銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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地球教討伐 前編

 

 ハンスがラインハルトと揉めた成果として姉とオーディン郊外の温泉地で静養という名目で姉に甘えていた頃、ケンプとメックリンガーは地球教本部攻略に苦慮していた。

 

「ラングが潜らせたスパイの報告では、地球本部に有る脱出用通路は四十三本までは把握しているそうだ」

 

 ケンプの声には苦みの成分が混入している。

 

「ふむ。他にも秘密の脱出用通路が有るのは明白だな」

 

 応じるメックリンガーの声にも苦みの成分が混入している。

 

「仮に我らが地球教本部を攻略しても幹部達が脱出しては意味が無い」

 

「だからと言って、熱核兵器を使用する事も出来ぬ」

 

 ラインハルトとの会議でも議題となったのは脱出用通路である。

 幹部が逃亡した後で報復のテロ行為に走る可能性があるので一網打尽にするのが理想的である。

 しかし、地球教も九百年の歴史が有り、その間に作られた脱出用通路やシェルター等の数を考えるだけ馬鹿らしくなる。

 

「やはり、当初の予定通りに地球教本部周辺に極低周波ミサイルを打ち込み脱出用通路を潰して兵を突入させるしかないか」

 

 ケンプも自身がワルキューレのパイロットであっただけに現場の苦労が分かるので自身の発言ながら苦しさが滲み出る。

 ケンプもメックリンガーも共にラインハルト麾下の優秀な将帥であるが通常の宇宙空間での戦いと違い地上戦は不慣れである。加えて帝国軍の通常の地上戦は地方叛乱の討伐であり今回とは事情が違うのである。

 

「その前に、ミューゼル上級大将の策が有るのだが殆ど詐欺かペテンだな」

 

 メックリンガーの口調も呆れていた。

 

「ハンスの奴か。以前にヤン・ウェンリーの策を看破した事があったが同類だったか」

 

 ケンプの口調も呆れ気味である。

 

「しかし、確かに流血は少なくなる」

 

「そうか。ならば、詳しく聞こう」

 

 ケンプの様な武人でも流血が少なくなるならペテンでも詐欺でも用いるのである。

 

 

 数十分後にメックリンガーの説明を聞いたケンプは完全に呆れていた。

 

「完全に詐欺だな」

 

 ケンプの感想にメックリンガーも苦笑する。

 

「しかし、上手くいけば、流血は皆無だし失敗しても最初の策を取るだけの話だ」

 

 メックリンガーの言葉にケンプも苦笑しながらも首肯するしかない。

 

 ケンプとメックリンガーを苦笑させたヤン・ウェンリーの同類のハンスは地球教討伐について以前から頭を痛めていた。

 首謀者である総大主教が地球本部と運命を共にした事は確定的だが、問題は枝葉である。

 地球教本部から脱出したのか偶然にも地球に居なかったのかは分からないが地球教本部壊滅後もヤン・ウェンリー暗殺を手始めにテロ行為を続けたのである。

 今回も枝葉が残っていればテロが起きる度に対処するしか無いのである。

 そして、残念ながらハンスは枝葉である地球教残党の頭目であるド・ヴィリエの名は記憶していなかった。

 これはハンスの認識の問題というよりはド・ヴィリエは歴史上で単なる狂信者と認識された為である。

 後世の歴史から狂信者としか認識を持たれていないド・ヴィリエはハイネセンの地球教の分支部の一室で憔悴していた。

 

「何故、こんな事になった?」

 

 ド・ヴィリエはキュンメル男爵の暗殺者化の失敗の責任を問われて大司教から司祭に降格されてハイネセンの支部の更に分支部の寒村に居た。

 ド・ヴィリエは教団の同年代の内でも一番の出世頭だった為に妬まれて些細な失敗を口実に左遷されたのである。

 ド・ヴィリエは地球で生まれ地球教団の内に育ち地球教内での出世に野心を燃やしてきた為に遠い異国の医療等には関心がなかった。

 帝国で十数年間も治療が出来ない病がハイネセンで治療が出来るとは想像もしてなかったのである。

 

「司祭様。大変です!」

 

 ド・ヴィリエが自身の不運を嘆いていると助祭が部屋に駆け込んで来た。

 

「騒々しい。どうした?」

 

「それが、総大司教様以下の地球に居られた方々が逮捕されました」

 

「なんだと!」

 

「詳しい事は分かりませんが、既に帝国軍が表に来ています」

 

 助祭の言葉にド・ヴィリエが慌て気味に窓の外を確認すると帝国軍の車両が数台と数十人の軍服が包囲していた。

 

「それで、帝国軍の要求は何だね」

 

「それが、司祭様に任意同行を求めています」

 

「分かった。すぐに行くと伝えてくれ」

 

 ド・ヴィリエは自身の野望が潰えた事を悟ったのである。

 この後、ド・ヴィリエは事情聴取の後で解放されて地球教を健全な宗教に生まれ変わらせて純粋に宗教家としての人生を歩む事になるのだが、彼が大司教時代に計画した謀略を実行する者が現れる事を彼は知らないままであった。

 

「司祭殿の評判は私達も耳にしています。この辺りの不良共を何人も更正させたり、貧しき人に色々と援助されている」

 

「宗教家としては当然の事です」

 

「小官も心苦しいのですが役儀上司祭殿には御足労を願います」

 

「分かりました。直ぐに支度します」

 

 こうして、ド・ヴィリエは帝国軍の取り調べを受けたのである。

 

「しかし、総大司教猊下以下の地球におられる方々が何の容疑で逮捕されたのでしょう」

 

 取り調べ室でド・ヴィリエは迫真の演技で逆に取り調べをしている士官に質問する。

 

「確かに寝耳に水の話でしょうな。実は麻薬取り締まり法違反の容疑です」

 

「何か証拠があったのですか?」

 

「それが地球教本部の水道からサイオキシン麻薬が検出されました」

 

「馬鹿な!」

 

 これにはド・ヴィリエも演技力も必要なく本音で驚いた。

 

「地球には幼い子供の信者も居るのに水道水にサイオキシン麻薬等を混入したら危ないでしょう」

 

「司祭殿が懸念される通りに一般信者から教団職員まで全員の体からサイオキシン麻薬の反応が出ました。今、オーディンの軍病院と警察病院に民間の病院と戦場になっています」

 

 流石のド・ヴィリエも絶句してしまった。自分が大司教として地球に居た当時は有用と思われた人物には食事にサイオキシン麻薬を混入させる事はあったが水道水にサイオキシン麻薬を混入させる等の暴挙は許さなかった。

 

「そ、その何かの事故で混入したのでないですか?」

 

 事故としても有り得ない話だが故意に行うよりは幾分はマシだと思えた。

 

「それが、水槽タンクの横にサイオキシン麻薬の袋専用のゴミ箱が発見されてます」

 

 ド・ヴィリエは地球教に身を置く立場でありながら教団の首脳部を侮蔑していたが想定外の暴挙である。

 

「信じられん!」

 

 両手で頭を抱え込むド・ヴィリエを見て士官も同情をした。士官自身もゴールデンバウム王朝時代には上官連中の暴挙に何度も頭を抱え込まされたものである。

 

「司祭殿には気の毒ですが、帝国内部の麻薬組織の最大組織として当局も以前から地球教には目を付けていたのです」

 

 ド・ヴィリエも末端の売人が検挙されていた事が既に自分達をマークしているとは思わなかった。

 

「今回もリップシュタット戦役からの作戦の一部だったそうです」

 

 この事にはド・ヴィリエも驚愕した。自分が大司教として権限を行使していた時からである。

 

「そんな前からですか」

 

「はい。今回も一般信者や末端の何も知らない教団職員に害が及ばない配慮をされた結果です」

 

 ド・ヴィリエは敗北感に打ちのめされた。自分は教団内の出世競争に敗北して帝国当局にも敗北していたのである。

 

「司祭殿も気を落とさずにいて下さい。皇帝陛下も地球教自体を否定はしていません。犯罪に走った地球教幹部の処分は仕方が有りませんが残された者達で健全な宗教活動をする事は許可されています」

 

「しかし、総大司教猊下が不在では信徒達を導く事が出来かねます」

 

 ド・ヴィリエにしたら総大司教は低能であったが、信徒達から崇拝されていた事は事実であり、求心力を失った教団が分裂する事は自明の理であった。

 

「そこで、司祭殿の様に真面目な方を探して総大司教に就任させる旨を皇帝陛下が明言されています」

 

 これは、ハンスがラインハルトに進言した結果である。ハンスが子供の頃、地球教の教会が年末年始に子供達に菓子を配っていたりしていたのである。

 帝国軍がハイネセン占領後に司祭を逮捕して教会も文字通りに潰してしまった。

 当時の司祭は人格者でハンスの様な貧家の子供達にも色々と親切に世話をした人物であった。

 ハンスにしたら額面通りに信仰している敬虔な者は救いたいと思っているのである。帝国軍内部にも地球教教徒と懇意にする者も多くハンスの進言は支持を集めていた。

 しかし、当事者であるド・ヴィリエは止めを刺された気分であった。

 自分に気取られる事なく内偵していた帝国当局の優秀さと教団首脳部が犯罪者として逮捕した後にも教団の存続を許す器量の大きさに自分では太刀打ちが出来ない事を思い知らされたのである。

 

「他にも立派な方々はおられます。司祭殿には頑張って教団を建て直し頂きたい」

 

 士官の慰めはド・ヴィリエに何の感銘を与えなかったがド・ヴィリエの野心の炎は完全に鎮火してしまった。

 

(ここまでの男だったのか。所詮は辺境の田舎者か)

 

 以後、野心を捨てたド・ヴィリエは宗教家として生涯を終える事になる。

 彼の死後、皮肉な事に地球教の中興の祖として教徒だけではなく全宇宙から敬愛されて歴史に名を残す事になるのだが、それは別の話である。

 こうして、地球教討伐が思わぬ余波を呼び。多くの人生が変えるのと同時に幾つかの事件を起こす事になる。


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