銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

79 / 131
ロイエンタールの災難

 

 キルヒアイス夫妻が新婚旅行から帰って来るとロイエンタールは引き継ぎ業務を済ませて麾下の艦隊を率いて帝国本土に凱旋する準備をしていた。

 

 出発を明日に控えた夜、ハンスが未成年の女性を官舎に引き込んだと報告が部下からされたのである。

 色事師として有名なロイエンタールでも相手が未成年となると黙認するわけに行かずにハンスの官舎まで自ら乗り込んで行った。

 ハンスの官舎には報告通りの未成年の少女が居たのである。

 確かに美少女であるが未成年である事は一目で分かる。

 

「確かに卿も若いから気持ちは分かるが真面目に交際するにも相手の事を考えるべきだぞ」

 

 ハンスと少女はロイエンタールが何を言っているか理解が出来ない表情である。

 ロイエンタールは頭を抱えたくなるのを抑えて引き続きハンスにロイエンタールらしからぬ説教をする。

 

「フロイラインも自分の事を大切にする事だ。確かにハンスは立派な男だが年齢相応の交際の仕方というものがある!」

 

 ハンスと少女の顔に少しずつ理解の色が加わり始める。

 ハンスは呆れながら何を何処から説明するべきか考える。

 

「取り敢えずフロイラインは部下に家まで送らせよう」

 

「最初から、そのつもり何ですけどね」

 

 ハンスの言葉にロイエンタールもハンスの顔を見直す。

 

「ロイエンタール提督。何か勘違いをされている様子ですね」

 

 ハンスの声は北風の様に冷たく、目は氷の様に冷ややかな視線でロイエンタールを見ている。

 

「いや、その何だ。卿も若いから……」

 

 ハンスの反応にロイエンタールは自身が盛大に誤解していた事に気づいた。

 

「いや、すまん。部下からの報告を真に受けた俺が悪かった!」

 

「まあ、食事をしたら提督に話をするつもりでしたから手間が省けましたよ」

 

 ハンスの声は相変わらず北風の様に冷たいままだったが少女が吹き出してしまった。

 

「こら、笑ったら駄目じゃないか!」

 

「無理ですよ。閣下」

 

「でも、言った通りの反応するだろ」

 

「本当に閣下が言った通りに反応するとは」

 

 ハンスと少女にからかわれた事を理解したロイエンタールは怒鳴りつけたいが怒鳴りつければ自分を信用していたら問題が無いと反論されるので耐えるしかない。

 

「それで、上官を玩具にした理由は何だ?」

 

「まあ。その前に紹介をしましょう。カリン」

 

「はい。私はカーテローゼ・フォン・クロイツェルと申します」

 

 カリンが起立して敬礼までするので軍籍者だと分かってしまう。

 

「ほう。この様に美しいフロイラインがな」

 

 ロイエンタールの言葉に頬を赤くするカリンは年齢相応の女性らしく愛らしい。

 

「それで、彼女は最近、母上を亡くされまして帝国に居る父親を頼る事にしたんですよ」

 

「それは、気の毒な話だな」

 

「それで、幸いにも自分達が父親と顔見知りでしたので、提督が凱旋するのに便乗させて頂くつもりだったのです」

 

「それは構わぬが俺達と顔見知りとは?」

 

 ハンスが一通の封筒をロイエンタールに手渡すと、ロイエンタールは、その場で中身を確認する。

 

「なっ、あの男の娘か!」

 

 ロイエンタールはカリンの顔を見直す。

 

「美しいフロイラインだが、確かに父親の面影が無い事も無い」

 

 再度、ロイエンタールから美しいと言われて、カリンは再び顔を赤くする。

 

「まあ。彼女の父親も提督と同類ですから道中で父親の心理という者を教えて下さい」

 

「おい、フロイラインを帝国まで送り届ける事は構わんが、独身の俺に父親の心理を教えろとか無茶を言うな!」

 

 帝国の双璧と呼ばれても若いロイエンタールに年頃の娘を持つ父親の心理などは色々な意味で理解が出来ない。

 

「では、訂正します。色事師の心理を教えてやって下さい」

 

 ハンスは仕事に私情を挟む事は無いので忘れていたがロイエンタールは敵とモテない男の僻み根性を丸出しで公言している男なのだ。

 

「私も真剣に父の心理を知りたいのです」

 

 カリンの目も表情も真剣である。それを見るとロイエンタールはヤンが守るイゼルローン要塞を攻める事の方が遥かに楽な気がしてきた。

 ロイエンタールはフェザーンで補給のついでに兵士達に休暇を取らせる算段をしていたが補給だけしたら休暇は無しで少しでも早くオーディンに凱旋する事を決めた。

 

「取り敢えず、提督も一緒に食事をどうぞ!」

 

 ロイエンタールの不機嫌な表情を見て料理で懐柔を試みるハンスであった。

 

「気に食わぬな。俺を料理で釣れると思っている卿の根性が!」

 

「そうですか。残念ですね。提督の分も作ったのに」

 

 ロイエンタールの前には野菜の色も鮮やかなシチューが湯気を出して鎮座している。

 香りもロイエンタールが初めて嗅ぐに香りである。同盟には帝国に無い食材も多いらしい。

 

「忌ま忌ましいが卿の策に乗るしかないか」

 

 カリンがロイエンタールから顔を背けている。肩が小刻みに震えているのは笑いの発作に耐えきれてない為であろう。

 

「フロイライン。ハンスは色々と問題があるが料理の腕は確かだ。俺が保証する」

 

 カリンも帝国の高官であるロイエンタールが保証するハンスの料理に期待をした。そして、期待以上の味であった。ロイエンタールがハンスの料理で懐柔される事に納得をした。

 食事も終わりカリンを部下にホテルまで送り届けさせた後にロイエンタールはハンスに詰問した。

 

「卿は何故、あの小娘の家庭事情を俺に話した?」

 

 ロイエンタールはハンスが頼めば何も聞かずにカリンの事を引き受ける事を分かっていてカリンの家庭事情をロイエンタールにあえて暴露したハンスの思惑が知りたかった。

 

「それは、自分やヤン提督では説得力が無いからです」

 

「卿は俺に何を説得させる気なのだ?」

 

「カリンは母親が亡くなった時に父親に母親の訃報と自分の存在を知らせてます。しかし、シェーンコップはカリンを探さずに帝国に行きます」

 

「それが何か?」

 

「敵の考えは読めても思春期の少女の考えは読めないとは……」

 

「それとこれとは次元が違う」

 

 ハンスは溜め息をつきながらロイエンタールに説明を始めた。

 

「だから、普通なら父親が自分を探しに来るとカリンは思っていたんですよ。でも、シェーンコップは探しに来なかった。自分はシェーンコップに捨てられたと思っているんですよ」

 

「そうなのか?」

 

「まあ、世の中には平気で子供を捨てる親も居ますからね」

 

 これにはロイエンタールも首肯せざる得ない。自分の母親の例もある。

 

「まあ。シェーンコップにして見れば自分が必要なら娘の方から来るだろうし、来ないのは娘が自分を必要としていないと考えたんでしょうね」

 

「俺があの男の立場なら同じ考えだがな」

 

「まあ、私も若いですから心情的にはカリンの気持ちが分かるんですけどね」

 

「つまり、卿は俺に父親の考えを代弁させたいのか」

 

「流石、ロイエンタール提督ですな。ご明察です」

 

「卿に頼まれたら嫌とは言えんからな」

 

 翌日からはロイエンタールはカリンから質問攻めにされた。

 部下達もロイエンタールの漁色家ぶりを快く思っていなかったので苦笑しながらカリンに協力するのであった。

 

「俺の場合は単に幼少期のトラウマが原因なのだが、フロイラインの父親の心理も多少は理解が出来る」

 

 ロイエンタールも乗り掛かった船である。カリンに真剣に自分なりの父親の心理を解説する。

 カリンもロイエンタールの解説を真剣に聞くのであった。

 

「フロイラインの父親は陸戦の専門家で俺達以上に戦死する可能性が高い。指揮官の作戦が見事でも戦闘となれば絶対に戦死する者は出てくる」

 

「はい。私も軍人の端くれでしたから、それは承知しています」

 

「陸戦隊や空戦隊は指揮官の指揮とは関係なく戦死の可能性が高い」

 

「私もスパルタニアンのパイロットでした。私達の一期上の先輩達はバーミリオンで殆どが戦死しました」

 

「そうだ。あのヤン・ウェンリーの指揮でさえ空戦隊だと戦死する可能性が高いのだ。そんな自分が家庭を持つ事に拒否反応があるのだろう」

 

「それで、父が結婚しない理由は分かりますが、見境い無しに女性を口説く事の関係は理解しかねます」

 

 女性として、カリンの疑問は当然である。

 

「ふん。多分、寂しがり屋なんだろ」

 

「えっ、寂しがり屋なんですか?」

 

 カリンにしたらヤンの策があったと言え、二度もイゼルローン要塞を奪取した猛者である。寂しがり屋とは縁遠い印象なのである。

 

「納得が出来ん様だが、勇気や豪胆さと別次元の話だからな。寂しがり屋だが自分が戦死した後に泣かれたくは無いんだろうよ」

 

「それで、見境なく口説くのですか?」

 

「表現に刺があるが、その通りだな」

 

 

「言っておくが、フロイラインの父親は知らんが俺は二股を掛けた事は無いぞ!」

 

 ロイエンタールの言葉に、流石にカリンの視線と表情が緩む。

 

「失礼しました。しかし、浮気をしない程の誠実な方が結婚が出来ないのも不思議な事ですよね」

 

「まあ、俺の場合は俺に問題があるからな。別れた女達が幸せになってくれる事を祈るばかりだ」

 

「本当に立派です。立派ですけど本当に残念ですね」

 

 カリンの感想は本音でもあり、一般論でもあった。

 

「俺も以前はフロイラインと同じ気持ちだったが、最近は家庭持ちの部下を見て俺の方が幸せかなと思うぞ」

 

 幸いな事に本来の歴史とは違いロイエンタールには野心の種は発芽する事もなく深層意識の深い場所で眠り続けたままである。

 自身のトラウマとラインハルトの言葉が化学反応を起こして本来の歴史の様に野心の種を発芽させる事はなかった。

 

「私の周囲では両親が居る幸せな家庭の子の方が少ないですから」

 

 百五十年間も戦争をしていた結果である。同盟ではトラバース法という悪法が施行され、帝国では親子関係の養子縁組だけではなく兄弟姉妹の養子縁組も行われていた。

 

「そうか。しかし、もう不幸な時代は終わった。俺は駄目だったがフロイラインが成人する頃は子供が不幸になる時代ではなくなる」

 

 ロイエンタールは本気で現状に満足していた。良き友人を得て良き主君を得ていた。カリンの言う通りに幸せな家庭に生まれる人間の方が少ないのである。ハンスやファーレンハイトの様に生きる為に軍人を選ばざる得なかった人達に比べて幸せであると思う。

 

「しかし、あの男がフロイラインを見て、どんな反応するか見物だな」

 

「それは私も楽しみです。ミューゼル閣下から策も授かりましたから!」

 

(ハンスの奴め。子供に何を吹き込んだ?)

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。