ゼロの龍   作:九頭龍

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破壊の杖


第8話

 拓けた草原に出来た道を、一行を乗せた馬車が走っていた。馬車と言っても、屋根なしの荷車の様な馬車だった。襲われた時、すぐに外に飛び出せる方がいいということで、この様な馬車を用意したのだ。

 馬車の御者は、ロングビルが買って出た。

 キュルケが、黙々と手綱を握るロングビルに話し掛けた。

 

「ミス・ロングビル……手綱なんて付き人にやらせれば良いじゃありませんか」

 

 ロングビルはそんなキュルケに、にっこりと微笑んだ。

 

「いいのです。私は、貴族の名を無くした者ですから」

 

 キュルケはきょとんとした。

 

「だって、貴女はオールド・オスマンの秘書なのでしょう?」

 

「ええ。でも、オスマン氏は貴族や平民と言う事に、あまり拘られないお方ですから」

 

「差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」

 

 ロングビルは答える代わりに優しい微笑みを見せた。それは、語りたくないと言う事なのだろう。

 

「良いじゃないの。教えて下さいな」

 

 キュルケは興味津々と言った顔で、御者台に座るロングビルに詰め寄った。そんなキュルケの肩をルイズが掴む。

 

「何よ、ヴァリエール」

 

 キュルケは振り返るなり機嫌が悪そうにルイズを睨んだ。

 

「止しなさいよ。昔の事を根ほり葉ほり聞くなんて」

 

 キュルケはふん、と鼻で呟き、荷台の柵に寄りかかって頭の後ろで腕を組んだ。

 

「暇だからお喋りしようと思っただけじゃないの」

 

「あんたのお国じゃどうか知りませんけど、聞かれたくない事を、無理矢理聞き出そうとするのはトリステインじゃ恥ずべき事なのよ」

 

 キュルケはルイズの説教に答えず、その褐色の美しい脚を組んだ。そして、イヤミな調子で口を開いた。

 

「ったく……あんたが格好つけたおかげで、とばっちりよ。何が悲しくて泥棒退治なんか……」

 

 その言葉に、今度はルイズがキュルケをじろりと睨んだ。

 

「とばっちり? あんたが勝手に志願したんでしょ」

 

「あんた一人じゃ、カズマが危険じゃないの。ねぇ、「ゼロ」のルイズ?」

 

「どうしてよ?」

 

「いざ、あの大きなゴーレムが現れたら、あんたはどうせ逃げ出して後ろから見てるだけでしょ? カズマに戦わせて自分は高みの見物。そうでしょ?」

 

「誰が逃げるもんですか。私の魔法でなんとかしてみるわ」

 

「魔法? 誰が? 笑わせないでよ!」

 

 二人は再び火花を散らし始めた。

 タバサは相変わらず本を読んでいる。桐生は煙草を咥えたまま、静かな眼差しで来た道を眺めている。

 そんな桐生に、ルイズがキュルケから視線を移す。

 今、キュルケに向かって言った事は間違ってるとは思わない。ただそれでも、自分もなんだかんだこの異世界から来た男の素性や過去が気になって仕方がない。どんな生き方をしてきたのか。何故そんな憂いの籠もった眼差しをするのか。この男の言う異世界に、想い人は、恋人は、妻と呼ぶ者はいるのか。

 ルイズの視線には気付かず、こちらから目を背けた事にキュルケはふんっと鼻で笑う。

 

「ま、いいけど。せいぜい怪我しない事ね」

 

 キュルケはそう言うと、手をひらひらと振って見せた。その態度と言葉にルイズは今一度キュルケを睨み付け、ぐっと唇を噛んだ。

 

「じゃあダーリン。これ、使ってね?」

 

 キュルケが桐生に近寄り色気たっぷりに流し目を送って、自分が買ってきた剣を手渡した。

 

「……ああ」

 

 桐生は短く答え、しっかりと剣を握り締める。

 

「勝負に勝ったのはあたし。文句はないわよね? 「ゼロ」のルイズ」

 

 キュルケが勝ち誇った様にルイズを見ながら言う。

 ルイズはそんな二人を眺めて、何も言わなかった。

 

 

 馬車は深い森に入っていった。鬱蒼とした森が、五人の恐怖を煽る。昼間だと言うのに薄暗く、気味が悪い。

 

「ここからは徒歩で行きましょう」

 

 ロングビルがそう言って、全員が馬車から降りた。

 森を通る道から、小道が続いている。

 

「なんか……怖いわ……。やだ……」

 

 キュルケが桐生の腕に手を回して来た。

 

「あまりくっつきすぎるなよ」

 

「だって~、凄く~、怖いんだもの~」

 

 キュルケは物凄く嘘臭い調子で言った。口元には笑みまで浮かんでいる。桐生が小さく溜め息を漏らす。

 ルイズは前を歩く二人を見て、ふんっ、と顔を背けた。

 

 

 一行は開けた場所に出た。森の中の空き地と言った風情である。およそ、魔法学園の中庭ぐらいの広さだ。真ん中に、確かに廃屋があった。元々は木こり小屋だったのだろうか。朽ち果てた炭焼き用らしい釜と、壁板が外れた物置が隣に並んでいる。

 五人は小屋の中から見えない様に、森の茂みに身を隠したまま廃屋を見つめた。

 

「私の聞いた情報だと、あの中にいるという話です」

 

 ロングビルが廃屋を指差して言った。

 フーケはあの中にいるのだろうか?

 ルイズ達はゆっくり相談をし始めた。とにかく、あの中にいるのなら奇襲が一番である。寝ていたなら尚更だ。

 タバサはちょこんと地面に正座すると、皆に自分の立てた作戦を説明する為に枝を使って地面に絵を書き始めた。

 まず、偵察兼囮が小屋の側まで赴き、中の様子を探る。

 そして、中にフーケがいれば、これを挑発し、外に出す。

 小屋の中にゴーレムを作り出せるほどの土はない。

 外に出ない限り、得意の土ゴーレムは使えないのだ。

 そしてフーケが外に出た所を、魔法で一気に攻撃する。土ゴーレムを作り出す暇を与えず、集中砲火でフーケを沈めるのだ。

 

「でも、誰が囮役をやるの?」

 

 ルイズがもっともな意見を出す。するとタバサが答える前にずっと廃屋に視線を向けていた桐生が口を開いた。

 

「必要ねぇよ」

 

 そう言った桐生の方に全員が視線を向けると、突然すくっと立ち上がった。百八十センチを超える長身は、廃屋から丸見えだ。

 

「ちょ、ちょっとカズマ! 見つかっちゃうわよ!」

 

「だから隠れる必要はねぇよ。あの廃屋の中には誰もいねぇ」

 

 驚くルイズや他の皆をよそに、妙に自信たっぷりに桐生が言う。極道時代培った経験から、人の気配を察するのには自信があった。そして、その感覚は桐生に廃屋には無人と伝えていた。

 

「信じられねぇなら、俺が行くさ」

 

 桐生はそう言うと、廃屋に向かって歩き始めた。

 すぐさまタバサが他の三人に合図を送って桐生の背後から四方に散って近付く。万が一、桐生の勘が外れた場合はすぐさま攻撃出来る様にだ。

 桐生が廃屋の扉の前に立つ。今の所は何もない。四人はゆっくり桐生の元へと集まった。

 タバサが扉に目掛けて杖をかざす。

 

「罠はないみたい」

 

 そう言って扉を開き、中へと入っていった。

 桐生とキュルケもそれに続く。

 ルイズは外で見張りをすると言って、後に残った。

 ロングビルは、辺りを偵察してくると言って、森の中に消えた。

 小屋に入った桐生達は、フーケが残した手がかりがないか調べ始めた。ふと、桐生は部屋の中に置かれた椅子と机に近付き、椅子を指で擦ってみた。指の腹に、年季の入った埃が張り付く。

 

「やはりな……」

 

 桐生の中で様々な思惑のピースがぴったり重なり始める。しかし、まだ確証に至るまでの事ではない為、タバサ達には黙っていた。

 そんな桐生に気付かず、タバサがチェストの中から……。

 なんと、「破壊の杖」を発見した。

 

「あった」

 

 タバサは無造作にそれを持ち上げて、二人に見せる。

 

「なによ、呆気ないわね」

 

 キュルケがどこかつまらなそうに言う。

 桐生はタバサが持ち上げた「破壊の杖」を見るなり、つかつかとタバサに近寄った。

 

「これが……「破壊の杖」か?」

 

 桐生の質問に、タバサが小さく頷く。

 間違いない、これには見覚えがある。しかし、何故これがこんな所に……。

 そんな風に考えていると、外で待機しているルイズの悲鳴が響いた。

 

「どうした!? ルイズ!」

 

 耳につんざく悲鳴に三人がドアに振り向くと……。

 突然、ミシミシと音が鳴り響いて小屋が揺れた。そして、バキッと小気味良い音を立てて屋根が取り払われる。

 屋根がなくなると、どこまでも澄んだ青空と、白く輝く太陽が見えた。そしてその景色をバックに、巨大な土ゴーレムがぬっと姿を現す。

 

「ゴーレム!」

 

 キュルケが顔を真っ青にして叫んだ。突然の敵の来襲に、少しパニックになっている様にも見える。

 そんな状況の中、タバサが真っ先に動く。

 自分の身長よりも大きな杖を振り、呪文を唱える。すると、風が渦を巻いて鋭い槍の様に尖り、ゴーレムに目掛けて飛んでいく。

 しかし、風の槍はゴーレムの岩肌にぶつかると掻き消えてしまった。

 タバサの行動に落ち着きを取り戻したキュルケが、胸に差した杖を引き抜くと、派手な動きで杖を振って呪文を唱える。

 いくつもの火の玉がキュルケの周りに浮かび上がり、それがゴーレムに飛んでいく。しかし、やはりゴーレムには効果が無いらしく、佇んだままビクともしない。

 

「無理よ、こんな奴の相手なんて!」

 

 キュルケがヒステリックに叫んだ。

 

「ここは……退却」

 

 タバサが呟く。

 キュルケとタバサは一目散に走って逃げ始めた。

 桐生はルイズの姿を探す。

 見つけた。

 ゴーレムの背後でルイズが立っている。ルイズは呪文を呟き、ゴーレムに向かって杖を振りかざす。

 巨大なゴーレムの肌で何かが弾けた。ルイズの魔法だろう。自分の肌に感じた衝撃でゴーレムがルイズに気付き振り向いた。小屋の入り口に立った桐生が怒鳴り声を上げて、少し離れたルイズに声をかける。

 

「ルイズ! 何やってんだ! 逃げろ!」

 

 桐生の言葉にルイズが唇を噛み、真剣な眼差しをゴーレムに向けたまま口を開いた。

 

「嫌よ! こいつを捕まえれば、誰ももう私を「ゼロ」のルイズと呼ばなくなるわ!」

 

 ゴーレムは近くに立ったルイズを潰すか、逃げ出したキュルケ達を追おうか、迷っている様にそれぞれを見て首を傾げた。

 

「お前も解ってんだろ! この大きさ相手じゃ無理だ!」

 

「やってみなくちゃ、わからないわよ!」

 

「聞け! ルイズ! どんな奴でも、退く時は退かなきゃならねぇ! 逃げるのは負けじゃねぇ! 作戦を立て直してまた戦えばいいだろ!」

 

 桐生の必死の説得に、ルイズはキッと睨み付けた。

 

「あんた、私にハッキリ言ったじゃない! ナメた真似したら容赦しないって! 私だってそうよ! ささやかだけど、プライドってものがある! ここで逃げたら、私はみんなにナメられる! そんなのもう、我慢出来ないわ! それに、私は貴族よ! 平民のあんたなんかには解らないだろうけど、魔法を使える者を貴族と言うんじゃない!」

 

 ルイズは杖を握り締め、ゴーレムに再び視線をやる。

 

「敵に背を向けない者を、貴族と言うのよ!」

 

 悩んでいたゴーレムが、先にルイズを潰すと決めたらしい。ゴーレムの巨大な足が持ち上がり、ルイズに目掛けて下ろされていく。ルイズは再び呪文を唱え、杖を振った。

 しかし、やはりゴーレムには通用しない。何か魔法を唱えたらしいが、失敗した様だ。ゴーレムの胸が小さく爆発するのが見えたが、それだけだった。ゴーレムはビクともしてない。土が少し剥がれただけだ。

 桐生は剣を構えると、一目散に飛び出した。瞬間、左手のルーンが一瞬光り、自分でも信じられない程速く走れた。しかし、今はその事に驚いてる余裕はない。

 ルイズの視界が、ゴーレムの足いっぱいになった。体から込み上げてくる恐怖と絶望に、ルイズはギュッと目を閉じた。

 その時、烈風の如き速さで走ってきた桐生がルイズの身体を抱きかかえて地面に転がる。

 ズシンと言う重々しい振動が二人の体に響く。

 ルイズは恐る恐る目を開けると、目の前で荒い呼吸を繰り返す桐生を見て、自分が助かったのを確認する。

 安堵から涙が溢れそうなのをなんとか堪え、自分を座らせて目の前で膝立ちになった桐生を見上げた次の瞬間。

 パンっと風船が破裂した様な音が響き、自分の視界が右に回った。頬に感じる痛みから、桐生に叩かれたのに漸く気付き、ルイズは頬を押さえながら呆気に取られた表情で再び桐生の顔を見上げた。

 

「馬鹿野郎! 死ぬ気か!」

 

 真剣な表情で怒鳴る桐生に、ルイズの瞳からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。

 

「だって……私、悔しくて……いつも……みんなに馬鹿にされて……」

 

 目の前で泣くルイズに桐生は思った。いつもゼロゼロと呼ばれて馬鹿にされてきたのが余程悔しかったのだろう。しかし、実際は戦いなんて嫌いなのだ。当然だ。ルイズだって普通の女の子なのだから。

 しかし、今はグシャグシャに泣いてしまってるルイズに構ってやれる余裕はない。

 振り向くと、ゴーレムが此方に向かって拳を握り締めてるのが見える。

 桐生はルイズを抱きかかえ、そのまま走り始めた。ゴーレムはその大きさからあまり動きは速くない。追ってきてはいるものの、桐生には追い付けない。

 

「ルイズ! もっと飯を食え! 軽過ぎる!」

 

「は、はぁっ!? 重いよりいいでしょ!」

 

 桐生の軽口に涙を拭いて言い返すルイズは、いつもの調子だ。思わず安堵してしまう自分がいて、桐生は内心笑ってしまう。

 タバサのウィンドドラゴンが、二人を救う為にやってきた。桐生達の目の前に着陸する。

 

「乗って!」

 

 ウィンドドラゴンに跨がったタバサが叫び、桐生がルイズをその背中に押し上げる。

 

「あなたも早く!」

 

 タバサが焦った口調で言う。

 しかし、桐生はそんなタバサに背を向けてゴーレムに向かって歩き出す。

 

「何してんの、カズマ! 早く乗って!」

 

 ウィンドドラゴンに跨がったルイズが叫ぶ。その声にも振り向かず、桐生は真っ直ぐゴーレムに向かって行く。

 

「先に行け。俺には……やる事がある」

 

 タバサは無表情に桐生の背中を見つめていたが、このままでは追い付くゴーレムに攻撃されてしまう為、やむなくウィンドドラゴンを飛び上がらせた。

 目の前で対峙する自分よりも遥かに巨大なゴーレムを桐生は睨み付けた。

 

「てめぇ……誰の主人に手ぇ上げようとしてんだ? 落とし前……つけて貰うぜ」

 

 剣を鞘から引き抜き、切っ先をゴーレムに向ける。曇りのない刀身が、日の光を浴びて鈍く輝いた。

 

「来いよ、木偶の坊。たかが土の塊がいい気になってんじゃねぇ……」

 

 上段に剣を構え、柄をグッと握り締める。

 

「俺は「ゼロ」のルイズの使い魔、桐生一馬だ!」

 

 左手のルーンが先程よりも強く輝いた。

 

 

「カズマ!」

 

 ルイズは上昇するウィンドドラゴンの背から飛び降りようとする。その体をタバサが手で抱きかかえて止める。

 

「お願い、タバサ! カズマを助けて!」

 

 ルイズは必死に怒鳴った。しかし、タバサは首を横に振る。

 

「近寄れない」

 

 確かにその通りだった。ゴーレムは桐生を標的にしながらも、少しでも近付こうとすると此方に腕を振るってくるのだ。

 

「カズマ!」

 

 ルイズは再度怒鳴り声を上げた。その瞳には、しっかりと剣を構えゴーレムに対峙する桐生の姿が映った。

 

 

 ゴーレムが拳を振り上げ桐生目掛けて打ち付ける。軽いフットワークで後ろへ飛んで拳をかわし、そのまま一気に距離を詰めて足元へ近付き、剣を振るう桐生。

 瞬間、ガキンと鈍い音を立てて剣が根元から折れてしまった。

 眉を潜めて剣を見るも、すぐさまゴーレムが足を上げて踏みつけようとしに来た為、一旦距離を置く。

 

「ナマクラか……」

 

 桐生は折れた根元を指でさすりながら呟き、つまらなそうに柄だけになった剣を放り投げる。

 

「あの武器屋の親父は後回しだな。今はてめぇが俺の相手だからな」

 

 キュルケの気持ちを踏みにじった武器屋の親父の顔を思い浮かべて溜め息を漏らし、此方に近付いてくるゴーレムに拳を構える。

 再びゴーレムの拳が桐生を潰さんと打ち下ろされた。桐生はギリギリまで近付けてそれをかわし、がら空きの足元に走って近付く。ふと、先程までの素早い動きが突然消えた。感覚としては今まで通りの動きだ。チラリと左手の甲を見ると、ルーンの光が消えていた。

 このルーンになんの意味があるのか、今は考えている場合ではない。今は目の前の敵に集中しなければ。

 

「おらぁっ!」

 

 桐生の拳がゴーレムのふくらはぎに放たれる。バコンと小気味よい音を立てて少し土が砕けた。硬さはギーシュの青銅ほどではない。

 しかし、すぐさま地面の土が吸い寄せられて傷が再生されていく。

 

「こりゃあ……持久戦はキツいか」

 

 眉を歪めて振り上げられた足から逃れる桐生。地面を踏みつけた時の風圧が凄まじい衝撃波となって桐生の体を吹き飛ばす。

 ゴロゴロと体を回転させなんとか立ち上がり、再びゴーレムを強く睨み付けた。

 

 

 ウィンドドラゴンの上から桐生とゴーレムの対決を眺めていたルイズがキュルケをキッと睨み付けた。

 

「ちょっと! あんたの買ってきた剣、なんなのよ! ナマクラじゃない!」

 

「あたしに言わないでよ!」

 

 キュルケ自身も、あまりにも呆気なく折れてしまった剣に舌打ちしていた。

 

 「何がゲルマニアの錬金術師シュペー卿が鍛えた業物よ! あの親父! ナマクラを売りつけるなんて!」

 

 腹の中でマグマを煮えたぎらせるキュルケをよそに、ルイズはゴーレムに苦戦してる桐生をハラハラしながら見つめていた。なにか、自分が手助け出来る事はないだろうか。

 桐生は他でもない、自分の為に危険を省みず、戦ってくれてるのだ。このままただ眺めてるだけでは、キュルケの言うとおり、高見の見物になってしまう。

 思わず周りを眺めたその時、タバサの持つ「破壊の杖」が目に入った。

 

「タバサ! それを!」

 

 タバサは頷いてルイズに「破壊の杖」を渡す。

 渡された「破壊の杖」の奇妙な形に思わず眉を潜める。そもそも、杖と言う割にはやけに太い。日の光を浴びて鈍く光っている。

 しかし、今は疑問を持ってる場合ではない。自分の魔法より役に立つはずだ。

 ルイズは桐生を見つめ、そして深呼吸をすると、カッと目を見開いた。

 

「タバサ! 私に「レビテーション」をかけて!」

 

 そう叫ぶなり、ルイズは突然立ち上がると、迷い無くウィンドドラゴンから飛び降りた。

 タバサはすぐさまルイズの体に「レビテーション」の呪文をかける。

 「レビテーション」のお陰でフワリと地面に降り立ったルイズは、桐生と交戦中のゴーレムに向かって「破壊の杖」を振る。

 しかし、「破壊の杖」はうんともすんとも言わず、何も起こらない。

 

「何よ、これ!? 本当に魔法の杖なの!?」

 

 焦りと苛立ちからルイズが声を荒げる。一体どうすれば、この杖に秘められた魔法を使えるのか。

 

 

 桐生はゴーレムの拳を避けながら、地面に降り立ったルイズを見て舌打ちする。

 しかし、ルイズの持つ「破壊の杖」が目にとまった。

 どうやらルイズは、その使い方がわからずもたもたしているようだ。

 十分にゴーレムの拳を引き寄せ、無理な体勢で打ち込ませた隙に、ルイズに向かって桐生が駆け出した。

 

「カズマ! これ、使い方がわからない!」

 

「貸せ!」

 

 ルイズの手から「破壊の杖」を受け取る桐生。

 

「これはな……こう使うんだ!」

 

 桐生は「破壊の杖」を持ち直し、安全ピンを引き抜く。リアカバーを引き出し、インナーチューブをスライドさせた。

 ……何で俺は「これ」の使い方がわかるんだ?

 元の世界にいた時、確かに様々な武器を扱った。ナイフや銃にビール瓶、更にはおよそ武器とは言えない物も扱った事がある。しかし、「これ」は使った事がない。むしろ元の世界では実際に見る事ですら珍しいのに。

 そんな事を考えていると、体勢を整えたゴーレムが此方に体を向けて歩み始めた。考えている暇はない様だ。

 チューブに立てられた照尺を立てる。

 テキパキと「破壊の杖」をいじる桐生を、ルイズは唖然としながら見つめていた。

 桐生は「破壊の杖」を肩にかけると、フロントサイトをゴーレムに合わせる。ほぼ直接照準だ。距離が近い。もしかしたら、安全装置が働いて、命中しても爆発しないかもかもしれない。

 だが、その時はその時だ。

 

「ルイズ、後ろに立つな。噴射ガスがいく」

 

 桐生の言葉の意味はわからないものの、後ろに立つなと言われて慌てて隣に立った。

 ゴーレムがズシンと音を立てて迫ってくる。

 安全装置を解除し、トリガーを引いた。

 シュポンッ! と栓抜きの様な音を立てて、白煙を噴きながら羽をつけたロケット状の物がゴーレムに吸い込まれる。

 それは狙い違わずゴーレムに命中した。

 吸い込まれた弾頭が、ゴーレムの体にめり込み、そこで信管を作動させ爆発を起こす。

 耳をつんざく様な爆音が響き、ゴーレムの上半身がバラバラに飛び散った。桐生は「破壊の杖」を放り、ルイズを抱き寄せ背を向けて、辺り一面に降り注ぐ土の雨を凌がせた。

 土の雨が止んでから、桐生が首を動かしてゴーレムを見る。

 白い煙の中、ゴーレムの下半身だけが立っていた。

 下半身だけになったゴーレムは、ゆっくりと足を踏み出そうとして動くも、バラバラと崩れ出した。

 そしてゴーレムの立っていた場所には、この前と同じ様に、土の小山だけが残った。

 ルイズは桐生の腕から解放され、その小山を見た瞬間、深い溜め息を漏らしながらその場にゆっくりと崩れ落ちた。戦いが終わった安堵から、腰が抜けてしまったらしい。

 木陰に隠れていたキュルケ達がこっちに走ってきた。

 

「カズマ! 凄いわ! 流石、あたしのダーリンね!」

 

 キュルケは桐生に駆け寄るなりいきなり抱き付いた。そんなキュルケに苦笑しながら、桐生がキュルケの頭を撫でてやる。

 タバサはスタスタと土の小山に近付き、暫く見つめてから呟いた。

 

「フーケは、どこ?」

 

 タバサの言葉に、ルイズとキュルケがハッとする。桐生はまるでフーケに興味がない様に、折れた剣を拾い上げて鞘にしまい、転がった「破壊の杖」を拾い上げタバサに渡す。

 

「ちょっとカズマ! フーケがまだ見つかってないのよ! 少しは警戒して」

 

「そろそろ現れんだろ」

 

 桐生の緊張感のない動きに焦りを感じて怒鳴るルイズをよそに、桐生はんっ、と体を伸ばして言う。

 すると、偵察から戻ってきたらしいロングビルが茂みから姿を現した。

 

「ミス・ロングビル! フーケは見つかりました?」

 

「残念ながら……姿は見られませんでした」

 

 キュルケの質問にロングビルは残念そうに首を振って見せた。

 

「でも、「破壊の杖」は取り戻せたのですね?」

 

 タバサの持つ「破壊の杖」を見てロングビルは嬉しそうに笑った。タバサはロングビルに、「破壊の杖」を手渡す。

 タバサから「破壊の杖」を受け取ったロングビルは、少し歩いて離れたかと思うと、桐生がやった様に「破壊の杖」を構えて桐生達に向けた。

 

「ご苦労様」

 

「ミス・ロングビル!?」

 

 突然の行動にキュルケが声を上げる。

 

「ど、どういう事ですか!?」

 

 ルイズも状況が飲み込めず、目を見開きながら信じられないっと言った表情で叫ぶ。

 

「やっぱりな……」

 

 桐生だけは一人、漸く納得出来たと言わんばかりに目を細めてロングビルを見る。

 

「やっぱりって……どういう事!? カズマ!」

 

「見たままだ。あの「破壊の杖」とやらを俺達の前で盗み出し、さっきまでゴーレムを操ってたのはこいつだ。そうだろ? ロングビルとやら……いや、フーケ、って言ったか?」

 

 ルイズの質問に答え、顎でロングビルをしゃくって見せる桐生の言葉に、ロングビルは眼鏡を外した。優しかった目が、獲物を狙う猛禽類の様に鋭く吊り上がった。

 

「そう、私が「土くれ」のフーケ。しかし、流石「破壊の杖」ね。私のゴーレムがこんなにバラバラにされるなんて……」

 

 フーケは辺り一面に散らばった土の欠片を眺め、満足そうに笑った。

 タバサが杖を振ろうとする。

 

「おっと、動かないでくれるかしら? 「破壊の杖」は、しっかりあなた達を捉えているのよ? 全員、杖を遠くへ投げ捨てなさい」

 

 仕方なしに、ルイズ達は杖を放り投げた。これでもう、魔法は使えない。

 

「それと使い魔、あんたはその剣を捨てなさい。剣を持ってた方が、速く動けるみたいだしね」

 

「もう折れて使い物になんねぇけどな……」

 

 桐生は呟いてから剣を放り投げた。

 

「なんで……どうして!?」

 

 ルイズが思わず叫ぶと、

 

「そうね、ちゃんと説明しなきゃ死んでも死にきれないでしょうから、ちゃんと説明してあげるわ」

 

 と、フーケが妖艶な笑みを浮かべて頷いた。

 

「私ね、この「破壊の杖」を盗んだのは良いけど、使い方がわからなかったのよ」

 

「使い方?」

 

 タバサが呟くと、フーケは頷いて見せた。

 

「ええ、振っても、魔法をかけても、この杖はうんともすんとも言わないんだもの。だから困ったのよ。これじゃあ宝の持ち腐れだわ。そうでしょう?」

 

 ルイズがギリッと歯を食いしばってフーケに駆け出そうとするも、桐生が肩を掴んで止めた。

 

「カズマ!」

 

「まぁ、言わせてやれ」

 

「随分物分かりのいい使い魔ね。なら、続けさせて貰うわ。使い方がわからなかった私は、あなた達に使わせて、使い方を知ろうと思ったのよ」

 

「それであたし達をここまで連れてきたのね?」

 

「そうよ。魔法学園の者なら、使い方を知ってるかもしれないでしょう? もし、あなた達が知らなかったら、ゴーレムで踏み潰して、また何人か連れてくれば良かったんだけど……その手間も省けたしね」

 

 フーケは笑い、しっかりと狙いを定める様に体を動かして「破壊の杖」の先を四人に向ける。

 すると、桐生が三人を押しのけて前に出た。まるで、三人を守る様に。

 

「カズマ……!」

 

「そうそう、そう言えばあなた、私がフーケだっていつ気が付いたのかしら?」

 

 前に出る桐生に心配そうに声をかけるルイズを無視して、フーケが桐生に尋ねる。

 

「確信を持ち始めたのは、馬車で送って貰ってる時だった。あんた、付近の農民に聞いた、と言っていたが、来る途中にどこにも家がなかったんでな。それと、廃屋に入ったって聞いた割には、中の椅子や机に埃が被りっぱなしだった。つまり「破壊の杖」を置くだけにしかここに入ってない。だから、場所を知ってるあんたが怪しいと思った、それだけだ」

 

 桐生の推理を聞いて、タバサはなるほど、とばかりに首を頷かせた。

 

「なるほど……なかなか楽しい話だったわ。それじゃあ、そろそろお別れといきましょうか。さようなら」

 

 キュルケは観念して、目を強く瞑った。

 タバサも目を瞑った。

 ルイズも目を瞑った。

 しかし、桐生は瞑らなかった。

 

「あら、勇気があるのね」

 

「そんなんじゃねぇよ。こいつ等と約束したんでな」

 

 腕を組んでフーケに言葉を返す桐生。そんな桐生の言葉に、三人が目を開いて桐生の背中を見つめた。大きく、逞しい背中は、幼少の記憶にある父親の背中を連想させた。

 

「こいつ等は俺が守る、誰一人傷付けさせない。そう約束したんだ。だから……」

 

 桐生は深い溜め息を漏らして、フーケを鋭い眼光で睨み付けた。

 

「こいつ等には、手を出させねぇ!」

 

 突然叫んだかと思うと、桐生はフーケ目掛けて駆け出した。

 フーケは咄嗟に桐生がして見せた様にトリガーを引いた。しかし、先程の様な魔法は出ない。

 

「なっ!? どうして!?」

 

 フーケはもう一度トリガーを引く。が、やはり何も起きない。

 

「それは単発でな。魔法の杖じゃねぇんだよ」

 

 焦りを露わにするフーケに一気に近付き、フーケが杖を取ろうとするよりも速く、腹に鋭い掌底を打ち込む。

 

「なに……これ……!?」

 

 フーケは自分の体から力を抜けていくのを感じて思わず呟く。

 蓮家流体術、「蓮家閃気掌」。鋭い掌底に射抜かれた相手は精神力を奪われ、気迫を失う秘拳である。

 

「そいつは俺の世界の武器でな。確か「M72ロケットランチャー」、とか言ったか」

 

 フーケは地面に崩れ落ちた。

 桐生はもう使えない「破壊の杖」を拾い上げてルイズ達に振り向く。

 

「フーケを捕まえて、「破壊の杖」も取り戻したぜ」

 

 キュルケとタバサが、桐生に駆け寄って抱き付いた。ルイズは後に続いて足を一歩踏み出し、固まった。

 先程の叱られた光景が脳裏に蘇る。今の自分に、桐生と喜びを共にする資格があるのか、不安に駆られた。

 俯いてるルイズに気が付き、桐生が二人を体から離してゆっくりルイズに近付く。

 

「ルイズ……」

 

 声をかけられ、ルイズの肩がビクッと震える。まるで叱られる子供の様に小さくなりながら俯いて地面を見つめた。

 

「ルイズ、勇気と無謀は違う。わかるな?」

 

 桐生の言葉が、ズキリとルイズの胸に突き刺さる。溢れそうな涙をギュッと目を瞑ってなんとか零さぬ様に耐える。

 

「自分の力量を見極めず、メチャクチャに突っ込むのは無謀以外の何物でもない。だが……」

 

 ルイズの頭に、ポンっと手が乗せられる。優しく撫でてくるゴツゴツした手は肌を伝って心まで温かくしてくる。

 恐る恐る、ルイズは顔を上げた。そこには、優しい笑顔を浮かべた桐生の顔があった。

 

「大人が怯える中、自分からこの探索に名乗り上げたのは紛れもない勇気だ。お前は、「ゼロ」なんかじゃない。もっと胸を張れ。なっ?」

 

 ルイズの中で、熱い何かが弾けた。

 誰も彼もが馬鹿にし、頑張っても空回りし、心のどこかで自分自身でも卑下してた。そんな自分をこの異世界から来た男は認めてくれた。

 ルイズはプイっと顔を背け、桐生に背を向けた。

 

「……何よ、ご主人様をひっぱたく使い魔なんて、聞いた事ないわ。許してあげる私の広い心に感謝してよね」

 

 本当は桐生に抱きつきたい。抱きついて思いっきり泣いてしまいたい。でも、それは自分のプライドが許さない。

 遥か遠くまで続きそうな青い空を見上げながら、ルイズの頬に温かい涙が伝った。

 

 

 学園長室でオスマンは戻った四人の報告を聞いていた。

 

「ふむぅ……ミス・ロングビルが「土くれ」のフーケだったとは。美人だったもので、何の疑いもなく秘書に採用してしまった」

 

「一体、どこで採用されたんですか?」

 

 隣に控えていたコルベールが尋ねた。

 

「うむ、街の居酒屋じゃ。私が客で、彼女が給仕をしておったんじゃが、ついついこの手が彼女のお尻を撫でてしまった」

 

「それで?」

 

 コルベールが先を促した。オスマンは僅かに頬を赤くした。

 

「うむ……それでも怒らないので、秘書にならんか? と言ってしまった」

 

「……はっ? なんで?」

 

 本当に理解できないと言った表情と口調でコルベールが尋ねた。

 

「おまけに魔法も使えると言うのでな……まぁ、それが一番の理由じゃ」

 

「…………死ねば?」

 

 コルベールがボソッと黒い表情を晒しながら呟いた。そんなコルベールに、オスマンは体を向けて首を振った。

 

「今思えば、あれも魔法学園に潜り込む為のフーケの手じゃったのじゃろう。居酒屋でくつろぐ私の前に来ては酌をし、魔法学園の学園長なんて素敵ですわ、とか、お年を召しても男前ですね、なんて言う。終いにゃ尻を撫でても怒らない。私に惚れてる? とか思うじゃろ? なぁ? ねぇ? お願い、そうだと言って!」

 

 重々しい口調で話すも、最後は懇願に近い口調でコルベールに詰め寄るオスマン。

 オスマンの言葉に、彼女に良い所を見せたくて、宝物庫の壁の弱点を教えてしまったのを、コルベールは思い出した。あの事がバレてしまうと一大事である。ここは、オスマンに合わせる事にした。

 

「そ、そうですな! 美人はそれだけで、強者の魔法使いですな!」

 

「その通りじゃ! いやぁ、コルベール君、君は上手い事を言う!」

 

 桐生達四人は、呆れた表情で二人を眺めていた。

 そんな四人の視線に気付き、オスマンは慌てた様に咳払いすると、厳しい顔つきをして見せた。

 

「さて、君達はよくぞ、フーケを捕らえ、「破壊の杖」を取り戻してくれた」

 

 誇らしげに桐生を除く三人が礼をした。

 

「フーケは城の衛士に引き渡した。そして、「破壊の杖」は無事宝物庫に戻された。一件落着じゃ」

 

 オスマンは、一人ずつ頭を撫でた。

 

「君達の、「シュヴァリエ」の爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。ミス・タバサは既に「シュヴァリエ」の爵位を持っておるから、精霊勲章の授与を申請しておいた」

 

 三人の顔が、パァっと輝いた。

 

「本当ですか!?」

 

 キュルケがはしゃいだ様に声を上げた。

 

「もちろん本当じゃ。いいのじゃ、君達はそれぐらいの事をしたのじゃから」

 

 ルイズはチラッと、壁に寄りかかって此方を眺めていてる桐生を見てからオスマンに向き直った。

 

「あの、オールド・オスマン。カズマには、何もないんですか?」

 

「残念ながら、彼は貴族ではない」

 

「いらねぇよ」

 

 桐生がぶっきらぼうな口調で言う。

 

「俺は見返りが欲しくて、こいつ等を守った訳じゃねぇ」

 

 桐生の言葉に頷いた後、オスマンはポンポンと手を打った。

 

「さぁ、今夜は「フリッグの舞踏会」じゃ。「破壊の杖」も無事戻ってきたのじゃし、予定通り行おう」

 

 キュルケの顔が再び輝いた。

 

「そうでしたわ! フーケの騒動で忘れていました!」

 

「今日の舞踏会の主役は君達じゃ。せいぜい着飾り、華やかな会にしておくれ」

 

 三人は礼をすると、ドアに向かった。

 ルイズが桐生を見つめ、立ち止まる。

 

「先に行ってろ」

 桐生の言葉にルイズは心配そうな表情をしたが、頷いて部屋を出て行った。

 オスマンは三人が出て行ったのを見計らい、桐生に顔を向けた。

 

「私に聞きたい事がある様じゃな」

 

「まあな……」

 

 桐生は頷いてオスマンの座る椅子の前まで歩み寄った。

 オスマンはチラリとコルベールを見て退出を促す。桐生からどんな話が出るのかワクワクしていたコルベールは、しぶしぶと部屋を出て行った。

 

「さぁ、これで二人きりじゃ。遠慮はいらん。私の知っている事なら何でも答えよう。それが君へのせめてもの礼じゃ」

 

「なら、聞かせて貰おう。まず、あんた達が「破壊の杖」と呼んでる物なんだが……あれは俺の世界の武器だ」

 

 オスマンの目が鋭く光った。

「俺の世界、とは?」

 

「俺はこっちの世界の人間じゃない」

 

「本当かね?」

 

「本当だ。俺はルイズに、この世界に「召喚」されたんだ」

 

「なるほど……そうじゃったのか……」

 

 オスマンは納得した様に一人頷いて見せた。

 

「あの「破壊の杖」を、ここに持ってきたのは一体誰だ?」

 

 桐生の質問に、オスマンは溜め息を漏らした。

 

「あれを私にくれたのは、私の命の恩人じゃ」

 

「そいつは、今どこにいる。そいつは俺と同じ世界の人間だ。間違いない」

 

「死んでしまった……もう、三十年前の話じゃ」

 

「死んだ?」

 

「三十年前、森を探索していた私は野生のワイバーンに襲われてな。そこを救ってくれたのが、あの「破壊の杖」の持ち主じゃ。彼は、もう一本の「破壊の杖」でワイバーンを吹き飛ばすと、倒れてしまった。私は彼を学園に運び、手厚く介抱したんじゃが……」

 

「死んでしまった?」

 

 オスマンは頷いた。

 

「私は彼が使った一本を墓に埋め、もう一本を宝物庫にしまい込んだのじゃ。恩人の形見として……」

 

 オスマンは遠い目をして窓の外を眺めた。夕暮れの淡いオレンジ色の光が、遠くまで続く草原を照らしていた。

 

「彼はベッドの上で、何度も言っておった……。「ここは一体どこだ? 元の世界に帰りたい」と。恐らく彼も、君と同じ世界から来たのじゃろうな」

 

「そいつも、俺と同じ様に「召喚」されたのか?」

 

「それはわからん。どんな方法で彼がこっちに来たのか、最後までわからんかった」

 

「ちっ……振り出しか」

 

 桐生は肩を落とした。漸く見つかった手掛かりは、いとも簡単に消えてしまった。恐らく彼は、どこかの国の兵隊だったのだろう。生きていれば色々と聞きたい事があったが、今となってはどうしようもない。

 オスマンは、桐生の左手を掴んだ。

 

「君のこのルーン……」

 

「ああ、こいつも聞きたかった。この文字が光ると、身体が軽くなって、使った事もない武器まで使えたんだが……これは一体なんなんだ?」

 

 オスマンは、話そうかどうするか迷った様に言葉を詰まらせたが、ゆっくり口を開いた。

 

「……これは知っておるよ。「ガンダールヴ」の印じゃ。伝説の使い魔の印じゃよ」

 

「伝説の使い魔?」

 

「うむ。その伝説の使い魔はありとあらゆる「武器」を使いこなしたそうじゃ。君が「破壊の杖」を使えたのも、このルーンの力じゃろう」

 

 桐生は改めて左手の甲に刻まれた文字を眺めた。

 

「なんで俺が、その伝説の使い魔とやらになったんだ?」

 

「わからん」

 

 オスマンはキッパリと言った。

 

「わかんねぇ事ばかりだな」

 

「すまんの。ただ、もしかしたら君がこっちの世界にやってきた事と、その「ガンダールヴ」の印は、何か関係があるのかもしれん」

 

 桐生は溜め息を漏らした。少しは有力な情報が得られるかと期待したが、どうやらあてが外れたらしい。

 

「力になれんですまんの。ただ、これだけは言っておく。私は君の味方じゃ、「ガンダールヴ」よ」

 

 オスマンはそう言うと、桐生の体を抱き締めた。

 

「よくぞ恩人の形見を取り戻してくれた。改めて、礼を言うぞ」

 

「いや……」

 

「私なりに君が元の世界に戻れる方法を探してみよう。だが、何もわからなくても恨まんでくれよ」

 

「ああ……すまねぇが、頼むぜ、じいさん」

 

 期待外れの状況にはなってしまったものの、オスマンの申し出はありがたかった。

 桐生は学園長室から出て、ふと、窓の外を眺めた。薄暗い空に、二つの月が静かに佇んでるのが見えた。

 

 

 アルヴィーズの食堂の上の階が、大きなホールになっている。舞踏会はそこで行われていた。桐生はバルコニーの柵に(もた)れ、華やかな会場には目もくれずに夜空を眺めていた。

 会場では着飾った生徒や教師達が、豪華な料理が盛られたテーブルの周りで談笑している。

 桐生は外からバルコニーのに続く階段を上ってから、シエスタが差し入れてくれた肉料理とワインを味わっていた。こういったパーティーは昔から苦手で、どうにも中に入る気になれなかった。

 手酌でワインをグラスに注ぎ、グイッと(あお)った。

 

「いい飲みっぷりじゃねぇか」

 

 バルコニーの柵に立てかけられた、抜き身のデルフリンガーが笑いを込めて言った。キュルケから貰った剣が呆気なく折れてしまったので、今はこの剣をベルトにかけて持っていた。

 

「酒は慣れてるんでな……」

 

「なんだなんだ? 随分暗ぇじゃねぇか? だからさっきの娘っ子の誘いに乗れば良かったんだ」

 

 静かな口調で話す桐生に、デルフリンガーがつまらなそうに言う。先程、数人の生徒からダンスの誘いを受けたのだが、踊れないと言って次々と断っていた。

 チラリと会場の方を見ると、綺麗なドレスに身を包んだキュルケは、大勢の男に囲まれて笑みを浮かべていた。タバサは黒い可愛らしいドレスを着て、その小柄な体からは想像出来ない様な食欲でバクバクと料理を平らげている。

 それぞれにパーティーを満喫している様だ。

 突然、ホールの壮麗な扉が開く音が鳴り響き、門に控えた呼び出しの衛士が、誰が到着したのかを告げた。

 

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢の、おな~~~り~~~!」

 

 ルイズと言う名前から桐生は振り返った。

 ルイズは長い桃色の髪をバレッタに纏め、ホワイトのパーティドレスに身を包んでいた。肘までの白い手袋が、ルイズの気高さを更に演出し、胸元の開いたドレスが作りの小さい顔を宝石の様に際立たせていた。

 パーティーの主役が全員揃ったのを告げる様に、控えていた楽士達が一斉に華やかな音楽を演奏し始めた。

 ルイズの周りには、普段馬鹿にしていた少女の美しさに気が付いた男達が群がり、ダンスの申し入れを行っていた。あわよくば、未だ汚れた事のないその美しく柔らかな頬にいち早く唾をつけたいと言う願望を隠し、真摯な態度で次々と男が手を差し出した。

 桐生はそんなルイズの姿を見た後、再び会場に背を向けて、ズボンのポケットから遥の御守りを取り出した。淡いピンク色の袋が、ルイズの髪を連想させる。帰りたくても帰れない歯痒さからか、自然と手に力が入り、ギュッと御守りを握り締める。

 ホールでは生徒や教師達が、優雅にダンスを躍り始めた。しかし、ルイズは男達の欲望を知ってか知らぬか、誰からの誘いも受けず、バルコニーに佇む桐生に近付いていった。

 

「なに隅っこで一人で飲んでんのよ」

 

「こういうパーティーは性に合わねぇ……」

 

 ルイズに視線を向けず、桐生が再びグラスにワインを満たすと一気に飲み干した。

 

「おぉ、馬子にも衣装じゃねぇか、娘っ子」

 

「うるさいわね」

 

 ルイズに気付いたデルフリンガーが声を出すと、ルイズが腕を組んで睨み付けた。

 

「お前は踊らないのか?」

 

 パーティー会場をチラリと見て桐生が首を傾げて見せる。

 

「相手がいないのよ」

 

「誘ってきた男に好みのがいなかったか?」

 

 手を広げて首を振るルイズに苦笑を漏らしながら桐生が再度問い掛ける。

 しかし、ルイズはその質問に答えず、純白の手袋に包まれた手を桐生に差し伸べた。

 

「何だ?」

 

「踊ってあげても、よくってよ」

 

 目を逸らしながらルイズが照れた様な口調で言う。色白の頬がほんのりと赤らんでいる。

 桐生は差し伸べられた手を見てから、困った様に笑った。

 

「やめとけ。俺と踊っても、お前が恥をかくだけだ。ちゃんと教養のある奴と踊った方がいい」

 

 桐生の言葉に、ルイズは思いっきり仏頂面をして見せてから大きな溜め息をついた。そして、頬を掻いてみたり、腕を組んで唸ってみたりと何やら一人で葛藤してから肩をガクリと落とす。

 

「あ~……もう、今回だけだからね」

 

 ルイズはドレスの裾を摘み、恭しく持ち上げて膝を曲げ、桐生に一礼した。

 

「私と、一曲踊って下さいませんこと? ジェントルマン」

 

 そう言って頬を赤らめるルイズは、とても可愛らしく見えた。

 桐生は小さく笑ってグラスを置くと、スッとルイズに手を差し伸べた。

 

「お前にそこまでさせて、恥をかかせる訳にはいかねぇな。喜んで、お嬢様」

 

 互いの手をしっかりと握ると、二人はホールへと歩き出した。

 

「ただ、悪いが社交ダンスなんて経験がないんだが……」

 

 桐生が不安そうに言うと、ルイズは、私に合わせて、と言って向かい合いながら手を握る。

 ルイズの動きに合わせてぎこちないながらもなんとかステップを踏む桐生。周りの人間を見ると恋人同士や想い人同士で踊る中で自分達は親子が踊っている様に見える。

 

「……信じてあげるわよ、カズマ」

 

 突然のルイズの言葉に、桐生が思わず首を傾げる。

 

「何をだ?」

 

「あんたが、別の世界から来たって事」

 

 ルイズは桐生のぎこちない動きをカバーする様に、軽やかなステップを踏みながら言った。

 

「そうか……まぁ、いきなり信じろって言う方が無理な話だからな」

 

「正直今まで半信半疑だったけと……あの「破壊の杖」、あんたの世界の武器なんでしょう? あんなのを見せられたら、信じるしかないわよ」

 

 そう言って、ルイズは桐生の瞳を見詰めた。鳶色の瞳が、桐生を目を射抜く。

 

「ねぇ……やっぱり、帰りたい?」

 

「まぁなぁ……。あっちには、俺を待ってくれてる人達がいるからな。でも、今はその方法かわからない以上、お前の所に厄介になっちまうしかなさそうだしな。悪いが、宜しく頼む」

 

「うん……そっか、そうよね……」

 

 ゆっくりと顔を下に向け、俯きながらルイズが呟く。その声は、どこか寂しげだった。

 しばらく無言のまま踊り続けると、ルイズが再び顔を上げた。しかし、今度は桐生の視線から目を逸らし、どこか落ち着かなそうな表情が浮かんでいた。

 

「その……ね、ありがとう……」

 

 突然の礼の言葉に、桐生は首を傾げた。

 

「えっと……フーケのゴーレムに潰されそうになった時、助けてくれたじゃない?」

 ルイズの身体は優雅なステップを踏みながらも、顔は恥ずかしそうにもじもじさせて呟いた。

 楽士達の奏でる曲が変わり、よりスローテンポの曲調がホールに流れる。

 桐生は徐々にダンスのコツを掴んだのか、ルイズのカバーがなくなっても、それなりに踊れる様になった。

 いつ帰れるかはわからない。だが、元の世界へ帰るその日まで、この少女を守ろう。桐生は心の中で決心した。

 

「気にするな。お前を守るのは当然だろ?」

 

「どうしてよ?」

 

「俺は、お前の使い魔だからな」

 

 優しく、愛おしむ様な温かい笑顔で、桐生はルイズにそう言った。

 

 

 バルコニーの柵に立てかけられたままのデルフリンガーが二人を見て呟いた。

 

「主人と踊る使い魔なんて見た事ぁねぇぜ。相棒の野郎、てぇしたもんじゃねぇか!」


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