ラインハルトは凱旋すると約束を守り、提督達を全員昇進させた。
ハンスもアンスバッハの暗殺行為の阻止とリヒテンラーデ侯打倒の功績で大将に昇進の話もあったが中将として経験も無いままに昇進するのは問題があると言って辞退した。代わりの勲章授与も断り有給とボーナスを貰った。
逆に戦勝式典に銃を持ち込んだ事を咎められるのではと心配したがオーベルシュタインも銃の事は不問にした。
キルヒアイスは元帥に昇進して帝国三長官を兼ねて帝国最高司令官となり、ラインハルトは公爵に階位を進め帝国宰相となり首席秘書官としてヒルダが就任した。
キルヒアイスの下でオーベルシュタインは軍務副尚書、ミッターマイヤーは宇宙艦隊副司令長官、ロイエンタールは統帥本部副総長となった。
ラインハルトが至尊の座につけば三人の肩書きから副が取れ、キルヒアイスが帝国宰相になる事は明白であった。
オフレッサーは上級大将から大将に降格して自ら退役した。
本人曰く「ヴェスターラントの様な蛮行を行う人間と組んだケジメだ」と言う事である。
退役後には私財を投じて孤児院を作り院長として多くの子供達がら親しみを込めて「親父さん」と呼ばれ平穏な余生を送る事になる。
オフレッサーの死後、オフレッサーの墓に花束が絶える事がなく、後世、潔く退役した事や孤児院を作り多くの子供達の保護者となった事でゴールデンバウム王朝末期の武人の鑑と評される事になる。
尚、ロイエンタールは孤児院建設に協力する事でぶん殴られる難を逃れた。
退役したオフレッサーを羨ましく思っていたハンスの元に凶報が届く。
事件の発覚は軍務省に届いた問い合わせであった。
オーディンの田舎町からリヒテンラーデ侯の一族の屋敷に出稼ぎに出た娘の母親が娘と連絡が取れないが未成年の使用人も逮捕されたのかと問い合わせが軍務省にあった。
担当職員が件の屋敷に残っている使用人に聞いてみると、そもそも、ここ数年は人を雇っていないとの事であった。
不審に思った職員が娘の母親に折り返し詳しく事情を聞くと確かに帝都までの交通費と仕度金を受け取っていた。
道中で何か事件に巻き込まれたのかと思い警察に通報するのと同時に件の屋敷の当主に事情を聞くと自分は知らないと言っていたが交通費と仕度金を渡している事を指摘すると明らかに狼狽したので不審に思い、一族の管理をしているロイエンタールに許可を得て自白剤を使用してみると驚愕すべき情報を得る事となる。
屋敷には数代前の当主が作った地下の秘密部屋があり、そこに被害者を監禁しているという。
驚いた担当職員は上司であるロイエンタールに報告する。
報告の内容に驚いたロイエンタールが屋敷に部下を急行させると当主の自白の通りに秘密部屋があり行方不明の被害者を発見したのである。
被害者は衰弱しており病院に搬送した結果、一命は取り留めたが事情聴取が出来ない状態であった。
ロイエンタールは軍部の仕事では無いと判断して警察に当主の身柄を渡して捜査を任せ報告だけは受ける事にした。
そして、警察からの報告書は帝国を震撼させるものであった。
当主の名はカール・フォン・ハールマンで二十数年前に伯爵家を継いで以来の犯行であった。
ハールマンは伯爵家を継いだ直後から犯行を繰り返していた。
最初の被害者は数人は使用人であったが何度も使用人が行方不明になると怪しまれるので、以降は使用人募集をして面接に来た中から好みの女性を誘拐していた。それも続くと怪しまれるので繁華街で家出娘や好みの少年を言葉巧みに誘い犯行に及んでいた。
今回は内乱の為に繁華街も人が少なく閑散としていた為に使用人を募集して犯行に及んだのである。
ハールマンの犠牲になった人数は百四十五人であり、全ての犠牲者の氏名と年齢を記録に残していた。
押収された証拠物件の中にはハールマンが犠牲者を殺害する前に楽しんだ記録映像も残っており犠牲者ごとに感想を記してあった。
帝国史上、類を見ない大量猟奇殺人事件であった。
ロイエンタールから連絡を受けたハンスは本来の歴史では闇に消えていた事件に自失していたが事の深刻さに気づきラインハルトに上申してリヒテンラーデ侯の一族のDNA検査をして過去の未解決の刑事事件の証拠と照合した結果、一族の二割にあたる人間が何らかの事件に関わっている事が判明した。
更に悲劇は続いた。一族の女性達の中で自殺を図るものが続出したのである。
自分の父や夫に息子等が如何なる時代でも恥ずべき犯罪を犯していたとなれば、誇り高い貴族の女性が絶望しても無理からぬ事であった。
そして、ハンス以上に衝撃を受けた人物はリヒテンラーデ侯であった。
リヒテンラーデ侯の自裁は決定していたが一族の者達が死刑にならずに辺境で平穏な生活を送れる事を見せて安心させてからとハンスの親切心が裏目に出てしまった。
事態を知ったリヒテンラーデ侯は水も食事も一切を拒否しての衰弱死を選んだ。
本人に自覚があったのか不明だがリヒテンラーデ侯の死は紛れもなく憤死であった。
そして、逆行前のハンスも知り得ぬ事実があった、闇に葬られた歴史上の発見があった。
一族の内でも、特にリヒテンラーデ侯に近い人達に形見として渡すつもりで、リヒテンラーデ侯の私物を調べて判明した事だがリヒテンラーデ侯はラインハルトを陰謀の末に始末した後に同盟と和平交渉をする気でいた事が分かった。
リヒテンラーデ侯は同盟と和平条約を結び幼い皇帝を名君に育てる気でいたのだ。
ハンスはゴールデンバウム王朝の闇に続きローエングラム王朝の闇を見てしまった。
ローエングラム王朝の開祖ラインハルトは銀河帝国のみならず、フェザーンと同盟を滅ぼした後にヤン・ウェンリー一党と自身の感情に任せて戦い大量の血を流す事になる。
同時代人であるオーベルシュタインが批判しているが確かに交渉をすれば良いだけの話である。
その為にリヒテンラーデ侯が同盟との和平を考えた事はローエングラム王朝によって闇に葬られたのである。
クラウス・フォン・リヒテンラーデ侯爵、フリードリヒが政治に対して一切の興味を示さなかった為に帝国の政治を取り仕切り、外戚であるブラウンシュヴァイクやリッテンハイムを牽制して時には諌め、後宮内ではベーネミュンデがアンネローゼを中傷するのを窘め、フリードリヒに対しても諫言して皇帝としての自覚を促し大過なく帝国を運営した人物であった。ゴールデンバウム王朝末期の忠臣であると言えた。
(この様な死に方をする程に罪深い人ではなかったのに)
こうしてハンスはゴールデンバウム王朝の膿とローエングラム王朝の闇を知る事になる。
ハンスとしてはリヒテンラーデ侯の一族と言えども血を流す事なく辺境で平穏に暮らしてもらいたいと願った事が裏目にでて大量の自殺者を出す結果になってしまった。
唯一の救いはハールマン伯爵に監禁されていた少女が順調に回復している事である。
遺されたリヒテンラーデ侯の一族に同情したキルヒアイスの働きで全員が辺境送りとなった。
リヒテンラーデ侯の一族の問題でハンスが暗澹たる気分で日々を過ごしている間にラインハルトとキルヒアイスは帝国の改革を行っていく。
その一環として新しくレンネンカンプ提督とアイゼナッハ提督が取り立てられた。
更にハンスによってリップシュタット軍から引き抜かれたメルカッツとファーレンハイトが現場復帰をした。
メルカッツは士官学校の校長として一線を退く形であったが提督達からは絶賛されていた。
「俺達の時代に校長に就任して欲しかったぜ」
オレンジ色の髪の提督と食うために軍人になったと公言する提督が異口同音に言ったものである。
これには、ラインハルトとキルヒアイスも苦笑するしかなかった。
新しく地位を得る者もいれば失う者もいる。
憲兵総監のオッペンハイマー上級大将が贈賄罪で現行犯逮捕され、後任にはケスラー大将が就任した。
更に年が明けるとブラウンシュヴァイク公の腹心であった。シュトライトがラインハルトの副官となった。
「何で宰相閣下に副官が必要なんだ?」
ハンスの疑問は文武の両方の幹部の疑問でもあったが言外にオーベルシュタインが支持した事から一種の政治宣伝であると思われた。
(まさか、同盟進攻の為の布石じゃないよな)
ハンスとしてはラインハルトには帝国だけで満足して欲しいと思っている。同盟は衆愚政治のまま腐り果てて財政赤字である。征服しても新たに予算を回す事になる。
(問題はフェザーンのハゲ親父だよなあ。本来の歴史では移動要塞で帝国を嗾けるけど)
ハンスの心配は杞憂に終わった。移動要塞の話はキルヒアイスの一存で許可をされたが予算を大幅に削られた為に完成まで数年は掛かる事になる。
「今は軍部の組織改革で人手が欲しい時期です。それでも、軍部から民間に人を返さないといけません。不要不急の案件に予算も人手も出せません」
この時期、ラインハルトもキルヒアイスも改革に忙殺されていた。
リップシュタット戦役で滅んだ貴族の領地に新しく帝都から人を派遣する必要があり地方行政のプロが必要であった。
そして、軍部でも帰順した者や投降した者が本来の歴史より多く再編するのに忙しかった。
更に貴族の私兵が居なくなった為に宇宙海賊が跋扈する様になり討伐の必要もあった。
オレンジ色の髪の提督が宇宙海賊討伐に立候補したが却下された。
代わりに現職復帰したファーレンハイトが討伐の任を受ける事になる。
この様に帝国では改革が急ピッチで進められたのである。