銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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瓦解

 

 ハンスが新婚旅行から帰り職場復帰すると「リトルエンジェル事件」が耳に入ってきた。

 ハンスは耳に入ると同時にラインハルトに謁見を申し込む。

 休暇明けの報告と休暇延長の礼をする為であるからラインハルトも断れない。

 執務室に通されたハンスは形式通りの挨拶をしただけで「リトルエンジェル事件」には言及しないので、逆にラインハルトから話を振る事になった。

 

「卿の事だから、逆上して苦情の一つでも言うと思ったのだがな」

 

「逆上してますよ。しかし、逆上してますけど、陛下が休暇を延長して新婚旅行先で情報封鎖した判断の正しさも理解しています」

 

 ラインハルトもハンスの反応には拍子抜けした様である。

 

「詳細を知りたいですが、誰に聞けば宜しいのでしょうか?」

 

「後でリュッケに報告書を届けさせる」

 

「御意」

 

 リュッケがハンスの執務室に報告書を届けに行くとハンスは留守であった。

 代わりにクナップシュタインが報告書を受け取る。

 

「閣下から卿が届ける報告書を受け取る様に指示されている」

 

「はあ。それは分かりましたが閣下は何方に?」

 

「射撃場に行っている。例の事件を知ると鬼の形相をしていたからな。ガス抜きをして貰わんと周囲の人間が迷惑する」

 

 クナップシュタインはハンスの鬼の形相の被害者らしい。

 

「確かにミューゼル元帥なら逆上するのも当然でしょう。シュトライト閣下も似た様な状態です」

 

「そうか。シュトライトには確か娘さんがいたな」

 

「はい」

 

 ラインハルトがリュッケに報告書を届けさせたのもシュトライトが原因らしい。

 帝国軍の内部でも今回の事件には怒り心頭の様である。特に娘を持つ者の怒りは尋常ではなかった。

 クナップシュタインとリュッケが互いの身の上に共感していた頃、娘も居ないのに尋常ならぬ怒りを抱えたハンスは無辜な的に八つ当たりをしていた。

 

「閣下もですか」

 

 ハンスが規定弾数を撃ち尽くして床に散らばった空薬莢の回収を始めた時にビッテンフェルトが声を掛けて来た。

 

「ビッテンフェルト提督もかい?」

 

 ハンスの応答は質問でもなく確認であった。

 

「はい。小官も例の事件以来、ここに日参してます」

 

「ビッテンフェルト提督の方が年齢も上だし閲歴も上。私みたいなインスタントの元帥じゃなく本物の元帥なんだから二人きりの時は気を使わなくてもいいですよ」

 

 ハンスは気さくな事を言うが根から軍人のビッテンフェルトにしたら「では、遠慮なく」とは言えない。

 

「そう言って頂くのは光栄ですが、それでは組織として示しが付きません」

 

「帝国軍の軍人は本当に真面目だね」

 

 実はビッテンフェルトはハンスが苦手なのである。アムリッツァ会戦でハンスの警告を忘れて大損害を出した時にブリュンヒルトでのハンスの反応がトラウマになっている。

 それに、ビッテンフェルトはハンスの自己評価の「インスタント元帥」は過小評価だと思っている。

 

「閣下を基準にしないで下さい!」

 

「えっ!」

 

 思わず頭を抱えたビッテンフェルトであった。

 

(本人に自覚が無いのか。陛下も苦労しておられる)

 

 問題児の部下に苦労する上司に同情するビッテンフェルトであったが問題児の上司に苦労する部下が近付いた事には気付かなかった。

 

「提督。こんな所に逃げていたのですか!」

 

 ビッテンフェルトの副参謀長のオイゲンが上司の襟首をガッチリ掴む。

 

「こら、逃げているとは人聞きの悪い!」

 

「気晴らしなら仕事を終わらせてからして下さい!」

 

「まさかとは思うが部下に仕事を押し付けてたのか!」

 

 ハンスが瞬時に事態を把握した。

 

「元帥閣下の御明察通りです。提督のサインじゃないと通らない書類もあるんですから」

 

「卿を信頼しているから、卿に一任している」

 

「御信頼して頂いて光栄ですが、小官が提督の名前でサインするのは違法です!」

 

 ハンスも呆れて何も言えないのであった。ハンス自身も書類仕事は苦手だが部下に自分の名前でサインさせる事は無いのである。

 ビッテンフェルトがオイゲンに連行されて行くのを見てハンスも急いで自分の執務室に戻るのであった。

 

「思ったより、早かったですね」

 

 執務室に戻るとクナップシュタインが報告書を手に待っていた。

 

「早速ですが、先程、リュッケが持って来た例の報告書になります」

 

「ありがとう。余計な手間を掛けさせたな」

 

 クナップシュタインは報告書をハンスに渡すと執務室を出て行った。

 

(そんなに慌てなくとも報告書を読んで逆上はせんよ)

 

 一時間後にはハンスは自分の言葉を裏切る事になった。

 ハンスが予想していたより同盟の腐敗は進んでいた。

 警察官個人の関与ではなく、警察が組織的に関与していた。

 

「政府高官や著名人が顧客をするだけじゃなく運営にも関与していたのか」

 

 逆行前の世界で一種の都市伝説として聞いていたが規模がまるで違う。

 

「帝国の旧王朝の方がマシではないか!」

 

 ゴールデンバウム王朝時代は門閥貴族同士が牽制して組織的な犯罪は少なかった。

 もう一つの理由としてリヒテンラーデ侯が睨みを効かせていた事も大きい。

 帝国も未成年の売春が皆無では無いが同盟に比べれば極少数であった。

 

(この歳まで、汚い物も随分と見て来たが、ここまで汚いとは)

 

 歴史的に未成年の強制売春は貧しい国や戦乱の時代では珍しくは無かった。

 しかし、警察や政府高官までが組織的に絡んでいたのは珍しい。

 西暦が使用されていた時代に東洋の島国では宗教施設の本部で娼館を経営していた事もあった。当時の出入り商人が驚き記した日記が発見されている。

 

「人間は何処までも醜くなれるもんだ」

 

 キルヒアイスは同盟政府に対して協力という名目で組織に関与していた者を逮捕して全貌を解明した上で身柄を同盟政府に引き渡している。

 

「キルヒアイス元帥も強烈な揺さぶりを掛けたな」

 

 キルヒアイスは同盟市民に対して「こんな政府を信用して支持するのか」と暗に問い掛けているのである。

 

「まあ。権力者が誰だろうと関係がない。安寧な生活をさせてくれる者が大事なんだから」

 

 ハンスは同盟に未練は1グラムも無いがアーレ・ハイネセンと共に建国した人々の考えると寂寥感に捕らわれてしまう。

 

「敗戦により国が滅ぶのではなく自滅するとは、悲しい事だな」

 

 ハンスに哀れまれた同盟政府は政府として物理的にも機能が出来なくなっていた。

 行政の各分野で幹部級の人間が逮捕された事により齟齬が起きていた。

 特に物流システムに問題が発生して食糧難になる星系も有れば収穫した食糧を出荷する事が出来ずに腐らせてしまう星系も出てしまった。

 

 ハンスが職場復帰をして二週間後には同盟から四星系が独立を宣言して帝国に帰順を求めたのである。

 シャンプール、カッファー、パルメレンド、ネプティスである。

 この四星系は救国軍事会議のクーデターの際に本国からではなくイゼルローン要塞の駐留艦隊により解放されたのだが、この事により本国に対して不信感を持つ様になっていた。 

 

「連中にしたら我々は辺境でありバーラト星系以外は眼中に無いのでは無いのか?」

 

「何故、本国から救援の艦隊を出さなかったのか?」

 

「これでは、ユリウス戦役以前と同じではないか!」

 

 そして、彼らは決意させたのは物流システムに狂いが生じた時にバーラト星系に優先した様に見えた為であった。

 本来、バーラト星系は消費系の星系で自然と物資が集まりやすいのだが、他の星系からはバーラト星系を優遇している様に見えたのである。

 そして、自由惑星同盟の名から分かる様に同盟の各惑星は本来は独立した星系でありハイネセンと対等の関係であった。

 地球政府と同じくハイネセンが暴走しない為の建国者達の知恵であった。

 しかし、今回は完全な裏目となったのである。

 四星系は帝国に帰順をするのと同時にインフラの整備と各種の助成金を人道支援として要求してきたのである。

 帰順を表明した四星系に対して帝国政府は来る者を拒まずの態度で受け入れたのである。

 この事が呼び水となり他の星系も帝国への帰順を考え始めたのである。

 

「四星系の帰順を無条件でお認めになられたのですか?」

 

 ラインハルトから食事に招待されたハンスはラインハルトと食後のコーヒーを飲みながら質問した。

 

「無条件に帰順を認める筈は無い。帰順に対して帝国の行政システムに従う事と星系政府が経営した企業を帝国の直営企業にする程度だがな」

 

「具体的には財務尚書が担当している」

 

「賢明な判断ですな」

 

「余よりルビンスキーの方が向いている」

 

「しかし、これからは帰順を申し込む星系が増えるでしょうな」

 

「既に財務省と内務省にマニュアルを作らせている」

 

「しかし、同盟から独立しても帝国に帰順をしないで自立する星系も出てくるのでは?」

 

「それは、相手の出方次第だな。ヤン・ウェンリーとの約束もある」

 

「因みに自立を認める基準は如何なさいます?」

 

「一つは独立を宣言するには災害等の例外を別にして経済的にも自立をしている星系である事」

 

「まあ。当然ですな」

 

「二つ目は同盟政府と争う事になっても助力を求めない事」

 

「それは心配無いでしょう。今の同盟に軍を動かす余裕は無いでしょう」

 

「既に経済破綻をしている同盟に軍を動かす余裕は無いが人材は残っている。彼らの何方かが引退したヤン・ウェンリーを担ぎ出す暴挙に出ない様に警戒が必要になる」

 

 それはハンスが危惧していた事でもある。ヤン・ウェンリーは妻が妊娠中であり、歴史学者として人生の本道に戻ったのである。

 

「陛下も父親になり良い意味で人が変わられましたな」

 

「卿も数年後には余と同じになる。いや、なって貰わねば困る」

 

 照れ隠しなのか。何時もの癖なのか。ハンスの褒め言葉には素直になれないラインハルトであった。

 

「いずれにしても、今月末で遷都も完了する。余だけではなく行政の専門家達にも相談する必要がある」

 

 新帝国歴002年 宇宙歴800年 9月1日

 

 新銀河帝国はフェザーンを新たな首都星と定めた。

 それと、同時に四星系を新たな領土として発表したのである。

 自由惑星同盟の瓦解の序曲は始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 


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