銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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混迷政府

 

 新帝国歴002年 宇宙歴800年 10月25日

 

 エル・ファシルは共和政府の樹立を宣言して自由惑星同盟からの脱退を表明した。

 主席を置かずにフランチェシク・ロムスキーが代表として名乗りを挙げた。

 

(本来の歴史では呼応する星系は無かったが、どうなる事か)

 

 ラインハルトには同盟の内部分裂にしか見えなかったので、エル・ファシルの独立を黙殺していた。

 それよりもラインハルトは生まれた我が息子の命名に頭を悩ましていた。

 

「アレクサンデル・フォン・ローエングラム」

 

 流石に存命中の親友の名前を足す事はなかった。

 帝国では皇子の名前が発表されると祝賀ムードが高まり皇子関連の商品が販売されるのであった。

 

「アレククッキーにアレクテリーヌ!」

 

 部下が珍しがり買ってきた物である。流石、商業の星フェザーンである。

 

「しかし、値段が割高だが味は良いな。帰りに買って行くか」

 

 ハンスも暫くはラインハルト同様にエル・ファシルに関しては傍観を決めていた。

 これは、ハンスやラインハルトだけではなく、自由惑星同盟の内部分裂に口を出す義理も義務も無いと殆どの帝国人の共通認識である。

 ハンスとしてはエル・ファシルより行方不明の地球教の首謀者を探す事の方が優先順位が高いのである。

 

 11月に入り、同盟から離脱して帝国に帰順する星系が増えてきた。

 帝国政府も来る者は拒まずの対応で行政官や司法関係者を送り込むのであった。

 司法尚書のブルックドルフや財務尚書のルビンスキーを代表する閣僚達も帰順する星系の対応で忙殺されていた。

 多くの星系では極端な物資不足や人手不足等の問題を抱えていて、帝国は人道支援として物資や人員を支援するのであった。

 更に惑星ハイネセンでは弁務官事務所に帝国への移住希望者が詰め寄せていた。

 既に自由惑星同盟は有名無実化していた。

 

「しかし、国でも人でも滅びる時に滅びぬと無惨なものだな」

 

 ロイエンタールがウイスキーのロックを片手に冷笑をした。

 

「まあ。惨めでも生き残れたら救いがあるけどなあ」

 

 ハンスがワインを片手にロイエンタールの冷笑に応じる。

 

「しかし、本当に美味しい!」

 

 ローザがハンスが持参したベーコンを片手にラム酒を呷る。

 

「おい、ローザ。少しペースが早すぎではないか?」

 

「仕方ないだろ。元帥の手製のベーコンがラム酒に合うんだから!」

 

(あんたの旦那も元帥だろうに)

 

 三人はロイエンタール家でハンスが持参した酒肴で飲み会を開いている。

 親友であるミッターマイヤーが子持ちになった途端に付き合いが悪くなり、ロイエンタールが拗ねている事が切っ掛けである。

 それと、ロイエンタールがハンスの料理についてローザに力説していた事とヘッダが年末年始の公演の為に劇場に泊まり込みなのも一因でもあった。

 

 「しかし、卿も器用だな。ベーコンだけではなくドライフルーツまで自作するとは」

 

「ドライフルーツなんか切って干すだけですけどね」

 

 元帥の二人は考えは一致している。同盟が名実共に滅んだ時にエル・ファシルと対等の交渉が成立するだろう。

 交渉の結果が対立か共存かは神ならぬ身には分からぬが、こちらが礼儀正しく交渉した結果の対立なら戦うのみである。

 その後に適当な星系を見繕い自治政府を認めれば良いだけの話である。

 

「問題は地球教の首謀者だな」

 

 ロイエンタールも元帥の地位を持つ者だが狂信者一人を探すとなるとお手上げである。

 

「卿には心当たりは無いのか?」

 

「スポンサーは無理難題をおっしゃる」

 

「卿でも分からんか」

 

「残党を糾合して、あれだけの組織を作った人物ですよ。俺より遥かに優秀ですよ」

 

「まあ。期待するならオーベルシュタインとラングだな」

 

「まあ。あの二人もウルヴァシー以降、必死に探してますけどね」

 

(しかし、ラングやルビンスキーにオーベルシュタインの追跡を逃れるとは、どうして地球教にも人材がいたもんだ)

 

 ハンスは逆行前の地球教残党の首謀者の名を忘れている。

 だが、逆行前と後の残党の首謀者が同一人物で無い事は見当はついていた。

 

「惜しいなあ。帝国軍か同盟軍に入隊していれば私の上司になっていたかもしれん」

 

 これは、ハンスの本音である。何時の時代でもチャンスに恵まれずに才能を埋もれさせる人はいる者である。

 

 ハンスから才能を評価されたデグスビイは仮皇宮襲撃の顛末を知り病状が悪化させてしまった。

 

「死ねん。勝利せずとも一矢だけでも報いなければ!」

 

 デグスビイの身体は既に限界を超えていたが気力のみがデグスビイの生命を支えていた。

 再び不死鳥のように復活するにも幾分かの時が必要であった。

 そして、帝国当局も無能ではない事を承知していたデグスビイは自身の体力の回復が先か帝国当局の捜査の手が先かハイリスクのギャンブルを楽しんでいた。

 そして、帝国当局が捜査を緩める事態が発生したのである。

 自由惑星同盟からアレクサンドル・ビュコック退役元帥を筆頭にヤンファミリーと呼ばれた軍人達のエル・ファシル大量亡命事件が発生するのである。

 事の発端はエル・ファシルの自立に最高評議会議長のジョアン・レベロが同盟に帰順を呼び掛けた事による。

 一度は帝国軍に占領された惑星であるエル・ファシルはハイネセンに対して長年の不信感を持っていた為にエル・ファシルが自立を宣言しても同盟人なら驚きよりも納得が先行するのである。

 故にエル・ファシルが自立を宣言しても他の星系は呼応しなかった一因である。

 更に言えば長年のエル・ファシルを同盟が放棄しなかった理由としてレアメタルの採掘量がカプチュランカと同等であった。

 但し、採掘量がカプチュランカと同等で

あったが採掘されるレアメタルの種類が多い為に加工施設や輸送手段に難があったので一度は占領した帝国軍も死守する気にはならなかったのである。

 逆に言えばエル・ファシルは自給自足が出来る惑星でもあった。

 エル・ファシルの独立の一因には他の星系と連携が取れなくとも自立経営が出来る自信があった為である。

 しかし、ハイネセン側にして見ればエル・ファシルのレアメタルは貴重な収入源であり他の赤字星系が同盟を脱退して帝国に帰順するのは問題無いがエル・ファシルの脱退は認められないのであった。

 ハイネセンとエル・ファシルの交渉は喧嘩別れになり、レベロは数ある選択から一番最悪の選択をしてしまったのである。武力制裁である。

 

「パエッタ中将。では君は議長である私の命令が聞けないと言うのかね?」

 

「同盟憲章では公務員は自己の良心に基づき不当な命令は拒否する義務が有ります」

 

「それでは、君は私の命令が不当だと言うのか!」

 

「エル・ファシルの自立を認めないならエル・ファシルは自国民になります。民主国家の軍隊が自国民に向けて銃を向ける事はあってならないのです」

 

 パエッタの主張は民主国家の軍人としては当然の正論であった。

 そして、正論を曲げてまで命令を下す事は出来ないのである。

 

「私以外の他の提督連中も私と同じでしょう」

 

 パエッタの予測通りに同盟軍に数少ない提督達の全員がエル・ファシルへの武力制裁に反対して拒絶したのである。当然の結果であった。

 そこで現役の提督が駄目ならばと退役した提督に声を掛ける事にしたのだが、アッテンボローはジャーナリストに転職しており取材の為にエル・ファシルに居て断念した。

 次に老齢の為に引退したビュコックに打診したがビュコックの逆鱗に触れてビュコックと喧嘩になったのである。

 その事で憂国騎士団の一部が暴発してビュコックを襲撃した。

 幸いにも偶然にも居合わせた薔薇の騎士のメンバーに返り討ちにされたのだが、レベロは憂国騎士団は民間人であり返り討ちにした薔薇の騎士を処罰した事にヤンファミリーの怒りを買い大量亡命事件に発展したのである。

 

「貴方。話は聞きましたわ」

 

 話を聞いたキャゼルヌがレベロに辞表を叩きつけて帰ると既にオルタンスが荷造りを終わらせていた。

 

「おい。誰も辞めるとは言ってないだろ」

 

「あら、貴方の考える事なんかは簡単に分かりますわ!」

 

「そうか」

 

 オルタンスの段取りの良さに呆気に取られたキャゼルヌだが離職寸前に手を回して可能な限りの艦艇を確保していた。

 

「まあ。エル・ファシルまでの足は確保した。後は向こうに到着次第だな」

 

 軍民を合わせて一万人を確保した軍艦八十隻でエル・ファシルへの亡命劇である。

 

「まさか、自分が長征一万光年の真似事をするとはね」

 

 キャゼルヌも思わず苦笑してしまう。キャゼルヌは苦笑で済ませる事が出来たがレベロは怒り心頭であった。

 怒りに任せて逮捕したくとも相手は薔薇の騎士である。死人の山を作るだけである。

 宇宙空間で艦艇ごと拿捕するにも提督と呼ばれる人間は亡命側である。

 追い詰められた挙げ句にキルヒアイスに泣きつくのだがキルヒアイスからも内政不干渉と断られる。

 

「ベルゲングリューン大将にはイゼルローン移住希望者の引率をお願いします」

 

 レベロとの面談終了後にベルゲングリューンを呼び出して命令を出すキルヒアイスであった。

 

 キルヒアイスとしては追い詰められたレベロを気の毒に思いつつも万が一にも暴走した者が亡命船団に危害を加えるのを防止する為にベルゲングリューンを護衛役に任命した。

 

 ベルゲングリューンもイゼルローン移住者の引率名目でキャゼルヌ達の護衛役である事は理解した。

 内政不干渉と宣言した手前、公式にキャゼルヌ達を護衛する事は出来ないのである。

 

「分かりました。ついでにイゼルローンの物価は輸送費の為に割高と聞きますので生活用品を土産として一緒に持って行きたいのですが許可をお願いします」

 

 キルヒアイスも軍艦に一般市民を乗せるのに生活物資が不足する危惧を部下がしている事を理解した。

 途中でキャゼルヌ達が物資不足を打診したら人道支援として供出すれば良い。

 

「許可します。アイゼナッハ提督に宜しく言っておいて下さい」

 

 こうして、キャゼルヌ達は帝国軍の護衛付きで堂々とエル・ファシルに亡命したのである。

 


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