パトカーで駆けつけた主任警官は色々な意味で青くなっていた。
まずは撃たれた三人は地元の有力者の馬鹿息子達である。
負傷の具合も神経が集中している足の甲を撃ち抜かれて丁寧に鎖骨まで折られている。
加害者が見せた身分証明書は帝国本土の情報武官である。それも、宇宙艦隊司令長官直属のエリートである。
更にエリート情報武官の主張は三人は共和主義者のスパイでありナイフで襲って来たと言う。
(それは誤解です。こいつらは誰でも襲い警察には親から圧力を加えて貰い何度も揉み消しをしている屑です)
とは言えないが、話が宇宙艦隊司令長官の所に行くのは確実であり、いつもの様に自分達で事件を揉み消すのは不可能である。
更に身分証明書の確認をしていた部下からの耳打ちでの報告が事態を深刻化させる。
「主任、この人、ティアマトの英雄と呼ばれてるオノ少佐ですよ。例の亡命して来た」
主任警官は運命を呪った。
(俺が当番の日に何で面倒な事が起きるんだ!)
そして、主任警官が保身の為に瞬時に計算とも言えない計算をした結論は、何も気付かないふりをしてハンスに従う事である。要は事勿れ主義である。
「確認が取れました。身分証明書をお返しします」
ハンスは身分証明書を受け取ると警官達に指示を出す。
「コイツらを本国へ送還するまで警察の留置場を借りますから手伝ってくれ!」
「はい、了解しましたが、此方のフロイラインは?」
ハンスが主任警官の肘を掴み少し離れた所に連れて行き仔細が有りげに囁く。
「元帥閣下の直の部下である私から言える事はフロイラインなどはいない。分かるか?」
主任警官は女性の方を見るとサングラスで顔が隠しているが美人で有る事が分かる。
主任警官の頭の中で宇宙艦隊司令長官の顔が浮かびあがる。
(ええ、あの真面目そうな人が愛人を!)
主任警官は勝手に全てを納得して更に顔色を青くした。
(だから、この人も発砲したのか!確かに上司の愛人に万が一の事が有ればクビが飛ぶからなあ)
「理解したかね。ではフロイラインをホテルまで卿が丁重に送り、フロイラインの事は卿も部下も忘れる事が、この場にいる全員が幸せになる事だよ」
「了解しました」
ミュッケンベルガーが聞けば怒り狂いそうな話である。幼い頃に父を亡くし女手一つで育てられたミュッケンベルガーは帝国軍では有名なフェミニストで結婚してから、愛人どころか浮気も無い。
ハンスは主任警官の役人根性を正確に理解して保身に走る方向に走らせた。
主任警官がヘッダを送っている間に三人を拘束して自殺防止としてパトカーにあった雑巾を三人の口に入れて猿轡をする。
主任警官が帰ってきたら三人をパトカーのトランクに放り込み署まで連行する。
署では署長が事態の解決策を模索していた。
現場からは加害者が本国のエリート士官で情報畑の人間であるという。
被害者は土地の有力者の馬鹿息子三人組だそうだ。土地の有力を優先するか本国のエリート士官を優先するか二者択一である。
結論が出ないままパトカーは署に到着する。結局は署長室から出ないまま部下に全てを押し付ける事にした。 これが致命的なミスだった。
ハンスは署の警官達に命じて署長を拘束して署長も留置場に放り込む。
連絡を受けて駆け付けた少年達の親と弁護士達も一緒に留置場に放り込む。
取り調べと称して署長以外の全員を留置場内で拷問に掛ける。
他人の痛みには鈍感な人種だが自分の痛みには敏感な連中である。
弁護士が何か文句を言っていたが無視をする。
「お前さん、生きて帰るつもりなの?お前さんに残された選択は苦しんで死ぬか。楽に死ぬかしか残ってないよ」
この後、弁護士が発狂した様に騒ぎ始めたがハンスは相手にせず無慈悲な宣告をする。
「その年齢なら子供の一人や二人はいるだろうね。男か女で違いがあるが大人しくした方が子供のためだよ。特別に時間をあげよう」
そう言い残してハンスは留置場を出て署の食堂で三人前の食事を食べて昼寝までした。副署長の来客を告げる声で目を覚ます。
「よく連絡をくださいました。オノ少佐」
「ご無沙汰をした上に手数を掛けてしまいます。ラング局長」
来客は社会秩序維持局のハイドリッヒ・ラングであった。
「しかし、お早い到着でしたね」
「それは、オノ少佐の頼みなら急ぎます」
「で、部下の方は何名程?」
「12名程になります。既に隣の警察署から人を借りて弁護士事務所と自宅は押さえました」
「流石です。弁護士連中の事務所まで到着と同時に押さえるとは仕事が早い!」
「まあ、慣れですよ。それに宰相閣下からも徹底的に調べろと厳命されてます」
「それは、心強い!」
「では、後は私達に任せてホテルに戻りなさい。姉君が待ってますよ」
「これは御配慮、痛み入ります」
ハンスは少年達を見て、そのバックボーンを看破すると同時にバックボーンも潰す事を瞬時に決めてラングを嗾けたのである。
ラングの事だから、悪党共は全財産を帝国に没収されて良くて獄死、最悪は死刑になる。
ましてリヒテンラーデ侯までが支持しているとなれば悪党達は帝国から見捨てられたのと同様である。
ハンスにはリヒテンラーデ侯の本音が手に取る様に分かる。
三人の貴族から利権と財産を奪う事は帝国の財政が厳しい時に助けになる。
それに場所は引退したとは言え門閥貴族が多い土地柄であり厳しく対処する事で貴族の横暴を牽制する意味があり、平民達の帝国への信頼を得る為でもある。
リヒテンラーデ侯もラインハルトとの権力闘争に敗れたとは言え統治者としての仕事は真面目に行っていた。
或いはゴールデンバウム王朝の真の忠臣であるかもしれない。
ハンスがヘッダの元に戻ったのは予定より早く午後のティータイムであった。
「おかえりなさい」
「ただいまかな?」
ヘッダにはラングが既に取り調べを始めて後顧の憂いが無い事を伝える。
「まあ、あの三人も襲った相手が悪かったわねえ。ましてはラング局長さんが出てくるとは」
ヘッダもラングとは旧知の仲である。ヘッダが両親と亡命した時は色々と気遣かってくれたものである。
その後は、ホテルの周辺を散歩して明日からの行動の下調べをする。
散歩から帰ると夕食はホテルのレストランの個室で海を眺めながらの食事をする。
「沖の方で白い光が見えるけど何かしら?」
「ああ、あれはイカ漁をしているんだよ。イカは光に集まる習性があるからね」
ハンスは料理だけでなく釣りや園芸なども詳しい。釣りをして魚を干物にしたり僅かな土地にキュウリを栽培したりミントを植えたりと色々と自給自足の生活して来た名残りである。
「オーディンは海が少ない星だからね」
「ハイネセンは海が多かったかしら?」
「海が多い星だったよ。河川も多かったからね。」
会話をしながらも二人は料理も楽しむ。
帝国では魚料理は少なく肉料理がメインである。魚の養殖はコストと時間が掛かる為に流通が少ないのが原因らしい。
「魚のステーキも美味しいけど、魚のカルパッチョも美味しいわね」
「オーディンでは屋台の川魚のホイル焼きとフィッシュアンドチップスとか売っているけど、あれもレベルが高い」
「売っているわね。オーディンの冬の風物詩よ」
健啖家の二人はコースだけでは足りずに他にも料理を注文して旅行初日のディナーを堪能した。
ディナーを楽しんだ後は部屋のベランダで海を観賞しながらルームサービスで注文したワインを楽しむ。
レストランでは角度的に見えてなかったがベランダからだと漁り火を反射した海面が白く輝いて見える。
「本当に綺麗ね」
ハンスには珍しくない光景なので漁り火の揺れを見てる(沖の方は波が高いみたいだなあ)程度の認識なのだがヘッダには珍しい光景らしく感動している。
「夜風は体に悪いから中に入ろう。海は逃げないから」
「うん。そうする」
ハンスの言葉に素直に従うヘッダに安心したハンスだったがヘッダの次の言葉に愕然とする。
「じゃ、一緒にお風呂に入ろう」
「ちょっと待て、なにゆえに一緒に入る必要がある?」
「だって、お酒を飲んで酔っているもん。一人で入ったら危ないもん」
「しまった。これが狙いでレストランじゃなくルームサービスでワインを注文したのか!」
ヘッダはしてやったりと満面の笑顔である。
「降参だよ。旅行中は一緒に入るから酒は控えなさい」
「はーい」
「これ立場が逆なら犯罪なんだが、男って損だよなあ」
文句を言いながらも姉の希望を叶える事にする。風呂の後は抱き枕にされる事も覚悟している。
(まあ、どうせ、明日はラング局長が事後処理の報告に来るから、それが終われば姉孝行に集中が出来るかな)
この時のハンスはラングの報告内容が帝国の司法当局を震撼させる騒ぎになるとは予想も出来ずにいた。