「悠歌、持ってきたぞ」
「あ、玲兎(れいと)くん……え、本当に作ってきてくれたの?」
「ああ。ま、いつも作ってるからな」
悠歌用に作ってきた弁当箱を渡すと、少し呆けた後何故か赤面した。
ちなみに玲兎は俺の名前。
本名は来栖玲兎だ。
「あ、ありがと」
「どういたしまして。あ、この席って今空いてるか?」
近くの生徒に聞くと、これまた何故か笑顔で頷かれた。
何だろう?
どうにも何か意味有り気だ。
周りを見れば悠歌のクラスメイト、その大部分が俺達の方に注目している、様な気がする。
とりあえず座り、悠歌と向き合う形になる。
自分の弁当を広げ、合掌。
「いただきますっと……悠歌、食わないのか?」
「え、あ、うん。食べる、食べるよ、うん」
「大丈夫か? さっきから顔赤いが……まさか風邪か? 一寸診せて見ろ」
「っ!?」
「うおぉ……何だコレ。お前、どんだけ熱あるんだよ」
額を合わせると、接している部分からとんでもない熱が伝わってきた。
風邪所か、もっとやばい何かに掛かっているんじゃないかと心配になってくる。
「保健室行くか。ったく、何でここまで無理してたんだよ」
「え、ちょ、玲兎くん!?」
「こら、騒ぐな。悪化するだろ」
ぼやきながら席を立ち、悠歌をできるだけゆっくり立たせ、そのまま脇の下と膝裏に手を回して抱き上げる。
騒ぐ彼女を大人しくさせた後、近くにいた奴に声をかけ保健室へ。
教室を出た瞬間、何か女子のキャー、と言う歓声の様な物が聞こえたが、関係ないことだろうと保健室へ急いだ。
抱いている彼女の負担にならないようにしたから、心境的にはゆっくり急いだという感じだな。
とまれ、保健室に到着。
未だ顔が赤い彼女に、扉だけ開けてもらい中に入ったが、教師は見当たらなかった。
ここまで大人しくしていた悠歌をベッドに下ろし、布団を掛ける。
顔は、やはり赤いままだ。
「水と氷持ってくるから、熱測って待ってろよ?」
「……はぁ」
何故かじとっとした目で見られ、溜息を吐かれた。
何故だ?
とりあえず、氷を勝手に拝借する。
袋に詰め、タオルで巻いて悠歌の元へ。
「どうだった?」
「どうも何も、最初から熱なんて無いよ」
「は? じゃあ、何であんなに熱かったんだよ?」
尋常じゃなかったぞ、あの熱は。
「それは……ごにょごにょ……」
何か言っているが、後半は全く聞こえなかった。
改め悠歌の顔を見てみると、確かに赤くは無い。
本人の言う通り、熱は無かったのかも知れないな。
そうなると、あの熱さが不思議だが……まあ、何もないならそれに越したことはない。
「……とりあえず、健康体なんだな?」
「うん。だから戻ろう? 折角玲兎くんがお弁当作ってきてくれたのに、食べる時間が無くなっちゃう」
時計を見ると、まだ弁当を食うには十分過ぎる時間が残っている。
が、急いで食っても味気ないのは確かだ。
「そうだな。けど、その前に一応熱だけ計らせろ」
「っ!?」
「……やっぱり熱いんだが? それも異常な程に」
「~~~~! もう、大丈夫ったら大丈夫なの!」
叫ぶや否や、悠歌はベッドから降り先に歩き出した。
頭を抱えながらベッドを整え、氷を戻し、後を追う。
「もう、ほんとに鈍いんだから」
はて、誰のことだろうか?
――とまあ、そんな訳で、教室に戻ってきた。
悠歌が女子から一斉に詰め寄られていたが、俺もなぜか男子から詰め寄られた為身動きが取れない状態となっている。
それから、向こうは何と言うかこう、和やかな感じだが、俺の方は全く違う。
殺気とでも言う様な物を殆どの男子が醸し出している。
と、何故か女子が一人がこっちに居るが、些細なことだ。
保健室でのことを何やら熱心に聞いてきたが、何もないと答えるとしつこく問い詰めてきた。
イラっと来たから睨み付けると早々に散っていったが……たく。
悠歌の方は、もう暫く掛かりそうだ。
と、目が合った。
(教室戻るわ。時間、無いしな)
(うん。ごめんね?)
(気にすんな。明日また持ってくる)
(……ありがと)
なんとなく目で会話を成立させ、教室を出る。
弁当箱は、多分後で持ってきてくれるだろう。
自分の教室に戻り適当に時間を潰していると、昼休みが終わった。
その後の授業をなんとなく受け、なんとなく出された課題を解いていき、なんとなく外を見れば、雲一つ無い青空が広がっていた。
「…………」
そういえば、もうすぐ夏が来るな。
今月末にある期末テストが終われば、後は夏休みと馬鹿みたいに大量な課題が待っている。
アイツはどう過ごすんだろうか?
交友関係の広いアイツのことだからな……毎日、なんてことは無いだろうが、誰かと遊ぶことは多くありそうだ。
俺は……ま、例年通り妹とあちこち駆け回るだろうな。
風邪と縁が無い我が妹は、いつも元気な訳だし。
なんて事を考えながら過ごしていると、終業の鐘が鳴った。
担任の授業だったから、そのままHRになだれ込み、特に連絡が無い為すぐに終わる。
荷物をまとめ悠歌のクラスに向かうと、ちょうど出てきた本人と鉢合わせした。
「なんだ、そっちも担任の授業だったのか?」
「うん、玲兎くんだったんだ……くす、面白いね? こんな偶然があるなんて」
挨拶代わりの会話をしながら、180度反転。
階段へと向かい、隣に悠歌が並ぶ。
「確かにそうだな。この学校、授業変更が多すぎて、時間割は何の役にも立ってねぇし」
「言えてる。でも、そのお陰でこうして、すぐ一緒に帰ることが出来るならさ」
「ああ、いっそのこと毎日今日みたいだと良いよな……」
「…………」
「ん、どうした?」
急に立ち止まった悠歌を振り返れば、また顔を赤くしていた。
「お前、やっぱり熱あるだろ?」
何度見ても異常な程に赤い。
しかし、悠歌は俺の問いを無視して、逆に問うてきた。
「毎日って、どういうこと?」
「あ?」
「だから……毎日、今日みたいだと良いって、どういうこと?」
「あぁ、そのことか。さっきお前も言ったろ? すぐ一緒に帰ることが出来るって。毎日今日みたいなら、前みたくお前を待たせることが無いからな」
「……それだけ?」
「んな訳無いだろ? お前がどうか分からんが、俺はお前と出来るだけ長くいたいんだよ、楽しいからな」
授業中にも考えていたことは、なんとなく言わないでおこう。
キモイとか思われるとマジで立ち直れそうにない。
「ほら、帰ろう……ぜ……」
閉じていた目を開いた瞬間映ったのは、
「……わたしも、玲兎くんと一緒にいたい」
赤い顔のまま、コレまでに見た中で最高の笑顔を浮かべている悠歌だった。
いい様の無い魅力を感じさせるその笑顔に、俺は不思議に思った悠歌が声を掛けてくれるまで呆けていた。
「――また明日、玲兎くん!」
「ああ」
夕日が差す十字路で、それぞれ別の方向へと帰る。
歩いていく悠歌をなんとなく見送り、一度振り返った彼女が手を振ってきたから、俺も振り返した。
その後は振り返ることなく帰っていき、俺も家へと歩く。
なんとかばれずに済んだみたいだが、さっきの笑顔を見た時から俺の心臓は暴れっ放しだ。
今も動悸が激しく鳴っており、心臓が動いているとはっきり分かる。
「……参ったね、どうも」
6月6日の今日この日。
どうやら俺は、改めてこの世に産まれたみたいだ。