銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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亡命者~外伝~ ケスラーⅡ

 

 ハンスはケスラーの副官が戻る間にラインハルトに事の次第を連絡した。

 

「陛下。忙しいところを失礼します」

 

「構わん。丁度、休憩中だ」

 

 どうやら本当に休憩中だったようで茶器の音がモニターから漏れていた。

 

「久しぶりだな。たまには顔を見せろ」

 

「私の顔を見たかったら、陛下が来店されたら宜しいでしょう」

 

「ふん。商売上手だな。それより、卿が連絡するとは、また何かあったのか?」

 

「いえ、今回は人助けです」

 

 ハンスはカプチェランカ残留孤児の話からナターシャの話までを四捨五入して話した。

 

「ふむ。それで軍務尚書が個人情報として協力しない場合の保険として、余に連絡をしたのか」

 

「御意」

 

「確かに軍務尚書が言いそうな事で、一理はあるな」

 

 ラインハルトは一瞬だけ考えるとハンス達に協力を約束してくれた。

 

「宜しい。余に関わりがある事なので、今回は卿を支持する」

 

「そういえば、陛下はカプチェランカで初陣されたのですな」

 

(よく考えたら、陛下は生き別れにされた姉君を取り戻す為に宇宙を手に入れた人だったな)

 

 ハンスと会話をしている。ラインハルトが協力を約束した理由をケスラーは理解した。

 

「では、国務尚書にも連絡して他の者の家族を探させよう」

 

「陛下の御配慮に感謝します」

 

「吉報を祈っているぞ」

 

 ハンスとラインハルトの通信が終わった頃にヴェルナーが戻って来た。

 

「遅くなって申し訳ございません」

 

「構わん。首尾は?」

 

「はい。当時の事をフラウから聞き出す事は出来ました」

 

 ケスラーはヴェルナーがナターシャと二人きりになった時に当時の事を聞き取りする事を見越していた。

 ケスラーではナターシャも緊張して聞き取りも上手くいかない事をケスラーもヴェルナーも承知していた。

 

「まず、フラウは生き別れになった状況ですが、家に母君と居たときに帝国軍からミサイル攻撃があったそうです」

 

「なんと、民間人の宿舎に攻撃したのか!」

 

「はい。当時の帝国軍も最前線の基地に民間人が居るとは思ってなかったそうです。そして、母君と一緒に家の中に生き埋めにされたそうです」

 

「気の毒な話だな」

 

 ハンスの感想にケスラーも溜め息をついと同意を示す。

 

「3日程して帝国軍から救出されたそうです。そして、ミサイルを発射した艦の艦長がフラウを引き取り自分の娘として育てたそうです」

 

「念の為に聞くが母君は?」

 

「救出された後に、治療の甲斐も無く病院船で亡くなったそうです」

 

「そうか。では父君の方は?」

 

「それは、分かりません。フラウの話では採掘作業員であった事は間違いが有りませんが採掘現場には攻撃がなかったらしいです」

 

「ふむ。それで父君の情報は?」

 

「はい。父君の名前はアレクサンドル・スミノルフと名前まで分かっています」

 

 父親の名前を聞いた途端にハンスが渋い顔した。

 

「名前まで分かっていたら、探すのは容易ではないか」

 

 ケスラーの楽観的な言葉にヴェルナーも途端に渋い顔になる。

 

「それが、閣下。確認されているだけでも、同性同名が百人以上いるのです」

 

「な、なんと!」

 

 ケスラーとヴェルナーが反射的にハンスに顔を向けた。二人の視線にハンスも説明の必要を感じた。

 

「その、アレクサンドルもスミノルフも同盟でも多い名前なんだ。帝国で言えば、ハンスやハインツにミュラーと同じなんだ」

 

 ハンスの説明を聞き天を仰ぐケスラーであった。

 

「アレクサンドルと言えば亡くなった同盟の元帥もアレクサンドルだったな」

 

 二週間で百人以上の人間を調査する事にケスラーとヴェルナーは暗澹たる気持ちになるのであった。

 

「仕方ない。ヴェルナー。誰か目端の聞く者にフラウを見張らせろ。父親が名乗り出なくとも遠くから一目だけでもと来るかもしれない」

 

「はい。既に二人程、フラウに了承を取り見張らせてます」

 

「ほう。優秀な部下をお持ちだな。総監」

 

 ヴェルナーの手際の良さにハンスも感心する。

 

「いえ、実はフラウを宿舎に送り届けた時にフラウの母親を名乗る女性が待っていたのです」

 

「フラウの母君は既に故人の筈では?」

 

 上司の問いに言い淀むヴェルナーにケスラーが目線だけで先を促す。

 ヴェルナーの話では宿舎に着いた途端にナターシャの母親を名乗る初老の女性がナターシャに抱きつき泣き叫びながら謝るのであった。

 

「ごめんね。ごめんね。貴女を迎えに行く前に兵隊さんが私達を船に乗せたの。子供達も既に仲間が迎えに行っていると言われたの」

 

 ヴェルナーは当時の状況を知らないが女性を船に乗せた軍人の行動が理解できた。

 恐らくは本当に迎えに行っていたが攻撃を受けたか女性達を船に乗せる為の方便だったのだろう。

 ナターシャに抱きつく女性は長い年月を罪悪感に責められて生きて来たのだろう。

 ヴェルナーが女性を宥めてタクシーを呼び女性を自宅まで送らせた。

 走り去るタクシーを眺めてヴェルナーはナターシャに声を掛けた。

 

「あの方は、貴女を通して自分の娘さんに謝りたかったのでしょうね」

 

「あの母親も娘を犠牲にして生き残った。私も母を犠牲にして生き残った。土砂で家の中で閉じ込められた時に、母は僅かに残った水と食べ物を全て私に与えて衰弱死した。でも、誰も悪くない」

 

 ナターシャの返答に掛ける言葉の無いヴェルナーであった。

 そこまでの事を報告されたケスラーもナターシャの言葉に何も言えなかった。悪いとしたら、攻撃をした帝国軍か最前線の基地に民間人を派遣した同盟軍か、もしくは両軍だろうとヴェルナーは思った。

 そして、ハンスが二十代で元帥となり退役した気持ちが理解が出来た。

 

(ミューゼル元帥は常に民間人の血が流れない様に陛下に仕えた。だから、陛下もミューゼル元帥を若いのに元帥まで昇進させたのであろう)

 

 そして、ケスラーは本来は憲兵隊の職務ではないがナターシャの父親の捜索に本気で取り組む事を誓った。

 

「卿は明日からフラウの父君の情報を収集してくれ。私は明日から有給を取る。通常の業務は副総監のブレンターノに任せる」

 

 ヴェルナーは今まで公私混同をした事の無い上司の行動に驚きながらも命令を受諾した。

 

 翌日からケスラーはナターシャと一緒にローフテン地区の民家や老舗の店を聞き込みして回った。

 四十年前の地図と最新の地図を重ねて現在も残っている民家や老舗の店をリストアップして回ったが、四十年の歳月は既に代替わりをさせていた。当時の事を知る人は多くはなかったのである。

 

「地球教のテロの際に引っ越した人も多いみたいですが残った人も少なくないです。諦めずに回りましょう」

 

 ケスラーはランチを摂りながらナターシャを慰める。

 

「有難う御座います。でも、総監さんはお仕事は大丈夫なのですか?」

 

「ははは、大丈夫です。今は休暇中ですので!」

 

「えっ、そんな貴重な休暇を私の為じゃなく、御家族の為に使われないと奥様に私が恨まれますわ」

 

「いえ、その、私は独身です」

 

「こ、これは、失礼しました」

 

「いえいえ、私が有給を消化しないと部下も気を遣い有給を取る事も出来ません。良い機会です」

 

 ケスラーの言葉はナターシャに対する気遣いだけではなく本音でもある。

 ケスラーは知らないが、ケスラーが独身なのはハンスにも責任があった。

 因みに本来、ケスラーの妻となる筈であったマリーカはエミールと先日、結婚したばかりである。

 

「まあ。総監さんも色々と大変なんですね」

 

 ナターシャも疲れた様子が無いようでケスラーの上手とも言えない冗談に半分感心しながら笑っていた時にケスラーの通信端末の呼び出し音が鳴り響いた。

 

「何事か?」

 

 ケスラーが通信端末を開くと画面にはハンスが出た。

 

「期待はしないでくれ。家内の芝居の協賛企業の社長がカプチェランカの引き上げ者らしい。苗字は違うが婿養子らしい」

 

「ファーストネームは同じなのですか?」

 

「ああ、ファーストネームは同じだから同盟の元帥と同じだったから家内も覚えていたらしい。詳しい住所は送信するから急げ。今日か明日にはオーディンに行くそうだ」

 

「分かりました。直ぐに行きます」

 

 ケスラーは通信を切るとナターシャに手短に事情を説明して送信された住所に急行した。

 送信した住所の前に着くとケスラーは人違いもある事をナターシャに念押しする。

 

「フラウ。同姓同名だった事だけで他の事は分かりません。人違いの可能性も大ですから、覚悟をしていて下さい」

 

「分かりました」

 

 二人は緊張しながら車を降りると初老の男性がスーツケースを持って出て来た。

 

「つかぬことを伺うが。アレクサンドル・スミノルフ氏ですかな」

 

 フェザーンでは顔が売れたケスラーは自己紹介を省き件な社長に声を掛けた。

 

「は、はい。私の結婚前の旧姓ですが何事ですか?」

 

 憲兵総監に旧姓を呼ばれて平然とする者は少ない。多少は慌てるのは常人である。

 

「卿はカプチェランカの引き上げ者という事だが……」

 

 ケスラーは最後まで言い切る事が出来なかった。社長はカプチェランカという単語を聞いた途端にケスラーから顔を背けたからである。

 

「私の子供は男の子でした」

 

 ケスラーの後ろに居たナターシャと視線を合わせずに社長はスーツケースを持ったまま、タクシーに乗り込み走り去った。

 

「あの社長さんにも悪い事をしてしまった。社長さんも罪悪感を持ったまま生きて来たのでしょう」

 

 走り去るタクシーを眺めながらのナターシャの感想にケスラーは内心では否定していた。

 本当に生き別れになった息子に罪悪感があるなら、残留孤児がフェザーンに滞在中にオーディンに出掛けたりしない筈である。

 

「そうですね」

 

 ケスラーの返事は短い。ナターシャの父も社長の様に生き別れた子供の事を忘れて新しい家庭を持っているのかもしれないのである。

 その可能性をナターシャに告げる必要もなければ告げる事も出来ないケスラーであった。

 


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