機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-21「未来への飛翔」

 

 

 

 

 

1

 

 

 

 

 

 戦闘の都合上パージしておいたティルフィングを回収して、ハードポイントへと収める。

 

 これまでの戦闘で、既に全てのドラグーンとウィンドエッジを失っているが、まだ問題は無い。

 

 このまま補給を受けずとも、すぐに戦線復帰は可能だった。

 

「ヒカル、あれはどうするの?」

 

 エターナルスパイラルの計器をチェックしていたヒカルに、カノンがそう言って声を掛けた。

 

 その視線の先には、既に残骸と化したヴァルキュリアが浮遊している。

 

 かつて、その機体はプラント軍の旗機であり、象徴とも言える機体であった。

 

 そのような最重要な機体が、戦闘力の一切を失って漂う様は、グルック政権の終わりを認識するのに十分だった。

 

 と、

 

《・・・・・・ウッ・・・・・・ウッ・・・・・・・・・・・・》

 

 オープンにしたままだった回線から、少女のすすり泣く声が聞こえてきた、ヒカル達は動きを止めた。

 

《ぎちょ・・・・・・ぎちょう・・・・・・どうしたら、良いんですか? ・・・・・・教えてください、議長・・・・・・・・・・・・》

 

 己の全てを壊され、否定された少女は、狭いコックピットの中で膝を抱えてすすり泣いていた。

 

 今のクーヤは、信じていた世界が全てひっくり返され、完膚なきまでに打ち砕かれた状態である。

 

 例えるなら、一寸先すら見えない暗闇の中で、崖から放り投げられたに等しい。

 

 そこまで、彼女の世界は徹底的に破壊されてしまったのだ。

 

 そして、破壊したのは、他ならぬヒカル自身である。

 

 彼女の言葉を否定し、彼女の信じる物を暴力で打ち砕いた。

 

 今の彼女を絶望の淵に蹴落としたのは、間違いなくヒカルである。

 

 同情はしよう。

 

 乞われれば謝罪もしよう。

 

 だが、容認だけはできない。それだけは断じてできない。

 

 今回の件は、たんに勝敗による結果に過ぎず、一歩間違えば彼女とヒカル達との立場は逆になっていた可能性がある。否、一度は確かに逆になったのだ。それをヒカル達が長い時間と実力でもって奪い返した形である。

 

 それに、彼女の事を容認すると言う事は即ち、グルックの在り方について容認すると言う事でもある。それができないからこそ、ヒカル達は今、ここにいるのだから。

 

「・・・・・・・・・・・・自分で考えなよ」

《・・・・・・え?》

 

 ややあって告げたヒカルの言葉に、クーヤは涙交じりの声を返す。

 

「あんたはまだ生きているんだ。自分が進むべき道の事は、自分で考えろよ。他の奴等がどう言ったとかじゃなくてさ、アンタがこれから、多くの世界を見て、多くの人々と触れ合って、それで自分の中の答えを見付けるべきだろ」

 

 かつて、ヒカルもそうだった。

 

 北米紛争で敗れ、それまでの全てを失いながらも、多くの人達と触れ合い、彼等に助けられてここまで来れた。

 

 だからこそ、ヒカルは自分の中の「正義」を、しっかりと確立する事が出来たのだ。

 

 ヴァルキュリアの残骸に背を向けると、ヒカルはエターナルスパイラルの持つ不揃いの翼を広げた。

 

 もう、彼女に用は無い。

 

 今後、彼女自身がどのような答えを出すのか、ヒカルには判らないが、それは彼女自身の問題であり、ヒカルが介入するような事ではない。

 

 もっとも、

 

 もし万が一、再び彼女が自分達の前に立ちはだかるような事があれば、その時は容赦しないが。

 

「そうならない事を、祈っているよ」

 

 

 

 

 

 この時、

 

 2機の様子を残骸の陰から伺っている者がいた。

 

 その機体は、既に半ば以上破壊し尽くされ、残っているのはボディ部分と右腕、そして半壊した頭部の身と言う有様だった。

 

 しかし、それでも失わない鋭い視線は、まるで手負いの野獣を思わせる程凄惨な輝きを放っていた。

 

「ククッ まさか、こんな場面に出くわすとはな」

 

 様子を伺っていたクライブは、口元に笑みを浮かべる。

 

 キラ達に敗れ、辛うじて生を拾ったクライブは、このまま戦場の混乱に紛れて脱出しようと考えていたのだが、その矢先に、思いもかけない場面に出くわしてしまった。

 

 相手は、あのキラの息子だ。

 

 もう1機、残骸と化した機体と何やら言い合っている様子だが、そちらの方はクライブには興味が無い。放置しておいても問題は無いだろう。

 

 残骸と化したディスピアに、唯一残っていた武装であるビームライフルを右手に構え、照準を付ける。

 

「行きがけの駄賃、しっかりと受け取ってやるぜ」

 

 相手は、あのキラの息子だ。ここで仕留める事ができれば、溜飲を下げるには充分だろう。

 

 照準が合わさり、クライブはニヤリと笑みを見せる。

 

「あばよ、魔王様。親父の代わりにテメェの首、しっかりと貰っていくぜ」

 

 そう言い捨てうると同時に、トリガーに掛けた指に力を込める。

 

 次の瞬間、

 

 ザンッ

 

「なッ!?」

 

 突如、ディスピアの胸部からビーム刃が生えた。

 

 驚愕するクライブ。

 

 その背後で、

 

 右手をディスピアの背中に当てたクロスファイアが、パルマ・エスパーダを発振して背後から刺し貫いていた。

 

「ここで25年前を再現されるのは御免だ」

 

 キラは冷ややかな声で言い放つ。

 

 25年前のヤキン・ドゥーエ戦役の折、キラは倒したと思っていたクライブに強襲され、和解仕掛けていた大切な友人を失ってしまった。

 

 奇しくも、状況はあの時と同じ。

 

 しかし、結果は変わっていたが。

 

「キラ・・・・・・・テメェ・・・・・・・・・・・・」

 

 怨嗟の言葉を発するクライブ。

 

 しかし、もはや彼にはどうする事もできなかった。

 

 爆発、四散するディスピア。

 

 その炎の中で、クライブの意識も急速に燃え上がり、そして消えて行く。

 

 キラは今度こそ、過去から連綿と続いた因縁に終止符を打つ事が出来たのだ。

 

「終わりましたね」

「うん」

 

 妻の優しい言葉に、頷きを返すキラ。

 

 その視線の先では、ゆっくりと近づいてくるエターナルスパイラルの姿が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 要塞内部が、軍靴によって踏み荒らされる。

 

 連合軍が特別編成した陸戦隊が次々と上陸し制圧行動を開始するに至り、とうとう、僅かに残っていたプラント軍の組織的抵抗力は、完全に喪失した。

 

 最重要目標であるジェネシス・オムニス発射施設は真っ先に抑えられ、史上最悪の大量破壊兵器は、ついにただ1人の「外敵」も殺さないまま、その機能を強制的に停止させられた。

 

 更に通信施設、格納庫、貯蔵施設、港湾施設が次々と連合軍の手に落ち、その機能を停止させられていく。

 

 プラントに住む多くの人達に塗炭の苦しみを与え、多大な予算を湯水のごとく注ぎ込んで建設されたヤキン・トゥレース要塞だったが、こうなるとただの木偶の坊と変わりなかった。

 

 まだ一部の兵士達が、要塞奥に立て籠もって抵抗を続けているが、それが制圧されるのも時間の問題であると思われた。

 

 そして、

 

 制圧任務に当たっていた1人の連合軍兵士が、ふと足を止める。

 

 視線の先には、要塞作業員の恰好をしたプラント軍兵士の姿があった。

 

「おや?」

 

 その作業員の様子に不審な物を感じて首をかしげる。

 

 既にこの辺一帯の制圧は完了し、捕虜となったプラント軍兵士は臨時収容施設に指定された要塞内の一角に集められている。

 

 大半の兵士が、抵抗らしい抵抗も見せず、従順に従ってくれたおかげで、収容作業は滞りなく完了していた。

 

 だが、その作業員は奇妙だった。

 

 他の兵士達とは離れて1人で行動し、しかも何やらコソコソと辺りを伺いながら、人目を避けるように何も無い場所へと向かって歩いて行くのだ。

 

 連合軍兵士は不審に思いながら、その作業員の後を追いかける。

 

「おい、何をしている?」

 

 声を掛けると、作業員はビクリと肩を震わせ動きを止める。

 

 その様子を見て、連合軍兵士は捕虜収容区画に行くように促そうとした。

 

 その時だった。

 

 突然、作業員は弾かれたように、その場から駆け出したのだ。

 

「お、おい!!」

 

 慌てて追いかける連合軍兵士。

 

 幸い、相手の足はそれほど速くなかった。何メートルも行かないうちに追いつき、そのまま腕を取って床へと組み伏せる。

 

「は、離せッ 離せェ!!」

「大人しくしろ!!」

 

 乱暴に言いながら、作業員が被っている帽子を強引に剥ぎ取る。

 

 その下から出てきたのは、意外に年配の男性の顔だった。

 

 だが、

 

「・・・・・・あれ?」

 

 何かに気付いた連合軍兵士が、訝るように首をかしげる。

 

 対して作業員の方は、しまった、と言う風に視線を逸らした。

 

「お、お前ッ」

 

 作業員の顔には、見覚えがあった。なぜなら、それは彼等が最優先で確保を命じられていた人物だからである。

 

 それは、作業員の姿に変装して1人要塞から脱出を図ろうとしていた、現プラント最高評議会議長アンブレアス・グルック、その人であった。

 

 

 

 

 

 報告を受けて、ムウ達も制圧を完了した司令部へとやって来た。

 

 既に外での戦闘も、終結に向かいつつある。

 

 一部のプラント軍が、未だに散発的な攻撃を仕掛けてきてはいるが、自由ザフト軍を中心とした部隊が警戒に当たっており、そうした抵抗勢力の排除にも余念がない。

 

 更に先程、オーブ本国からの長距離レーザー通信により、本国を強襲しようとしたプラント軍も、リィスをはじめとした残留部隊に撃退されたと言う報告が齎されている。

 

 これにより、連合軍は多大な損害を出しながらも、プラント軍を撃破する事に成功したのである。

 

 何より、この状況を発表すれば、個々人の意志に関わらず、彼等も抵抗の無意味さを知る事になるだろう。

 

「まさか、こんな事をしているとはね」

 

 ムウは呆れ気味に呟く。

 

 彼の視線の先には、後ろ手に手錠を掛けられ、粗末なパイプ椅子に座らされたアンブレアス・グルックの姿がある。

 

 捕えられた時のまま作業員の服を着ており、何ともみすぼらしい姿だ。

 

 逮捕の際に抵抗したらしく、多少顔などに痣が見られるが、それでも健康に影響が出そうなレベルではない。

 

 何より、

 

「わ、私を誰だと思っているのか、この無知無学なテロリスト共め!!」

 

 随分と威勢のいい声を響かせている事からも、彼の元気が有り余っているのは明白だった。

 

「私は、現プラント最高評議会議長、アンブレアス・グルックであるぞッ それが判っているのかッ? ただちに、この不当な扱いをやめ、私を釈放したまえ!!」

「ああ。そう喚かなくても、あなたが何者かである事くらい、我々は把握しているよ」

 

 大声を張り上げるグルックに対し、ムウは面倒くさそうに顔をしかめながら答える。

 

 先程からこの調子である為、さすがにうんざりし始めているのだ。

 

 この状況でよくもまあ、威勢の良い事を言える物である。ある意味、大物である事は間違いなかった。勿論、悪い意味で、だが。

 

「それに、アンタのさっきの言葉、一部間違ってるぞ」

「な、何だと?」

 

 たじろくグルックから視線を外し、ムウは1人の兵士に目をやる。

 

「ああ、すまんが、アレをこの人に見せてやってくれないか?」

 

 ムウに促された兵士は、それまではプラント軍兵士が座っていたオペレーター席に取りつき、コンソールを何やら操作し始める。

 

 程無く、メインパネルが点灯され、何やらニュースの映像が流され始めた。

 

 そこには、戦闘開始前にも見た女性のキャスターが、冷静な口調でニュース文を読み上げている様子が映し出されている。

 

《お伝えしていますように、ヤキン・トゥレース要塞において行われていたグルック派と連合軍との決戦が、先程終結したと言う報告が齎されました。これによりますと、ディバイン・セイバーズをはじめとしたグルック派の軍は、その大半が壊滅状態に陥り、また、未確認ではありますが、アンブレアス・グルック容疑者本人も、連合軍に逮捕されたとの情報が入ってきております。また、これに先立った各市における決議結果によりますと、ディセンベル市、ヤヌアリウス市、フェブラリウス市、マティウス市、マイウス市、ユニウス市、セクスティリス市がアンブレアス・グルック容疑者の背任決議案を議決、先のオクトーベル市と合わせて、これで8市が、背任決議案に賛同した事になります。このほか、アプリリウス市、ノウェンベル市が審議中、クィンティリス市が中立宣言を行っており、明確にグルック支持を続けているのは、事実上、セプテンベル市のみとなったと言えます》

 

「馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 今のニュースは事実上、プラントの8割がグルックの敵に回った事を意味している。

 

 それは、これまで名目上は保ち続けてきたグルック政権の、完全なる崩壊を意味していた。

 

「あんたはもう、議長じゃない。『元』議長殿だよ」

 

 冷ややかに告げるムウ。

 

 この状況に同乗の念が湧かない事も無いが、自業自得である事を思えば、掛ける言葉も無かった。

 

「馬鹿なッ これは謀略だ!! お前達テロリストが、私を陥れる為に仕組んだ卑劣な罠に違いない!! プラントの市民が、私を見捨てるはずがない!!」

「いや、これが事実だよ」

「嘘だ!! 嘘だ嘘だ嘘だァ!!」

 

 現実を認められず、泣きわめくグルック。

 

 無理も無い。彼からしてみたら、自分の「王国」が崩壊していく様を、まざまざと見せつけられているに等しいのだから。

 

 だが、これはあくまで彼自身の無知無策が招いた結果であり、同情の余地は一片たりともありはしなかった。

 

「誰か、嘘だと言ってくれ・・・・・・・・・・・・」

 

 もはや、周囲の人間には欠ける言葉すらないまま、ただ「元」議長殿のすすり泣く音だけが響いていた。

 

 その時、

 

《いいえ、これは現実です》

 

 静かに、それでいて冷酷なまでに、現実を突きつけた声は、耳障りの良い涼やかな声だった。

 

 振り返る一同。

 

 そこには、ピンク色のハロを抱えたメイリンを従える形で、ラクスが厳しい表情をして立っていた。

 

 その姿に、グルックは呆けたように目を見開き、口を半開きにする。

 

《どうしました? わたくしの顔を見忘れましたか、アンブレアス・グルック?》

 

 詰問するようなラクスの口調に、ようやく僅かながら意識が現実に復帰したグルックは、ノロノロと口を開く。

 

「なぜ・・・・・・あなたが、ここにいるのだ?」

 

 彼が呆けるのも、無理のない話である。何しろ、死んだ筈の人間が目の前にいるのだから。

 

「あなたは、死んだ筈だろう・・・・・・なぜ、あなたがここにいる?」

 

 言ってから、グルックはハッと何かに気付き、次いで眦を上げて口を開く。

 

「そうかッ あなたの仕業だったのだな!!」

 

 怨嗟の籠った声が、ラクスにぶつけられる。

 

 ちょうどその時、ヒカルと、青いハロを抱えたカノン、それにレミリアが指令室に入ってきた。

 

「あなたが、裏から手を回して、私の理想を悉く邪魔していたのだなッ いいやっ そうに違いない!!」

 

 殆ど、と言うよりも完全に言いがかりに過ぎない言葉だったが、グルックは100パーセントの確信を込めて言い放つ。

 

 ラクスの影響力と政治力をもってすれば、自分を蹴落とすくらい訳ない事だろう。

 

 しかし、

 

《いいえ》

 

 ラクスは、言下に否定した。

 

《わたくしは何もしていません。今のわたくしにできる事と言ったら、せいぜい、情報を集めて、わたくしの仲間達を支援する事くらいですので》

 

 本当の事である。

 

 ラクスは今次大戦において、自身のネットワークを駆使して情報収集以外の個人的活動はほとんど行っていない。唯一、ヒカルの危機に遠隔から介入を行ったのが例外中の例外である。

 

 これは、ラクスが自分自身に課した「制約」でもある。

 

 こうして意思の疎通ができるようになったとはいえ、ラクスは所詮は死んだ人間である。

 

 キラ達のお陰で現世に戻って来た時にラクスが思ったのは、死んだ人間が生きた人間の世界に過剰に介入する事は許されないと考えた。その為、ターミナルの運営ですらキラやエストに任せ、自分はあくまでサポート役に徹し続けて来たのだ。

 

 しかし、

 

「嘘だッ 嘘だァ!! お前が悪いんだッ お前さえいなければ、全部上手く行ったはずなんだ!!」

 

 もはや駄々をこねる子供のように喚き続けるグルック。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《アハハハハハハッ 無様無様無様ッ!! 無様だねェ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、モニターの映像にノイズが奔り、強引に切り替わる。

 

 ハッとなって、振り返る一同。

 

 同時に耳障りな音が聞こえ、切り替わった画面には、ピエロ顔の男が大写しで現れた。

 

「あれはッ!?」

「PⅡ!!」

 

 面識のあるヒカルとカノンが、警戒したように身構える。

 

 対してレミリアは、明らかに恐怖を感じて身を震わせる。

 

《そんな・・・・・・何で・・・・・・》

 

 かつて、PⅡによって北米統一戦線の仲間が処刑される映像を見せられ、その後も長く囚われの身だったレミリアにとって、PⅡは恐怖の対象でもあった。

 

 そんなレミリアに、ラクスは素早く身を寄せると、優しく抱きしめる。

 

《大丈夫ですよ、レミリア。わたくしたちが付いています》

《お、お母さん・・・・・・・・・・・・》

 

 震えながらも、母に身を寄せるレミリア。

 

 そんな一同の視線を集める中、

 

 モニターの中のPⅡは、薄笑いを浮かべて一同を見回す。

 

《やあやあ御一同、生きてるお歴々から、もう死んじゃってる筈の人まで、お揃いみたいで。これはちょうど良かったかな》

 

 自分が与する陣営の敗北が確定したと言うのに、聊かも悪びれた様子も無く、PⅡはヘラヘラと笑い続けている。

 

 その姿を見て、

 

 グルックは息を吹き返したように、勢いよく顔を上げた。

 

「おおッ PⅡ!! お前がまだ残っていたか!!」

 

 グルックにとって、正にPⅡの存在こそが、起死回生の切り札だった。

 

 これまでPⅡは、グルックに協力し、その政権維持に多大な貢献をしてきてくれた。

 

 多くの策を実行し、その全てを的中させてきた。

 

 PⅡならば、この状況をも逆転してくれる。自分の敵を1人残らず一掃し、再び自分の覇権を確立する事に協力してくれる。

 

 そう確信して言い放つ。

 

「さあ、PⅡよ、今こそ私を助け、この卑劣なテロリスト共を葬り、正義の為の戦いに協力してくれ!!」

 

 期待に満ちたグルックの言葉。

 

 その言葉を聞いてPⅡは、

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

《あ~ 無理無理。そんな無茶言わないでよー》

 

 

 

 

 

 あくまで態度は変えないまま、

 

 完全に、自身の同盟者を馬鹿に仕切った口調で言い放った。

 

 呆然としたのはグルックである。

 

「・・・・・・・・・・・・な、何を言っているのだ?」

 

 今度こそ、世界が完全に崩壊したような表情を見せるグルック。

 

 そんなグルックの表情を見て、PⅡは可笑しそうに笑う。

 

《いや~ 僕は別に何でも出せるポケットを持っている訳じゃないんだよ。今の君の尻拭いを押し付けられたって困るんだよね~》

「な、何を言っているのだッ これまで、お前は私に協力してくれたではないか!!」

《『これまでは』ね。けど、協力関係ってのは、あくまでも双方に利益がある場合に成立する物だよ。それじゃあ、果たして今の君に利用価値があるのかな?》

 

 グルックの利用価値。

 

 そんな物がある筈がない。

 

 今のグルックにできる事は、ただ収監され、裁きを待つ事のみだった。

 

《ま、君みたいな三流以下の政治家モドキに今まで献身的に協力してあげたんだから、感謝してよね》

「なッ!?」

 

 あまりの物言いに、もはや言葉を発する事すら忘れてしまうグルック。

 

 見守るヒカル達も、予想だに出来なかった事態に、対応が追いつかなかった。

 

《いや、それにしても、見事なまでの道化ぶりだったね。素質はあると最初から思っていたけど、まさかここまでとは。いやはや、流石の僕もビックリだったよ》

「貴様・・・・・・・・・・・・」

《ラクス・クラインをはじめとした先人が、必死になって維持してきた平和をわざわざぶっ壊して、「統一された世界」とか言う御大層且つチンケで、独りよがりな妄想を振り翳して、世界中に戦火をばらまいてくれちゃって。いやー、傍で見ていて、ほんと愉快だったよ、君の暴走は。ぶっちゃけ、君1人いなかったら死ななくて良かった人間が、世界中に何万人いるだろうね?》

 

 それはそれは楽しそうに、PⅡはグルックをこき下ろす。

 

 対して、グルックは怒りと屈辱がない混ぜになった表情で、PⅡを見上げる事しかできないでいる。

 

 その目は、つい先刻まで協力者として仰いでいた存在に対する信頼は消え、今や完全に仇敵を睨み付けているに等しかった。

 

 だが、逮捕され、繋がれたグルックには、もはやどうする事も出来ない。彼にできるのは、こうして歯噛みしながら睨み付ける事のみだった。

 

《ああ、そうそう、協力はできないけど、こんな物があったから、ついでに送っておくよ。せいぜい、役に立ててね》

 

 そう言うと、PⅡは画面からは見えない手元で、何事か操作をする。

 

 すると、

 

「司令ッ 何かが転送されてきます!!」

 

 オペレーターの声に弾かれたように、ムウはサブモニターに駆け寄る。

 

 そこには確かに、何かのファイルが転送されてきていた。

 

《アンブレアス・グルックが、就任前から今日にいたるまで行ってきた不正と違法の全証拠、その一部始終ってところかな。裁判になったら必要になるでしょ。いちいち全部記録しておいたから、せいぜい役に立ててね》

「なッ!?」

 

 慌ててファイルを開くと、確かにそれらしき記述が見られる。

 

 不正支出に、軍人家族に対する過度な優遇措置の実態。閣僚が犯した犯罪のもみ消し。保安局の杜撰な捜査状況と、それに伴う冤罪の数々。より重大な物としては捕虜に対する違法な人体実験や、捕虜収容所における虐待の事実等、読むだけでも数日はかかりそうなほど莫大な量である。

 

「やめろォ!!」

 

 そんな中、グルックが喚き声を上げる。

 

「見るなァ!! 見ないでくれェ!!」

 

 飛び出そうとして、慌てた兵士達に床に押さえつけられる議長。

 

 そんなグルックの様子に対し、PⅡはもはや用は無いとばかりに、あっさりと視線を外した。

 

《アハハハ、そんじゃ、僕はこれでお暇させてもらうよ。もう十分楽しませてもらったし。ほとぼりが冷めたら、また戻ってきて遊んであげるから、その時まで、せいぜい頑張ってね。あ、連合軍の皆さんにも、ここまで付き合ってくれたお礼に、とっても素敵なプレゼントを用意したから。たっぷりと楽しんでね。そんじゃ》

 

 そう言い捨てる同時に、モニターが暗転する。

 

 後には、泣き喚くグルックと、それを取り囲むように立ち尽くす一同だけが残された。

 

 その時だった。

 

「要塞下部のハッチが開いていますッ 何かが発進準備をしている模様!!」

 

 オペレーターがコンソールを操作しながら、モニターを移す。

 

 ややあって映し出された映像には、岩塊に偽装したシャッターが開く様子が映し出されている。

 

「あいつだッ!!」

 

 反射的に、ヒカルが叫び声を発する。

 

 何が起こっているのか、ヒカルにはすぐに判った。

 

 PⅡだ。

 

 あのピエロ男が、仲間も何もかも捨てて、1人で逃げようとしている。

 

 だが、今のヒカルにはどうする事も出来ない。

 

 やがて、開いたハッチから凄まじい勢いで何かが飛び出していくのが見えた。

 

 それは、大形のシャトルだった。

 

 後部には大形の推進機を4基備え、かなりの速力が出る事が推測できる。

 

 全体としての形は奇妙で、ゴツゴツと突起物の多い印象がある。

 

「あいつ!!」

 

 映像を見たヒカルが声をあげるが、もはやどうする事も出来ない。

 

 飛び出したシャトルの勢いは凄まじく、あっという間にカメラでは捉えられない距離まで飛び去って行ってしまった。

 

「奴を追える機体は!!」

「ダメです。あまりにも早すぎて・・・・・・間も無く、探知範囲も抜けます!!」

 

 歯噛みするしかない。

 

 戦争が終わったと言うのに、ある意味元凶とも言える人物を取り逃がすとは、画竜点睛を欠くこと甚だしい事だった。

 

 このままでは、あいつの言うとおり、今ここで戦争を終わらせたとしても、ほとぼりが冷めて奴が戻って来れば、再び同規模の戦乱が怒る事になる。

 

「クソッ どうする事もできないのかよ!!」

 

 ヒカルは苛立ちをぶつけるように壁を拳で叩くと、泣き崩れているグルックへ足音も荒く近寄ると、その襟首を掴んで締め上げる。

 

「言えッ あいつはどこに行った!?」

 

 当初はプラント軍を打倒し、グルック政権を倒せば戦争は終わると思っていた。

 

 しかし今、更なる闇が姿を現し、そして嘲笑を上げながら手の届かない所へ飛び去ろうとしている。

 

 皆は、改めて認識していた。

 

 PⅡを倒さない限りは、悲劇は何度でも繰り返される事になる。

 

 だからこそ、奴はここで何としても倒しておかなくてはならないと言うのに。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・てい、け」

 

 ヒカルに襟首を掴まれたグルックは、弱々しい口調で言う。

 

「・・・・・・出て行け・・・・・・出て行け・・・・・・ここは、わたしの、国だ・・・・・・出て行け・・・・・・・・・・・・」

「お前・・・・・・・・・・・・」

 

 うわ言のように発せられるグルックの言葉に、ヒカルは呆然とするしかなかった。

 

 グルックは、既に壊れていた。

 

 自分の信じたあらゆる物を奪い取られ、完全に自分1人の世界に埋没してしまっていたのだ。

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなヒカルの腕を掴んだキラが、ゆっくりと首を振る。

 

 これ以上、この男を問い詰めても無駄な事は明白だった。

 

 腕の力を緩めるヒカル。

 

 もう、これ以上、この男に構っている暇は1秒たりとも無かった。

 

《方法は、あります》

 

 凛とした声が響き渡る。

 

 一同が振り返って視線を向ける中、発言したラクスは、硬い表情のまま、視線を俯かせている。

 

 いつも、朗らかな態度を崩す事がないラクスからすれば、珍しい態度であると言える。

 

 何か、言いにくい事を言い淀んでいる。そんな感じだった。

 

「教えてくれ、おばさん」

 

 そんなラクスに、ヒカルが詰め寄る。

 

 何だって良い。奴を、PⅡを追う方法があるなら、どんな手段でも辞さないつもりだった。

 

《しかし・・・・・・・・・・・・》

 

 対して、ラクスは尚も言いよどむ。

 

 彼女は後悔していた。

 

 ラクスの中にある案は、非常に危険を伴う物である。そして、ヒカルの性格からして、危険だからという理由だけで引き下がるとは思えなかった。

 

 かつてラクスは、自身の計画にキラとエストを巻き込み、それが長きに渡って親子を引き離す結果となった事を、今も後悔している。

 

 今ここで、自分の作戦を話せば、再び悲劇を繰り返す事になる。その事を、ラクスは恐れていた。

 

 しかし、

 

「おばさんだって判ってるだろ。あいつをここで逃がせば、いずれまた、大きな被害を出す事になるってさ」

《ヒカル・・・・・・・・・・・・》

 

 ヒカルにまっすぐに見据えられ、ラクスは唇を噛みしめる。

 

 そこへ、

 

「わたしからもお願いします、ラクス様」

《お母さん、ボクからも》

 

 カノンとレミリアも、ヒカルと共にラクスに告げる。

 

 子供たちの眼差しが、ラクスを貫く。

 

 対して、

 

 ラクスはフッと、微笑みを浮かべる。

 

 この子達はもう、子供じゃない。自分達の道は自分達で決める事が出来る、立派な大人だ。

 

 ならば、自分があれこれと、余計な気を使う必要はないだろう。

 

《判りました》

 

 そう言って、ラクスは頷いた。

 

 

 

 

 

《射出角調整、進路上に問題無し》

《エネルギー充填開始。目標への進路計算は完了》

《グロスローエングリン、回路に問題無し。発射は可能》

《エターナルスパイラル、発信位置につきます》

 

 特殊な発進シークエンスが執り行われる中、エターナルスパイラルが、ゆっくりと発信位置へと移動して行く。

 

 その後方には、艦首部分を向けている、戦艦大和の姿があった。

 

 エターナルスパイラルは既に、ドラグーン等の消耗した武装や酸素、推進剤等の補充は終わっている。後は、発進の時を待つのみだった。

 

《こちらはいつでも行けるぞ、ヒビキ二尉》

 

 モニターの中では、大和艦長のシュウジが映し出される。

 

 今回は大和と連携する事で、PⅡへの追撃を行う事になっていた。

 

 だが、状況は予断を許される物ではなくなりつつある。

 

 発進準備を進める段階で、とんでもない情報がヤキン・トゥレース要塞へと飛び込んできた。

 

 それによると、ユニウス教団軍の残党と、レトロモビルズの大部隊が、大挙してヤキン・トゥレース要塞に迫っていると言う。

 

 PⅡが去り際に言っていた「プレゼント」とは、これの事だったのだ。

 

 用意周到な男である。

 

 PⅡは自分が逃げるに当たり、連合軍を足止めして追撃の手を完全に断つ為に、自身の持つ国際テロネットワーク機能をフルに活かして、残った勢力である、ユニウス教団とレトロモビルズを動かしたのだ。

 

 これでは、連合軍も動くに動けない。

 

 正に、ヒカル達が最後の切り札となった訳だ。

 

《頼むぞ。我々の希望、全て君達に託す》

「了解」

 

 ヒカルが返事をすると、今度は画面が切り替わって、大和のオペレーター席に座っているリザが現れた。

 

《こっちの準備は完了。いつでも行けるよ》

「了解・・・・・・その、リザ、レオスの事は・・・・・・・・・・・・」

 

 躊躇うように訪ねて来るヒカルに対し、リザは一瞬ハッとしてから、次いで力なく笑う。

 

《聞いた。さっき、ノンちゃんとレミリアから・・・・・・正直、ショックじゃなかったって言えば嘘になる》

「ザッち・・・・・・・・・・・・」

 

 後席に座ったカノンが、気遣うように声を掛ける。

 

 対して、リザは顔を上げて笑顔を浮かべた。

 

《けど、お兄ちゃんはやっぱり、最後まであたしのお兄ちゃんだった。それだけ分かれば、今は充分だよ》

 

 レオスは、あくまでもリザを守るために、最後まで戦った。

 

 その事が、倒れそうになったリザを支えているのだ。

 

《だからみんな、お願い。どうか、お兄ちゃんの守ろうとした未来を、みんなが守って》

「ああ、任せろ」

 

 力強く頷くヒカル。

 

 こうしている間にもカウントダウンは、刻々と刻まれていく。

 

 と、そこへ、寄り添うように1機のモビルスーツがエターナルスパイラルに取り付いて来た。

 

《ヒカル、準備は良いね》

「父さん」

 

 キラとエストもまた、迫りくる敵軍を迎え撃つ為に出撃したのだ。

 

《ここは私達が引き受けます。みんなも、気を付けて》

「ああ、判ってる」

 

 気遣う母に返事を返してから、ヒカルは改めてキラに向き直った。

 

「父さん、あのさ」

《うん、何かな?》

 

 息子の言葉を待つキラ。

 

 だが、ややあってヒカルは笑みを浮かべ、首を横に振った。

 

「いや、やっぱりいい。帰ったら話すよ」

《・・・・・・そっか》

 

 そんな息子に、キラも頷きを返した。

 

 もし帰って来られなかったら、などと言う事を言ったりはしない。

 

 必ずPⅡは倒す。

 

 そして、必ずここに帰ってくる。

 

 ヒカルも、カノンも、レミリアも、その決意の元で今、飛び立とうとしている。

 

 その時、

 

《射出20秒前。エターナルスパイラルは、ファイナルシークエンスをスタートしてください!!》

 

 リザの声が響き渡る。

 

「じゃあ、父さん、母さん」

《ああ、行っておいで》

《必ず・・・・・・必ず帰ってきてください》

 

 両親の声を背に受け、

 

 ヒカルはエターナルスパイラルの持つ、不揃いの翼を広げた。

 

「発進位置、及びコースの最終確認完了!!」

「エターナルスパイラル、全てにおいて問題無し!!」

《ヴォワチュール・リュミエール、最大展開!!》

 

 光の翼が、最大限に広げられて虚空に輝きを放つ。

 

 元々、ヴォワチュール・リュミエールは、火星軌道以遠の太陽系宙域を探査する為に開発された推進システムである。

 

 例えるなら、船の帆のような役割を持っており、ここに光エネルギーや太陽風を受ける事で、推進力とする事ができるのだ。

 

 ラクスが考えた作戦とは、大和のグロスローエングリンをエターナルスパイラルのヴォワチュール・リュミエールで受け止める事で最大加速し、逃げたPⅡを追いかけると言う物だった。

 

 PⅡの逃げた方角は判っている。この方法なら、計算さえ間違わなければ追いつけるはずだった。

 

 だが、問題はある。

 

 それは、エターナルスパイラルを後方支援する事は、一切できないと言う事だった。

 

 追いつくまでは良いとして、万が一戦闘になってエターナルスパイラルが大損害を受けた場合、これを回収する事は不可能に近い。

 

 下手をすれば、片道のみの攻撃となる可能性もある。

 

 だが、ヒカル達は一切躊躇わなかった。

 

 そこには、PⅡを放置したら、近い将来、再び戦火が巻き起こるだろうと言う恐怖の予感があったからに他ならない。

 

 翼を大きく羽ばたかせるエターナルスパイラル。

 

「愛しい子供達が行く」

「どうか、無事で」

 

 離れ行くクロスファイアのコックピットで、キラとエストが祈るような気持ちで見詰める中、

 

 大和のグロスローエングリンが輝きを放つ。

 

「ヒカル・ヒビキ」

「カノン・シュナイゼル」

《レミリア・クライン》

 

「「《エターナルスパイラル、行きます!!》」」

 

 

 次の瞬間、迸る閃光。

 

 その光を受け、エターナルスパイラルが飛翔する。

 

 世界を覆う闇を払い、全ての悲劇にピリオドを打つ為に。

 

 

 

 

 

PHASE-21「未来への飛翔」      終わり

 


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