銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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ウルヴァシー事件 後編

 

 ブリュンヒルトの艦内で目覚めたラインハルトは自分の状況を把握するとハンスの考えを瞬時に理解した。

 皇帝に対して薬物を使用した事を謝罪するキスリングには謝罪の必要無しと器量の大きさを見せた。

 ラインハルトにしてみれば、基地全体が反乱軍となる状況が読めずにいた事を悔やんでいた。

 

「陛下。陛下だけの責任では有りません。我らも敵の襲撃を予測しながら敵の規模を見誤ったのです。どうか、御自身を責める事の無き様に」

 

 ルッツの言葉にラインハルトは納得したがハンスを心配する気持ちは変わらないでいた。

 

 惑星ウルヴァシーを脱出して三日目に衝撃的な情報を傍受する。

 ミューゼル上級大将自爆の報をである。詳細は分からないがハンスが自爆したという複数の情報を傍受したのである。

 ラインハルトは報告を受けた日は私室から一歩も外に出ず誰とも会わなかった。私室に入る前にハンスの元帥昇進をシュトライトに指示した。

 更に翌日には出迎えに来ていたビューロー大将の部隊と合流する。

 

「卿に罪は無い。卿は至急、惑星ウルヴァシーに赴き、現地の秩序を回復して事情を明らかにせよ」

 

 謝罪から始まったビューローの挨拶にもラインハルトは不用と言って新たな命令を出す。

 ラインハルトとしても他に命令の出し様がなかった。

 命令を受けたビューローが惑星ウルヴァシーに上空に到着したのは三日後の事である。

 ビューローが部下からの報告に困惑する事になる。

 

「提督。地上では帝国軍同士が戦っています」

 

「どちらかが味方で敵なのか分からんのか?」

 

「それが、通信を傍受しているのですが互いに敵を反乱軍と呼んでいます」

 

「取り敢えず地上に降下するぞ!」

 

 ビューローが降下して戦闘の中止を呼び掛けると両軍共に即座に呼び掛けに応じた。

 この時点で既に双方の陣営から千人近い犠牲者を出していた。

 末端の兵士は武装解除した後に官舎にて謹慎させた。事情は生き残りの幹部から聞き取り調査をする事にしたのだが困惑が深まるばかりであった。

 

「ルッツ、ミュラーの両提督が地球教に洗脳され、皇帝陛下に害を加え様としたので我々は陛下を御守り奉る為に出動したのです」

 

 生き残った幹部達は個人名は変わるが内容は同じ事を主張したのである。

 司令官と副司令官に参事官の基地幹部三役は官舎にて遺体となって発見された。

 

「三役を解剖した結果、胃の中の内容物から三人共に陛下との晩餐会直後に殺害されています」

 

「では、誰がデマを流して兵士を先導したのか?」

 

 調査を進めると中堅幹部達の半分が行方不明になっていた。

 行方不明と言っても戦闘中の戦死で死体が発見されないのではない。皇帝一行がウルヴァシーを脱出した後に生存が確認されていたが同士討ちが始まる直前に姿が消えたのである。この事が同士討ちの一因となっている。

 更に調査を進めると戦死者の中で地球教の教典等は身に付けた者も多く発見されたのである。その大半が人造湖でハンス達に返り討ちされた者達であった。

 そして、ビューローは個人的な理由でハンスの爆死の状況も調査した。

 ビューローとハンスはリップシュタット戦役の時にキルヒアイスの麾下で従軍した旧知の間柄であった。

 

「せめて、遺品の一つでも姉君に届けてやりたい」

 

 ビューローの本音である。自分より遥かに若いハンスの死を残念に思っていた。

 ハンスを追撃して最期を目撃した兵士に直接に話を聞く事が出来た。

 

「我々はミューゼル閣下がルッツ、ミュラー両提督と一緒に皇帝陛下を誘拐したと聞き出動しました。私達が現場に到着した時は、既に皇帝陛下はブリュンヒルトでウルヴァシーを脱出した後でした」

 

 若い兵士も訳が分からないと言った状況だった様である。

 

「私達は抵抗を続けるミューゼル上級大将との戦闘になりましたが、既にミューゼル上級大将は先行した部隊と戦いながら逃亡中でした。自分達は仲間の死体を目印にミューゼル上級大将を追跡しました。そして、人造湖で魚の養殖の研究をしていた建物にミューゼル上級大将を追い詰めました」

 

「其処でミューゼル上級大将は自爆されたのか?」

 

「はい。その時にはミューゼル上級大将は弾薬が尽きた事は分かっていたので、犠牲を出した先行の部隊が突入したと同時に建物が爆発して先行した部隊もろともに自決なさいました」

 

「そうか。ご苦労。卿は官舎に帰り謹慎している様に。陛下には卿らに罪が無い事を報告して寛大なる御裁可を賜る様に努力する」

 

「あ、有り難う御座います」

 

 ビューローはハンスが自爆した研究所跡地に花束を持って赴く事にした。

 

(ハンスよ。卿は私より若いのに姉君を残して先に逝くとは)

 

「提督。この事も陛下に報告するので?」

 

 副官が心配そうにビューローの顔色を伺ってくる。副官もリップシュタット戦役の時にハンスと共にキルヒアイスの下で戦った旧知の仲なので他人事では無いのであろう。

 

「仕方がない。陛下には私の口から直接に御報告する」

 

 ビューローと副官は無駄と承知しながらも瓦礫の山と化した研究所跡地でハンスの遺品を探して回った。

 

「せめて、階級章でも有れば遺族に届ける事が出来るのだがな」

 

 ビューローが探していると副官が手招きをする。

 

「何か見つけたか?」

 

「いえ。それより、静かにして耳を澄まして下さい」

 

 突然の副官の指示にビューローも訳が分からずに従うと石同士を小さく叩き合わせた様な音が聞こえてきた。

 

「これは!」

 

「モールス信号です。それもSOSと打っています」

 

「誰か瓦礫の下にいるのか?」

 

「至急、人手を集めて救助を行います」

 

 三時間後、瓦礫を撤去すると床にマンホールサイズの金属製の扉を発見した。

 

「この扉から音がしてます!」

 

 救助隊が扉を開くと中から痩せこけて憔悴したハンスが出て来た。

 

「必ずビューロー大将かベルゲングリューン大将が来てくれると信じていたよ」

 

 ハンスの無事な姿を見た瞬間に歓声が沸き起こる。

 

「軍医と担架を持って来い!」

 

 副官が傍らで指示を出している時にビューローはハンスを抱き締め様としたが、弾かれた様にハンスから身を遠ざけた。

 

「く、臭い!」

 

「仕方がないだろう。火事場で追っかけこした後に風呂も入らずに地下の倉庫に籠城していたんだから!」

 

 憔悴しながらも反論する元気はあるようで周囲から笑い声が漏れる。不謹慎ながらもビューローも笑い出し釣られてハンスも笑い出だした。

 ウルヴァシー事件が発生してから二週間後の事である。

 ミューゼル上級大将生還の報は直ぐ様、ブリュンヒルトに届けられたのである。

 

「そうか。ハンスの奴も悪運の強い」

 

 ハンスの生還の報告を受けてラインハルトが最初に出したのは平凡な一言であったがラインハルトの表情は喜びに溢れていた。

 

「ハンスにはハイネセンに到着と共に元帥研修をしっかりと受けて立派な元帥になってもらわんとな」

 

 ラインハルトとの声も表情も意地の悪いものになっている。

 

「臣も陛下の意見に全面的に賛成です」

 

 ルッツがラインハルトの意見に応じる横でミュラーが頭を抱えたい衝動を必死に抑えていた。

 

(陛下もルッツ提督も大人気ない)

 

 以前はキルヒアイスが担当していた役目をミュラーが引き継ぐ様である。

 

 翌日、ラインハルトはウルヴァシーからの定時連絡を受ける為に艦橋で呆れる事になる。モニターの中でハンスが手錠されていたのである。

 

「ビューロー。ハンスは何をやらかしたのだ?」

 

「はい。昨日から胃が弱っているのでミルク粥だけの食事を軍医から指示されてましたが、本日、朝食の後に迎賓館の食堂の厨房から食料を強奪して先ほど、やっと取り押さえました」

 

 ビューローの声には疲労の色が濃い。

 

「しかし、体調の方は大丈夫なのか?」

 

「軍医殿が学会に発表したいと言ってました」

 

 どうやら大丈夫の様である。ハンスの食欲については理解していた筈のラインハルトであったが自分の認識が甘かった様である。

 

「明日も騒動を起こされると面倒だ。食事は好きな様にしてやれ」

 

 ラインハルトの妥協とも言える言葉にビューローも納得する。

 更に言えば、背中に食料を背負いながら追手を振り切り基地の屋上で強奪した食料を食べ尽くして満足したハンスを捕獲したのだが、ハムやソーセージにベーコン。果物やレタス等の生で食せる野菜など尋常でない量を食べ尽くした事も驚きだが自分の自慢の部下を振り切った事も驚愕する。

 

(そりゃ、武器を持たせたら烏合の衆の反乱軍では捕獲するのは無理だな。才能の浪費だな)

 

 絶食状態のハンスが翌日に大量の食事をした事にリフィーディング症候群を心配した軍医に病室に軟禁されてしまった。

 それと平行して元帥研修を受ける羽目になった。

 

「俺、何か悪い事をしたかな?」

 

「はい。悪い事しました。自覚して下さい!」

 

 教官から冷たく返答が堪えたらしく大人しく研修を受けるハンスであった。

 結局、ハンスがハイネセンの地を踏む事はなく、行幸を済ませたラインハルトが帰路につくまで惑星ウルヴァシーで研修という名目で軟禁される事になる。

 

 そして、ハンスが惑星ウルヴァシーで軟禁された頃、フェザーンの地では計画の失敗の報を聞き、デグスビイが心労の為に吐血して病院に担ぎ込まれる事態となっていた。

 今回の計画の為に残り少ない活動資金と人員を割き、ラインハルトの暗殺、もしくはキルヒアイスとの離反を目論んだが両方とも失敗してしまった。

 苦労して帝国軍内に作ったシンパも失い信徒からの信頼と人望を失ったのである。

 デグスビイが心労の為に倒れたの無理からぬ事であった。

 

 

 


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