銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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衣替え

 

 フリードリヒ四世には三人の孫がおり、新しい皇帝には既に亡くなった皇太子の子のエルウィン・ヨーゼフ二世が帝位についた。

 ハンスの進言でエルウィン・ヨーゼフ二世の後見人にはベーネミュンデ侯爵夫人がなった。

 ハンスは侯爵に階位を進めたラインハルトに釘を刺した。

 

「孫には罪は有りませんよ。ましてや五歳児には母親が必要でしょう。権力闘争の戦場である宮廷ではなく普通の平穏な人生を送らせたいのがベーネミュンデ侯爵夫人と私の願いです」

 

 リヒテンラーデ侯と違い。ベーネミュンデ侯爵夫人は野心もなくエルウィン・ヨーゼフ二世を我が子の様に愛情を持って面倒を見ている。

 

(逆行前の関係者の回顧録では躾の出来てないクソ餓鬼だったらしいからな。恐らくは幼児期の大人の愛情不足だろう。親戚がブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯だからなあ。無理もないが)

 

 相手がベーネミュンデ侯爵夫人となればラインハルトにしたら言いたい事もあるらしいがハンスに釘を刺されたので我慢しているらしい。

 ハンスにしたらラインハルトに対して「いい気味だ!」と思っている。

 

 ラインハルトの場合、普段から女性から親切にされ過ぎている。逆行前の世界でアンネローゼの死後に出された獅子帝ラインハルトの同級生という人物の回顧録にラインハルトは子供時代にクラスのガキ大将との喧嘩で石を使い出血させた事があったらしい。息子が出血する程の怪我をさせられて黙っている親がいる筈もなく、ミューゼル家に怒鳴り込む準備をしていたら同級生の女子の団体から抗議を受けたらしい。「ミューゼル君は悪く無い!」「ミューゼル君をこれ以上いじめるなら私達が黙ってないわよ!」と言われた上に日頃の行いに尾ヒレに胸ビレに背ビレまで付けて親に告げ口された上にラインハルトの写真を見せられた途端に母親もラインハルトの味方になった。同級生は齢十歳で世の不条理を学んだそうだ。

 

 それに今の段階ではエルウィン・ヨーゼフより当面の敵は野心だらけのブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の二人である。

 二人とも皇帝の娘と結婚して娘がいる。その娘を女帝に据えて権力を握るつもりでいる。

 その後にリヒテンラーデ侯が控えているのである。

 この老人、前者の二人に比べて比較的に道徳的なのだが先の無い年齢で権力を手にして何を為す気なのかラインハルトには理解不能である。

 正直な話、エルウィン・ヨーゼフに関わっている余裕は無いのだ。

 

 軍内ではミュッケンベルガーがラインハルトに地位を譲る形で勇退となり、ラインハルトが宇宙艦隊司令長官となる。

 キルヒアイスは昇進して中将から上級大将となり宇宙艦隊副司令長官になった。

 ハンスも昇進して准将となった。

 ロイエンタールとミッターマイヤーも昇進して大将となった。

 ビッテンフェルトは新帝即位の恩赦で中将に留まる事が出来たがオーベルシュタインとハンスの進言で戒告と一年間の減俸となった。

 

 そして、最大に変わった事はアンネローゼが後宮から解放された事である。

 ラインハルトはミュッケンベルガーに初めて感謝をした。

 ミュッケンベルガーから下宿生活について説教をされなければアンネローゼを屋敷に迎える事が出来なかったからである。

 毎日、仕事が終わり家に帰るとアンネローゼが夕食を作って待っている。

 

 この当時のラインハルトはアンネローゼを屋敷に迎えて感慨に浸りたいのだが色々と忙しい。

 表向きの仕事では宇宙艦隊司令長官として人事を刷新しなければならない。

 エルウィン・ヨーゼフの即位の恩赦として大規模の捕虜交換の準備。

 そして、非公式な仕事では同盟に内乱を起こさせる為の下準備。

 ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の動向の監視である。

 

 そして、ハンスも色々と忙しい。

 フーバー中佐に命じて六人家族が身を隠せる潜伏場所を探させる。

 それと、ファーレンハイトの監視と家族調査である。

 更に、辺境各地に連絡網を作りハンスに即時に報告が来る体制を作る。

 それと、ベーネミュンデ侯爵夫人の元を訪れエルウィン・ヨーゼフの様子も見なければならない。逆行前の世界では子供の身で大人達に利用され行方不明になったのだ。 

 他にはリヒテンラーデ侯の一族の身辺調査も行う。

 

 本来なら逆行前の知識で早い時期から準備や調査を始めてれば忙しい思いをせずにすむのだが、それはそれで周囲に疑念を抱かせる事になる。

 

(未来を知っていても、株で儲けるにしても元手がない。宝くじは当選番号を記憶している筈がない。未来の記憶も存外に役に立たん)

 

 忙しいのはハンスやラインハルトだけでなくキルヒアイスもオーベルシュタインもロイエンタールもミッターマイヤーも誰もが忙しいのである。

 当然と言えば当然の話なのだが、ラインハルトが宇宙艦隊司令長官になるのに合わせて宇宙艦隊はラインハルト派一色にしなければならない。

 同時にアムリッツァ星域会戦の事後処理も大変である。そこに内戦に向けての準備がある。内乱中の同盟対策もある。

 忙しいのは当たり前である。

 

 その忙しい中で元帥府で新人士官のリュッケが元帥府の玄関先で揉めている。

 

「何か有りましたか?」

 

 ハンスが好奇心でリュッケに聞いてみた。

 

「それが、こちらのフロイラインが元帥にアポ無しで面会したいと言われてまして」

 

「フロイライン、役所とか会社とかはアポイントを先に取ってからですね。訪問され……」

 

 ハンスはラインハルトのファンが押し掛けて来たと思って規則を盾に追い返そうと思ったが女性の顔を見て止まってしまった。相手は未来のラインハルトの伴侶である。

 

「貴女は確か、マリーンドルフ家のフロイラインですね」

 

「閣下は確か…………」

 

「無理しなくても良いですよ」

 

(そりゃ、父親が無事解放されて感動の再会中に横で貰い泣きした人間なんか記憶に残らんよな)

 

「し、失礼しました」

 

「貴女なら別に問題は無い。時間が掛かりますが宜しいですか?」

 

「はい。大丈夫です」

 

 ハンスはヒルダを適当な部屋に待たせてラインハルトには味方が来たと言って面会の時間を作らさせた。

 

(彼女みたいな物好きじゃないと、あんなシスコンは結婚とか無理だからな)

 

 逆行前は独身のままの生涯だった自分の事は百万光年の先の棚に上げて失礼な事を考えるハンスであった。

 

 上司に対して失礼な事を考えた罰なのか。ハンスはラインハルトからイゼルローン要塞に捕虜交換の申し込みの使者として赴く様に命令された。

 

「卿が将官の中で最も暇そうだからな」

 

 ハンスとしては抗議をしたいがラインハルトに内緒で動いている仕事も多く文句も言えない。

 尤も、ラインハルトもハンスが自分に内緒で動いている事は承知しているし、ハンスもラインハルトが承知している事を知っている。

 お互いに表向きは知らないふりをしている。

 

(狸と狐の化かし合いだな。どちらが狸か狐なのか?)

 

「閣下。この間、マリーンドルフ家のフロイラインが来訪しましたが如何でした?」

 

「そう言えば、卿が取り次いだのだな。あのフロイラインは傑物だぞ。貴族の中で稀な存在だ」

 

(ほう。話の内容ではなく本人に興味を持ったか)

 

 ラインハルトはハンスの表情を見てヒルダ本人の事でなく話の内容を説明しだす。

 

(何で俺の表情を敏感に読み取れるのに女性には鈍感なんだ?)

 

「その、確かにフロイライン・マリーンドルフは美しい女性だったが卿にはドルニエ家のフロイラインがいるだろ!」

 

 また、ハンスの表情を読み取ったラインハルトは盛大な勘違いをした。

 

「まあ、個人の私生活に立ち入るつもりは無いがロイエンタールの様に女性を泣かすのは如何なものかと思うぞ」

 

「閣下、勘違いをしないで下さい!」

 

 ハンスが慌てながらラインハルトの勘違いを訂正する。

 

「私は別にフロイライン・マリーンドルフに恋愛感情を持っていません。更にフロイライン・ドルニエにも恋愛感情を持っていません。フロイライン・ドルニエとは友人です!」

 

 ラインハルトが手に持っていたペンを離して、ハンスにソファーを勧める。

 ハンスがソファーに座ると従卒に自分とハンスの分のコーヒーを持って来させると従卒に人払いを言いつける。

 

 ハンスは何事かと思うとラインハルトから恋愛について説教される。

 

「まあ、卿は若いから女性の気持ちが分からんのは仕方がない」

 

(あれ。立場が逆じゃない?)

 

「良いか。卿は姉君と仲が良いから歳上の女性には姉君と同じ様に接してしまうかもしれんが、女性というものはだな」

 

 結局、ハンスが解放されたのは一時間後の事であった。

 その間、元帥府に居た者はラインハルトとハンスが仕事の話をしていると思い疑問に思う事はなかった。

 

(何で俺がラインハルトから説教されるのだ?)

 

 この勘違いはラインハルトがヒルダと正式に婚約発表する直前にラインハルトからハンスが謝罪されるまで続く事になる。 

 更に呆れた事にヒルダもラインハルトからの説明で勘違いをしていたらしく。ヒルダはヘッダに謝罪をしたので大騒ぎになるのである。

 全ての事情を後で聞いたアンネローゼは自分のラインハルトの教育に問題があったのではと悩む事になる。

 

 こうして色々な意味で帝国は古い衣装を脱ぎ去り、新しい衣装に衣替えする季節であった。

 

 


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