ロボスの指令で恒星アムリッツァ周辺宙域に集結した同盟軍は惨憺たる姿であった。
第三艦隊、第七艦隊、第十二艦隊は全滅。
第九艦隊、第十艦隊は司令部が壊滅して生き残りは半数以下。
第五艦隊、第八艦隊、第十三艦隊も少なからずの被害を出している。
集結直後、ヤンが総司令部にタンクベッド睡眠による休息を将兵に与える事を上申したが却下された。
同盟軍は満身創痍の状態で決戦に臨む事になる。
ハンスは逆行前の知識を思い出していた。ハンス自身はアムリッツァ星域会戦に参加してなかったが参加して生き残った人々からアムリッツァ星域会戦の事は聞いていたので現在の同盟軍の状態も正確に把握していた。
そのハンスにしてもヤンの詭計までは把握する事が出来ないでいた。
戦場で臨機応変に出るヤンのマジックの数々は未来を知るハンスのアドバンテージを無効にしてしまう。
(ヤン提督には死んで欲しくはないが、自分が生き残る為には死んで欲しい存在だな。一番の良策はヤン提督を味方にする事なんだが)
ハンスの思いとは別に帝国軍はアムリッツァ宙域に到着する前に交代で休息を取り将兵共に士気も高い状態であった。
(怖いもの知らずとは、本当に怖いものだな。宇宙で最強の用兵家と戦うのに)
そして、アムリッツァ星域会戦が始まるのであった。
「ファイヤー」
「ファイエル」
ほぼ同時に両軍の主砲発射の号令が掛かる。
ミッターマイヤーが自慢の神速を活かして第十三艦隊に急接近を試みるもヤンは核融合ミサイルを恒星表面に撃ち込みミサイルの爆風に乗りミッターマイヤー艦隊の機先を制する。
「後退しろ。艦隊を再編成しながら後退!」
ヤンはミッターマイヤーの反撃を読み、深追いを避けた。
これを見ていたビッテンフェルトが第十三艦隊の側面を突くがヤンは装甲の厚い艦を盾にして小型艦で盾にした艦の隙間からビッテンフェルト艦隊を狙撃する。
「怯むな!突撃しろ!」
ビッテンフェルトは通常なら退く場面でありながら逆に突撃を敢行する。
この攻撃は第十三艦隊が前進する事で躱されたがアップルトンが指揮する第八艦隊の側面を突く事に成功したかに思えた。
側面を突く寸前にビッテンフェルト艦隊は艦列を乱す事になる。
ヤンが核融合ミサイルをビッテンフェルト艦隊の真下に撃ち込み爆風で艦隊にダメージを与えないが攻撃する余裕を奪う事に成功する。
アップルトンはビッテンフェルトの隙を見てビッテンフェルト艦隊に砲身を向け攻撃する。
しかし、流石はビッテンフェルトである第八艦隊の攻撃を受けながらも反撃をする。
双方で熾烈な砲火の応酬が行われる。
第十三艦隊はミッターマイヤー艦隊とメックリンガー艦隊を相手にして第八艦隊の救援に行く暇が無い。
苛烈な砲火の応酬の末、第八艦隊を壊滅させたビッテンフェルトはその余勢を駆って背後にいる第十三艦隊に突撃する為にワルキューレを発進させながら反転を行おうとした時、ヤンはメックリンガーとミッターマイヤー艦隊の直下に核融合ミサイルを撃ち込み爆風で牽制しながら反転するビッテンフェルト艦隊より早く反転してビッテンフェルト艦隊にビームの雨を降らせる。
ワルキューレ発進中で満足に身動きが取れないビッテンフェルト艦隊は第十三艦隊の的となり漆黒の艦が次々と火球と化す。
ビッテンフェルトの旗艦の周辺にまで砲火が迫り、それでも反撃を叫ぶ司令官をオイゲンか体を張って止める。
ヤンはビッテンフェルト艦隊が組織的な攻撃が出来ないと見ると再び反転してメックリンガー艦隊とミッターマイヤー艦隊を相手にする。
ヤンが狡猾なのは退却するビッテンフェルト艦隊を背後にする事でメックリンガー艦隊とミッターマイヤー艦隊の攻撃の手を鈍らせ、その隙にメックリンガー艦隊とミッターマイヤー艦隊に攻撃をする。
総旗艦ブリュンヒルトの艦橋で一部始終を見ていたハンスは頭から氷水を掛けられた様な錯覚を覚えた。
(二個艦隊を相手にしながら背後の艦隊より早く反転して瞬時に壊滅させて背後の敵を人質に正面の敵を叩くだと!)
ヤンが味方の時は頼もしかったが敵となった瞬間に恐怖しか感じない。
ビッテンフェルトからの救援要請があったがラインハルトから通信も切られている。
(キルヒアイス艦隊はまだか!それにしてもビッテンフェルトの猪め!)
キルヒアイス艦隊が同盟軍の背後に出る為に戦場を大きく迂回しているが待ち遠しい。
そして、恒星表面が荒れた為に遅れたがキルヒアイス艦隊が機雷原を突破して戦場に現れた。
こうしてアムリッツァ星域会戦の決着はついた。
キルヒアイスはワーレンとルッツを従え同盟軍本隊を背後から襲う。
キルヒアイス艦隊に背後を取られた同盟軍は壊滅の危機に瀕した。
「敵は総崩れだ!撃ちまくれ!」
退却する同盟軍に追撃を掛ける帝国軍に殿の第十三艦隊が反撃する。
「流石だな。実に良いタイミングで良いポイントを突く」
総旗艦ブリュンヒルトの艦橋にてラインハルトが感嘆する傍らでハンスは胸を撫で下ろしている。
「両翼を伸ばし包囲しろ!」
「閣下。ビッテンフェルト艦隊の抜けた穴が有ります。誰か別の提督を!」
ハンスの指摘をラインハルトも認めてキルヒアイスに命令を出した時は遅かった。
第十三艦隊は包囲網の最も薄い部分に砲火を集中させて一点突破で脱出した。
「またしても、してやられたか!」
ヤンに逃げられて悔しがるラインハルトの横でハンスは複雑な心境であった。
(今からでもミッターマイヤー提督に追撃させるべきでは?)
ヤン自身は駄目でもフィッシャーだけでも戦死させれたらヤンの戦力は半減するのである。
(待て待て、別にラインハルトに宇宙を統一させる訳じゃない。キルヒアイス提督が生きていればラインハルトも宇宙統一とか欲を出さずに帝国で平和な生活を楽しむかもしれない)
ラインハルトに宇宙統一をさせるなら、ヤンの戦力を半減させる事は意義があるがそれより問題は自軍のビッテンフェルトであった。
(確かに有能で裏表の無い良い人だが血を流し過ぎる)
戦闘終了後、提督達が次々とブリュンヒルトの艦橋に入って来る度にラインハルトは提督達の手を取り握手をして一人一人に感謝の言葉を掛ける。
キルヒアイスに対しては握手をして肩を叩くだけである。この二人には既に言葉も要らない。
最後にビッテンフェルトが入ってくるとラインハルトはビッテンフェルトと目も合わせずに司令席に座る。
提督達が左右に二列に並ぶ中でビッテンフェルトは片膝を付き謝罪する。
ラインハルトは無表情でビッテンフェルトを見ながら口を開く。
「ビッテンフェルト提督、卿も善戦したが卿は功を焦り猪突し、味方に無用の犠牲を出した。本国に凱旋してから、卿の罪を問わねばならぬ。何か弁明はあるか?」
「御座いません」
「宜しい。解散」
ラインハルトが艦橋を出て行くと提督達はビッテンフェルトを慰める為に集まる中でキルヒアイスはラインハルトの後を追う。
ハンスはキルヒアイスの後ろ姿を一瞥してビッテンフェルトの前に立つ。
「おい、ハンス」
言葉通りに怒りに震えるハンスが激発するのではと心配したミッターマイヤーがハンスに声を掛ける。
ミッターマイヤーもハンスが兵士の無用な流血を嫌っている事を知っている為に内心は冷や汗を掻いていた。
しかし、ミッターマイヤーの心配は杞憂に終わった。
ハンスはビッテンフェルトを一瞥するとキルヒアイスの後を追った。
ハンスの後ろ姿を見る提督達の心境は複雑である。キルヒアイスがラインハルトに執り成しに行った事もハンスが、それに抗議に行った事も分かっていたからだ。
しかし、この場合はハンスが正しいと思う。何度もハンスはヤンの危険性について喚起していた上にビッテンフェルトの被害はあまりにも大きい。
ビッテンフェルトを見るケンプは他人事ではなかった。ケンプは第十三艦隊に奇襲を掛けたが一撃してすぐに後退した。
ハンスから何度も追い払うだけに止める様に進言されていた。アムリッツァでのヤンの戦いぶりを見てハンスの進言に納得したものである。
オーベルシュタインは提督達の輪の外でキルヒアイスとハンスの後ろ姿を見ていた。
(あの二人、ローエングラム伯との仲を特権と考えられても困る)
オーベルシュタインが危惧した二人はラインハルトの前で対立していた。
「一度の失敗で切り捨てるようでしたら人が居なくなります」
「犠牲を考えずに指揮をされたら兵士が集まりません」
二人の対立を前にラインハルトは逆に冷静になっていた。
二人の言い分には、それぞれ一理があるからである。
「取り敢えずオーディンに帰ってから処分を決める」
ラインハルトの言葉に二人は、その場を収めるしかなかった。
ラインハルトは二人が仲違いする事を危惧したが杞憂に終わった。
帰国の途上で皇帝崩御の報が入ったからである。