大本営も朝から皇子誕生の報で祭り気分が支配をしていた。
前日からのテロの対応で徹夜をしたハンスにしても報われた気分である。
そして、ハンスと同じく徹夜明けのケスラーから口頭による報告があった。
「昨日の破壊活動現場で逮捕した地球教徒は百四十名、仮皇宮襲撃者は全員死亡しました」
「すまない。手加減する余裕が無かった」
「それは構いません。逮捕者に自白剤を投与した結果、地球教のフェザーン本部が判明しました」
「規模は?」
「全神信徒は女子供を合わせて二百六十名になります」
「そうか。女子供も居るのか」
「はい。それで突入するのは容易いですが元帥閣下の判断を仰ぐべきだと思いまして報告に参りました」
「ペテンに掛けるしか無いだろうなあ」
「閣下には何か策がございますか?」
「無い事も無い」
事が大逆罪であるから、地球教の本部が判明した時点で突入しても問題が無いのだが、女子供の事を考えて自分達に相談してくれたケスラーの配慮に感謝するハンスであった。
「前から試したい策があったのだ。ここに計画書がある。卿に一任する」
ハンスはデスクの引き出しから計画書を出してケスラーに手渡す。
「出来れば子供は助けたいが憲兵隊の兵の命の方が大事だ。無理はしなくても良い」
「有り難う御座います」
ケスラーも地球教徒の子供の命を尊重しながらも自分の部下達を大事にしてくれるハンスに感謝をした。
ケスラーが突入の指揮を取るために退室した直後に宮内省から連絡があった。
「先程、皇妃陛下がお目覚めになりまして、元帥閣下との面談を御要望で御座います」
「わかった。すぐに参上しますとお伝え下さい」
「それでは、此方から送迎車を御用意させて頂きます」
「御配慮、有り難う御座います」
十五分後に宮内省が用意した送迎車に乗り込むと先客がいた。
「元帥。顔色が悪いぞ。寝不足なんじゃないか?」
先客のローザは血色の良い顔で声を掛けてきた。
「ローザの姐御じゃないか。姐御も呼ばれたのか。因みに俺は徹夜だよ」
「そうか。元帥様になると色々と大変だな」
「ロイエンタール元帥も昼過ぎにはフェザーンに帰還するが暫くは家に帰れないぞ」
「そりゃ、構わない。長年の罪滅ぼしになるだろうよ!」
どうやら、ローザは結婚式の事を根に持っている様である。
(姐御も所詮は女か。明日は我が身かな)
ヘッダの顔が頭に浮かんだハンスだが自分はロイエンタールよりはマシだと思う事にした。
「しかし、連中も派手に暴れたみたいだな」
自身も柊館で大暴れした事を、遠くの棚に放り投げた発言をするローザであった。
「帝都内の主要施設を十四箇所を同時破壊だからなあ。後始末が大変だよ」
そこまで話をした時に送迎車が病院に到着した。
二人が病院に入るとマリーンドルフ伯が出迎えに現れた。
「娘の父親として、お二方には感謝の念が絶えない」
マリーンドルフ伯が二人の手を取り感謝の表す。
「いえ、当然の事をしただけです」
ハンスとローザが異口同音で形式通りに返す。
その後、二人はヒルダの病室に通されてヒルダと皇子に面会する事になる。
ベビーベッドに眠る赤ん坊を見て、ローザとハンスの二人は色々と感慨に耽る事になる。
ハンスは逆行前の人生で、遂に子を成す事なく生涯を終えた事に後悔な無いが未練はあった。
(子を作るにも軍人を辞めた後にするべきだろうなあ)
生まれてくる子供の為にも軍人を辞める決意を固めるハンスであった。
「銀河帝国の皇妃としてではなく、一人の母親として元帥とローザさんには感謝します」
ヒルダがベッドの上から感謝の言葉を述べる。
「いえ、逆に狂信者の襲撃を予測しながらも襲撃を許してしまった事を謝罪しなければなりません」
「それこそ、謝罪は無用です。テロリストを逮捕する為に囮になる程度の覚悟は出来てます」
ハンスとヒルダの会話を聞いていたローザは驚愕する事になる。ハンスがヒルダを囮にした事も、それをヒルダが承知していた事もローザにしてみれば異次元の話である。
「ふ、二人共、何を考えているんだ!」
「あら、そんなに驚く事では無いですよ。ミューゼル元帥は前には自分自身だけではなく陛下も囮にした実績が有りますから」
ヒルダが当たり前の如く言う事にハンスも反論をせずに事実と表情だけで認めている事にローザも驚きを隠せない。
「そりゃ、陛下は陣頭に立つ人なのは分かってましたけど、陛下を囮にするって……」
(オスカーが色々と元帥の事を言っていたけど、今になって意味が分かったわ)
ローザの心の声はハンスにしたら心外な事である。
ハンスとしたら根拠は公表が出来ないが十分に勝算のある作戦なのである。
二人がヒルダの病室を辞すると昼近くになっていたので病院の食堂で昼食を摂る事にした。
食堂は時間が早い為か人は少なく、ハンスは食堂の入口に設置された食券の自販機の前で何を注文するか迷っていると、不意にローザから服の袖を掴まれた。
ハンスは緊急事態かと思いローザの方に向き直るとローザが人差し指を口の前に立て声を出すなと伝えてきた。
ハンスもローザの指示に従いローザが指差す方向に視線を向けると意外な光景が見えた。
ハンスとローザの視線の先にはテーブルを挟んでエミールが顔を赤くしてマリーカに何か語り掛けている。
マリーカは俯き加減でエミールと同様に顔を赤くしている。
エミールが喋り終わるとマリーカがエミールに向けて何か返答を始める。
マリーカが返答を終えると同時にエミールがマリーカの手を取り口づけをした。
そこまで確認したハンスとローザは若い二人に気付かれない様に食堂を離れた。
「意外だなあ。エミールもやるじゃないか!」
「私もエミールが告白するとは思ってなかったわ」
二人は送迎車の中でエミールの大胆な行動に驚くばかりである。
「まあ。陛下の近くに居れば何時、テロの巻添えを食うかもしれんから当たり前か」
「マリーカも年の近い人間はエミールだけだったし、それにエミールは良い子だからな」
二人は表現は違うがエミールとマリーカの若いカップルを祝福していた。
本来の歴史ならマリーカはケスラー夫人となるのだが、ハンスはケスラーの結婚相手の事は全く覚えてなかった。
覚えていてもケスラーよりはエミールとマリーカのカップルを応援するだろう。
送迎車が大本営に到着すると将来の結婚相手を失った男が出迎えに現れた。
「地球教のフェザーン本部の制圧準備が整いました。如何なさいますか?」
「陛下達が帰る前に帝都を清潔にするか」
既にハンスから策を授かり準備はしていたケスラーもハンスの真意を理解していても呆れる策であった。
(この方は、流血を少なくする事を主眼に置いて策を練るのは立派だが、どうしてもペテンになるな)
ケスラーもハンスの策の有効性を認めつつも釈然としないのであった。
ケスラーの内心は別にしてフェザーンの地球教本部に幼い子供連れの母子も殉教した事実を知るハンスは体裁等は気にしないのであった。
「では、行きましょうか」
ハンスがケスラーと共に現場に向かう頃、地球教本部では、ちょっとしたパニックになっていた。
「水道から水が出ないだと!」
「今朝、午前中は計画断水だと水道局から通達が有りましたが、まだ、水が出ないのです」
「水道局には連絡したのか?」
「はい。連絡して直ぐに点検に来るそうです」
十五分後に若い水道局員が現れた。
「水道局の方から来ました」
「早速だが、断水が終わっても、二時間になるのだが、水がまだ出ないのだ」
「それでは、最初に屋上のタンクを拝見させて下さい」
水道局員は屋上のタンク内を点検すると神妙な顔で告げたのである。
「タンク内の水が少ないのでビル全体まで水が届いて無いみたいですね」
「では、水が貯まるまで待たないと駄目なのか?」
「はい。地味ですが、その通りです。それより、最後にタンク内の清掃は何時されましたか?」
「最近、借りたので分からん」
「そうですか。それならサービスで人体に無害なオゾン消毒剤を入れときますね。三十分後にビル内の全ての蛇口を五分程、全開にして消毒剤を全ての水道管に回る様にして下さい」
「分かった。後、三十分で水道が使えるのだな」
若い水道局員は太鼓判を押して確認書にサインを貰うと引き上げて行った。
そして、四十分後には水道管から流れた催眠ガスでビル内の地球教徒全員が眠りの園の住人となったのである。
「しかし、呆気ない程に簡単に策に乗ってくれましたな」
「水に薬物を入れるのは西暦の時代からの常套手段なんだがね」
ケスラーの感想に水道局員姿のハンスが応える。
「しかし、マイクで聞いてましたが、スラスラと嘘を並べるのが上手いですな」
ケスラーの言葉には呆れの成分がブレンドされていた。
「まあ。昔、同盟で流行った水道詐欺のセリフなんだけどね」
「はあ」
真面目なケスラーも流石に歯切れが悪い返答になる。
手段は別にしてフェザーンの地球教本部は無血で制圧されたのである。
(逆行前の歴史では、本部の教徒は全員が殉死したからな)
担架で運ばれる幼い子供と一緒に母子を眺めながら作戦の成功に胸を撫で下ろすハンスであった。
「後は姿を見せぬ首謀者だけか」
(首謀者を逮捕すれば、安心して軍人を辞めて年金生活に入れる)
帝国元帥になると毎年、150万帝国マルクの生涯恩給が貰えるのである。
今までの貯金で店を開き老後はヘッダと共に海辺の別荘地に生活費の心配をせずに平穏無事に暮らせのである。
しかし、翌日にはハンスの思いを裏切る様に頭痛の種が発芽するのである。
自由惑星同盟から脱退をして銀河帝国に臣従ぜずに自立を宣言した星系が出現したのである。エル・ファシル共和政府の誕生である。