必要が生じたのは事実である。
《仕方ない、やるか》
呟くように言うと、シャトルの先端部分が外れる。
同時に、変化が起こった。
まず、シャトルを構成する機体の内、後部の三分の一ほどが切り離される。
次いで、機首部分が十字に分かれたかと思うと、それぞれ4つのユニットが展開する。更に、そのユニットがそれぞれ2つに分割されると、中央部にビームキャノンを備えた巨大なシザーが4基出現した。
後部も8分割に展開してそれぞれ、大きく広がる。
脚部が展開されると同時に起き上がった上半身から巨大な頭部が出現し、ツインアイを光らせる。
そこには、4基の巨大なシザーと、背中には8基のコンテナを背負った禍々しい外見の機体が出現していた。
「なッ!?」
「あれって!?」
ヒカルとカノンが絶句する中、目の前に巨大な人影が出現した。
今までシャトルだと思い込んでいた機体。
それが、まさかモビルスーツへと早変わりしたのだ。
《ZGMF―X9999V「デザイア」。ちょっと完成が遅れて実戦投入ができなかった機体だけど、密かに作って保管しておいたのが、こんな形で役に立つとはね》
言いながらPⅡは、全砲門を開いてエターナルスパイラルと対峙する。
《さて、ラストステージの幕を開けるとしようか》
次の瞬間、デザイアはフル加速しながらエターナルスパイラルに襲い掛かった。
2
ヒカル達がPⅡとの交戦を開始した頃、ヤキン・トゥレース要塞でも動きが生じていた。
プラント軍が壊滅したのを機に、一気に攻めかかろうとしてくるレトロモビルズ、そしてユニウス教団の残党たち。
それらが一気に、プラントへと襲い掛かろうとしていた。
レトロモビルズは、これを機にプラントを占領しようと画策し、教団は教祖や聖女のかたき討ちを謳っている。
目的は違えど、その量が脅威である事には変わりない。
まして、要塞攻略戦に参加した連合軍の多くは、消耗激しい状態である。
当初は580機を数えた機動兵器も、喪失機や損傷機を除いた残存戦力は、170機にまで落ち込んでいる。
対してレトロモビルズと教団軍は、合わせて700機近い大軍と化している。
自然、厳しい戦いとならざるを得なかった。
「けど、退くわけにはいかない」
クロスファイアを駆って全軍の先頭に立ちながら、キラはいつに無く厳しい口調で呟く。
その後席に座ったエストもまた、同じく決意の満ちた瞳で夫の言葉に頷きを返す。
彼等の息子は、その愛する少女達と共に死地へと飛び立った。
だが、彼等は必ず帰ってくる。そう信じている。
ならば、彼等の帰る場所を守る事が、親としての務めである。
迫る大軍。
その様子を、キラとエストは鋭く睨み付ける。
「手加減も出し惜しみもしない。初めから全力で行くよ」
「元より、そのつもりです」
キラの言葉に、エストが同調する。
長い時を共に闘ってきた夫婦は、阿吽以上の呼吸を持って、自分達が倒すべき敵と対峙する。
次の瞬間、
2人同時にSEEDが弾けた。
白銀に染め上げるクロスファイア。
同時にエクシード・システムが最大限の唸りを上げて、機体性能をフルに押し上げる。
あらゆる存在を圧倒し得る、最強の切り札を、キラとエストは初めから解放したのだ。
「行くよ」
「はい」
静かに、頷き合う2人。
次の瞬間、クロスファイアは一気に加速する。
虚空を斬り裂いて駆け抜ける白銀の翼。
それに対して、
最初の標的となったユニウス教団軍前衛は、誰1人として反応する事すらできなかった。
気が付いた瞬間、
という表現も、正しくは無い。
彼等はクロスファイアの存在に「気付く」事すら許されず、先頭にいた複数の機体は手足やメインカメラを斬り飛ばされて戦闘力を失った。
更に、味方が撃破された事に気付いた後続の部隊が、慌てて陣形を再編しようとする中へ、キラは迷わず機体を飛び込ませる。
クロスファイアの両手に装備したブリューナク対艦刀が鋭く奔る。
複雑な軌跡を描く剣閃。
ただそれだけで、一瞬にして複数の機体が戦闘力を失っていく。
崩れる、教団軍の戦線。
そこへ、砲火が集中され被害がさらに拡大する。
クロスファイアの戦闘に触発され、後続する連合軍もまた攻撃に加わったのだ。
数においてはユニウス教団とレトロモビルズが勝っているが、連合軍もここまで戦い抜いてきたのだ。士気においては決して負けてはいない。
「悪いけど、向かってくるなら容赦はしない!!」
キラは言い放つと同時に、ドラグーン4基を射出。更にビームライフルとレールガンを展開して24連装フルバーストを放つ。
その一斉砲撃を前に、次々と数を減らしていくユニウス教団軍。
だが、仲間の屍を乗り越えるようにして、後から後から新手がやってくる。
対抗するように、キラもまた砲撃の速度を速めた。
「負けられない気持ちなら、僕達も持っているからね!!」
脳裏に浮かぶのは、子供達の笑顔。
そんな主の想いに答えるように、クロスファイアは咆哮を続けた。
機体後部から突き出した8基のコンテナの内、ハッチを開いた4基から放たれたミサイルが、一斉に方向転換しながら向かってくるのが見える。
その圧倒的な量は、意図的にエターナルスパイラルを包囲するかのように、放射状に散らばりながら接近してきた。
対して、
「カノン、迎撃任せた!!」
「オッケー!!」
エターナルスパイラルを駆るヒカル達は、その場に踏みとどまって全武装を展開、向かってくるミサイルを撃ち落としていく。
空間を埋め尽くすように放たれたミサイル。
しかしそれらは、エターナルスパイラルの放つ砲火に阻まれ、次々と火球へと変じていく。
その様を見て、PⅡが喝采を上げる。
《アハハハ、すごいすごいッ けど、まだまだ行くよ!! さあ、いつまで耐えられるかな!?》
そう言うと、ミサイルの第2陣を解き放つPⅡ。
今度は、エターナルスパイラルに対して、上下から時間差をつけて挟み込むような軌道を取っている。
《ヒカル、上からくる方が早い。そっちの迎撃を優先して!!》
「判った!!」
レミリアのオペレートに従い、機体を操るヒカル。
再び放たれる砲撃が、ミサイルを次々と撃ち落していく。
上方から迫るミサイル群を全滅させたヒカルは、続いて下方の群れを迎え撃とうと照準を修正する。
その時だった。
「何っ!?」
思わず、ヒカルは目を剥く。
ヒカル達が見ている前で、迫っていたミサイルが急激に方向転換して散開、四方八方に散らばりながら一斉に襲い掛かって来たのだ。
「クソッ!!」
ヒカルは舌打ちしながら機体を操って、安全圏へと逃れようとする。
更にカノンが、必死になって砲撃を行いながら迎撃に努める。
しかし、不意を突かれた事での対応の遅れは否めない。
次の瞬間、殺到してきた複数のミサイルがエターナルスパイラルを直撃した。
PS装甲のおかげでダメージはない物の、衝撃は容赦なくコックピットを貫いていく。
「《キャァ!?》」
カノンとレミリアが悲鳴を上げる中、ヒカルはとっさに両腰のレールガンから高周波振動ブレードを抜刀すると、向かってくるミサイルを迎え撃つ。
複雑な軌道を描きながら向かってくるミサイル。
その全てが、まるでタイミングを計ったように、エターナルスパイラルへ波状攻撃を仕掛けてくる。
《ドラグーンミサイルって言ってね。ま、性能は読んで字の如くさ。プラント軍でも実戦投入は検討されたんだけど、結局間に合わなかったって言ういわくつきの代物だよ》
これは言わば、ドラグーンを無人の特攻兵器として使うと言う発想から来ている。
通常のドラグーンの場合、砲撃用のデバイスとして用いるか、あるいはヴァルキュリアのファングドラグーンのように、接近戦用の武装として用いるのが一般的である。
しかし、いかにインターフェイスに改良が施され、攻撃をオートで行う事ができるようになっているとは言え、操作、照準、修正、発砲を滑らかにこなし、ドラグーンの性能を十全に引き出せるパイロットは、よほどの熟練者か適正者に限られる。
そこで発想の転換が成され、通常ミサイルの誘導方式にドラグーンシステムを用いる事で、ミサイルをある程度自在に操れるようにしたのだ。
勿論、炸裂すればミサイルは失われるが、パイロットに掛かる負荷は通常タイプのドラグーンに比べると格段に減少する事になる。
PⅡが自ら操るドラグーンミサイルが、次々と弾幕をすり抜ける形でエターナルスパイラルへと向かう。
だが、
機体の体勢を直しながら、SEEDを宿したヒカルの瞳はミサイル一つ一つが複雑に描く軌跡を正確に読み取って漏らさない。
不揃いの翼を羽ばたかせて斬り込むエターナルスパイラル。
両手に装備した高周波振動ブレードが、輝きを帯びる。
次の瞬間、剣閃が迸り、命中寸前だったミサイル複数が一瞬にして斬り裂かれた。
その時だった。
《ヒカル、正面攻撃、来るよ!!》
「ッ!?」
レミリアの警告に、思わず短く息を吐くヒカル。
ミサイルの迎撃に気を取られて、デザイア本体への注意が完全に逸れていたようだ。
展開した4基のシザー。
その中央に備えられたビームキャノンが、一斉攻撃を開始する。
舌打ちするヒカル。
とっさに回避行動を取るべく、機体を旋回させる。
しかし、PⅡはそれを読んでいたかのように、エターナルスパイラルの進路上目がけてビームキャノンを放った。
《遅いよッ》
楽しげな声と共に、迫る光線。
対して、
《回避は、無理!!》
レミリアの警告の元、ヒカルはとっさに防御を選択する。
ビームシールドを展開するエターナルスパイラル。
そこへ、閃光が着弾した。
強烈な衝撃が、機体を貫く。
思わずもれそうになる声を、ヒカルは必死に噛みしめて耐えた。
盾を展開した腕がへし折れるのでは、と思える程の攻撃に耐えながら、どうにかデザイアからの攻撃をやり過ごしたヒカル。
しかし、
《ホラホラ、まだまだ行くよ!!》
はやし立てるような声と共に、PⅡは、今まで沈黙していた4基のコンテナを展開。そこに内蔵されていた合計160門のレーザー砲を一斉発射した。
弧を描くような軌跡と共に、一斉にエターナルスパイラルを狙うレーザー。
対して、ヒカルは自身に向かってくるレーザーの軌跡を正確に見極める。
「斬り込むぞ、レミリア、接近コースを割り出せ!!」
《了解!!》
レーザーの攻撃を回避しながら、ヒカルはレミリアに指示を飛ばす。
同時に、送られてきたデータを基に、一気の突撃を開始する。
光学幻像を織り交ぜた幻惑によってPⅡの照準を攪乱、ヴォワチュール・リュミエールを用いた超加速によって、エターナルスパイラルはデザイアへと接近する。
悉く空を切るデザイアの攻撃。
そのまま一気に斬り込むか?
そう思った次の瞬間、
《悪いけど》
PⅡの笑みが強まる。
《そう来るのは、予想済みってね!!》
今にも接近を図ろうとしていたエターナルスパイラルへ、零距離からビームキャノンを浴びせる。
迸る閃光。
ビームが、エターナルスパイラルを貫く。
次の瞬間、不揃いの翼を広げた機影は、霞のように消え去ってしまった。
《あれ?》
驚くPⅡ。
捉えたと思っていたのは、エターナルスパイラルの残した残像だった。
その隙を逃さず、ヒカルは斬り込む。
エターナルスパイラルの両手に装備した高周波振動ブレードを振り翳すヒカル。
横なぎに振るわれる刃。
剣閃は、デザイアのコンテナ1機を真っ二つに斬り飛ばす。
「まだッ!!」
すり抜けるようにすれ違いながら機体を反転。更に追撃を掛けようとするヒカル。
しかし、それよりも早くPⅡはデザイア胸部の複列位相砲を斉射する。
牽制の砲撃だったが、ヒカル達の出鼻をくじくには充分だった。
とっさにヒカルはシールドを展開して防御するも、盾表面に命中した閃光により、期待は大きくバランスを崩す。
対して、エターナルスパイラルが体勢を崩した隙に、PⅡは距離を取って体勢を立て直した。
ヒカルは高周波振動ブレードを、PⅡはビームキャノンを、それぞれ構えて対峙する。
《やるね。正直、少しだけ舐めてたかな》
感心したように言いながらも、PⅡは警戒を緩めない。
オーブの魔王。
アンブレアス・グルックご自慢だった「勇者」クーヤ・シルスカをも退けた存在である。確かに、油断できる相手ではなかった。
「・・・・・・・・・・・・なぜだ?」
《うん?》
突然、質問を投げ掛けたヒカルに対し、PⅡは首をかしげる。
いったい、何を聞きたいのだろうか?
「なぜ、お前はアンブレアス・グルックなんかに協力して、戦争の拡大なんかやったんだ?」
ヒカルの目から見れば、PⅡの行動は不可解な点だらけだった。
アンブレアス・グルックに協力して、彼の覇権獲得に協力していたと言うなら、まだ納得できる。
しかしPⅡは状況が不利になるや、あっさりとグルックを切り捨て、あまつさえ、彼を陥れる事までしている。
まるで、行動が矛盾だらけだった。
《・・・・・・・・・・・・そうだねェ》
それに対し、ややあってPⅡは返事を返した。
《せっかく、ここまで付き合ってくれたんだ。君達には真実を教えてあげようかな》
そう言うと、PⅡは口の端を吊り上げて笑みを見せる。
《人が真の意味で輝く瞬間がどんな時か、君達は知っているかな?》
いきなり何を言い出すのか?
意味が分からず、ヒカル達は互いの顔を身合わせて首をかしげる。
対して、PⅡはその反応を予想していたのだろう。一同の反応を楽しむように、クスクスと笑い声をあげた。
《教えてあげるよ。それはね、絶望を知って沈んで行く時に見せる、哀れで滑稽な表情だよ》
「なに・・・・・・・・・・・・」
声を上げるヒカルに構わず、PⅡは続ける。
《僕はね、人が悲劇に晒されて、絶望する様を見るのが大好きなんだよ。だから、そう言ったシーンをたくさん見る事ができる戦争を引き起こす為なら、あらゆる努力を惜しまないのさ。その対象が、今回はアンブレアス・グルックだっただけの事だよ。あの愛おしくも哀れで滑稽で幼稚な議長殿は、実に献身的に働いて僕に尽くしてくれた。機会があればお礼の一つも言いたいところなんだけど、まあ、どうせもう会う事も無いだろうし、どうでも良い事だね》
PⅡの言葉を聞き、ヒカルは愕然とした。
ヒカルは今度こそ、目の前でのうのうとしゃべり続ける、ピエロ男の本質が見えた気がしたのだ。
こいつは言わば「究極の愉快犯」だ。
PⅡにとっては、オーブも、プラントも、連合も、テロリストも、正義も大義も、英雄も悪も関係ない。
全ては、己の快楽である「悲劇の観覧」を行う為のファクターでしかない。
PⅡには世界を変えようとする大義などありはしない。ただ、状況を掻き乱せるだけ掻き乱し、そこで右往左往する人間を見て高笑いを上げたいだけなのだ。
正に、純粋な「悪意」の塊から削り出されて生まれた「化物」であると言える。
何よりヒカルを驚愕させたのは、今次大戦の殆ど全般にわたり、PⅡの暗躍を許してしまった事である。つまり、ここ数年間、世界はPⅡの掌の上で転がされ続けて来たのだ。
そして、このような男の存在を、世界は曲がりなりにも許容してきたのだ。
《世界は舞台。けど、そこに住む人間は、みんな等しく鼠に過ぎない。僕が笛を吹けば、死ぬまで必死に踊り続ける、哀れな鼠。故に、僕は「Pied Piper」。笛吹き男って訳さ》
PⅡの独演を聞き、
ヒカルは、ここまでPⅡを追って来た事は、決して間違いではなかった事を悟る。
この男は、ここで何としても倒さなくてはならない。
討ち漏らせば、必ず後日、より大きな災厄になって帰ってくる事は明白だった。
「よく判ったよ」
《何が?》
あくまでも、おどけた調子を崩さないPⅡに対し、ヒカルはSEEDを宿した瞳で睨み付ける。
「お前は倒すッ 今日ここで!!」
《アハッ やれるもんならやって見なよ!!》
次の瞬間、
戦闘が再開された。
ドラグーン4基を一斉射出するエターナルスパイラル。
その操作をカノンに任せると、ヒカルは高周波振動ブレードを振り翳して距離を詰めに掛かる。
対してPⅡはコンテナに搭載されたレーザー砲を一斉発射、エターナルスパイラルの接近を阻もうとする。
レーザー攻撃をすり抜ける形で、デザイアへと迫るエターナルスパイラル。
対抗するように、PⅡは4基のビームキャノンで牽制すると同時に、残っていたドラグーンミサイルを一斉発射した。
時間差を付けながら、包囲するように迫るドラグーンミサイル。
それに対して、カノンが操るドラグーンが、突撃するエターナルスパイラルを援護するように閃光を放ち、次々とミサイルを撃ち落とす。
「貰った!!」
自身の間合いまで切り込むヒカル。
そのまますれ違いざまに振るった高周波振動ブレードが、ミサイルを撃ち尽くしたコンテナを斬り飛ばす。
だが、エターナルスパイラルが背中を見せた一瞬のすきを、PⅡは見逃さない。
4基のレーザー砲コンテナが、再び発光すると、エターナルスパイラルを追いかけるようにして一斉に閃光を放ってくる。
「クッ!?」
とっさに機体を振り返らせながら、ヒカルはビームシールドを展開。自身に向かってくるレーザーを防御する。
しかし、
「こいつ・・・・・・まさかッ!?」
ある事に思い至り、舌打ち交じりに言葉を洩らす。
ヒカルはもとより、カノンもレミリアも、これまで多くの戦いを勝ち抜いて来た歴戦のエース達である。このエターナルスパイラルにしても、既に長い時間乗りこなし、並みいる強敵達を退けて来た実績がある。
だというのにPⅡは、そんなエターナルスパイラルを相手に互角以上の戦いを演じているのだ。
《アハハハ》
そんなヒカルの焦燥をあざ笑う声を、PⅡは上げる。
《まさかと思うけど、この僕が、そこらのテロリストよりも弱いと思っていたりとか、する?》
「ッ!?」
息を飲むヒカル。
図星だった。
今までPⅡは、アンブレアス・グルックを補佐する形で、自身の謀略を展開してきたが、前線に出てモビルスーツを駆ったところを見た事は無い。それ故、戦闘については素人であるという先入観が、ヒカルの中で働いていたのだ。
否、ヒカルだけでなく、カノンやレミリアもまた、そのように考えていた。
しかし、
《それはさすがに失礼でしょ、僕にさ》
レーザー砲とビームキャノン、複列位相砲を一斉発射するデザイア。
対してエターナルスパイラルは、両手に装備していた高周波振動ブレードを鞘に戻すと、レールガンとビームライフル、ドラグーン4基を交えた24連装フルバーストを放つ。
交差する互いの閃光。
次の瞬間、エターナルスパイラルのドラグーンが1基、デザイアのコンテナが1基、相打ちの形で破壊される。
《テロリストを束ねるこの僕が、その他大勢の有象無象に負ける訳ないじゃん》
言いながら、PⅡは自機のコンテナを2基パージすると、エターナルスパイラルめがけて射出する。
何だ? とヒカルが訝った瞬間。
《ダメ、カノン、あれ撃って!!》
「えッ!?」
悲鳴交じりのレミリアの警告。
殆ど反射的に、カノンはトリガーを絞る。
しかし、それよりも一瞬早く、デザイアのビームキャノンが火を噴き、パージしたコンテナを貫く。
次の瞬間、貫かれたコンテナから爆炎が生じ、衝撃波がエターナルスパイラルへと襲いかかった。
「クッ!?」
「ひ、ヒカル!!」
カノンの悲鳴を聞きながら、どうにか機体の態勢を立て直そうとするヒカル。
衝撃はミサイル着弾時の比ではない。強烈な地震を体験したような振動がエターナルスパイラルを包み込む。
そこへ、再びデザイアからの攻撃が再開された。
ここに至るまで、全てのミサイルを撃ち尽くし、レーザー砲コンテナを2基失ったデザイアの火力は、当初に比べればかなり落ち込んでいる。
しかし、それでも尚、執拗な照準でエターナルスパイラルを追いこんでくる。
《ほらほら、もう息切れ? だらしないぞ~!!》
「舐める、なァ!!」
奮起するようなヒカルの声。
同時に、加速するエターナルスパイラル。
放たれる砲撃を全て回避しながら、左肩からウィンドエッジを抜き放つと、ブーメランモードにして投擲する。
旋回しつつ飛翔するブーメラン。
対してPⅡはビームキャノンを斉射、自身に迫るブーメランを撃ち落とした。
しかし、
《ヒカル、今!!》
「ああ!!」
レミリアの声に弾かれるように、一瞬の隙を突いて駆け抜けるヒカル。
同時に腰からビームサーベルを抜刀する。
《おっと!?》
対してPⅡも、デザイアの持つ全火力を駆使して迎え撃つ。
放たれる攻撃が虚空を薙ぎ払う。
しかし、その全てをヒカルは速度を緩めずに回避、デザイアへと一気に迫った。
デザイアを間合いに捉えるエターナルスパイラル。
ヒカルの瞳が鋭く輝く。
振るわれる剣閃が、デザイアのコンテナを斬り飛ばす。
更に、すかさず二刀目を抜刀するエターナルスパイラル。
剣閃が、複雑な軌跡を描いて迸る。
閃光の如く駆け抜ける剣裁きにより、たちまち残っていたデザイアのコンテナが斬り飛ばされる。
苦し紛れ、とばかりに4基のクローの先端部分からビームソードを発振して斬り掛かってくるPⅡ。
しかし、ヒカルの鋭い眼差しは、それすらも見逃さない。
そのまま動きを止める事無く、まるで舞い踊るかのように2本のビームサーベルを操るエターナルスパイラル。
たちまち、4基のクローは斬り飛ばされて無力化されてしまう。
そこで、ようやくヒカルは動きを止めた。
「勝負あったな」
全ての武装を破壊し尽くされたデザイア。
ヒカルは静かに言い放つ。
これ以上の交戦は無意味だ。
PⅡを捕縛できれば、彼の次の野望を阻止する事のみならず、国際テロネットワークに関する情報や、遂行中の計画の情報も得られる可能性がある。
ならば、命までは奪う必要は無いだろう。
そう考えて、武器を収めるヒカル。
と、
《アハハハ、流石は魔王様。予想以上の実力だよ。案外、グルックみたいな阿呆よりも、君を標的にして計画を立てた方が面白かったかもね》
PⅡは、尚も余裕の態度を崩さないまま語る。
対して、ヒカルも警戒しながら、再度ビームサーベルを構えた。
まだ終わっていない。
PⅡは、まだ何か切り札を隠し持っている。
そう、直感が告げていた。
《やれやれ、この僕に奥の手まで使わせるんだから、本当に、魔王様は貪欲だよね。まあ、嫌いじゃないけど、そう言うの》
そう言うと、
PⅡはコマンドを実行する。
同時に、先のエターナルスパイラルの攻撃によって破損していた外装がはがれ、破壊されたコンテナの残骸や、クローも脱落、同時に折り畳まれていた大型の翼が開いた。
姿を現したモビルスーツは、それまでの禍々しい外見とは裏腹に、すっきりした姿を誇っている。
デザイア高機動形態。
先程までの火力を重視した姿が強襲形態であるなら、こちらはより機動力を重視した姿だった。
《さあ、第2幕と行こうか!!》
次の瞬間、
PⅡの瞳にSEEDの輝きが宿った。
PHASE-22「笛吹き男」 終わり
機体設定
ZGMF―X9999V「デザイア」
武装(強襲形態)
大型ビームシザー×4
ビームキャノン×4
ミサイルコンテナ×4
レーザー砲コンテナ×4
複列位相砲×1
武装(高機動形態)
高出力ビームラフル×2
アクィラ・ビームサーベル×2
ビームキャノン×2
エクステンショナルアレスター×2
複列位相砲×1
近接防御機関砲×2
パイロット:PⅡ
備考
プラント軍が密かに開発を進めていた機動兵器。ヴァルキュリアやゴルゴダ等の機体開発が優先された為、一時的に開発凍結されていたが、PⅡが密かに完成させていた。強襲型と高機動型が存在する。主力武装の一つであるドラグーンミサイルは、パイロットがある程度自在に操作可能。
実はデザインの基にフリーダムやジャスティスの強化武装であるミーティアが使われており、より性能を強化した形。尚、コンテナとシザー部分はPS装甲ではない為、実体系の武装でも破壊は可能。
当初はシャトルに偽装されてPⅡの脱出用に保管されていた。