銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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雌伏

 

 ハンスは職場復帰後にラインハルトに特別に火薬式拳銃の所持の許可を得た。

 火薬式拳銃だと銃声で非常事態を周囲に知らせる事が出来るというのが表向きの理由である。

 ラインハルトも何かハンスに考えがあると気付きながら詮索せずに許可を出してくれた。

 小口径の銃をリボルバー式とオートマチック式を一丁ずつと大口径のリボルバー式を一丁の三丁の銃の練習を日課にしている。

 

「ラインハルト様、大尉の事ですが退院してからは以前と変わった気がしませんか?」

 

 毎日のハンスの練習の様子を観察していたキルヒアイスがラインハルトに意見を求める。

 

「ああ、確かに退院後は変わったな。しかし、奴の事だ何か考えがあるのだろう」

 

 それまで講習嫌いの研修嫌いだったハンスが積極的に若手の講習会や研修会に参加を始めた。本来の仕事には支障は出ていない。職場内で適材適所の仕事の割振りをしているらしい。

 上司の面子を立てながら同僚や部下を引き立て仕事の割振りをしている。

 それでも、何やら職場の人間にも公開せずに情報を収集しながら分析をしている。

 

「大尉が佐官になったら何か独立した立場の職場を用意した方がいいのでは?」

 

「キルヒアイスも同じ意見だったか!」

 

 上司であるラインハルトとキルヒアイスが気付く程であるから、姉であるヘッダが気付かない筈がないと言うよりは家でも変わった。

 まずはヘッダと一緒に入浴も寝る事も断る様になった。

 当たり前とは言えば当たり前の事である。

 しかし、ヘッダも負けてはいない。

 派手な姉弟喧嘩のすえにハンスが休日の前夜だけ一緒に寝る権利を勝ち取った。

 休日は家庭の主夫として働きヘッダの面倒をみる。

 ハンス本人はデートと理解してなかったがマリーとデートも時折していた。

 私生活では然程の変化はなかったが何かハンスの内面に変化を感じ取ったヘッダから軍を辞める事を勧められた。

 

「却下」

 

「却下って何よ。少しは考えなさいよ!」

 

「だって、考慮の余地は無いもん」

 

「あのね。今年で15歳になるのよ。普通なら進路を考える時期なのよ!」

 

「姉さんは役者の世界に何歳で入ったんだよ?」

 

「……13歳よ」

 

「姉さんは13歳で進路を決めて弟の僕が14歳で進路を決めても問題が無いでしょ」

 

「軍隊以外なら何も言わないわよ。軍隊とか危険な仕事を喜ぶ姉がいると思う?」

 

「普通は居ないね。姉さんが反対する理由も当然だと思うよ」

 

「そこまで理解しても辞める気は無いの?」

 

「無い!」

 

「……」

 

 ハンスが意外に頑固だと理解していたヘッダだが、これ程とは思っていなかった。

 入院前までは軍隊に属していても最後の部分では軍隊も辞める覚悟を感じられたが退院以降は逆に軍隊を辞めない覚悟を感じるのである。

 

「姉さん、多少は心配を掛けるけど必ず帰って来るから安心していいよ」

 

「何よ。それ矛盾しているじゃない!」

 

「まあ、危険な事はするけど自分が生き残る道は確保してから危険な事をするからね」

 

 ヘッダは呆れながらも納得するが、そこはハンスの姉である。返す言葉も普通ではない。

 

「私は私で貴方が軍隊から足を洗える様に努力するからね」

 

 お互いの主張を尊重しながら自分の主張を通そうとする。その意味では似た者同士の姉弟である。

 

さらには、もう一組の似た者姉弟の姉は生まれて初めての説教に落ち込んではいなかった。流石、ラインハルトの姉である。

 出店が出来ないなら偽名を使い帝国のケーキコンクールに出場の是非をリヒテンラーデ侯に打診してきた。

 帝室の名前を出さない約束で出場を許可したリヒテンラーデ侯であった。ついでにアンネローゼケーキ道場の娘達も出場を許可した。

 そして、これが五月の半ばの話である。リヒテンラーデ侯が五月の末に後宮の決済をして事態は変わる。

 

「おや、余剰金の桁を間違えておる」

 

 リヒテンラーデ侯はすぐさま担当者を呼び出し余剰金の間違いを指摘した。

 

「宰相閣下、間違いでは有りません。実際の余剰金であります」

 

「何故じゃ。この金額だと月の予算の三倍はあるぞ」

 

「それは、グリューネワルト伯爵夫人のケーキの売り上げの配当金です」

 

「なんと!」

 

 流石のリヒテンラーデ侯も驚き、担当者に詳しい資料を持って来させた。

 

「うむ。資料を見る限りだと利益が大きいのう」

 

「基本的な人件費が少ないですから、それにケーキ等の原価も安いもんですから」

 

「馬鹿にはならん金額じゃのう」

 

 150年に渡る長い戦争で帝国の国家予算も厳しいものである。

 リヒテンラーデ侯の立場では倹約が出来る部分は倹約したいのが本音である。

 

「この間の業者を呼べ」

 

 リヒテンラーデ侯にして見れば帝室の権威と月々の後宮の予算を天秤に掛ける様な事はしたくなかったが悲しい事に天秤は予算に傾いた。

 

 一度は却下された出店が利益に目が眩んだリヒテンラーデ侯が再考をしている事を知らないアンネローゼはコンクールに向けケーキ作りに余念が無い。

 六月に入りアンネローゼのケーキ作りも大詰めを迎えた頃、不肖の弟子も仕事に余念がなかった。

 ロイエンタールやミッターマイヤーの元に二人の過去の戦いのデータを持ち込み質問責めにしていた。

 

 ハンスが帰った後にロイエンタールとミッターマイヤーは互いの顔を見て苦笑した。

 

「しかし、何を聞きにくるかと思えば艦隊行動の基礎知識とは」

 

 流石のロイエンタールもハンス相手に冷笑ではなく苦笑するしかない。

 

「そして、俺には艦隊の速度の上げ方を聞きにくるとはな」

 

 この頃から既に艦隊の速さには定評のあるミッターマイヤーであった。

 

「ミューゼル閣下やキルヒアイスの話の印象とは違うな」

 

 ロイエンタールが率直な感想を述べる。

 

「卿も思ったか。キルヒアイスの話だと例の事件の後で何か思う事があったらしい」

 

「まあ、ハンスも同盟では苦労したらしいからな。正直、俺としたら頭が下がる思いだ」

 

 ロイエンタールの述懐にミッターマイヤーが反応する。

 

「卿とは長い付き合いだが卿にも謙虚になる時があると知らなかった」

 

 ミッターマイヤーの揶揄にロイエンタールも揶揄で返す。

 

「卿の目は節穴か。俺は謙虚が服を着て歩いている様な男だぞ!」 

 

 ロイエンタールの図々しい言葉をミッターマイヤーは相手にしなかった。

 

「それより、ハンスが授業料として置いていったワインと肴があるが卿は大丈夫か?」

 

「ワインは別にしてもミューゼル閣下の話では料理は期待が出来るらしいからな」

 

 その後、ロイエンタールが自身がスポンサーとなりハンスに店を持たせようかと本気で考え込む姿にミッターマイヤーは笑いの発作を抑えるのに苦労した。

 

  ロイエンタールに料理の腕を評価されたハンスは自宅の書斎で当面の目標について考えていた。

 

(少なくとも帝国の内乱までは軍に居る必要があるな)

 

 そこまでの間の戦役を数えていく。

 第四次ティアマト会戦、アスターテ会戦、カストロプ動乱、第七次イゼルローン攻略戦、アムリッツァ会戦、リップシュタット戦役

 

(リップシュタット戦役までに分艦隊の指揮官にならないとヴェスターラントの虐殺の回避が難しくなるな。その為の情報収集も無駄になってしまう)

 

 ハンスはキルヒアイスの死の一因にヴェスターラントの虐殺が関係しているとする説を思い出していた。

 

(帝国側は認めてないが歴史学の定説らしい。そして、二人に接して見て確信出来た。多分、当たりだな)

 

 ラインハルトが逆行前の歴史をなぞるか確証はないがオーベルシュタインが一枚噛んでるのではと疑っている。

 

(まあ、疑われても仕方がない人みたいだからなあ。しかし、オーベルシュタインがラインハルトに何を吹き込んだか分からないが、こっちが勝手に阻止してしまえば問題は無いだろう)

 

 それとは別にアンスバッハの事も対策が必要だとハンスは考える。

 

(当日に会場に入る直前に問答無用で射殺するしかないか)

 

 ハンスは無意識に腰の銃を撫でる。ブラスターより火薬式拳銃の方が殺傷能力が高い。貫通力が無いのも最悪の場合はキルヒアイスと揉み合いになり密着しても撃てる。

 

(その為に練習を毎日しているが間に合うかな?)

 

 その後はキルヒアイスに全てを任せても大丈夫だと思う。軍を辞めて念願の小さな店を持ってもいい。

 そしたらヘッダを安心させる事が出来る。自分を弟にして無償の愛を注いでくれたヘッダに自分が報いるには、この程度しかない。

 ハンスが、そこまで思考を進めた時にドアの外からヘッダの声がした。

 

「ただいま!」

 

 書斎を出てヘッダを出迎える。

 

「姉さん、お帰りなさい」

 

「もう、お腹ペコペコよ!」

 

「はいはい。シャワーを浴びている間に出来るよ」

 

 バスルームに行くヘッダの後ろ姿を見てハンスはラインハルトの気持ちが少しだけ理解が出来た気がした。

 

 


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