銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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酒宴にて

 

 ハンスの旅行計画は簡単に水泡に帰した。凱旋と同時に大佐に昇進となり、大佐研修の為に研修所に合宿する事になったからである。

 

「大佐研修は将官になる事を前提としているので、今までになくハードな研修になるのだが、ハンスには是非とも頑張って欲しいものだ!」

 

 ラインハルトがハンスの研修嫌いを知っていて楽しげに言う。

 

「ラインハルト様も、お人が悪い」

 

 キルヒアイスも大人気ない親友に呆れながらラインハルトの心情を理解していた。

 ラインハルトは自分が元帥府開設に忙しいので自分だけが忙しいのは不公平だと思っているらしい。

 

(完全な八つ当たりだな)

 

 しかし、ラインハルトが八つ当たりしたくなる気持ちもキルヒアイスには理解は出来た。

 ラインハルトは元帥昇進と同時に元帥府を開設しただけではなく、私生活も忙しかったのである。

 幼年学校を卒業してからリンベルク・シュトラーゼの未亡人姉妹の家で下宿生活をしていたが、流石にミュッケンベルガーから説教されたのである。

 

「卿は元帥になっても下宿生活をするつもりとは、何を考えている!」

 

「その、私が下宿生活をしていて、何か不都合があるのでしょうか?」

 

 ラインハルトは自分が説教される理由が理解不能な様子にミュッケンベルガーも呆れた。

 

「元帥になるとテロの危険があり、周囲を巻き込む事もある。部下も卿に遠慮して余裕のある生活がおくれまい。それに体裁もある」

 

「成る程、そういうものですか」

 

 素直に納得するラインハルトの反応に本気で頭を抱えたくなるミュッケンベルガーであった。

 ミュッケンベルガーはラインハルトの才幹を高く評価していたがラインハルトの浮世離れした感覚には唖然とするしかなかった。

 

 この会話の事を後でラインハルトに聞いたキルヒアイスは、ミュッケンベルガーに対して感謝と同情の念を禁じ得なかった。

 

「しかし、良い屋敷ではありませんか」

 

 ラインハルトが購入した屋敷は、以前は引退貴族が住んでいたシュワルツェンの館と呼ばれる屋敷であり帝国元帥が住むには体裁も悪くなく防犯上の立地も良く購入したのだがロイエンタールなどは値段を聞いて掘り出し物だと驚いていた。 

 

「当然だ。姉上をお迎えする事とテロ等の事も考えて苦労して探したんだ。誰かさんが将官研修で忙しかったからな」

 

 アスターテ会戦の功績で准将に昇進した自分の所まで火の粉が飛びそうになり、キルヒアイスも露骨に話題を変えた。

 

「研修と言えば、ハンス大佐は、前にも話をした通りに独自のチームを持たせますか?」

 

 ラインハルトもキルヒアイスの意図を察したが真面目な話なのでキルヒアイスの質問に応える。

 

「うむ。ハンスは部下も上司も持ちたがらないが部下だけでも持たせる必要があると思うんだが、キルヒアイスはどう思う?」

 

「そうですね。私もハンス大佐の才幹には上司は邪魔になると思います。お目付け役で一人は年輩の部下が必要でしょう」

 

「キルヒアイスも俺と同意見か。後はハンスの要望に応える形にしてやろうと思っている」

 

「その形が宜しいかと思います」

 

 ラインハルトとキルヒアイスの過大評価でハンスの役職が決まった頃、ハンスは研修から解放されて研修仲間と街の居酒屋で研修終了の慰労会に参加していた。

 

「しかし、卿も若いのに大変な出世だな」

 

 一番の年長者が最年少のハンスを見て声を掛けてきた。

 

「まあ、自分の場合は運が良いだけです」

 

「運も実力の内さ。現に俺の士官学校時代の首席だった友人は初陣で戦死したからな」 

 

「そりゃ、運が無い。そうなる前に私も軍を辞めたいですね」

 

「卿に辞められると軍も困るだろ?」

 

「そんな事は無いですよ」

 

 ハンスの言葉に対してハンスの頭の上から聞き覚えのある声が降ってきた。

 

「そんな事はあるぞ!」

 

 ハンス達が反射的に声の主に視線を向けるとロイエンタールが立っていた。

 

「ロイエンタール提督!?」

 

「俺も居るぞ」

 

 ロイエンタールの背後からミッターマイヤーも顔を出す。

 

 その場に居た大佐全員で慌てて起立して敬礼する。

 

「すまぬがミューゼル大佐を借りて行くぞ」

 

 ロイエンタールとミッターマイヤーはハンスを連れて店を出る。ついでに慰労会の払いもロイエンタールが済ませる。

 

「有り難う御座います!」

 

 取り敢えずロイエンタールに礼を言うハンスにミッターマイヤーが声を掛ける。

 

「ロイエンタールに礼を言う必要は無いぞ。ハンス。卿達の酒宴の邪魔をしたのだから当然だ」

 

 そのまま、三人はタクシーでロイエンタールの屋敷まで行き。改めて酒宴を始める。

 

「その固い事を言うわけではないが一応は卿は未成年なのだから軍服を来ての飲酒は外では控えるように」

 

 ミッターマイヤーがハンスのグラスにワインを注ぎながら注意する。

 

「はい。分かりました」

 

「おい、ミッターマイヤー。人の目が無いからと言って、あまり飲ませ過ぎるなよ」

 

 ロイエンタールが意外に真面目な事を言う。

 

「卿の本音は分かっているぞ。俺が止めるのも聞かずにハンスを連れ出した癖に」

 

 ミッターマイヤーにしたら親友がハンスを自宅に呼び込めば料理の一つでも作るのではと期待していて自宅に招いた事もハンスが料理を作れば後で家人に作らせようと目論んでいる事も丸分かりなのだ。

 ハンスにしたらロイエンタールがハンスを連れ出した事も不思議だがロイエンタールがミッターマイヤー以上に固い事を言うのも不思議なのである。

 

「真面目な話だが、卿は本当に軍を辞めたいのか?」

 

 ロイエンタールは形勢が不利と思ったらしく真面目な話をハンスにする。

 

「はい。軍人になったのも元は親を格安で入院させる為でしたので、本当は歴史学を学んで学者とは言いませんが教師にでもと思っていましたから」

 

 ハンスの話を聞いてロイエンタールが慌て気味に問う。

 

「卿は料理人志望で夢は自分の店を持つ事ではなかったか?」

 

「私は貧乏人の子なので大学進学などは学費の問題で夢のまた夢でしたから。料理人なら只でなれますし、自分の店を持つのは簡単ですから」

 

 ミッターマイヤーが初歩的な質問をする。

 

「俺は料理の世界は素人だが、店を持つ事が簡単とは思えんのだが?」

 

「そりゃ簡単ですよ。屋台でも自分の店には違い有りませんから。大きな店とか他人を雇うのは面倒で嫌です」

 

 ハンスの話を聞いていてミッターマイヤーは納得していたが、目の端に親友が落ち込んでいくのが見えた。

 ミッターマイヤーはロイエンタールがハンスの料理に惚れ込んでいて将来的には自分が出資してハンスに店を持たせる事を計画していた事を知っていた。

 

「おや、ロイエンタールどうした?」

 

 確かにハンスの料理は珍しく旨いのだが自分と違い裕福な家庭のロイエンタールがハンスの料理に惚れ込んでいるのが面白くて仕方ない。ましては親友が珍しく打算とも言えない打算で動いて失敗したのだからから面白さは倍増する。

 

「卿が、そこまで意地が悪いとは知らなかったぞ。ミッターマイヤー!」

 

 ハンスには二人の会話の意味が分からずに頭に「?」マークが浮かんでいる。

 

「ミッターマイヤー提督、ロイエンタール提督は如何なさったんですか?」

 

「卿が気にする必要はない。勝手に転けて拗ねてるだけだ」

 

「それなら良いのですが」

 

 ハンスにしたらロイエンタールもラインハルトと同じ部類の人間で容姿端麗の金持ちが不幸になるのは「一向に構わん」のである。

 

「まあ。どちらにしても今日、明日の話では無いです。同盟の幹部が入れ替われば私もお役御免になるでしょう」

 

 ミッターマイヤーがハンスの意見に同意しながら軍隊の人事の入れ替りのサイクルを話しだす。

 

「それなら、早くて五年、遅くとも十年で人が入れ替われるからな。十年後なら卿も、まだ若いから料理人として生きて行ける」

 

 それまでに戦死する可能性については三人とも触れないでいた。

 

「それまではハンスには頑張ってもらわんとな。卿の知識は用兵家には貴重だ。敵将の為人が分かれば敵の策を読みやすい」

 

「しかし、今の同盟でビュコック、ウランフ、ボロディン、ホーウッド、クブルスリー程度しか警戒するべき提督は居ませんよ」

 

 ロイエンタールとミッターマイヤーの目の色が変わる。

 

「ましてや、クブルスリー提督の第一艦隊は帝国で言えば親衛艦隊ですから戦場に出る事は無いですからね」

 

「その下の提督候補もヤン、ルグランジュ、アッテンボロー、モートン、カールセン程度でしょう」

 

「ヤンという名前には聞き覚えがある。確か第四次ティアマト会戦の時に当時のミューゼル大将を人質にした男だな」

 

 ロイエンタールがハンスに確認する。

 

「そうです。付け加えるなら八年前か九年前のエル・ファシルの英雄です」

 

「あの時の奴か!士官学校を卒業したばかりの頃で良く覚えている」

 

 ミッターマイヤーが感嘆の声を出した。

 

「多分、帝国の最大の敵となるでしょうね。ローエングラム閣下も警戒している怪物です。出来るだけ戦いたくない相手です」

 

 ハンスの言葉にロイエンタールとミッターマイヤーは同時に同じ事を思った。

 

(先の会戦で、その男を手玉に取ったお前が言う台詞か!)

 

 ハンスはロイエンタールとミッターマイヤーにヤンを警戒させる目的で話をしたのだが、結果として二人から過大評価される事になった。

 ハンス自身の平穏無事な生活を望む気持ちと反比例して軍を辞められぬ障害を増やしている。それも自身の迂闊さが原因の自業自得である。

 

(まあ、カストロプ動乱やイゼルローン要塞陥落など起きるが自分には関係ない。同盟の帝国領侵攻作戦までは安穏とした生活が送れるな。久しぶりにアンネローゼ様を訪ねるか)

 

 ハンスは給料泥棒と謗られる事を考えていたが運命はハンスに天罰とも言える事件を用意していた。

 

 


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