銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

35 / 131
イゼルローン失陥

  

 ハンスは誘拐事件後、ラインハルト達の心配が杞憂の如く、定時出勤の定時帰宅をして、休日が姉と一緒ならば休日を姉と過ごし、姉が仕事ならマリーとデートをする日々を過ごしていた。

 ほぼ惰眠を貪っている様に見えたハンスだが最低限の仕事はしていた様である。

 名目上の責任者であるハンスの元に実質の責任者であるフーバー中佐から重大な報告があると連絡がきた。

 

「中佐、どの様な内容でしょうか?」

 

 ハンスはフーバー中佐に対しては自分の部下ながら常に敬語である。

 フーバー中佐はハンスを補佐する為に抜擢した老齢の士官である。ハンスがラインハルトと大喧嘩してハンスが名目上の責任者になり全権をフーバー中佐に任せる事に落着した経緯がある。

 

「はい。大佐には此方の資料を先に見て頂きます」

 

 差し出された資料には「第十三艦隊訓練計画書」と題されてある。

 

「まさか、本当に入手するとは」

 

「そうです。通常なら入手困難な資料です。意外と簡単に入手が出来ました」

 

「やはり」

 

「大佐の予測通りですな。確かに稀に簡単に入手する事はありますが今回は……」

 

「中佐も同意見ですか?」

 

「私も同意見ですが、しかし、敵も血迷ったとしか思えません」

 

「歴史上、実は珍しい事ではないです。それに、大昔と違い今はコンピューター制御の時代だから中央制御室を取られたら終わりです」

 

 フーバー中佐は勘違いしているがハンスは逆行前の知識でカンニングしているだけである。

 

(しかし、この人は優秀だと思っていたが、ここまで優秀とは思わんかったわ。計画書の補給計画と現地の補給物資の備蓄量から同盟の意図に気付くとは)

 

 逆行前、同盟に居たハンスも第十三艦隊が結成されたのは知っていたが、まさか半個艦隊でイゼルローンを攻略に向かうとは思っていなかった。更に本当に攻略が出来るとも思っていなかった。

 それを目の前の人物は攻略が出来るとは思っていないが攻略に行く事は見抜いたのである。

 

「すぐに元帥閣下に報告します。それと重大時には中佐ご自身で元帥閣下に報告しても構いませんから」

 

「そういう訳にいきません。組織として上司である大佐に判断して貰う必要があります」

 

 この堅苦しい部分がフーバー中佐がラインハルトに見出だされるまで出世しなかった理由であるらしい。

 

「分かりました」

 

「それから、この部屋も本来は大佐の執務室ですので大佐がお使い下さい」

 

 言外に大佐の階級の人間がフラフラ出歩くなと言いたいのだなと解釈したハンスである。

 

「分かりました」

 

 素直に了承する言葉をお互いに信用していない二人であった。この二人、似た者同士である。

 

 ラインハルトはフーバー中佐の報告書を一読してハンスに質問する。

 

「これは卿が指示をして調査した事か?」

 

「はい。今回は腕試しを兼ねて私が指示していますが、実務はフーバー中佐が独自で調査した成果です」

 

 ハンスは自分の手柄で無いのに堂々と自分の手柄の様に自慢気に断言する。

 言外に「ほら、フーバー中佐を責任者にした方が良かっただろ!」と言っている。

 

「ふむ。フーバー中佐の様な優秀な人物を大尉のままとは人材を無駄にしてたな」

 

 言外に「何を言うか。フーバー中佐を発掘したのは自分だぞ!」と返すラインハルトであった。

 

 二人の陰険漫才を傍らで聞いていたキルヒアイスは頭を抱えたくなるのを必死に我慢した。ハンスと知り合ってから何百回目の事であろう。

 

(ミューゼル大佐は別にして、ラインハルト様も大人気ない!)

 

 ハンスは今回は部下からの依頼なので陰険漫才を切り上げて真面目に仕事の話を始めた。

 

「フーバー中佐の意見では計画書と現地の補給物資の備蓄量に矛盾があり、イゼルローン方面の補給物資の備蓄量が多く艦隊運用の専門知識が必要なので、閣下の判断と指示を必要との事です」

 

「このレベルになると私では無理だな。私から長官に報告する。調査員は調査の足跡を消して引き上げさせろ」

 

「了承しました」

 

 フーバー中佐にラインハルトの指示を伝える為に扉に向かうハンスに言葉を掛けた。

 

「その、卿が落ち込んでいると心配していたが大丈夫の様だな」

 

 ハンスはラインハルトに向き直り真剣な表情で口を開いた。

 

「私も故国を裏切り戦場で殺人を生業とする軍人です。元から罪を背負っています。今更の事です。その分、これから先、無駄な血が流れない様にすれば少しは贖罪になると思っています」

 

 ハンスの言葉を聞いてラインハルトとキルヒアイスは自分達と心を同じくする人物であると再確認した。

 

「卿は強いな。自分の罪を自覚して驕る事が無い」

 

「いえ、私も所詮は人間です。結婚して子供でも出来れば変わる事もあるでしょう」

 

 キルヒアイスはハンスを仲間にして良かったと改めて思う。友達の居ないラインハルトの友人であり年齢に似合わない広い見識を持つハンスは貴重な存在だと再確認した。

 

(大佐には悪いが軍を辞めずにラインハルト様の側に居てくれたら私も安心なのだが、軍人ではなく他の形でも良い。大佐にはラインハルト様を支えて欲しいものだ)

 

 キルヒアイスの思いはラインハルトを知る周囲の思いでもある。ハンス退役阻止の包囲網が完成されようとしていた。

 

 三日後に執務室で不機嫌の色に全身を染められたラインハルトがいた。

 

「もう少し機嫌が悪いのを隠す努力をして下さい。若い連中が怯えてます」

 

「卿がキルヒアイスと同じ事を言うとは思わなかったぞ」

 

(キルヒアイス准将も苦労が尽きぬ)

 

「それで何があったのですか?」

 

「相手が半個艦隊と聞いて本気にしていないし放置する気でいるのだ」

 

「まあ、三長官にしたら六回も大技で来たから七回目に小技で来るとは思わんのでしょう」

 

「簡単に計画書の入手が出来た事と計画書と現地の補給物資の備蓄量の矛盾も指摘しているのだ!」

 

「まあ、事が起これば高見の見物を決めてやれば良いじゃないですか。どうせ泣き付いて来ますから、遠慮なく高値を付けておやりなさい」

 

 ラインハルトとキルヒアイスが珍しい物を見る様にハンスの顔を凝視している。

 

「な、何ですか?」

 

「卿も存外に人が悪いな」

 

 キルヒアイスもラインハルトの横で大きく首肯く。

 

「人の悪い部下を持った閣下の意見を聞きたいものです」

 

「決まっているだろ。卿の言う通りにするさ。私も卿と同意見だからな」

 

 後ろでキルヒアイスが習慣化した頭を抱えたくなる衝動を我慢している。

 

(それでは自分も人が悪いと言っているのと同じではないですか。ラインハルト様)

 

 これ以降は自分には関係無いと定時出勤の定時帰宅を続けていたハンスである。

 

(まあ、同盟軍相手なら自分の出番だが、イゼルローン要塞の失陥までは知らんよ。一応は警告はしているから義理は果たしているしな。その後のカストロプ動乱は自分の領分では無いから知らんわ)

 

 ハンスも役人根性が身に付いたものである。

 ハンスは帝国内部の監視に重点を置いて調査をする様にフーバー中佐には指示を出している。次に起きる争いはカストロプ動乱である事を見越しての処置である。

 フーバー中佐達が帝国内部を調査を始めた頃にイゼルローン失陥の報が帝国を震撼させる。

 特に慌てたのはヘッダの様な亡命者達であった。

 

「ハンス、フェザーンに逃げましょう」

 

 ハンスが帰宅すると姉から抱き締められて開口一番に掛けられた言葉である。

 その日は怯える姉に丁寧にハンスの予測を教えて安心させた。

 翌日、内務省では数少ない同盟からの亡命者から問い合わせや亡命者と分かる資料等の破棄を要求する人で溢れていた。

 軍務省でも帝国三長官が責任を取って辞職を申し出る騒ぎがあり、イゼルローン要塞に勤めている将兵の家族やイゼルローン要塞の商業地区で働いていた民間人の家族が軍務省に押し寄せパニック状態であった。

 更に翌日、イゼルローン要塞から帝国軍に一本の通信が入る。ヤン・ウェンリーの名でイゼルローン要塞の民間人を解放するので引き取りに来る様に要求と言うより指示があった。

 

「まあ、半個艦隊の人数でイゼルローンの捕虜や民間人の管理は大変だろうよ」

 

 ハンスの感想というより事実の指摘に聞いた者は納得した。

 回廊出入り口周辺の警備艦隊等が掻き集められて民間人の受け取りに向けられた。私有財産の持ち出しも許可したのはヤン・ウェンリーの為人であろう。 

 

 軍港では捕虜になった家族と生き別れになった事を嘆く人や無事に再会した事に喜ぶ人で溢れている。

 玉砕したゼークトは別にして要塞司令官のシュトックハウゼンの屋敷は昼夜を問わず投石等の嫌がらせがあり使用人達は辞め息子夫婦は妻の実家に避難するがシュトックハウゼン夫人は一人だけ屋敷に残り嫌がらせに耐えて夫の帰りを待っている。

 

「まあ、家族を捕虜にされたら司令官の屋敷に石くらいは投げたくなるわな。しかし、旦那より奥さんの方が立派だな」

 

 ハンスは口ではシュトックハウゼン夫人を賞賛しながら部下を持つ責任の重さに恐怖を覚えていた。

 帝国中がイゼルローン失陥で官民ともに右往左往している時にフーバー中佐からの報告にハンスは驚く事になる。

 

「カストロプ公に叛意の兆し有り」

 

(そう言えばイゼルローン失陥の騒動で忘れてたわ)

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。