機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼 作:ファルクラム
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コズミックイラ70
地球連合軍によるプラントへの核攻撃、所謂「血のバレンタイン」を契機に勃発したヤキン・ドゥーエ戦役の最中、人類は初めて人型の巨大機動兵器、モビルスーツを目の当たりとする事となる。
彗星のごとく登場し、全ての戦場を制したモビルスーツの存在は革命的と言って良かった。
戦闘機並みの機動性、戦車を凌駕する装甲、戦艦に匹敵する火力。
モビルスーツは正に、それまで主力を成してきたあらゆる機動兵器を凌駕し得る性能を持った次世代型の兵器であった。
ヤキン・ドゥーエ戦役の期間中だけで、実に多岐に渡る種類のモビルスーツが開発され、そして戦場の露と消えて行った。
特に、戦争初期からモビルスーツの開発、運用を行っていたザフト軍は実に多種多様なモビルスーツを開発して戦場へ送り込む事で当初、戦局を優位に進めた。しかし、やがて地球軍も独自のモビルスーツを開発する事に成功し、両軍による激しいモビルスーツ開発合戦が繰り広げられ事になる。
結果、中には原形を留めないまでに改造を施された機体も存在したくらいである。
カーディナル戦役後、崩壊した大西洋連邦が開発、所有していたモビルスーツや、その他の兵器の大半は回収され破棄されたと言われている。
しかし、それはあくまで表向きの事である。実際には多くの機体や戦艦が闇に隠匿され、北米解放軍の蜂起と同時に彼等の元へと流れたのだった。
そして今、それらの戦力を駆使して膨張した北米解放軍は、同大陸における一大勢力となり、共和連合軍を相手に互角以上の武力闘争を行っている。
彼等の目的は「一刻も早い北米の解放」である。その為ならあらゆる手段が肯定されるとし、時には形振り構わない行動に出る場合も少なくない。民間人殺傷を組織的に行った事も一度や二度ではなかった。
同じ北米における反体制武装組織でありながら、北米統一戦線はあくまでも攻撃目標を共和連合軍所有の軍事施設に限定している関係から民間人に被害が出る事は少ない。それを鑑みれば、両者の違いは一目瞭然である。
北米解放軍と北米統一戦線。目指すところは同じでありながら、その毛色は180度と称して良いくらい違っていた。
そのような状況である為、オーギュスト・ヴィラン率いる解放軍部隊が大和を捕捉し攻撃を開始したのは、図った上での物ではなく偶発的な要素が大きかった。
突如、群青の海面に白い泡が浮き立つ。
視認した瞬間、それは致死の槍衾と化して迫ってきた。
「右舷90度より魚雷接近ッ 数6!!」
オペレーターから悲鳴交じりの報告が齎される。
水上航行する艦船にとって、最も脅威となる攻撃が魚雷である。
魚雷の命中を許せば内部の機構やシステムを破壊されるだけにとどまらない。もっと恐ろしい被害、浸水を引き起こす事になる。
浸水で艦内が浸されれば、当然艦は重くなって速力は低下するし、海水に浸かった計器は故障を起こす。更に片舷に集中して浸水が起これば最悪、船はバランスを崩して転覆してしまう恐れもあった。
勿論、これらは命中すればの話である。
「回避、離水上昇急げ」
シュウジの落ち着いた声が、大和の艦橋に響く。
それを待っていたかのように、大和は推力を上げて長大な船体を水中に持ち上げた。
水しぶきを上げて、長大な船体が空中に舞い上がる。
こうなれば、水の中を疾走する事しかできない魚雷など何ほどの脅威にもならない。ただ空しく眼下を通り過ぎていくだけである。
「接近中の機影確認ッ ウィンダム3、グロリアス1ッ マーク10、ブラボー!!」
「更に水中から、フォビドゥンと思われる機影2ッ 急速接近中!!」
魚雷の回避に成功した直後、オペレーターから次々と報告が齎される。
ウィンダム、グロリアス、フォビドゥン。どれも旧大西洋連邦が開発し、今では北米解放軍が主力機にしている機動兵器である。
武装換装型のウィンダムとグロリアスがジェットストライカー装備で空中から接近し、フォビドゥンの制式仕様型であるフォビドゥンヴォーテクスが、海中から大和を狙って接近してくる。
「モビルスーツ隊、発進準備どうか?」
「ヒビキ大尉以下3機、発進準備完了との事ッ ヒビキ准尉も既に搭乗機で待機。発進許可を待っています!!」
シュウジの問いかけに、発進担当オペレーターが言葉を返す。
ヒカルとリィス。どっちも姓が「ヒビキ」だから、階級付きで呼ばないと混乱してしまう。
「ただ、水中戦用装備は調整が間に合わなく、使用不可との事です。それに、ドライの方も・・・・・・」
「無い無い尽くしで戦争とは、泣けるな」
「戦争はいつだってそんな物だ」
通信担当が思わず放ったのボヤキに、シュウジは低い声でたしなめる。
いつだって、万全の状態で挑めることは少ない。
足りない人員に足りない装備、お粗末な戦略になけなしの補給。それらを駆使して闘って行かなくてはいけない。そうでなくては生き残れないのだ。
「モビルスーツ隊発進ッ 迎撃開始!!」
シュウジの命令と共に、大和は接近する北米解放軍を迎え撃つべく動き出した。
ジェットストライカーを装備したグロリアスを駆って、オーギュストは部隊の先頭に立っている。
カーディナル戦役時には地球軍の兵士として戦ったオーギュストにとって、グロリアスは慣れ親しんだ機体の1つである。
既に実戦投入から20年以上が経過し4世代ほど前の機体ではあるが、中身は徹底的にブラッシュアップを施し、新型機と戦っても互角以上に戦えると言う自負があった。
加えてオーギュスト自身が積み上げてきた、パイロットとしての経験もある。この二つの要素が合わされば、どんな敵が来ても勝つ自信があった。
それに関しては、遼機を務めるウィンダムも同様である。彼等も、オーギュスト自身が信頼を置く部下達である。背中を任せるには充分な実力を備えていた。
欲を言えば、対艦戦闘を行う事を考慮し、より高速で重武装を施す事ができるレイダーがあれば良かったのだが、さすがに急場の戦闘で無い物強請りは出来なかった。
《オーギュスト》
大和を見据えて飛行するオーギュストの耳に、スピーカーから響くジーナ・エイフラムの声が聞こえてきた。
ジーナは今、フォビドゥンを率いて水中から大和に向かっている筈である。
《第一波攻撃は失敗よ。魚雷は全弾はずれたわ》
「ダメだったか・・・・・・」
ジーナの報告に、オーギュストはやや落胆した調子で答える。
あわよくば先制の一撃で敵艦の足を止め、包囲した上で殲滅すると言う作戦を立てていたのだが、オーギュストの目論みはシュウジの機転によって回避されてしまった。
オーギュストは歴戦の兵士かもしれないが、シュウジもまた、新鋭戦艦を任されるだけの実力を備えた艦長である。単調な攻撃を許すほど甘くはない。
「仕方がない、波状攻撃に切り替えるぞ。ジーナ、お前は海中から敵艦を攻撃してくれ。俺は敵の機動兵器を押さえる」
《了解!!》
ジーナとの通信を終えた直後、大和のカタパルトからモビルスーツが発進する様子が見えた。
先頭を進んでくるのは8枚の蒼翼を広げた機体と、水平スタビライザーの先端にブースターを装着した機体。セレスティと、イエーガーストライカーを装備したリアディス・アインだ。
更にその後方からは、2機のイザヨイが戦闘機形態で続行しているのが見える。
しかし、オーギュストの目はイザヨイには向けられていない。
「共和連合の新型かッ そんなオモチャで俺達を止められるとは思わない事だ!!」
セレスティとリアディスを睨みつけて言い放つオーギュスト。同時にスラスター出力を上げて斬り込んで行く。
オーギュストのグロリアスは、カーディナル戦役後、まだ国体が健在だったころの大西洋連邦が、僅かな戦力で国防を行うべく徹底的に機体性能の底上げを図った物である。その為、大戦中に開発された初期型よりも諸性能が向上していた。そこに加えて、技術向上に即したブラッシュアップも行っているのだから、その性能は折り紙つきであると言える。
一方、迎え撃つヒカル達も、オーギュスト達の出方を伺って速度を上げる。
《いい、ヒカル。その装備は強力だけど、あんたの機体にはバッテリー限界があるってことを忘れないで。あまり派手な戦い方は避けてね!!》
「了解、判った!!」
セレスティは今回、背部にはプラズマ砲を装備し、更に腰部にレールガンを装備した砲撃戦寄りの武装を装備している。
F型と呼ばれるこの武装形態に換装したセレスティは、ちょうど初代フリーダムと似たような形である。
しかし核動力だったフリーダムと違いセレスティにはバッテリー要領による活動限界が存在する為、歴代フリーダム級のような派手な戦い方はできないのが難点だった。
散開するヒカル達。
そこへ、北米解放軍の機体が突っ込んで来た。
ウィンダムが2機、セレスティ目がけて向かってくる。
手にしたビームライフルを放つウィンダム。
2機がかりで速射を仕掛け、セレスティを追い込もうとしているようだ。
対してヒカルは、放たれたビームの内1発をアンチビームシールドで防ぎ、もう1発は蒼翼を羽ばたかせて回避した。
閃光に追われるように、下方へと降下しながら攻撃を回避するセレスティ。
同時に、背中のバラエーナ・プラズマ収束砲を展開。砲撃を仕掛ける。
放たれた閃光はウィンダムが回避行動を取った事で、蒼空を駆け巡るだけにとどまる。
その間に、翼下に搭載したミサイルを放ちながら、ウィンダムは高速で再接近を図ってくる。
「このッ こいつ!!」
ヒカルは飛んでくるミサイルを回避。同時に体勢を立て直しつつビームライフルを構えて射線を取ろうとする。
そこへ、ウィンダムはセレスティの動きを見透かしたように、翼下に搭載したミサイルを放ち、動きを封じ込めようとしてくる。
しかし、
「やらせるかよ!!」
ヒカルはセレスティ頭部の機関砲でミサイルを迎撃する。
弾丸を弾頭部分に浴び、内部から弾け飛ぶミサイル。
空中に拡散する爆炎。
同時に、目の前で炎を見たウィンダム2機は一瞬の怯みを見せる。
そこへ、
「もらったァ!!」
動きを止めた敵に対して、ヒカルは斬り込んだ。
8枚の蒼翼を広げて接近、同時に腰からビームサーベルを抜き放って横薙ぎに振るわれる一閃。
居合いのような攻撃を前に、ウィンダムのパイロットは反応が追いつかない。
光刃がウィンダムの左腕を斬り飛ばした。
一瞬の攻撃を前に、ウィンダム2機は動きを鈍らせる。
「行ける!!」
自身の攻撃に手ごたえを感じ、ヒカルは更に斬り込もうと、機体を振り返らせながらビームサーベルを構え直した。
その時、
突如、上方からセレスティの動きを遮るように、閃光が降り注ぐ。
「やらせはせんよッ それ以上はな!!」
オーギュストのグロリアスは、仲間を守るようにしてヒカルの前へと立ちふさがる。
ビームサーベルを抜き放って、斬りかかるグロリアス。
対してヒカルは、辛うじて機体を後退させることでグロリアスの攻撃を回避する。
セレスティの胸部装甲をかすめる光刃。
しかし、
「それで逃げているつもりかッ!!」
ぎこちない動きをするセレスティを嘲るようなオーギュストの言葉。
次の瞬間、グロリアスの装備したジェットストライカーからミサイルが射出される。
バランスを崩した状態のセレスティに、真っ向から迫ってくるミサイル。
「まずいッ!?」
どうにか回避しようと、アクセルペダルを踏んでスラスターにエネルギーを叩きこむヒカル。
しかし、遅い。
間近に迫るミサイル。
スラスターが噴射を開始した時には、既にミサイルは至近にまで迫っていた。
命中すると思われた、しかし次の瞬間、セレスティを守るように放たれた閃光が、2基のミサイルを撃ち飛ばした。
《ヒカルッ!!》
ビームライフルを構えたリィスのリアディス・アインが、グロリアスに向けて砲撃を仕掛けている。
この奇襲攻撃を前にしては、さしものオーギュストもセレスティの攻撃を諦めて後退するしかなかった。
「リィス姉、悪い!!」
《油断しないでッ まだ来るから!!》
言いながら、牽制の射撃を仕掛けるリィス。
しかし、北米解放軍側の対応も素早い。
すぐに3機のウィンダムが、リアディス・アインを取り囲むように動く。その中には、ヒカルの攻撃で腕を斬り飛ばされた機体もある。
更に、そこへ体勢を立て直してオーギュストが、再度セレスティへ向かっていく。
《分断する気ね!?》
リィスが敵の意図を察して動こうとするが、既に状況は手遅れに近い。
攻撃を回避しながら向けた視線の先では、互いに剣と盾を構えて斬り結ぶ、セレスティとグロリアスの姿がある。
弟を援護に行きたいが、今のリィスには敵を振り切る事ができない。
ウィンダムはヒカル外相手にしていた2機に加えて、更にもう1機も加わってリアディスを包囲してきている。
さしものリィスも、1対3では少々分が悪い。
ジリジリとした焦燥感は、否が応でもリィスの中で増大し始めていた。
戦況は刻々と、大和の艦橋にも齎されていた。
しかし、それはどう考えても良好とはいえない状況だった。
「リアディス・アイン、敵に囲まれています!!」
「セレスティ、敵隊長機と交戦中!!」
敵は自分達の長所を存分に活かした戦術で、こちらを翻弄している。
機体の性能的には劣る北米解放軍だが、数の差で押しているのだ。
実力が高いリィスには3機で掛かり、機体の性能が良くても実力が伴っていないヒカルには隊長機が張り付いている。
このまま行けば、まずヒカルが撃墜される事になるだろう。
そこへ更に、今度はリィスも危ない。いかに彼女でも、隊長機を含む4機に囲まれたら無事では済まない。
そうして丸裸になった大和を、集中攻撃で沈めると言うのが敵指揮官の狙いであると思われた。
大和は現在、2機のイザヨイがガードしているが、それでも防衛戦を突破されればどうなるか分からない。
「艦長、掩護射撃を!!」
火器管制担当が堪らずに進言してくる。
このままズルズルとじり貧に陥るよりも、艦砲で掩護して状況を打開すべきだった。
しかし、敵と味方が入り乱れて戦っている状況である。掩護しようにも、戦艦の砲を撃てばヒカル達を巻き込んでしまう可能性もある。
いっそのこと、直掩についているイザヨイを掩護に向かわせた方が良いか?
そう思った時だった。
「敵、水中モビルスーツ、本艦の直下ッ 来ます!!」
オペレーターが叫んだ瞬間、フォビドゥンヴォーテクス2機が水面から顔を出すと、カブトガニのようなリフターの先端部分に備え付けたフォノンメーザー砲で砲撃を仕掛けてきた。
この攻撃を前に、大和の方では一瞬対応が遅れる。空中の戦闘にばかり気が取られていて、足元が完全に疎かになっていたのだ。
狙われたのは、空中警戒をしていたイザヨイ2機。
ほぼ奇襲に近い攻撃に、精鋭の特殊部隊員と言えども回避が追いつかない。
吹き上げるような閃光の直撃を食らい、イザヨイは爆炎を上げて吹き飛ばされてしまった。
「イザヨイ、フジワラ機、イシイ機、シグナルロスト!!」
オペレーターの悲痛な叫びが、ブリッジ内にこだまする。
この海上で、しかも戦闘中にシグナルロスト。それが意味する事は、パイロットの命が失われた事に他ならない。仮に脱出に成功していたとしても、戦闘中に救助する事は不可能である。
しかし、大和のクルー達に、彼等を悼む暇は無い。直掩機を排除したフォビドゥン2機が、大和に対して直接攻撃を開始したのだ。
海面から顔を出すと同時に、空中の大和に向けてフォノンメーザー砲を放ってくるフォビドゥンヴォーテクス。
直撃。
艦体表面を覆うラミネート装甲のおかげでダメージは無いものの、フォビドゥンの方もすぐさま海面下に下がってしまった為、反撃が追いつかない。
鈍重な艦砲では、俊敏なモビルスーツを相手に旋回が追いつかないのだ。
シュウジは、スッと目を閉じる。
直掩機を初撃でやられたのは痛かった。大和にも下方に向けて放つ火力はあるが、俊敏に動くモビルスーツを追えるほどではない。加えて海中はセンサーが利きづらく、深いところまで潜られると探知不能になってしまう。フォビドゥンのパイロット達も、その事が分かっているからこそ、深海から一気に海面に躍り出て、一撃加えたら再び潜る、と言うヒットアンドアウェイに徹しているのだ。
かつてヤキン・ドゥーエ戦役の折、伝説の不沈艦アークエンジェルは、水中から攻撃を仕掛けてきたモビルスーツに対して、通常なら戦闘機のアクロバット技であるバレルロールを行って射線を確保すると言う奇抜なやり方で危機を脱したと言う。
とは言え、大和のクルーもシュウジが信頼を置けるくらいに熟達はしているが、それでもいきなりバレルロールは無理があるだろう。
考えた末、シュウジは次善の策を取る事を決めて、受話器を手に取った。
「艦長より格納庫・・・・・・・」
いくつかの命令を下した後、シュウジは受話器を置いて火器管制官に命じた
「後部ミサイルランチャー。全門、スレッジハマー装填。尚、信管は全て触発式に設定せよ」
「ハッ しかし、この状況でスレッジハマーを使っても・・・・・・」
シュウジの意図を測りかねて、火器担当者は問い質すように聞き返す。
大気圏内用ミサイルのスレッジハマーは、水中には効果を及ぼさない。この状況でそんな物を使用して、どうしようと言うのか?
だが、
「急げッ」
有無を言わせないシュウジの語気を前にして、火器担当者はそれ以上聞き返す事もできずに命令を復唱する。
その間にもフォビドゥンは、相変わらず海面からゲリラ的に顔を出しては、大和に対して砲撃を浴びせていく。
無論、大和の側からも反撃の砲火が放たれるが、その攻撃が届く前にフォビドゥンは海面下に姿を消して攻撃を回避してしまう。
神出鬼没とも思える攻撃を前に、大和は砲塔の旋回が間に合わず、全く対処できていない有様だ。
しかし、
《格納庫より艦橋。準備完了、いつでも行けます!!》
待ちわびた報告に、シュウジは鋭く顔を上げた。
「面舵20、エンジンフルスロットル、加速15秒。加速と同時に、後部ミサイルランチャー、スレッジハマーを全門、ゼロマイナス軌道で射出せよ!!」
シュウジの命令に従い、クルー達は大和を動かしていく。
操舵手が舵輪を回すと長大な艦首が大きく右に回り、同時にエンジン全開で加速を開始した。
同時に、シュウジが迸るように叫ぶ。
「スレッジハマー、撃てェェェェェェ!!」
後部のランチャーから一斉発射されるミサイル。
弧を描いたミサイルが、一斉に海面へと向けて落下していく。
着弾。
同時に触発式に設定されていた信管は起動し、全てのミサイルを一斉に爆発させた。
狂奔する海面。
水柱は飛行する大和の艦橋よりも高く立ち上り、瀑布となって再び元の位置へと戻っていく。
そして当然、こうなると海中もただでは済まない。否、むしろ海中は衝撃波が増幅されて伝わる為、空中よりも被害は大きいと言える。
「やってくれるわね!!」
舌打ちしながらジーナは、叩きつけられた衝撃波の影響によって荒れ狂う海の中で、フォビドゥンの操縦桿を操ってバランスを保とうとする。
随分と無茶をしてくれる。
水の中の衝撃波と言うのは馬鹿にならない。船ならば、それだけで浸水を引き起こす可能性もあるし、もし人間が漂流していたら五体をバラバラに引きちぎられていたところだ。
ジーナのフォビドゥンヴォーテクスも、今の攻撃によってセンサーを潰され、更にカメラも損傷している。機体内の駆動系にも異常が出ていた。
フォビドゥンヴォーテクスの強みである、水中での機動性は、ただの一撃で失われたに等しい。
しかしジーナは、卓抜した操縦技術でどうにか衝撃波をやり過ごす事に成功していた。
機体は中破したものの、尚も航行は可能。しかし戦闘継続は、かなり困難だった。
危地を脱したジーナ。
しかし、彼女の僚機は、そうはいかなかった。
ミサイル着弾のショックで、海面上に打ち上げられてしまった僚機のフォビドゥン。
慌てて体勢を立て直し、潜航しようとする。
しかし、パイロットが行った努力も、その数秒後に無意味な物と化した。
突如、降り注いだ閃光が、フォビドゥンのボディを貫いた。
爆発するフォビドゥン。
その様子を、
大和甲板上に陣取った機体が見下ろしていた。
「目標撃破。任務完了しました!!」
《ご苦労。しばらくそのまま待機してくれ》
通信機からの声を聞き、コックピットに座ったカノン・シュナイゼルは満足そうに体の力を抜いた。
同時に、彼女が乗る機体もライフルを持った腕を下ろす。
リアディス・ドライと呼ばれるこの機体は、リィスの乗るリアディアス・アインの同型機で、その3号機に当たる。特徴的にはほぼアインと同じだが、胸部装甲のカラーがアインの青に対して、ドライは緑と言う違いがある。
調整が間に合わず、大和に収容した後も急ピッチで作業が行われていたが、この急場にあって、どうにか間に合ったのだ。
「ヒカル、リィちゃん!! こっちはもう大丈夫だよ!!」
「よっしゃァ 行くぞ!!」
カノンの声を受けて、ヒカルが動いた。
今まで散々に翻弄してくれた隊長機を見据えて、セレスティを上昇させる。
叫ぶと同時に、全武装を展開して照準を行うヒカル。
セレスティが装備した5門の砲がエネルギーチャージし、照準をグロリアスへ向けた。
「あれはッ まずい!!」
状況を理解したオーギュストが、とっさに回避行動を取ろうとする。
そこへ、セレスティの放った5連装フルバーストが殺到した。
オーギュストはジェットストライカーのスラスターを全開まで吹かし、とっさに機体を飛び上がらせて回避しようとする。
そこへ駆け抜ける閃光。
回避しようとするグロリアス。
しかし、無理だった。
掠めた閃光により、グロリアスの両足は膝から下が消失する。
空中でのバランスを保てず、海面に向かって落下していくグロリアス。
「クソッ!?」
急速な落下感に包まれるコックピットの中で、オーギュストは悪態を吐き捨てる。
このままでは海面に叩き付けられるか?
そう思った瞬間、
《隊長!!》
部下の呼び声と共に軽い衝撃が走り、グロリアスの落下は止まる。同時に機体が緩やかに水平飛行に入るのが分かった。
見れば味方のウィンダムが、飛行不能になったグロリアスを抱えて飛んでいる。どうやら墜落寸前で受け止めてくれたらしい。
ウィンダムも数を1機減らしている。リィスが撃墜したのだ。
その様子を見て、オーギュストは嘆息する。
「負けだな・・・・・・完全に・・・・・・」
悔しさを滲ませてオーギュストは呟く。
相手は共和連合軍の新型。戦力が整わないうちにと思って仕掛けたのだが、結果は散々な物だった。
となれば最早、オーギュスト達に打てる手は一つしかなかった。
「撤退する。ジーナは?」
《フォビドゥン1機を喪失するも、離脱に成功したとの事です!!》
向こうも上手く行かなかったらしい。
ある意味、初手で躓いた時点でこの結果も予想の範疇ではあった。やはり、急場の作戦がうまくいく事は少ない。戦うなら、充分に準備をしてからでないと、いたずらに犠牲を増やすだけだと言う事だ。
飛び去って行く機体の中で、自分達を撃退した青い羽根付きのモビルスーツを見やる。
今回は負けを認めよう。
だが、次はこうはいかない。必ず奴を仕留めて見せる。
オーギュストは心の中でそう呟くと、徐々に小さくなるセレスティをにらみ続けていた。
ヒカルがセレスティを操って大和に着艦するとすぐに、今回の功労者が機体から降りてくるのが見えた。
姉の機体とは色違いの同型。
だが、そのコックピットから降りてきた少女は、ヒカルにとってもよく見知った人物だった。
「まさか、お前まで戦うなんてな」
「えへへ」
どこか照れたように笑みを見せるカノンに対して、ヒカルは呆れ気味に肩を竦める。
実際、大和の援護射撃の下とは言え1機撃墜。これは純粋に誇るべき物である。
カノンの両親も軍人でパイロットであったことを考えれば、その血脈は確実に娘へも引き継がれていると思われた。
「2人とも、よくやったわ」
リアディス・アインから降りてきたリィスが笑いながら話しかけてきた。
相変わらず、その表情には複雑さが隠せないでいる。たぶんまだ、弟やその友人が戦火に巻きこまれて行く事に納得ができない部分があるのだろう。
殊更にリィスが過保護と言う訳ではない。肉親なら、誰だって抱いて当然の感情である。たとえ自分が軍人であったとしても、年少の家族にまで同じ運命を辿らせたいと思う者は少ないだろう。
それが偽善だと判っていても、否、判っているからこそ、そうせずにはいられないのが親心と言う物である。
「大丈夫だよ、リィス
見れば、ヒカルが自信に満ちた笑みをリィスに向けて来ていた。
「俺達は大丈夫。だから、そんなに心配するなって」
その言葉に、
リィスはフッと笑みを浮かべた。
子供だと思っていた。
自分が守らなくてはいけないと。
しかし、10歳も歳の離れた弟は、いつの間にか大人の顔をするようになっていた。
その横顔にはどこか、亡き父、キラの面影を見るかのようだった。
だが、
ふと、ヒカルは、今や自分の「愛機」と呼んでも差し支えが無い存在となったセレスティを見やる。
今回の敵は、確かにうまく撃退する事ができた。
しかし、これがもし、相手が
その答えは、まだヒカルの中で見出す事ができないままだった。
PHASE-07「英雄の面影」 終わり
《人物設定》
オーギュスト・ヴィラン
ナチュラル
40歳 男
備考
北米解放軍の前線指揮官を操る人物。軍人らしく上の命令には忠実な性格で、かつ自身も緻密な戦略家。勝利の為なら多少の犠牲は厭わないが、常に犠牲に見合う戦果を挙げる事を目指す合理主義者。
ジーナ・エイフラム
ナチュラル
34歳 女
備考
北米解放軍所属の兵士。オーギュストの副官。彼の右腕であり、その作戦には欠かせない存在。オーギュストの事を誰よりも理解して支えている。
《機体設定》
セレスティF
武装
バラエーナ・プラズマ収束砲×2
クスィフィアス・レールガン×2
ビームライフル×1
アクイラ・ビームサーベル×2
アンチビームシールド×1
ピクウス機関砲×2
備考
セレスティに砲撃用の武装を追加した状態。ある意味、もっとも機動性と攻撃力のバランスが取れた形態でもある。ほぼ初代フリーダムに近い状態になるが、核動力が使えない為、かつてのフリーダムほどには派手な戦い方はできない。因みに「F」は「Freedam」ではなく「Full Barst」の意。