銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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柊館の死闘 後編

 

 遠くで何かの爆発する音がした。この時代の戦争の主力である艦隊戦は無音である。軍人でも爆発音を聞いて連想するのは戦闘ではなく事故であろう。

 そして、軍人でもなく戦闘行為に慣れた者が柊館に一人だけいた。

 

「皇妃様、大公妃様、暫くお待ち下さい」

 

 ローザがヒルダとアンネローゼの二人を残して部屋を出て行く。

 十五分後に部屋に戻って来たローザは戦士の顔をしていた。

 

「大本営と連絡が取れません。表の門番も連絡が取れないと言っています」

 

「では、先程の音は事故でしょうか?」

 

 アンネローゼが帝国人女性としては当然の疑問を口にする。

 

「いえ、この屋敷の通信回線は、正、副、予備の三回線です。その全ての回線が切れる事故は無いと思います」

 

「それでは、人為的に通信回線を切られたのですか?」

 

 ヒルダがラインハルトの妻らしくテロの可能性を指摘する。

 

「はい。その可能性が有りますので、事態が判明するまで屋敷の全ての人間を、この部屋に避難させる許可を頂きたい」

 

「許可します。専門家のローザさんの指示に従うべきでしょう」

 

 妊娠中でもヒルダの聡明さは健在である。

 

「流石に話が早い!」

 

 非常事態を前にローザの地金の一言を残して部屋を飛び出る。

 十分後には家人全員がヒルダの部屋に集合した。

 

「しかし、確かにミューゼル元帥は安心しろと言ったけど。昨日の今日だからと言って落ち着き過ぎだろ!」

 

 ローザが呆れたのは避難した家人達がお茶や菓子を持参した事である。

 ヒルダの部屋は避難場所というよりは、お茶会の会場の様に見える。

 

 ローザが呆れている頃、帝国兵の一団が柊館に訪れていた。門番の警備兵に敬礼しながら走り寄る。

 警備兵も慌てて敬礼した瞬間に数条のブラスターの光線が警備兵に突き刺さる。

 倒れた警備兵を詰所に移動させて警備兵のライフルを取り上げて肩に担いだ瞬間に柊館から、大音量の警報が鳴り響いた。

 

「な、何!」

 

 帝国兵を装った地球教徒達は自分達が油断していた事に気付いた。

 ライフルの台尻と警備兵のベルトの端末は一本の細い糸で繋がれていて、他者にライフルを奪われる事態が起きれば端末側の糸が抜けて警報が鳴る仕掛けになっていた。

 実は同盟の警察が採用しているシステムなのである。

 帝国の警備兵に導入したのは当然の如くハンスである。

 地球教徒達が警報に驚く間にも柊館の全ての窓にシャッターが降りる。しかし、正面玄関だけはシャッターが降りない。

 実は玄関の構造上、シャッターを取り付けが出来なかったのである。

 しかし、襲撃者にすれば罠を仕掛けられてる様にしか見えない。

 

「構わん。この好機を逃すと後が無い!」

 

 罠の存在を予期して、罠を食い破るつもりで罠に飛び込む彼らはビッテンフェルトの部下になる素養があるかもしれない。

 

「行くぞ!」

 

 地球教徒は玄関前に殺到して屋敷内に侵入を試みたが玄関の扉は開かない。

 

「鍵が掛かっているな!」

 

 一人がドアのノブにブラスターを放つがノブは健在である。

 

「なんて頑丈なんだ!」

 

「全員離れろ!」

 

 短気な者が対戦車ランチャーを持ち出して来た。

 

「通信アンテナを破壊した余りだが、重い思いして持って来た甲斐があったぜ!」

 

 この教徒の労苦は報われた。ランチャーの残弾を全て使って扉を破壊する事に成功した。

 一人が破壊された扉から屋敷内を伺う。伏兵が居ない事を確認して慎重に屋敷内に侵入をすると手招きをして仲間を呼び込む。

 仲間が屋敷内に入った瞬間に銃弾の雨が教徒達を襲った。

 

「散れ!」

 

 咄嗟に分散しても遮蔽物も無く教徒達は一方的な殺戮の被害者となっていく。

 

「二階だ!」

 

 二階の廊下からローザが火薬式拳銃を両手に教徒達に銃弾の雨を浴びせていた。

 

「こりゃ、鴨打ちだぜ!」

 

 遮蔽物も無い一階の玄関ホールで侵入者達はローザの的となっていた。

 

「援護しろ!」

 

 幾人かが玄関の外から腕だけ出して二階のローザに発砲して仲間の援護をする。

 仲間の援護を受け二階に続く階段に辿り着いた侵入者も階段を上がる寸前にローザの正確無比な射撃を額に受けて絶命する。

 侵入者達は多大な犠牲を払いながらも少しずつ屋敷内に侵入を果たしていく。

 階段まで辿り着いた侵入者は仲間の死体を盾にして階段を登り始める。

 階段の中腹まで来た時にローザが大声で叫ぶ。

 

「エミール!」

 

 ローザが叫んだ途端に階段が消えた。正確には段差が無くなり急勾配の坂道になったのである。

 仲間の死体を盾に中腹まで来たのに一瞬で階段下まで転げ落ちる。

 仲間の死体の下敷きになり身動きが取れない侵入者にローザが情け容赦無く銃弾の雨を浴びせる。

 

「しかし、こんなセコい小細工を考えるとは、軍人とはえげつないぜ!」

 

 軍人は確かにえげつない存在であるがセコい小細工を考えたのはハンス個人である。

 地球教徒達も時間が限られているので犠牲を覚悟で人海戦術に出た。

 二階の敵は一人だけである。体力も弾薬も限られている筈である。

 ウルヴァシーでは戦力を出し惜しみして大魚を逃した教訓から、今回は全戦力を今回の策に投入しているのである。

 皇妃と大公妃の暗殺に成功すれば安い投資である。

 

「敵は一人だ。反撃が出来ない程に撃ちまくれ!」

 

 ローザも侵入者達の意図を敏感に感じ取り銃だけを出して目眩撃ちで対処する。

 

「元帥も早く来てくれないとヤバいぞ!」

 

 ローザの願いが神に通じたかは謎だがハンスが応援に文字通りにバイクで駆けつけた。

 二階のローザに発砲していた侵入者を数人バイクで撥ね飛ばすと玄関ホールをバイクで縦横無尽に走り回る。

 階段周辺にいた侵入者達にバイクで突撃を始める。逃げ遅れた不幸な者はバイクで撥ねられる。バイクは人を撥ねてもスピードを落とさずに急勾配の坂を一気に駆け登る。

 

「待たせたな。ヒョッコ!」

 

「待たされたよ。爺さん!」

 

 因みに世間的な年齢はローザが四歳年長である。

 ハンスはバイクから降りるとサイドトランクからアタッシュケースを取り出すとローザに渡した。

 

「遅れた詫びに土産だよ」

 

 ローザがアタッシュケースの中を確認すると弾丸入りの弾倉が入っていた。

 ローザは軽く口笛を吹くと腰のベルトに弾倉を差し始める。

 その間にもハンスが階下に銃を乱射している。

 

「元帥。ここを任せますよ!」

 

「トイレか?」

 

 ハンスが本気でデリカシーの無い事を言う。

 

「ここで大人しくするのも飽きたのでね」

 

 ハンスのアホな発言を無視してローザは言うのと同時に行動を開始する。

 ローザは玄関ホールのシャンデリアを手始めに玄関ホール内の照明を狙い撃ちにする。

 全ての窓にシャッターが降りているので玄関ホール内は短時間で暗闇に支配されてしまった。

 

「じゃ、後は任せたぜ!」

 

 ローザは一言だけ残すと二階から一階に飛び降りた。

 ローザは一階に着地した瞬間に冷徹な殺戮者へと変貌していた。

 ローザにしたら一階の存在は全て敵である。気配がすれば銃弾を撃ち込み素早く移動する。

 地球教徒が人の気配を感じても敵か味方か判別が出来ないので一瞬の躊躇の差が生死を分ける。

 一階でローザがハンティングを行っている時に二階のハンスはバイクのヘッドライトを階段下に向けて登って来る敵に持参した短機関銃で撃退するのである。

 

「このまま何時間でも、戦いたいけど」

 

 ハンスが下手くそな歌を唄いながら短機関銃を連射して階段下の敵を一掃する。

 

「快感!」

 

 全弾を撃ち尽くすとハンスは短機関銃の撃ち心地の感想を口にする。

 侵入者達は完全に罠に嵌まっていた。唯一の出入りに逃げればハンスから短機関銃を掃射されて蜂の巣になる。

 玄関ホール内に留まればローザからの不意討ちを食らう事になる。

 全員が銃を乱射したい誘惑に駆られるが実行すれば同士討ちになり、二階にいるハンスの餌食になるだけである。

 彼らはハンスの用意した罠の中で全身を傷だらけにして出血死を待つだけであった。

 

 大本営からの派遣された武装兵が仮皇宮で見た光景は死屍累々といった有り様の玄関ホールであった。

 シャンデリアは落ちて粉々になり非常灯がオレンジ色に室内と死体を染めていた。

 

「ナイスタイミングだな。救急車は来ているか?」

 

 ハンスが二階から武装兵達に問い掛けてきた。

 

「はい。一台だけ外に待機させてます!」

 

 武装兵の中から士官がハンスの質問に応える。

 

「宜しい。皇妃陛下の陣痛が始まった。急いで病院に!」

 

 武装兵が待機している救急隊員を呼び込む。

 

「アンネローゼ様とロイエンタール夫人と後、エミールとマリーカなら乗れるだろ!」

 

 ハンスが素早く指示を出して救急車に乗る人間を指名する。

 

「家人の人達は一先ず大本営で待機してもらえ。それと、狂信者達の中で生きている者の治療を頼む」

 

 地球教徒に対しての対応はハンスが殊更に人道主義に目覚めた結果ではない。

 地球教の内部事情を探る為である。首謀者とは言わないが幹部の情報でも得られたらと思っての事である。

 結局、ハンスはケスラーが到着する迄の間、事後処理の指揮を取る事になる。

 日が完全に落ちた頃にケスラーが到着すると指揮を交代して自身も病院に急行するのである。

 病院に到着するとマリーカとエミールが待合室のベンチで二人仲良く寄り添う様に寝ていた。

 

「元帥。遅かったなあ」

 

 身体中から湿布薬の匂いをさせながらローザが声を掛けてきた。

 

「ローザさんには感謝しか有りません。貴女がローエングラム王朝を救ったのです」

 

「ふん。ローザ姐さんに掛かれば朝飯前だぜ!」

 

 どうやら、ローザはハンスに対しては自分を飾らずに地金のままで対応するつもりらしい。

 

「敵の戦力を過小評価していたが味方の戦力も過小評価していましたよ」

 

「分かれば宜しい」

 

 その後、ハンスはローザを自宅まで送り届けると大本営に戻りシャワーを浴びて着替えると事後処理の指揮を取るのであった。

 気が付けば夜明けとなり、日の出と共に皇子誕生の報告を受ける事になる。

 

 

 


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