エル・ファシル政府使節団がフェザーンに到着するのと前後して、ラインハルトもフェザーンに帰国した。
「明日の午後からの会談となります。それまではホテルの敷地内なら御自由にお過ごし下さい。必要な物が有りましたら遠慮なく係員に申し出て下さい」
ハンスも肩の荷が降りた様子である。フェザーンに到着すると護衛の担当はケスラーに代わるのである。
ハイネセンで買った土産を両手に帰宅するハンスであった。
一方、任されたケスラーは大変である。ヒューベリオンだけでも乗組員は千人近くいるのである。更にフェザーンまで護衛の為に同行したフィッシャーの部隊も居るので、乗組員の宿泊は艦内でして貰ったのである。
外出は昼間のみ許可を出して各自でフェザーン見物をして貰ったのである。
「まあ。フェザーンを観光させたら、旧王朝の悪いイメージも払拭するだろう」
ハンスの鶴の一声があったらしい。
実際問題として旧同盟人には帝国については暗い陰惨なイメージが有り嫌悪感を持っていた。
しかし、ラインハルトが目指した新しい帝国は旧同盟人が持つ負のイメージを吹き飛ばしていた。
「それでも、ポルノに関して厳しいけどね」とは某元帥の言である。
そこで、警備役の若い憲兵に手持ちのポルノを売りつける不心得者も出てくる。
建前上は親善の印であると言い訳も用意している。
因みに不心得者は婦人兵からお仕置きされたそうである。
そして、会談一日目は共和政府の存続と自治に関しては拍子抜けする程に簡単に合意した。
難航したのは二日目からである。帝国とは対等の国としてエル・ファシル政府を承認したい帝国と帝国の一部としての自治領と承認を得たいエル・ファシル政府と意見の相違が出た。
帝国としては国として認めた上で関税を課したいのが本音である。
エル・ファシルとしては自給自足が出来る程度の資源しか無いので他の星系から輸入した原料を星系内で加工して輸出する加工貿易しか経済的に自立するしか術がない。
そこで関税を掛けられると他の星系との競争に大きなハンディキャップになる懸念がある。
帝国にしたら加工貿易は輸出側が一方的に利益を上げる事を承知しているので第二フェザーン自治領になる事を防ぎたいのである。
「閣下。自治を認めるのに国にする必要があるのですか?」
エミールがハンスに質問してきた。
「そうだな。エル・ファシルは物を売りたくとも物が無い。例えば卵を帝国から10マルクで買って売るとしたら帝国から仕入れた10マルクに儲けの分を乗せて15マルクにして売る。誰だって、同じ物を買うなら10マルクの方を買う」
「そうですね。同じ品なら安い方を選びますね」
「そこで、卵をオムレツにして売る。値段は20マルクにしてもオムレツが作れない人は買う。結局は帝国が物を売ってもエル・ファシルは他の物にして売るからエル・ファシルだけが儲かる」
「それは、エル・ファシルだけが狡いですね」
「そこで、エル・ファシルを国にしたらエル・ファシルが売るオムレツに関税を10マルク掛けられる。そうすれば帝国でオムレツが25マルクで売っていてもエル・ファシルは30マルクになる。そうなればエル・ファシルのオムレツは売れないし売れても帝国に税金が入る」
「それで、揉めているのですか?」
「そうだよ」
そして、三日目は帝国側は財務尚書のルビンスキー投入する。エル・ファシル側はキャゼルヌを投入した。
「帝国とイゼルローンの金庫番対決か!」
ハンスとしたらヤンやシェーンコップから見物料を取って見物させたい気分である。
両者の戦いはバーミリオン会戦並みの激闘となった。
「この時、私はヤン提督がキャゼルヌ中将に頭が上がらなかった理由を初めて理解した」
後年、フィッシャーが記した回顧録の一文である。
「ハンスはルビンスキーをよく帰順させる事が出来たもんだ」
ラインハルトもルビンスキーとキャゼルヌの舌戦を聞いて関心したものである。
両者の激闘は三日間に及び、結果として国ではなく自治領となり、エル・ファシル政府は前年のGNPの3パーセントを帝国に献上税として納める事で決着した。
キャゼルヌが勝利した理由は刑事犯が逃げ込んだ場合、逮捕が困難になる事である。
事実、フェザーン自治領時代には帝国と同盟の刑事犯がフェザーンに逃げ込んだものである。
更にフェザーンで偽の身分証を偽造して帝国に再入国したものである。
ルビンスキーは当時者なので反論も出来なかった。
ルビンスキーとキャゼルヌが戦っていた時に政治家達は司法制度や民法に商法やエル・ファシル軍の政治的立場について帝国側と調整をしていた。
特に重要視されたのが商法である。同盟には独占禁止法があり、一部の者が商品を買い占めて値段を釣り上げる行為は禁止している。
帝国では一攫千金の古典的方法として認められているが逆に同盟では五十年程前に社会問題となった事がある。
同盟では建国記念日に子供の居る家庭ではケーキを食べる習慣があった。
この時期にケーキに必要な苺は「赤いダイヤモンド」と呼ばれて値段が高騰するのだが、この高騰する事に目を付けた企業が苺を買い占めた。
確かに建国記念日に食べるケーキは一般的に苺のケーキが多かったのだが普通に高騰する苺が買い占めにより、更に高騰して各ケーキ業者は苦肉の作として他のフルーツを使ったのである。
苺を買い占めた企業は巨額の赤字を抱え倒産したのだが、倒産寸前に会社の機材などを売り払い全ての現金を持って夜逃げをしたのである。
この事件は社会問題となり最高評議会でも議題にされた程である。
実は帝国では溢れた話で有るのだが、流石に買い占める物は無用の贅沢品か軍事物資に限られていた。食品等を買い占めて利益を得る事は帝国貴族の名折れと言われていたからである。
フェザーンでも日常茶飯事で有るが従業員等に給料を払わないで逃げる行為について厳しい罰則がある。
この様にルビンスキーとキャゼルヌだけが苦労していた訳ではなかったのである。
この間、制服組のビュコックやフィッシャーも日替わりで帝国軍の提督達からの訪問を受ける毎日であった。
実はヤンもオーディンに来たばかりの頃は同じ様な現象があったのだが、提督達が一巡した頃にハンスが朝礼で遠回しに新婚家庭の邪魔をしない様にと訓令を出したのである。
今回は滞在期間も短いのでハンスも黙認している。
ハンスは最終日にはエル・ファシル使節団にフェザーン主要施設を見学させて合間に土産を買う時間を設ける予定である。
夜のパーティーにはヤン家とシェーンコップ家も招待している。フィッシャーやビュコックに対する配慮である。
「しかし、卿も大変だな。本来は幕僚総監の仕事では無いだろう」
ロイエンタールも流石にハンスに同情した様である。
ラインハルトにしたら共和主義者の事を知る人間に任せたつもりなのだ。
「まあ。自分はエル・ファシル軍の面々には色々と世話になっていますからね」
「それは別にして、俺も最終日のパーティーには参加するからな」
「はあ。ヤン・ウェンリー目当てですか」
ロイエンタールにしても稀代の用兵家と色々と語り合ってみたいのが本音である。
「さっきはミッターマイヤー元帥もパーティーに参加させろと催促に来ましたけどね」
ミッターマイヤーの目当てはビュコックの様である。ランテマリオ会戦でのビュコックの老練な用兵に惹かれた様である。
そして、最終日の夜は同窓会の様になっていた。
キャゼルヌはユリアンに恋人の有無を聞いていた。どうやら、ユリアンと娘の結婚を諦めてない様である。
ビュコックはヤンの娘を抱いて好々爺といった風情である。
フィッシャーはヤンと久し振りの対面で昔話に花を咲かせている。
シェーンコップは使節団の政治家の女性秘書を口説いている。
「父ちゃん。ひもじいよ。なんか食べさせて!」
エドワードがヘッダが見れば関心する程の演技力を発揮して父の足に縋りつく。
それを見た女性秘書も逃げ出すのである。
「エドワード。何の真似だ!」
「それは、こっちの台詞だと思う」
全くの正論である。
因みに姉のカリンは生まれて初めてのドレスが嬉しいみたいで他の女性参加者にドレスの着こなし方をレクチャーして貰っている。
ルビンスキーとパトリチェフはロムスキーから食生活について色々と説教されている。完全に患者と医師の関係である。
ドミニクはフレデリカと女同士で生活無能者の食生活の管理について話をしている。
残念な事にミッターマイヤーとロイエンタールは仕事の都合で不参加となっている。
実はハンスがオーベルシュタインに依頼してパーティーの夜に仕事が入る様に仕組んだ事なのである。
ハンスにしたらヤンとビュコックやフィッシャーの再会を邪魔させたくなかったのが本音である。
翌日、使節団が帰国する事になる。バイエルラインの部隊に護衛されての帰国である。
若いバイエルラインにビュコックやフィッシャー等の老練な軍人の仕事を学ばさせる為でもある。
使節団が帰国した後で軍務省から全宇宙を驚愕させる発表がされる。
地球教残党の首謀者デグスビイの逮捕である。