銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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エピローグ 後編

 

 レストラン「柊館」の厨房は朝から戦場と化していた。

 

「ビールサーバーの設置は終わりました。予備タンク二本は此方で宜しいですか?」

 

「OKです。ありがとう。それと、シャンパンは?」

 

「はい。ご注文通りにホールのクーラーボックスの中に入れました」

 

「これで、年間のノルマは達成したけど、報償金の入金は何時になる?」

 

 質問をしながら、素早く伝票を確認してサインをする。

 

「来月の末になります」

 

「そう、来年も頼むよ」

 

 酒屋の従業員と話をしながらも、レンジで中に火を通した骨付き鶏肉を次々とフライヤーで揚げてゆく。

 揚げ終わるとオーブンに入れて、残った油を飛ばす作業に入る。

 オーブンで焼いている間に大皿にキャベツを敷き詰める。

 

「マリーカ、ホールの準備は終わった?」

 

「はい。残りはフライとフルーツ盛りだけです」

 

「じゃあ。フライの方を頼むよ」

 

 アルバイトのマリーカがオーブンからフライを用意した大皿に盛り付けていく。

 

「やっぱり、女性の方が盛り付けのセンスがあるなあ」

 

 ハンスはマリーカの盛り付けのセンスを賞賛しながらもフルーツをカットしていく。

 林檎でタワーを作り、バナナを斜めにカットする。キウイを星型の型抜きをしてスライスする。

苺はヘタを取って洗い、軸の部分をカットする。

スイカはスティック状にカットする。

 次々にフルーツをカットした後をマリーカが皿に盛り付けていく。

 フルーツのカットが終わるとマリーカに盛り付け任せて、自分はウェディングケーキの組み立てを始める。

 全ての作業が終わると同時に玄関前が騒がしくなった。

 

「間に合ったな」

 

 マリーカに休憩を取らすと自分は玄関まで客の出迎えに行く。

 ハンスが扉を開くとウェディングドレス姿のカリンが立っていた。

 

「な、なんちゅう格好で!」

 

 驚くハンスを無視してカリンはハンスに語りかけてきた。

 

「元帥には本当に感謝しています。母に死なれて路頭に迷っていた私に父と弟に引き合わせて下さいました。だから、元帥には私の晴れ姿を見て欲しかったんです」

 

 カリンの言葉でハンスの涙腺が緩み始めた時にカリンがハンスの頬に口づけをする。

 

「こら、ユリアンの前で何を!」

 

 緩んだ涙腺が決壊する前に顔を真っ赤にして狼狽する姿は三十路過ぎの元元帥には見えない。

 

「だって、元帥が泣き出しそうになるんだもん。折角、元帥が泣かない用にパーティーを柊館にした意味が無いじゃないですか!」

 

 先程の殊勝さは何処へやら、完全にハンスを玩具にしている。

 

「そりゃ、あんな事を言われたら誰だって泣くわ!」

 

 ハンスが吠えた途端にギャラリーが笑い出す。

 

「貴方も情けないわね。いい加減に女性の扱い方を覚えたら?」

 

 妻のヘッダが呆れた口調で声を掛ける。

 

「ふん。一人の女の扱い方を知っていれば十分だよ」

 

 ハンスは反論すると同時にヘッダを抱き寄せて唇を奪う。

 ハンスの意外な行動にギャラリーから響動めきが起こる。新婚のユリアンやカリンも顔を赤くしてしまう。

 

「もう、強引なんだから!」

 

 ハンスから解放されてヘッダが抗議するが頬を紅潮させていては説得力が無い。

 

「家でも、あんな調子なの?」

 

 ユリアンが娘のオードリーに質問する。

 

「今日は、お客様の前だから控えめな方よ」

 

 娘のオードリーが苦笑しながらも両親の夫婦仲について応えた。

 それでも、店の店主らしく全員に飲み物を配るとユリアンとカリンをステージに連れて行き乾杯の音頭をとる。

 

「若い二人の前途を祝して乾杯!」

 

 結婚式のパーティーの筈だが、旧ヤン艦隊の同窓会と言った風情である。

 

「主人も来れない事を残念がっていたわ」

 

「仕方ないですよ。キャゼルヌ中将も今はエル・ファシルの財務大臣なんですから」 

 

 ユリアンとオルタンスが話をしている横でカリンがキャゼルヌ家の姉妹に色々と質問責めにあっている。

 キャゼルヌ家の姉妹も年頃である。身近なユリアンのラブストーリーに興味津々の様子である。

 カリンが照れて話さない部分は弟のエドワードが暴露している。

 

「今度、帝国の船員学校の講師にと話を頂きましてね」

 

「そりゃ、良かった。フィッシャー提督が船員教育をすれば事故も減少するだろう」

 

「芸は身を助けるとは事実ですな」

 

 新郎新婦の父親は軍を引退したフィッシャーと近況を話している。

 新郎のユリアンは保育園の経営を始めたポプラン夫婦にカリンの事を冷やかされている。

 

「しかし、お前さんも目が高い。あんな美人を射止めるとは!」

 

「この間もカリンちゃんと仲良くデートしていて羨ましいわ!」

 

 通信社に再就職したアッテンボローは良いチャンスとばかりにハンスに取材をしている。

 

「巷ではミューゼル元帥の官職復帰を期待してますが、元帥自身は官職に復帰する予定は無いのですか?」

 

「期待されても困るよ。妻との時間が減ってしまう」

 

「ちょっと、お父さん。子供達との時間は?」

 

 薄情な父親の発言に娘のオードリーも呆れ口調で詰問する。

 

 フレデリカはヤンの副官としてイゼルローンでの始めての新年パーティーの夜の事を思い出していた。

 あの時もムライとパトリチェフは指令室で留守番で姿が見えなかった。

 フィッシャーは軍港に詰めてパーティーに不参加だった。

 そして、キャゼルヌ一家は家族だけでパーティーをして不在だった。

 カリンもハイネセンで母と一緒に過ごした筈である。

 あの時にパーティーに参加した人間で不在なのは、今はハイネセンで教員をしているコーネフだけである。

 しかし、あの動乱の時代を全員が、よく生き残れたと感心するばかりである。

 ヤンが帝国に移住を決めた時は色々と不安もあったが、ハイネセンはレベロの暗殺を筆頭に不祥事が多発して治安が悪くなった。それを思えば帝国に移住した事に胸を撫で下ろしたものである。

 このまま平和な時代が続く事をフレデリカは祈るのである。

 そして、フレデリカの祈りは叶う事になる。フレデリカが天寿を全うした後、三賢帝と呼ばれる時代が到来するのである。

 そして、フレデリカが逝去した十五年後にヤンファミリーの最後の一人のユリアンも天寿を全うする事になる。

 

 そして、その二年後。

 

 ハンスは寒さで目を覚ますと粉雪が降る夜の空を見上げていた。

 傍らには帝国製の安ウィスキーの空瓶が転がっている。

 背中から伝わる冷たさと体の上に積もった雪の量で自分が数分間程、意識を無くしていた事を悟った。

 

「最期に夢を見たのか」

 

 口にしてから苦笑してしまった。地球時代の故事の「邯鄲の夢」を思い出してしまった。

 

(そうか。全ては夢だったのか)

 

 神か悪魔か知らんが最期に幸せな夢をプレゼントしてくれたものだ。

 ハンスは再び目を閉じて永遠の眠りに就こうした。

 

「もう、そんな所で寝てるんじゃないの!」

 

 死んだ筈の妻のヘッダの声に思わず上半身を起こし声の方向に首を向ける。

 首を向けた方向には初めて会った時のヘッダが鬼の形相で立っていた。

 

「ちょっと待て、何で若い姿で出て来るんだ!」

 

「また、お婆ちゃんと間違える」

 

「えっ!」

 

「お母さん。また、お爺ちゃんが寝惚けて庭で寝ているわよ!」

 

「えっと?」

 

「もう、自分の孫と奥さんの見分けがつかないの?」

 

 ハンスは笑って誤魔化すしかなかった。

 

「ミューゼル食品の会長が安酒を飲んで自宅の庭で凍死とか情けないでしょ!」

 

 ハンスの脳裏には逆行後の長い人生の記憶が残っていた。

 その記憶によれば、目の前の少女は娘のオードリーの子供でアンである。どうやら夢では無く現実の様であった。

 

「氏より育ちとは本当ね。ほら、手を出して!」

 

 ハンスは孫が差し出した手を握ると孫を自分の膝の上に引摺り倒した。

 

「孫の分際で祖父に意見をするとは生意気な!」

 

 大人気なく孫の顔に雪を擦りつける。しかし、アンもハンスの孫である。

 ハンスの膝上から転がる様に脱出して膝立ちになった時には雪玉を片手に反撃の体制を整えていた。

 

「甘い!」

 

 アンが反撃の態勢を取った時には既にハンスは孫の顔面に雪玉を投げつけていた。

 アンも雪玉を顔面に食らいながらも祖父に向けて雪玉を投げつける。

 

「そんな、めくら撃ちが当たるか!」

 

 ハンスは雪の地面を転がりながら雪玉を避ける。

 ここに祖父と孫の雪合戦の火蓋が切って落とされた。

 

「ふん。実戦を知らん若造には負けんぞ!」

 

「お婆ちゃんから聞いたわよ。実戦と言っても、先帝陛下の旗艦にいただけの癖に!」

 

「ふん。その程度で元帥にはなれんよ」

 

「何よ。勲章なんか一個も無いじゃない!」

 

「あんな食えもしないもん欲しくも無いわ!」

 

「普通は軍人なら欲しがるでしょ!」

 

 互いに憎まれ口を叩きながら遮蔽物に隠れて移動して雪玉を投げ合う。

 

「いい加減にしなさい。夜に雪合戦なんて子供もしませんよ!」

 

 祖父と孫の無駄にスキルの高い雪合戦はオードリーの登場で強制終了したのである。

 

 オードリーに雷を落とされた二人は速やかに和解をして家の中に入る。

 

「本当に二人共。子供ね」

 

 オードリーも自分の父と娘に呆れながら入浴を促す。

 

「じゃ、一緒に入ろ。お爺ちゃん!」

 

「ちょっと待て!それこそ子供じゃ在るまいし!」

 

「問題ないわ。老人介護よ」

 

 オードリーが再び雷を落とそうとした時にハンスが腹を抱えて笑い出した。

 

「オードリーもアンも外見だけじゃなく中身もアレにそっくりだ!」

 

 ハンスに言われてオードリーも苦笑する。オードリーも若い頃に恥ずかしがる弟と無理矢理に一緒に入浴したものである。アンも自分と同じく弟と一緒に入浴したがるのである。嫌がる家族と一緒に入浴したがるのは母の遺伝子の成せる業かもしれない。父が笑い出すのも無理はない。

 

「なら、私も一緒に入ろうかしら」

 

 オードリーの発言に自分は先に逝ったヘッダに死後も勝てない事をハンスは自覚した。

 

(もうすぐ、其方に逝くけど、沢山の土産話があるから待っていろ)

 

 ハンスはヘッダと再会する日を楽しみにした。

 


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