銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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独身者達の最後の宴

 

 ラインハルトはハイネセンからフェザーンに寄り道をせずに帰還した。

 ハンスもラインハルトの帰還に合わせてウルヴァシーからフェザーンへと帰還する。

 二人がフェザーンで再会をすると互いの無事を祝い、改めてハンスの元帥叙任式を盛大に執り行った。

 叙任式の後は珍しくパーティーが開かれて身分に関係なく若い女性が集められ華やかなパーティーとなった。

 

「陛下。ミューゼル元帥の労に報いるのにしては盛大過ぎませんか?」

 

 オーベルシュタインも日頃は質素な式典を望むラインハルトにして派手な式典に疑問に思い諫言の歯切れも悪い。

 

「卿の主張は正論である。しかし、これには理由がある」

 

 ラインハルトはハイネセンでのリュッケの休日について話をした。

 

「リュッケ少佐の休日の過ごし方と何の関係があるのでしょうか?」

 

「この数年間、動乱の時代で男子が戦死して女子の人数が多い筈が、卿を含めて余に近い者ほど婚期を逃す傾向がある。故に出会いの場を作ろうと思ったのだ」

 

「それで、妙齢の女性を集めての宴ですか?」

 

「うむ。卿も余より年長なのだから結婚したらどうだ?」

 

「結婚ですか?」

 

 稀有な事にオーベルシュタインが結婚の言葉に動揺している。

 

(この男が動揺する姿を見れただけでも価値がある宴だな)

 

「私は警備の者と打ち合わせがあるので失礼します」

 

 ラインハルトの物珍し気な視線にオーベルシュタインも逃げる様にラインハルトの前から辞去した。

 オーベルシュタインが辞去した後にシュタインメッツが妙齢の女性を連れて来た。

 

「今日は陛下に御報告があって参りました。この度、この者と婚約しました」

 

 紹介された女性の頬が朱色に染まる。

 

「こんな、お美しい婚約者が居たとはシュタインメッツも隅に置けぬ」

 

「グレーチェン・フォン・エアフルトです。陛下にはお見知り置きを」

 

「フロイライン。貴女の婚約者を麾下に持てた事は私の最大の幸福です。これからは平和な時代になり戦場に出る事が無いので安心して下さい」

 

「あ、有り難う御座います。陛下」

 

 グレーチェンが感激の余りに泣き出してしまったのでシュタインメッツも不尊にならない内に辞去をする。

 

「しかし、シュタインメッツには驚かされた!」

 

 ラインハルトの驚きも醒めぬ内に、次はハンスがヘッダを連れて挨拶に来た。

 

「陛下。私を出汁にしましたね」

 

「赦せ。その代わりに料理は美味であっただろう」

 

 ラインハルトの視線の先には食欲を満足させた事が一目瞭然のハンスの腹があった。

 

「ウルヴァシーでは久々に減量しましたから」

 

 この言葉にラインハルトも呆れながら反論した。

 

「何を言っている。学芸省の研究員は二週間分の非常食を用意していたらしいではないか。卿が健啖家なのは軍務省と一部の人間には有名だが学芸省の人間は知らんからな」

 

「学芸省の人間は少食なんですね。それにトイレットペーパーを箱に入れて置くから非常食だと思って安心していたらトイレットペーパーだったので焦りましたよ」

 

 ハンスの誤魔化しにヘッダも呆れた視線を送る。

 

「そ、そこで、陛下に献上したい物が有ります」

 

 ヘッダの視線が辛いのかハンスが話題を変える。

 

「献上?」

 

「はい。これです」

 

 ハンスがラインハルトに手渡したのは掌サイズのアルミの袋である。

 

「マルチサプリメント?」

 

 ラインハルトが袋に印刷されてる文字を声に出して読む。

 

「私が救出された翌日には普通に食事が出来たのも、これを服用していたからです」

 

「ほう。十日間近くも絶食していて卿がリフィーディング症候群にならなかったのは、これの功績か?」

 

「はい。私達は仕事柄、食事が不規則ですので、これを服用しています。軍が大量発注すれば将兵に安く提供が出来ます」

 

「しかし、これを服用したからと言ってもリフィーディング症候群とは関係無しに胃が縮小して食事が出来ぬ筈だが?」

 

「まあ。必要な栄養素が入っていますので普通の生活でも健康に寄与します」

 

 ハンスは自分の特異体質の事は無視して会話を進める。

 

「ふむ。卿の場合は常人と違うからなあ。常人には救出された翌日に迎賓館の厨房に強盗に入って大量の食事を平らげる事など叶わぬ」

 

 どうやら、ヘッダは初耳の様でハンスに無言で刺だらけの視線を送る。

 

「と、取り敢えず御一考されて下さい」

 

「わ、分かった。保険局に検討させてみよう」

 

 ヘッダの視線に耐え兼ねたのか、ハンスが更にラインハルトに声を掛ける。

 

「それと、大事な事を陛下に御報告します。私達、二人は姉弟の養子縁組を解消して結婚します」

 

 ハンスとヘッダが同時に頬を朱に染める。照れながらもハンスはラインハルトが驚く反応を期待して待っていた。

 

「そうか。意外と早かったな」

 

 ラインハルトの予想外の反応にハンスが肩すかしを食らう。

 

「あれ?」

 

 逆にハンスの反応がラインハルトには意外だった様である。

 

「なんだ。卿は知らなかったみたいだな」

 

「何をでしょう?」

 

「兄妹姉弟の養子縁組をした者の大半が将来的には結婚するのは帝国人には常識だぞ」

 

「常識ですと!」

 

「だから、卿達も将来的には結婚すると思っていたのだ」

 

「そ、そう何ですか。どおりで事務局のお姉さん連中が口説いても靡かんはずだ」

 

「あっ!」

 

「しまった!」

 

 ヘッダが居る事を忘れて自爆したハンスであった。

 

「陛下。私達は他にも用事があるので、これで失礼させて頂きます」

 

 初めてヘッダが喋ると、同時にハンスの耳をつまみ上げて連行して行く。

 

「痛い。陛下、助けて!」

 

「うるさい!キリキリ歩け!」 

 

 ラインハルトも他人事だと連行されるハンスを黙って見送るのであった。

 

「陛下!」

 

 哀れなハンスが自業自得を演じている姿を見送っていたラインハルトにロイエンタールが妙齢の女性を連れて挨拶に来た。

 

(ロイエンタールも相変わらずだな) 

 

「珍しいな。卿が女性を連れて余の前に来るとは」

 

「恐れ入ります。陛下には御報告したい儀が有りまして」

 

「何だ?」

 

 何時になく神妙なロイエンタールの表情と声にラインハルトの声も僅かに緊張する。

 

「実は臣は結婚する事になりました」

 

「な、な、何と!」

 

 ロイエンタール自身は嬉しくも無いが、ハンスが失敗したラインハルトを驚愕させる事にロイエンタールは成功した。

 

「こ、これは、お美しいフロイラインだな。ロイエンタールが陥落したのも頷ける」

 

 ラインハルトの発言は社交辞令なのだが同時に事実でもあった。

 

「有り難う御座います。私はローザライン・リーと申します。陛下にはお見知り置きを」

 

 ラインハルトの美しいと褒められて顔を真っ赤にして自己紹介をする姿は健気であった。

 

「しかし、ロイエンタールよ。卿が結婚するとは意外だったぞ」

 

「御意」

 

「フロイラインもロイエンタールを攻略するのに苦労した事であろう」

 

「いえ、苦労も何も男として責任を取って貰わないと困ります!」

 

「責任とは?」

 

「ローザ、要らぬ事を!」

 

「ロイエンタール。構わん。責任とは?」

 

 ロイエンタールを制してローザに話を促す。そして、話を聞いてラインハルトは再び驚愕する事になる。

 ローザが仕事仲間との食事を終えて酒に酔い公園のベンチで休んでいる所をロイエンタールに銃で脅されて屋敷まで連れ込まれて襲われたとの事であった。

 

「ロ、ロイエンタールよ。フロイラインの話は真実なのか?」

 

 ラインハルトの声は罅割れていた。

 

「陛下。事実ですが私の話を聞いて下さい」

 

「良かろう」

 

 ラインハルトは婦女子に対する暴行に対しては嫌悪感を持っている。一歩間違えればロイエンタールは死罪となる。

 それを知るロイエンタールは戦場で敵に包囲された時よりも緊張して話をした。

 

 ロイエンタールの話では、ロイエンタールが夜に帰宅した時にブラスターで狙撃されたのである。

 幸いな事に狙いが外れて、ロイエンタールは武器を持った人影を追って行くと公園のベンチにローザが隠れていたので銃を突き付けて調べるとブラスターを所持してたので、屋敷まで連行して尋問をしたが、白を切るので素直に白状させる為に事に及んだのである。

 事に及んだ後でローザのブラスターを調べるとロイエンタールを狙撃したブラスターとは違う物であった。

 

「軍人の癖にブラスターの種類も分からないとか信じられないわ!」

 

「仕方があるまい。指揮官がブラスターを使う事など、滅多にあるか!」

 

 ラインハルトもロイエンタールのドジに呆れながらもローザに質問した。

 

「しかし、フロイラインは何故、ブラスターを所持していたのか?」

 

「はい。私の仕事は商船の用心棒です。商船は武装が出来ないので宇宙海賊に襲われた時に艦内で私達が処理します」

 

「ほう。女性の用心棒とは珍しい」

 

「こう見えても業界では名が売れた用心棒ですの!」

 

 ローザが胸を張り自慢をする。その横でロイエンタールが頭を抱えている。

 

「それは頼もしいものだ」

 

「機会が有れば私の腕を陛下に見て頂きたいですわ!」

 

「おい。不敬であるぞ!」

 

 ロイエンタールの呼び掛けも無視してローザとラインハルトの会話が続く。

 ラインハルトにしたら始めて見るタイプの女性で好奇心が刺激される。

 

「キスリング。銃をフロイラインに貸して差し上げろ」

 

 キスリングもローザの腕に興味を持った様で素直に自分の銃を差し出した。

 

「フロイラインには少々、重いかもしれません」

 

「流石に陛下の親衛隊だけあって、銃も大出力ですね」

 

「フロイラインもお目が高い!」

 

 流石にラインハルトの前なのでキスリングを怒鳴りたい衝動を抑え込むロイエンタールであった。

 そして、腕試しが始まるとローザの腕前に全員が舌を巻く事になる。

 キスリングが放り投げた林檎に引き金を三回引き全て空中の林檎に命中させたのである。

 

「お見事!ルッツとキルヒアイスとフロイラインで競い合わせたいものだな」

 

 無邪気に喜ぶラインハルトに対してロイエンタールは静かに落ち込んでいた。

 ロイエンタールは貴族の出自である。そのロイエンタールにしたら型破りなローザの言動と能力は眉を顰めるものである。

 しかし、真面目な帝国人からしたら漁色家のロイエンタールが言えた義理では無いのである。

 この二人、意外と似合いの夫婦なるかもしれない。

 


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