基本はハッピーエンドで原作キャラは誰も死にません。
宇宙歴862年12月某日深夜 惑星ハイネセン
ハイネセンポリス郊外にある小高い丘は宇宙港を見下ろすことが出来る。
この丘には公園があり「ハイネセンの大火」と「ルビンスキーの火祭り」の帝国軍犠牲者の慰霊碑が建立されている。
遠い異郷の星で落命した死者が魂だけでも故郷に帰れるように生者の願いが込められてる場所である。
数年ぶりの大雪で白い衣装を纏った公園で慰霊碑から離れた片隅のベンチで一人の老人が細やかな酒宴を開いている。
ベンチの上には安物のウイスキーとパッケージに半額シールが貼られたチーズとチョコレート。
ベンチの背凭れに掛けているラジオからはヤンファミリー最後の生き残りであるユリアン・ミンツの訃報を伝える声が流れている。
「儂より2歳も若いのに死ぬとは、ユリアン・ミンツも存外に情けない!」
老人の言葉とは逆にラジオからは故人の業績を賞賛する声が流れだす。
「そりゃ、ユリアン・ミンツは立派だがね。致命的な失敗を2つしてるだろうに」
老人のユリアン・ミンツ糾弾の声には怒りの成分が混入している。
「ヤン・ウェンリーを守れなかったのは仕方がない。だが、何故ヤン・ウェンリー暗殺の責任を皇帝ラインハルトに問わなかった!」
糾弾の声は怒りと共に熱を帯びていく。
「犯人が地球教徒であれ、帝国軍の人間なのは間違いない。犯人が帝国軍の人間ならば皇帝ラインハルトの責任を問うのは当然だろうに!」
老人の主張は正鵠を射ていた。地球教に洗脳された部下の不始末である。会見を要求した側の皇帝ラインハルトに責任がある。
「皇帝に抗議する名目で皇帝に交渉する場を作れて、交渉も有利に進められたのに!」
確かに有り得た可能性ではあった。
「それに自治領を要求するにも、寄りにも寄って何故、バーラト星系を選ぶ?」
老人の口調には既に怒りの成分は無くなり呆れの成分に変わっていた。
「バーラト星系なんか金にならん星系な上にハイネセンが2つの災害で金が掛かるのに。後々の事を考えたら他にも星系があったものを……」
老人はグラスに残ったウイスキーを一気に飲み干した。
何か別の物を飲み込むにはウイスキーの助けが必要だった。
「まあ、これで楽になれるか……」
老人は空となったグラスにボトルに残ったウイスキーを全てを注ぎながら、このウイスキーを手に入れた時の事を思い出した。
四半世紀前になるが、この公園の管理人となった年に帝国本土から弔問に訪れた遺族から進呈されたウイスキーだった。
そして、ウイスキーを手にした時に思いついたのが、ユリアン・ミンツより1日でも長生きする事だった。
ユリアン・ミンツとの面識も無く何の意味も無い事であったが老人が自分の不遇な人生への僅かな抵抗であった。
「しかし、我ながら悪い偶然が重なったもんだ」
老人はグラスのウイスキーを舐める様に味わいながら自分の過去を振り返った。
6歳の時に徴兵された父を演習中の事故で亡くした。通常なら遺族は遺族年金や一時金を受け取られるのだが、父の過失により事故が発生したとされ、逆に軍から損害賠償請求をされたので母は父と死後離婚して損害賠償請求を回避した。
その後はハイネセンポリスのレストランで母は自分を連れて住み込みで働き始めた。
14歳の時に来年以降の進路を教師に聞かれて母に相談する直前に母が病気で倒れた。医者からは一刻でも早く施設の整った病院への入院を薦められたが残念ながら入院させる程の貯金もなく途方にくれていた時に教師から軍隊に入る事を薦められた。
単位を早目に取得して半年ほど早く卒業する制度があり、この制度を利用して軍隊に入れば家族の入院費用が安くなる軍人特権がある事を教えられ軍隊に志願兵として入隊した。
軍人になるのと引き換えに母を入院させたのだが、結局は母は助からずに訃報を受け取ったのは初陣である第6次イゼルローン攻略戦後の病院のベッドであった。
そして、初陣で左脚を永遠に失ったのを皮切りに出征する度に負傷をしては入院して退院して出征して負傷して入院のローテーションを繰り返し入院中のベッドの中でバーラト自治領共和政府の樹立を迎えた。
退院後のハイネセンは不況と人手不足と就職難との嵐であった。
長い戦乱による、空の国庫に各業界各分野における熟練者不足と軍隊の解体により元軍人が溢れての就職難である。
そこにハイネセンの大火とルビンスキーの火祭りにより破壊されたインフラ設備の復旧が加わりバーラト自治領政府は経済破綻寸前の不況からの始まりであった。
手に職も無く学歴も無い兵卒の多くはインフラ設備復旧の建設現場で働き復旧が進むにつれて職を失っていた。
それと平行して社会福祉の予算は徐々に減っていき、義手義足を新しく新調する時は最初は国の全額負担だったのが3割の自己負担から半額の自己負担になり、さらに7割の自己負担になり最終的には国の一部補助となっていた。
義手義足の自己負担額が増えるのと反比例して義手義足の品質は落ちていき耐久性も落ちて、義手義足の人間は義手義足を手に入れる為に働き、働いた為に義手義足を酷使して寿命を縮める結果となり職を失っていった。
その中で慰霊碑公園の管理人の職に就けた自分は幸運だと思えた。
給料は安いが雨露をしのげる事務所があり苦しい生活だったが何とか犯罪に手を染める事が無いまま生きてこれた。
「まあ、あのまま帝国領のままだったら、こんな苦労もしてないが」
長い過去からの旅から覚めるとウイスキーのボトルも空になり日付も変わる時間になっていた。
空になったボトルに哀惜の目を向け何年も前に動かなくなった義足には手を添えて感謝した。
そして、ベンチの背凭れに背を預けて静かに目を閉じた。
アルコールで火照った体には冷たい冬の夜風が心地よい。
意識が薄明かりから漆黒の闇に落ちて懐かしい人の声が老人の名を呼ぶ。
寸前に後頭部に重く強い痛みが走り、目から火花が出て反射的に両手が後頭部を押さえる事になった。
そして、閉じた目を開けると懐かしいが会いたくない人物が自分の名を呼んでいた。