最初にハンスがブリュンヒルトに同乗を拒否した時にラインハルトは不機嫌さを隠そうとしなかったがハンスの意見を聞いて納得したものである。
「私の価値は同盟軍に対してのみです。門閥貴族に組する敵将については私より諸提督が詳しいと思います。それに私は帝国の惑星ではオーディンしか知らないので、後学の為にキルヒアイス提督に随伴して帝国の辺境という場所を見ておきたいと思います」
確かに聞く者を納得させる意見であった。意外な事にオーベルシュタインがハンスの意見を支持してくれた。
「閣下、ミューゼル准将は将来的には閣下を支える身です。門閥貴族等は戦いが終われば知る価値が無いですが辺境の様子を見る事はミューゼル准将だけではなく閣下の為にもなります。ここはミューゼル准将の希望を叶えるべきだと言えます」
提督達もオーベルシュタインの意見に同意した。
メルカッツとファーレンハイトが抜けた後には「理屈倒れのシュターデン」が唯一の艦隊戦の専門家なのである。
提督達の殆どが士官学校卒業生であり、シュターデンの評判は知っているのである。
「分かった。悪いが面倒を掛けるキルヒアイス」
「了解しました」
(何とかラインハルトから離れる事が出来た。オーベルシュタインが居たらヴェスターラント救助の邪魔をされかねんからな)
帝国歴488年 宇宙歴797年 4月6日
帝国最高司令官のラインハルトにリップシュタット軍討伐の勅命が下る。
即日、討伐に向かうラインハルト軍の誰もがメルカッツ、ファーレンハイトの両将を欠くリップシュタット軍の敗北を疑わないでいた。
そして、勝利とは別に孤独な戦いをしていたハンスの予測より事態は早く動くのである。
メルカッツが居ないリップシュタット軍はガイエスブルクに至る航路上の九つの要塞の全てに艦隊を派遣したのである。
「シュターデンが居て、兵力分散の愚を犯すとは!」
ラインハルトを始め教え子のミッターマイヤーでさえシュターデンの正気を疑った暴挙であった。
「それぞれの航路を断ち、連携と補給を撹乱して孤立させてやれ」
ラインハルトの命令は即時に実行された。
その事を定時連絡で話を聞いたハンスは呆れていた。
「准将も呆れているみたいですね」
問い掛けるキルヒアイスも何処か呆れてる様子である。
「はあ、シュターデン提督も気の毒だと思いまして」
「准将はシュターデン提督が気の毒だと?」
「あのスフィンクス頭がシュターデン提督が止めるのを聞かずに行動した結果だと思いますけどね」
「既にガイエスブルク要塞からは孤立化した要塞を救うべく、シュターデンが率いる艦隊が出撃したそうですよ」
「それを黙って見ている元帥閣下じゃないですよね」
「既にミッターマイヤー提督が迎撃に出撃したそうです」
(歴史も中途半端な変わりかたをしたなあ)
確かに歴史は表面上は中途半端な変わりかたをしていたが中身はハンスが知る歴史とは違っていた。
シュターデンの戦略ではラインハルト軍との直接戦闘は避け、ラインハルト軍を大きく迂回してオーディンから近い要塞から解放して自軍に加え、ラインハルト軍をガイエスブルクの本隊と前後から挟撃するというものであった。
メルカッツへの対抗意識から出撃した本来の歴史とは違って戦理に叶った行動であったが周囲が本来の歴史と同じくラインハルト軍との交戦を望んでいた。
「ミッターマイヤー、卿は士官学校時代のシュターデンの教え子だそうだな」
「はい。シュターデン教官は理論と現実が解離した時に理論を優先させていました。我ら学生は理屈倒れのシュターデンと言っていました」
「では、卿に命ずる。実戦にて恩師に報いよ!」
「全力を尽くします!」
教え子が恩師に報いる為に出撃した頃、恩師の命は既に風前の灯であった。
(メルカッツならブラウンシュヴァイク公を諫めれたかもしれない!)
シュターデンの諫言も聞かずに兵力分散の愚を犯したブラウンシュヴァイク公の尻拭いをさせられ、命令も聞かずに先走る若い貴族に悩まされ、食事も摂れずに血を吐く有り様である。
味方を救出した所で兵糧攻めされた兵が役に立つかシュターデンには疑問であったが、味方を見捨てる訳にもいかず出撃したシュターデンであった。
この時、既にシュターデンはリップシュタット軍に参加した事を後悔していた。
そして、シュターデンの部下達は上司が戦う前に倒れるのではと心配していた。
アルテナ星域まで艦隊を進めた時にミッターマイヤー艦隊が既に待ち構えていた。
「前方に約六百万個の機雷が有ります。その向こう側にミッターマイヤー艦隊が布陣しています」
三日後にハンスはシュターデン敗退の報を聞く事になる。
「こんな死に方する程、悪い人じゃないと思ったけどなあ」
「シュターデンは生きてはいますよ。戦闘が始まった途端に血を大量に吐き倒れたそうです。その場で部下が降伏したそうです」
「……それは、大変でしたね」
「心因性の胃潰瘍だそうです。流石のミッターマイヤー提督も同情していたそうです」
「……それは、大変でしたね」
ハンスとしては同じ事しか言えない。そのメルカッツとファーレンハイトと共にシュターデンを拉致しなかった事を少し後悔をしていた。
「元帥閣下が頑張っている分、私達も頑張りましょう」
キルヒアイスの言葉にハンスも首肯するしかなかった。
キルヒアイスは四万隻の艦隊で辺境星域の戦いに既に六十回の戦いを繰り返し勝利していた。占領した地は民衆の自治に任せてラインハルトとの本隊と合流する為に辺境星域の航路を移動しながら戦っている。
「しかし、帝国の辺境星域って、広いんですね」
「銀河帝国は同盟の倍の歴史ですからね。その間も開発事業をしてましたから」
「しかし、素人が数千隻の艦隊でプロが指揮する四万隻の艦隊に喧嘩を売るとは、辺境星域の門閥貴族って馬鹿か何ですか?」
キルヒアイスもハンスの言葉に苦笑するしかなかった。
勿論、戦いだけではなく歓迎された惑星や星系もあった。乞われて宇宙海賊退治をした事もあった。実戦慣れしてる分、門閥貴族より手強かったのも印象的である。
門閥貴族同士が惑星の所有権の争いをしていて仲裁に入ったりとか色々と大変であった。
ハンスも辺境の問題点や辺境星域の民衆の生の声が聞けたので満足していた。
また、キルヒアイスもハンスが民衆の本音を聞き出した事によりハンスを随員としてくれた事をラインハルトに感謝した。
(私達では民衆も遠慮があり信用もされにくいが、准将なら民衆も遠慮なく本音を言ってくる)
ちなみにワーレンとルッツには別の意見もあった。
「あんな聞き方はあいつ以外の人間がやったら問題になる」
「どうせ、素人の貴族がプロの軍人に勝てる筈がないから、今のうちに勝ち馬に乗った方が得だよ」
この辺りは、まだ良い。
「勝った直後は人気取りに走るから、今の内に困っている事を言っといた方が得だよ。気前の良い時に要求が出来るもん要求しとかないと」
かなり雲行が怪しい。
「後から役人が来ても、どうせ給料泥棒しか考えてない連中だから上には問題ありませんとしか言わんから、任期が来たら後は野となれ山となれの連中なんだから」
自分も役人という自覚が無い事を平気で言う。
これは、ハンスが逆行前の同盟の役人に対する印象で本音だから説得力は確かにあるが、後の役人は苦労しそうである。
翌日の定時連絡で九つの要塞の内で八つの要塞が降伏したと連絡があった。
残りはレンテンベルク要塞のみであり、レンテンベルク要塞はガイエスブルク要塞にも近く逆に、こちらの補給線を絶たれる危険を考慮して攻略を決定した。
レンテンベルク要塞を守るのはラインハルト嫌いの筆頭である装甲擲弾兵総監のオフレッサー上級大将である。
レンテンベルク要塞はオフレッサーが陣頭指揮を取って士気も高く、ラインハルト陣営としたら犠牲者の数を考えると頭が痛いのである。
そこで駄目で元々だと言って、ハンスがオフレッサーの説得を買って出た。
「あの男が説得に応じると卿は本気で思っているのか?」
ラインハルトもハンスの申し出に呆れる気味である。
「だから、駄目で元々ですし成功すれば儲けものです。それに連中の事ですから薬物を使っているでしょうけど薬物にはタイムリミットが有りますから時間稼ぎになります」
ハンスの意見にオーベルシュタインだけではなくロイエンタールとミッターマイヤーが賛成した。ロイエンタールとミッターマイヤーにしたら少しでも部下の犠牲が減るなら賛成である。
「分かった。卿ならオフレッサーを挑発するには丁度よいだろう」
言外に失礼な事を言われた気がしたハンスだが、ここは大人しくするしかない。
ラインハルトが不許可にしても不思議ではないのである。
それに、ハンスはオフレッサーの事を気に入っているのである。
下級貴族から本当に己の腕だけで上級大将に登り詰めたオフレッサーにハンスは一種の憧れを感じていた。
(まあ、どちらかと言えば死なせたくない人だからなあ)
シュターデンの時とは真反対のハンスであった。
しかし、ラインハルトはハンスにオフレッサーの説得をさせた事を後悔する事になる。
後に帝国の正史から無視され民間では長らく笑い話として伝説になるハンスの説得が始まったのである。
そして、この事がリップシュタット戦役全体に影響する事になるとは、この時点では誰も予測していなかったのである。