ハンスは庭のベンチに座りペレセベス(亀の手)を茹でている。先程、孫娘のアンの新婚旅行の土産である。
「もう、良いじゃろう。アンも遠慮せずに食べなさい!」
アンも横に座りベンチの上に置かれたペレセベスを口に運ぶ。
「向こうでも食べたけど、美味しいわね」
「オードリー達は自分で取って食べた事があるがな」
「母さんから聞いたわよ。私達の新婚旅行先はお婆ちゃんと初めて行った旅行先なんでしょう」
「ああ、まだ結婚前だったけどな」
「これも、お婆ちゃんとの思い出の品なんでしょう?」
「まあね。アレも最初は半信半疑で食べていたけどね」
二人は食べ終わるとベンチに隣同士で座り暗くなった空を眺めている。
「アレと二人で夜空をゆっくりと眺める事が夢だった」
「お婆ちゃんは夜空が嫌いだったの?」
「夜空を嫌いというよりは儂をベッドに引きずり込む方が好きだった」
祖父の暴露にアンも流石に呆れて祖父に同情した。
(お婆ちゃん、何を考えてるのよ!)
「たがら、孫のお前とゆっくり星を眺める事が出来て思い残す事は無い」
「曾孫を抱きたくない?」
「オードリーにお前にアレの遺伝子が勝つ事が分かっているからな」
自分と母は若い頃の祖母に瓜二つの容姿である。母と祖母の写真を並べると祖父と父の二人以外は判別に苦労する事になる。
「アンよ。もういいかな?」
「うん。長い間、御苦労様でした」
「そうか。同盟の連中も帝国の連中も皆、儂を残して逝ってしまった」
「うん」
「アレには沢山の土産話も出来たからな」
「うん」
ハンスは孫娘を抱き寄せた。
「昔、ここで儂と雪合戦した事を覚えているか?」
「うん。覚えている」
「あの時に閃いたのだ。最期は夜空を眺めながら最愛の人間に看取られて逝く事を」
ハンスは最後まで話せないまま意識は夢と現実の境界線を行き来を始めていた。
(ラインハルト。キルヒアイス。アンネローゼ様。誰も居ないのか?)
白い霧の世界で故人となった人を呼ぶが返事が無いままである。
(薄情な連中だな)
毒突いていると不意に後ろから誰かが抱き締めてきた。振り返ると若い頃のヘッダが居た。
(そんな所に居たのか!)
何時の間にか最初に出会った頃の体になっていた。
(もう離さないから)
二人は互いを抱き締め合う。
(来世も、その更に来世も一緒だからね)
(うん)
アンは祖父の体が冷たくなり、祖母と再会した事を理解した。
ベンチに祖父を残して両親に祖父が祖母と再会した事を伝えると夫が優しく抱き締めてくれた。
伝説が残り、新たな歴史が始まっていた。
完
長い間の応援、有り難う御座いました。
蛇足ながらハンスの最期も書く事が物語の完結になると思いからのエピソードとなりました。
尚、もしかしたら将来的に外伝を書く事もあるかもしれませんが今の所は予定はありません。