銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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ウルヴァシー事件 前編

 

 ラインハルト一行がフェザーンを旅立つのと同時にブリュンヒルトの索敵システムの範囲外ギリギリのラインに帝国巡航艦六隻の部隊がブリュンヒルトを追尾している。

 これは、オーベルシュタインとハンスが話し合い、ラインハルトに内緒での隠密警護部隊である。

 部隊の存在を知っているのはオーベルシュタインとハンスに副官のシュトライトとブリュンヒルト艦長のザイドリッツ准将だけである。

 後方の索敵システムと前方の索敵システムの範囲の差を利用した策であったが、後に六隻にした事をハンスは悔やむ事になる。

 ラインハルト一行が惑星ハイネセンに向かう途中で大親征の戦没者の慰霊碑に礼拝する為に惑星ウルヴァシーに立ち寄ったのは、予め予定されていた事であった。

 惑星ウルヴァシーに到着したのは正午過ぎであり、慰霊碑に礼拝をすませて、迎賓館に到着したのは18時過ぎであった。

 基地司令官と基地幹部達を交えての晩餐会の後にラインハルトはルッツとミュラー

を交えて自室で打ち合わせをしていた。

 

「仕掛けて来るなら、この星であろうと思うが、卿達の意見を聞きたい」

 

「小官も陛下と同じ考えであります。これ以降はハイネセンに近過ぎて連中も動けないでしょう」

 

 ルッツがラインハルトの質問に応える。

 

「小官もルッツ提督と同じ考えであります。問題は基地の何割が敵となるかです」

 

 ミュラーもルッツの意見を支持をする。ラインハルトは二人の意見に満足しながらも既に敵の具体的な攻撃手段の予測に思考を移していた。

 

「陛下!」

 

 ラインハルトが考えを纏める前にリュッケが慌て気味に部屋に入って来た。

 

「リュッケ、何事か?」

 

「基地の内外で兵に不穏な動きがあります。司令部に確認の連絡を試みましたが連絡が取れません。シュトライト閣下とミューゼル閣下の姿も見えません」

 

「では、陛下。一旦、ブリュンヒルトに戻るべきと思われます」

 

 ルッツの意見にラインハルトも立ち上がる。

 部屋の外ではキスリングが既に待機していた。

 

「キスリング。状況は?」

 

「今の所、何も分かりません」

 

「危険である事だけが分かっているのだな」

 

「御意」

 

 ラインハルト一行が三台の地上車に分乗して迎賓館を脱出したのは22時の事である。

 迎賓館を脱出して10分後には一個連隊程の追手が現れた。

 

「銀河帝国の皇帝と上級大将二名を殺害するのに一個連隊とは安く見られましたな」

 

 地上車を追跡する為か装甲車が存在しない事は救いであった。

 

「陛下。御安心下さい」

 

 キスリングの声にラインハルトが振り返り前を見ると運転手をしていたキスリングが珍しく微笑みを浮かべていた。

 

「こんな事もあろうかと用意してました」

 

 後方で爆発音が聞こえてきた。

 

「後続車のトランクには小型ロケット弾を1ダース積んでいます」

 

 ラインハルトと二名の上級大将と次席副官は唖然とするしかない。

 

「そ、それはハンスの考えか?」

 

 ラインハルトの予想は当たっていた。キスリングの肯定の返事に頭を抱えるラインハルトであった。

 

「新年休暇の時に奴の官舎でスパイ映画のソフトがあったからな」

 

 この言葉に驚いたのはキスリングであった。

 

「陛下は一人でミューゼル上級大将の官舎まで行かれたのですか?」

 

「す、すんだ事だ」

 

 キスリングは、それ以上は何も言わなかった。正解には何かを言う余裕も無かったのである。前方に装甲車を中央に三台の地上車で道路を封鎖していたのである。

 ラインハルト達の地上車が急停止をするが、突如、装甲車が爆発をした。

 

「前の車にもロケット弾を積んでいます」

 

 装甲車と三台の地上車は吹き飛び残った残った兵士達には機関銃が掃射される。

 炎と機関銃の掃射で兵士達を掃討されると次は消火弾が打ち込まれ炎が鎮火する。

 

「こ、これもハンスか?」

 

「いえ、ロケット弾だけの筈でした!」

 

 キスリングも予想外の展開に呆然としてると地上車の外から窓をノックする者がいた。

 ミュラーが窓を開けるとハンスと電動バイクの小隊がいた。

 

「陛下。お迎えに上がりました。ブリュンヒルトは宇宙港で襲撃されました。只今、人造湖に向かっています」

 

「シュトライト達は?」

 

「副官達も既に人造湖にて陛下をお待ちしています」

 

「分かった。キスリング!」

 

「御意!」

 

 キスリングは部下に命じて地上車を人造湖に向かわせた。

 

「しかし、ハンスの奴め。抜け目の無い奴め」

 

 ラインハルト一行はハンスが率いる電動バイクの小隊に護衛されて人造湖まで無事にたどり着いた。

 

「ここからは地上車を降りて徒歩になります」

 

 人造湖を囲む森の入り口で地上車と電動バイクを捨て徒歩で人造湖を目指す。

 

「敵が先回りしている可能性がある。先行しろ!」

 

 電動バイクに乗っていた小隊が先行して偵察に出る。親衛隊はラインハルトを囲みながら前に進む。

 

「ハンス。あの一団は?」

 

「はい。人造湖を作った時に淡水魚の養殖計画も始めました。その時に人造湖の近くに研究所を作り、彼らは、そこのスタッフです」

 

「卿は、あの時から用意していたのか?」

 

 ラインハルトは驚きハンスに問う。

 

「いえ。今年に入り休暇を頂いた時に本来のスタッフの交代要員として潜入させました」

 

 ハンスが説明を終わるのと同時に前方から銃撃戦の音が鳴り響いた。

 

「連中も早い。先回りをしていたのか!」

 

 五分程で銃撃戦の音が止み。前方からシュトライトが小隊に伴われて現れた。

 

「陛下。よく御無事で!」

 

「卿も無事で良かった」

 

 主従が再会して互いの無事を喜んでいると後方から爆発音が聞こえてきた。

 ラインハルトが思わず爆発音がした方向に意識が向いた瞬間にハンスがラインハルトを隠し持った注射器で眠らせた。

 その場でラインハルトが崩れ落ちる。

 

「ハンス、血迷ったか!」

 

 ルッツがハンスを問い詰め様とした時にキスリングもルッツを隠し持った注射器で眠らせる。

 シュトライトは驚いた顔してミュラーが居る方に逃げる。

 ミュラーはブラスターを抜きシュトライトを庇う様にしてハンスとキスリングの前に立ったが、ミュラーも崩れ落ちた。

 倒れたミュラーの後に居たシュトライトの手には注射器が握られていた。

 

「貴方まで!」

 

 リュッケがブラスターを抜くが、誰にブラスターを向けるべきか迷う。

 

「リュッケ、落ち着け」

 

 ハンスがリュッケに声を掛けたが、リュッケにしたら落ち着ける筈も無くブラスターをハンスに向ける。

 

「さっきの爆発音は地上車に仕掛けた爆弾だ。敵が来たらブザーの役目をする」

 

 ハンスがリュッケの相手をしてる間に親衛隊が三人を自身の背中に括り付けて進みだす。

 

「ここで誰かが敵を食い止める役目をする事になるが、陛下も残ると言い出しかねんからな。眠ってもらうのが一番だよ」

 

 リュッケもハンスの説明を理解した。

 

「分かりました。私が残ります」

 

「卿は陛下の副官だろ。陛下の側に居なければなるまい」

 

「分かりました」

 

「宜しい。卿と親衛隊は最後まで陛下に随行せよ。研究所に潜り込んでいた部隊は親衛隊を守りながらブリュンヒルトまで行け!」

 

 ハンスの説得に納得したリュッケに色々とシュトライトが指示を与えてる。

 そのシュトライトもリュッケに指示を与えてる途中で崩れ落ちた。

 倒れたシュトライトの背後には注射器を手にしたハンスがいた。

 

「アホかい。自分の歳を考えろよ。年寄りの冷や水だよ」

 

 シュトライトの言葉に自身が殿を務めて、この場に残る事をシュトライトが決意した事を直感したハンスであった。

 シュトライトをリュッケに運ばせると自身が残る準備を始める。

 

「では、閣下。後は頼みます」

 

「陛下には宜しく。では、ハイネセンで再会しょう」

 

 キスリングが一行を率いてブリュンヒルトに向かうのを確認するとハンスは背中から火薬式の散弾銃を取り出した。

 

 背後から火薬式銃の銃声を耳にしたキスリングはハンスの無事と敵の存在を知るとブリュンヒルトへと急ぐのであった。

 

「隊長!」

 

 部下の一人が腰のブラスターを握りしめながらキスリングを呼ぶ。

 

「気持ちは分かるが、閣下には閣下の計算がある。閣下を信じろ!」

 

 無口なキスリングにしては多弁である。キスリング自身も残留したい気持ちを抑えているのだ。

 銃声の音が変わる。散弾銃から大型拳銃へと変わったのであろう。

 銃声がハンスの健在を一行に教えてくれていた。

 途中でブリュンヒルトから迎えの部隊と合流した時は部下を率いてハンスの援軍に走りたい気持ちを抑えてブリュンヒルトに乗り込んだ。

 衛星軌道上には既に敵戦艦が待ち受けていたが、ブリュンヒルトを追尾していた護衛部隊の奇襲を受けて僅かな時間だが脱出する隙を作り虎口から逃れた。。

 衛星軌道上まで脱出したブリュンヒルトはハイネセンを目指して全速力で惑星ウルヴァシーから離れるのであった。

 

 そして、ブリュンヒルトが惑星ウルヴァシーから脱出した頃、ハンスは用意していた武器や銃弾も底をつき敵兵のブラスターを手に必死の逃亡劇を演じていた。

 ハンスが想定していた規模を凌駕する反乱軍に焦りながらも敵の追撃を受けながら森を縦横無尽に逃げ回っていた。

 ハンスは最初から自身が残留する事も想定していて対策も準備をしていたが、敵の規模の大きさを過小評価していた為に敵を振り切れないでいた。

 惑星ウルヴァシーでのハンスと反乱軍との追い掛けごっこは夜を撤して行われるのであった。

 

 


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