銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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双頭の蛇 ランテマリオ会戦 後編

 

 ビッテンフェルトがキルヒアイスの命令を復唱していた時に制止の声が掛かった。

 

「待った!」

 

 モニターの中のキルヒアイスも驚いている。カメラの外からの声をマイクが拾ったらしい。

 

「誰だ?」

 

 ビッテンフェルトの誰何の声にハンスがモニターに現れる。

 

「ハンス。何故だ?」

 

  ビッテンフェルトの声には苛立ちの成分が多く含まれていた。

 

「何事です?」

 

 キルヒアイスも驚いてハンスに説明を求める。

 

「詳しい話は後でしますから、全軍を一時後退させて下さい」

 

「分かりました」

 

 キルヒアイスとビッテンフェルトもハンスの表情を見て即座にハンスの言葉に従う。

 

「全軍に一時後退!」

 

 キルヒアイスが命令を下すとハンスが説明を始める。

 

「両軍の砲火で解放されたエネルギーが恒星ランテマリオの表面で恒星風となり俗に言う宇宙潮流の発生が始まります!」

 

「何と!」

 

 通信モニター越しで自分の出番を潰されたビッテンフェルトもハンスの説明を聞いていたがハンスの言葉に驚きの声を出す。

 

「開戦時から恒星ランテマリオの表面を観察してましたが表面温度が急上昇してます」

 

 帝国軍が後退をして同盟軍との距離を取り終わったのと同時にランテマリオから強烈な恒星風が吹き同盟軍と帝国軍の間に恒星風の流れが出来た。

 

「危なかった。もう少し後退が遅れたら恒星風の直撃を受けていた!」

 

 もし、密集した帝国軍が恒星風の直撃を受ければ艦艇同士が衝突して大損害を出していた。

 

「あの爺め。これを最初から狙っていたな!」

 

 ハンスの言葉にキルヒアイスも納得していた。ミッターマイヤーの罠に落ちた前衛部隊を救出する時に簡単に半包囲体制が取れた筈であった。

 

「あの時から、狙っていたのでしょう。本当に老獪な老人です」

 

(本来の歴史でも帝国軍の足を止めたらしいけど、宇宙空間で地の利を最大限に使うとは、ヤン・ウェンリー並だな)

 

 もし、ビュコックがアムリッツア会戦前に能力に相応しい地位に就任していればラインハルトの覇道も帝国内で終始していたかもしれない。

 ハンスの背中を冷たい汗が流れた。

 

(危ない危ない。カンニングしていても油断すると手痛い一撃が来る。これがヤン・ウェンリー相手となると更に恐ろしいわ)

 

 ハンスの進言で寸前に致命傷を回避した帝国軍は後退して陣形の再編の間に将兵に食事と休息を与える。

 

「折角、同盟の兵士の疲労を蓄積したのに」

 

 ハンスの嘆きにキルヒアイスも苦笑する。

 

「まあ、今回は自軍の被害を回避した事だけで満足するべきです。それ以上は欲が深いですよ」

 

 キルヒアイスはハンスを慰めるが実際は同盟軍の敗北は決定しているのだ。

 

「全軍、前進!」

 

 キルヒアイスが命令を下すと帝国軍は再び同盟軍に宇宙潮流の外側から同盟軍に集中砲火を浴びせる。

 

「思ったより、潮流の影響で攻撃の効果が有りませんね」

 

 この事はビュコックも計算していたのだろう。潮流で弱まる砲火が届いても同盟軍は味方の艦艇の残骸に隠れてしまう。

 休息を取り動きも敏捷になった同盟軍にキルヒアイスは再びビッテンフェルトに突撃命令を出す。

 

 

「敵の策に乗り時間を稼がれました。これ以上の時間を与えるのは危険です。一気に勝負をつけて貰います」

 

「安心して下さい。その為の黒色槍騎兵艦隊です」

 

 通信が切れるとビッテンフェルトは麾下の全部隊に命令を下す。

 

「総員、第一種戦闘配置!」

 

 ビッテンフェルトの命令で黒色騎槍兵艦隊は同盟軍に突撃するべく宇宙潮流の上流から流れに乗り勢い付けて同盟軍を目掛けて突進して行く。

 

「休息している間に突撃方法を改善したのか!」

 

 ハンスはラインハルト麾下の提督の優秀さに舌を巻いた。

 ビッテンフェルトは一般に猪武者と言われているが同盟のアラルコンやグエン達と一線を画すべき存在である。

 先程もハンスの言葉に理由も聞かずに従い無駄な時間を浪費もせずに虎口を避けている。

 今も僅かな時間に部隊の再編と同時に潮流の力を利用して自軍の被害を抑えて同盟に打撃を与える渡河方法を考案している。

 

「何処が猪武者なんだよ。まあ、日頃の言動が言動だからか」

 

 ハンスやキルヒアイスも唸る程に整然と宇宙潮流に突入して行く黒色槍騎兵隊を見るとビッテンフェルトを発掘したラインハルトと何度もペテンに掛けたヤンの偉大さが際立つ。

 

 ハンスが突入する黒色槍騎兵隊艦隊の姿に畏怖を感じた頃、同盟軍は畏怖よりも恐怖に襲われていた。

 相手は正面攻撃の破壊力なら宇宙一と呼ばれた艦隊である。同盟軍は窮鼠と化して黒色槍騎兵隊艦隊の渡河ポイントを計算して迎撃の準備をする。

 そして、迎撃する側と迎撃される側では迎撃される側が圧倒的に強かった。

 

「怯むな!撃ち返せ!」

 

 ビッテンフェルトの命令は命令ではなく部下を嗾けてるだけである。同盟軍の一斉射撃に怯む事なく黒色槍騎兵隊艦隊の反撃は同盟軍より質と量を桁違いに凌駕していた。

 黒色槍騎兵隊の一撃目で同盟軍の前衛部隊は壊滅した。二撃目で中央部が壊滅して後方部隊に罅が入り三撃目で後方部隊をビームの槍が貫通した。

 同盟軍総旗艦リオ・グランデの艦橋では報告でなく悲鳴で溢れていた。

 

「戦線崩壊、退却の許可をされたし!退却を許可されたし!」

 

「艦が航行不能、救援を乞う!救援を乞う!」

 

「被害甚大。来援を乞う!来援を乞う!」

 

 リオ・グランデの通信回路の全てが悲鳴に溢れていた。来援を出したくとも司令部には既に一隻の戦艦も無いのである。

 モニターの中では、それでも果敢だが無力な反撃をする艦が点在していた。

 黒色槍騎兵隊艦隊が零距離射撃で次々と同盟軍の艦艇を火球に変えて行く。

 既に戦闘ではなく一方的な殺戮の様相をであった。それでも同盟軍の艦艇は統制が乱れる事がなく。総旗艦リオ・グランデの周囲に集結して行く。

 

「ええい、しぶとい!」

 

「閣下!」

 

 副参謀長のオイゲンが言外にビッテンフェルトの短気を窘める。

 

「分かっている。こいつら、最後の一隻になっても崩れぬ。これ以上は無駄な犠牲を出すだけだ」

 

 ビッテンフェルトは麾下の部隊に後退を命じて艦隊を再編する。

 黒色槍騎兵隊艦隊の後退に伴いワーレンは同盟軍の為に退路を開き同盟軍の瓦解を誘った。

 ファーレンハイトはワーレン艦隊の後方で退却する同盟軍の後背を討つ準備をしている。

 

「降伏を呼び掛けても無駄でしょうね」

 

 キルヒアイスだけではなく帝国軍の提督達全員の心情であった。

 それでも、降伏勧告を自身ではなくハンスに出させたのはキルヒアイスの立場からすれば当然である。

 

「テス、テス!」

 

 敵味方に解放した通信回線でハンスがマイクテストの声が両軍に届く。

 

「もしもし、ビュコック提督。一応は聞きますが降伏しますか?」

 

 帝国軍の提督達も頭を抱える者から苦笑する者までいたがハンスの軽い口調を咎める者は居なかった。

 

「逃げるなら逃げて下さい。追撃はしませんから」

 

 ハンスの降伏勧告とも言えない降伏勧告に返事があると誰もが思わなかった。

 

「敵が当艦との交信を求めています」

 

 通信士官からの報告は意外であったがキルヒアイスは即座に回線を開かせた。

 スクリーンの中のビュコックの顔色は疲労の為に悪いが両眼は力強い光を放っている。

 

「キルヒアイス提督には人道的な配慮に感謝します。それと、ハンス・フォン・ミューゼル大将は同乗されてるかな」

 

 名を出されたハンスがカメラの視界に顔をだす。

 

「居ますよ。何か用事でも?」

 

「貴官の父上の事と帝国に亡命した経緯について同盟軍の将官の一人として貴官には謝罪せねばならんのだ」

 

「えっ?」

 

「儂が宇宙艦隊司令長官になった後で貴官の父上の事を調べさせたら、貴官の父上の冤罪が判明した。儂は兵士の苦労を知っているつもりで何も見えていなかった。脱出シャトルの事も貴官が亡命して帝国から言われるまで全く気付く事がなかった」

 

 ビュコックは言い終わると深々と白髪頭を下げた。

 これにはハンスだけで無く敵味方の将兵全員が驚いた。宇宙艦隊司令長官が将官とは言え、十代の孺子に頭を下げたのである。

 

「どうか頭を上げて下さい。閣下の全く預かり知らぬ事です」

 

 ハンスが慌てビュコックに頭を上げさせる。

 

「確かに儂が預かり知らぬ事であったが、将官たる者が知らぬでは話にならん。死者に濡れ衣を着せるなど、決して許してはならんのだ」

 

 ビュコックの言葉にハンスが折れる。

 

「分かりました。閣下の謝罪を受けましょう」

 

「そう言って貰えると救われる」

 

 ビュコックが最後に笑って見せると通信を終わらせた。

 そして、同盟軍は帝国軍から監視されながらも整然と退却して行く。

 それと平行して帝国軍は救助活動も行う。

 

 ヤンが戦場に駆けつけた時は既に帝国軍も救助活動を終了して移動した後であった。

 

「イゼルローン要塞を放棄するのが少し遅かったか」

 

 ヤンの胸中に苦い後悔が広がる。

 

(待てよ。あの時に自分が動いていたら事態は変える事が出来たと考えるのは自己過信というものだ)

 

「危ない、危ない」

 

(今回は民間人に犠牲を出す事も無く無事に逃げ出せた事だけでも良しとしなければ)

 

 ヤンは物語のヒーローでは無いのだ。全ての事にヤンが対処する事は出来る筈も無く、そして、するべきでもないのである。

 

(とかく、自己過信とは自己の神格化に繋がりやすいものだ。別にルドルフに限った事じゃない)

 

「閣下。急ぎハイネセンに帰還しませんとイゼルローン方面からの敵に追撃される可能性があります」

 

 ヤンの思考はムライの声で中断される事になった。

 

「そうだね。全艦、急いでハイネセンに向かう」

 

 ヤンの追撃を断念したロイエンタールがハイネセンに向かう可能性もあるのだ。

 一方、目論見み通りにヤンの到着前に同盟軍本隊を叩いて戦場を離脱した帝国軍はガンダルヴァ星系の第二惑星ウルヴァシーを占領して活動拠点となる基地を建設を開始した。

 


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