ゼロの龍   作:九頭龍

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「土くれ」のフーケ


第7話

 「土くれ」の二つ名で呼ばれ、トリステイン中の貴族を恐怖に陥れているメイジの盗賊がいる。土くれのフーケである。

 フーケは北の貴族の屋敷に宝石が散りばめられたティアラがあると聞けば、早速赴きこれを頂戴し、南の貴族の別荘に先帝から賜りし家宝の杖があると聞けば、別荘を破壊してこれを頂戴し、東の貴族の豪邸にアルビオンの細工師が腕によりをかけて作った真珠の指輪があると聞いたら一も二もなく頂戴し、西の貴族のワイン倉に、値千金、百年物のヴィンテージワインがあると聞けば喜び勇んで頂戴する。

 まさに神出鬼没のメイジの大怪盗、それが「土くれ」のフーケなのである。

 そして、フーケの盗み方は、白昼堂々屋敷を襲ったり、暗闇に紛れ別荘に忍び込んだりと、行動パターンが読めないので、トリステインの治安を守る王室衛士隊の魔法衛士達も振り回されているのだ。

 しかし、盗みの方法には共通する点があった。フーケは狙った獲物が隠された場所に忍び込む時は、主に「錬金」の魔法を使う。「錬金」の呪文で扉や壁を粘土や砂に変え、穴を開けて潜り込むのである。

 貴族だって馬鹿ではないから当然対策は練っている。屋敷の壁やドアは、強力なメイジに頼んでかけられた「固定化」の魔法で「錬金」の魔法から守られている。しかし、フーケの「錬金」は強力で、大抵の場合、「固定化」の呪文等物ともせずただの土くれに扉や壁を変えてしまうのだ。

 「土くれ」は、そんな盗みの技からつけられた、二つ名なのである。

 忍び込むばかりでなく、力任せに屋敷を破壊する時は、フーケは巨大なゴーレムを使う。その身の丈はおよそ三十メイル。

 城でも壊せそうな巨大なゴーレムだ。集まった魔法衛士達をなんなく蹴散らし、白昼堂々とお宝を盗み出した事がある。

 そんな土くれのフーケの正体を見た者はいない。男か、女かもわかっていない。ただわかっている事は………。

 恐らくトライアングルクラスの「土」系統のメイジである事。

 そして、犯行現場の壁に「秘蔵の○○、確かに領収しました。土くれのフーケ」と、ふざけたサインを残していく事。

 そして……いわゆるマジックアイテム、強力な魔法が付与された数々の高名なお宝が何より好きだと言う事であった。

 

 

 巨大な二つの月が、五階に宝物庫がある魔法学園の本塔の外壁を照らしている。

 二つの月の光が、壁に垂直に立った人影を浮かび上がらせた。

 今話題の大怪盗、「土くれ」のフーケであった。

 長い、青い髪を夜風になびかせ悠然と佇む様に、国中の貴族を恐怖に陥れた怪盗の風格が漂っている。

 フーケは足から伝わってくる壁の感触に舌打ちした。

 

「流石は魔法学園本塔の壁ね……物理攻撃が弱点? こんなに厚かったら、ちょっとやそっとの魔法じゃどうしようもないじゃないの!」

 

 足の裏で、壁の厚さを測っている。「土」系統のエキスパートであるフーケにとって、そんな事は造作もない事だった。

 

「確かに「固定化」の魔法以外はかかってないけど……こんなに厚いと、私のゴーレムの力でも壊せそうにないわね……」

 

 フーケは腕を組んで悩んだ。

 強力な「固定化」の呪文がかかっている為、「錬金」の呪文で壁に穴を空ける事は出来ない。

 

「やっとここまで来たってのに……」

 

 フーケは歯噛みした。

 

「かと言って、「破壊の杖」を諦める訳にゃあ、いかないね……」

 

 フーケの目が月の光を受けきらりと光った。そしてそのまま、腕組みを続けて考え始めた。

 フーケが本塔の壁に足をつけて悩んでいる頃……ルイズの部屋では騒動が起きていた。

 ルイズとキュルケはお互い睨み合っている。桐生は自分の藁で出来た寝床の上でキュルケが持って来た名剣とデルフリンガーを交互に見ている。タバサはベッドに座り、本を広げている。

 

「どういう意味かしら? ツェルプストー」

 

 腰に両手を当てて、不倶戴天の敵を睨み付けているのはルイズである。

 キュルケは悠然と、恋の相手の主人の視線を受け流す。

 

「だから、カズマが欲しがってる剣を手に入れたから、そっちを使いなさいって言ってるのよ」

 

「お生憎様。使い魔の使う道具なら間に合ってるの。ねえ、カズマ?」

 

 桐生はルイズの声が聞こえない様に眉間に皺を寄せながら二つの剣を眺めていた。

 キュルケが持って来てくれた剣は確かに見事だと思う。相変わらず散りばめられた宝石がうざったいが、作りは確かな様であるし、刃もいかにも斬れそうだ。しかし、デルフリンガーが悪いとも思えないのも確かだ。片刃の日本刀に似ている造りに素直に愛着も湧いている。

 それぞれの剣を見て大半の者が選ぶのは、この綺麗な大剣だろう。

 再び大剣を手に取ると、突然ルイズが膝を蹴っ飛ばしてきた。

 

「おい、何するんだ?」

 

「その剣をキュルケに返しなさい。あんたにはその喋る剣があるでしょうが」

 

「まぁ……そうなんだけどな」

 

 桐生は言葉を濁らせて二つの剣に視線を戻す。桐生がどちらも選べないのは、それぞれの剣を買った二人の想いだった。

 ルイズは主人として初めて自分に剣を買ってくれた。キュルケはあんなにも高かった剣を自分の為に買ってくれた。どちらにも感謝の気持ちはある。

 

「嫉妬はみっともないわよ? ヴァリエール」

 

キュルケは勝ち誇った調子で言った。

 

「嫉妬!? 誰が嫉妬してるのよ!?」

 

「だってそうじゃないの。カズマが欲しがってた剣を、あたしが難なく手に入れてプレゼントしたもんだから嫉妬してるんじゃなくって?」

 

「誰がよ!? やめてよね! ツェルプストーの者からは豆の一粒だって貰いたくない! ただそれだけよ!」

 

 怒鳴り声を上げながらルイズが桐生から大剣を取り上げる。キュルケはそんなルイズを横目に未だ大剣を見ている桐生を見た。

 

「見てご覧なさい? カズマはこの剣に夢中じゃないの。知ってる? この剣を鍛えたのはゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿だそうよ?」

 

 そう言えば店の主がそんな事を言っていたなと桐生は心の中で呟いた。

 それからキュルケは、熱っぽい流し目を桐生に送った。

 

「ねぇ、貴方。良くって? 剣も女も、生まれはゲルマニアに限るわよ? トリステインの女ときたら、このルイズみたいに嫉妬深くって、気が短くって、ヒステリーで、プライドばかり高くてしょうがないんだから」

 

 ルイズは桐生を見つめるキュルケの視界に入り、キュルケをぐっと睨み付けた。

 

「何よ、本当の事じゃないの?」

 

「へ、へんだ。あんたなんかただの色ボケじゃない! なに? ゲルマニアで男を漁りすぎて相手にされなくなったから、トリステインまで留学しに来たんでしょ!?」

 

 ルイズは冷たい笑みを浮かべてキュルケを挑発する。声が震えてる所を見ると、相当頭にきている様だ。

 

「言ってくれるわね、ヴァリエール……」

 

 キュルケの顔つきが変わった。今度はルイズが勝ち誇った調子で言う。

 

「何よ、本当の事でしょう?」

 

 二人は同時に自分の杖に手をかけた。

 それまでじっとベッドの上で本を読んでいたタバサが、二人よりも早く自分の杖を振るう。

 つむじ風舞い上がり、キュルケとルイズの手から杖が弾き飛ばされる。

 

「室内」

 

 タバサは淡々と言った。

 ここでは危険、と伝えたい様だ。

 

「何なの、この子……さっきから居るけど」

 

 ルイズが本から一向に視線を外さなそうなタバサを見て忌々しそうに言う。そんなルイズの疑問を、キュルケが答えた。

 

「あたしの友達よ」

 

「何であんたの友達が私の部屋にいるのよ?」

 

 不満をたっぷり含んだ声で呟くルイズを、キュルケがぐっと睨んだ。

 

「別にいいじゃない」

 

「そういやまだ挨拶してなかったな。俺は桐生一馬だ。よろしくな」

 

「……タバサ」

 

 桐生がじっと本を読んでるタバサに声をかけると、小さく自分の名前だけを口にして、視線は本から外さなかった。相当無口なタイプの様だ。

 

「ごめんなさい、ダーリン。この子、あんまり愛想がないのよ」

 

「別に構わないさ」

 

 キュルケが本から目を離さないタバサの頭を撫でながら桐生に謝罪を口にする。そんなキュルケに桐生は優しく首を振った。

 一瞬和みかけた場だったが、再びキュルケとルイズが視線を混じらせ、睨み合い、火花を散らし始めた。

 しばらくの硬直の後、キュルケが視線を逸らして言った。

 

「じゃあ、カズマに決めて貰いましょうか」

 

「えっ?」

 

いきなり自分に選択をゆだねられて、桐生は戸惑った様に声を漏らした。

 

「そうね。あんたの剣で揉めてるんだから、それが一番良さそうだわ。まぁ、どちらを選ぶかなんて……わかりきっているけど。ねぇ、カズマ?」

 

 ルイズが随分とドスを利かせて言いながら桐生を睨む。

 桐生は悩んだ。剣自体では、キュルケの買ってくれた物の方が見栄えがいいに決まっている。

 しかし、この錆びた剣、デルフリンガーはルイズが初めて自分に買ってくれた物だ。それなりに思い入れはある。

 そう思うと選べない。剣を選ぶと言うことは、即ち二人のうち、どちらかを選ぶと言うことだ。

 桐生は子供達が夏休みの時、綾子が夢中になっていた昼ドラを思い出した。内容は、妻を持つ主人公の男が出張先で出会った初恋の相手に再会し、思い出話に花が咲いて気分が高まった勢いで一線を越えた関係を持ってしまった為に、三人の間で修羅場が起こると言う物だった。結局最後までは観なかったが、「私とこの人、どっちをとるの!?」とお約束のシーンが妙に頭に残っている。あの主人公も今の自分の様な心境だったのだろうか。

 今思うと、綾子も随時マセた内容のドラマに夢中になったなと思う。そんな回想が頭を巡る中、

 

「「どっち?」」

 

 と静かな口調でルイズとキュルケが睨み付けてくる。自分よりも遥かに年下のくせに妙な迫力だ。

 そして悩んだ結果、桐生はある事を思い付く。

 

「なぁ、二本同時ってのは駄目なのか?」

 

 ルイズとキュルケの顔が一瞬間の抜けた顔になる。しかし、すぐさま眼光を戻し、口には出さぬものの「はぁっ!?」っと言う副音声が聞こえてきそうな表情を露わにする。

 桐生はそんな二人の顔を交互に見てから続ける。

 

「一応俺は二刀流も使えるしな」

 

 正確にはインドの古来から伝わる総合格闘武術、「カリスティック」の構えなのだが、武器を作ってくれている上山兄弟から買った秘蔵の書に書かれた宮本武蔵の二刀流剣術も体得してるのは事実だった。これなら二人の想いも傷付けずに解決する。我ながらいい案だ、と桐生は一人思った。しかし、

 

「「却下!」」

 

 ものの一秒もしない内に断られた。

 

「ねぇ」

 

 キュルケはルイズに向き直った。

 

「何よ?」

 

「そろそろ、決着をつけません事?」

 

「そうね」

 

「あたしね、あんたの事、大っ嫌いなのよ」

 

「私もよ」

 

「気が合うわね」

 

 キュルケは微笑んだ後、目を吊り上げた。

 ルイズも負けじと、胸を張った。そして二人は同時に怒鳴った。

 

「「決闘よ!」」

 

「やめとけよ」

 

 桐生は呆れて言った。しかし、ルイズもキュルケも、お互い怒りを剥き出しにして睨み合い、激しい火花を散らしている。桐生の言葉等、耳に届かない様だ。

 

「勿論、魔法でよ?」

 

 キュルケが勝ち誇った様に言った。

 ルイズは一瞬唇を噛み締めたが、すぐに頷いて見せた。

「ええ、望む所よ!」

 

「いいの? 「ゼロ」のルイズ。魔法で決闘で、大丈夫なの?」

 

 小馬鹿にした口調でキュルケが呟く。しかし、ルイズは再び頷いた。自信はない。勿論、ない。あるわけがない。でもツェルプストー家の女に魔法で勝負と言われて、引き下がれる訳がない。これはルイズの、ヴェリエール家のプライドの問題なのだ。

 

「勿論よ! 誰が負けるもんですか!」

 

 最早止まる事を知らない二人の興奮と敵対心に、桐生は深く溜め息を漏らした。

 

 

 本塔の外壁に張り付いていたフーケは、誰かが近付く気配を感じた。

 とんっ、と壁を蹴り、すぐに地面に飛び降りる。地面にぶつかる際、小さく「レビテーション」を唱え、回転している勢いを殺し、羽毛の様に着地する。それからすぐに中庭の植え込みに消えた。

 

 

 中庭に現れたのは、ルイズとキュルケとタバサ、そして桐生だった。

 

「じゃあ、始めましょうか?」

 

 キュルケが言った。

 今すぐにでも本当に決闘をしかねないルイズとキュルケを見ながら、桐生が口を開く。

 

「本当にお前等、決闘をする気か?」

 

「勿論よ!」

 

 ルイズもやる気まんまんである。

 

「危ないから、やめとけよ」

 

 呆れた声で桐生が言う。

 

「確かに怪我するのも馬鹿らしいわね……」

 

「それは……まぁ、そうね……」

 

 桐生の発言にルイズもキュルケもちょっとだけ我に返ったらしい。

 このまま決闘自体がなくなるかと一瞬ホッとしたのも束の間、今まで黙っていたタバサがキュルケに何かを呟く。そして、桐生を指差した。

 

「あ、それいいわね!」

 

 キュルケは微笑むと、今度はルイズに呟いた。

 

「ああ、それはいいわ」

 

 ルイズも頷いた。

 そして三人は笑顔で(タバサは相変わらず無表情だが)一斉に桐生の方を向いた。

 桐生は何故か、なんだかとても嫌な予感が身体を走るのを感じた。

 

 

「おい……お前等、本気か?」

 

 桐生は珍しく情けない声で言ったが、誰も返事をしてくれない。

 今の桐生は本塔の上からロープで縛られ、吊され、空中にぶら下がっている。やはりどちらかを選べば良かったと、今更ながら後悔する。

 遥か地面の方には、小さくルイズとキュルケの姿が見える。夜とは言え、二つの月のおかげでかなり視界は明るい。塔の屋上には、ウィンドドラゴンに跨がったタバサの姿が見えた。風竜は、二本の剣をくわえている。

 二つの月が優しく桐生を照らしている。大きいだけに手を伸ばせば届きそうだが、今は肝心のその手が伸ばせない体勢だ。こんな吊された状況でなければこの風景で酒の一杯でも引っ掛けたい物なのだが。

 ルイズとキュルケは、地面に立って桐生を見上げている。ロープに縛られ、上から吊された桐生が小さく揺れているのが二人の目に映った。

 キュルケが腕を組んで言った。

 

「いいこと、ヴェリエール? あのロープを切って、カズマを地面に落とした方が勝ちよ。勝った方の剣をカズマは使う。良いわね?」

 

「わかったわ」

 

 ルイズは硬い表情のまま頷いた。

 

「使う魔法は自由。ただし、あたしは後攻。そのぐらいはハンデよ」

 

「いいわ」

 

「じゃあ、どうぞ」

 

 ルイズは杖を構えた。屋上のタバサが、桐生を吊したロープを振り始めた。桐生が左右に揺れる。「ファイヤーボール」等の魔法は命中率が高い。動かさなければ、簡単にロープに当たってしまう。

 しかし、命中するかしないかよりもルイズには大きな問題があった。発動する魔法が成功するかしないか、である。

 ルイズは悩んだ。どの魔法なら成功するだろう? 「風」系統? 「火」系統?

 「水」や「土」の系統は論外だった。ロープを切るための攻撃魔法が少ない。やはり、ここは「火」である。そして気付いた。今、対戦しているキュルケは「火」の系統魔法が得意である事を。

 キュルケの「ファイヤーボール」は桐生のロープを難なく焼き切るだろう。先行を貰った以上、失敗は許されない。

 悩んだ挙げ句、ルイズは「ファイヤーボール」を使う事に決めた。小さな火球を目標目掛けて打ち込む魔法である。

 短くルーンを呟く。もし失敗したら……桐生はキュルケが買ってきた剣を使う事になる。プライドの高いルイズには許せる事ではない。

 呪文詠唱が完成する。気合いを入れて、杖を降った。

 呪文が成功すれば、火の玉がその杖の先から飛び出す……はずだった。

 杖の先からは何も出ず、一瞬の静寂の後、桐生の後ろの壁が爆発した。

 凄まじい爆風で、吊された桐生の体が大きく揺れる。

 桐生は思わず後ろを振り返った。爆発によって塔の壁が粉々に砕け、亀裂が走っている。

 百戦錬磨の桐生もその威力には度肝を抜かれそうになった。もし、あの爆発が自分に目掛けて発動されたら……思わずゾッとしてしまう。

 

「ルイズ……俺に恨みを持つのはわからなくもないんだが、せめて他の方法で仕返ししてくれ……」

 

 桐生は顔を青ざめさせながら呟いた。当然ながらルイズの耳にその声は届かない。

 件のルイズは桐生のロープを見つめる。ロープはなんともない。爆風で切れてくれたら、なんて考えたが甘かった様だ。本塔の壁が砕けてヒビが入っている。

 ルイズはキュルケの方を振り向いた。

 キュルケは……腹を抱えて笑っていた。

 

「「ゼロ」! 「ゼロ」のルイズ! ロープじゃなくて壁を爆発させてどうするの!? 器用ね!」

 

 ルイズは憮然とした

 

「貴女って、どんな魔法を使っても爆発させるのね! あっはっはっ!」

 

 ルイズは悔しそうに拳を握り締めて、そのまま力無く膝を突いた。

 

「さて、あたしの番ね……」

 

 キュルケは笑いを止めて、狩人の瞳で桐生を吊したロープを見据えた。タバサがロープを揺らしているので、狙いがつけづらい。

 それでも、キュルケは余裕の笑みを浮かべた。ルーンを短く呟き、手慣れた仕草で杖を突き出す。「ファイヤーボール」はキュルケの十八番である。

 杖の先から、メロン程の大きさの火球が現れ、桐生のロープ目掛けて飛んだ。火球は狙い違わずロープにぶつかり、一瞬でロープを焼き尽くした。

 桐生の体が真っ逆様に地面に向かって落ちていく。屋上にいたタバサが杖を振り、桐生に「レビテーション」をかけた。加減された呪文のおかげで、ゆっくりと桐生は地面に落ちた。

 キュルケは勝ち誇って笑い声を高らかに上げた。

 

「あたしの勝ちね! ヴァリエール!」

 

 ルイズはしょぼんとうなだれて座り込み、地面の草をむしり始めた。

 

 

 フーケは、中庭の植え込みの中から気配を殺して一部始終を見守っていた。ルイズの魔法で、宝物庫の辺りの壁にヒビが入ったのが見受けられる。

 一体、あの魔法はなんなのだろう? 唱えた呪文は「ファイヤーボール」なのに、杖の先からは火球が出なかった。代わりに、壁が爆発した。

 あんな風に物が爆発する呪文なんて見たことがない。

 フーケは頭を振った。それよりも、このチャンスを逃してはならない。フーケは、呪文を詠唱し始めた。長い詠唱だった。

 詠唱が完成し、地面に向けて杖を振る。

 フーケの唇が妖艶に薄く笑った。

 音を立てて平らだった地面が盛り上がる。

 「土くれ」のフーケが、その本領を発揮したのだ。

 

 

「残念だったわね、ヴァリエール!」

 

 勝ち誇ったキュルケは笑い続ける。大きな声だ。一瞬近所迷惑を考えた桐生だったが、この辺りは寮から離れてるしいいか、と割り切った。

 ルイズは勝負に負けたのが悔しいのか、膝を突いたまましょぼんと肩を落としている。うなだれていて表情は読めない。

 桐生は複雑な気持ちで、ルイズを見つめた。それからキュルケへと視線を向け、低い声で言った。

 

「喜んでる所悪いんだが、ロープを解いてくれないか?」

 

 地面に座って足の自由は利くものの、上半身はきっちりロープでぐるぐる巻きにされている。

 キュルケは桐生に微笑んだ。

 

「ええ、喜んで」

 

 その時である。

 背後に巨大な何かの気配を感じて、キュルケは後ろに振り返った。

 そして、我が目を疑った。

 

「な、何あれ!?」

 

 キュルケは口を大きく開けた。巨大なゴーレムがこちらに歩いて来るではないか。

 

 「きゃあああああっ!」

 

 キュルケはパニックに陥り、悲鳴を上げて逃げ出した。

 キュルケのパニックに一瞬唖然としたが、キュルケがどいた事で迫り来る巨大なゴーレムが見えた。桐生の眉が歪む。

 

「何だ、ありゃあ! でけぇ……!」

 

 桐生もここにいるのは危険と判断し、立ち上がろうとして、手が使えない事に気付いた。上半身を使わずに立ち上がるのは、よほどの脚力やテクニックがなければ不可能だ。

 我に返ったルイズが桐生に駆け寄る。

 

「な、何で縛られてるのよ!? あんたってば!」

 

「お前等が縛ったんだろうが!」

 

 そんな二人の頭上で、ゴーレムが足を持ち上げる。こちらを踏み潰そうとしてるのだ。

 

「くっ、このロープ……!」

 

 ルイズは一生懸命にロープを外そうともがいている。が、よほど固く結んでしまったのかなかなか外れない。

 

「ちっ! ルイズ、ちょっと離れろ!」

 

 舌打ちの後、桐生がルイズに叫び、即座にそれにルイズが従う。

 桐生が両腕に力を入れてロープを引きちぎろうとする。その間にも、ゴーレムの足はゆっくり二人に降りて来ている。

 ぶちぶちっと音を立ててロープが切れた瞬間、桐生がルイズに駆け寄り抱きかかえ、ゴーレムの足の射程範囲から転がり出る。一瞬の差でズシンと二人のいた場所が踏み潰された。

 ルイズを抱きかかえたままゴーレムを見上げる桐生をタバサのウィンドドラゴンが両足でがっしり掴み上空へ登った。

 ウィンドドラゴンの足にぶら下がった二人は、上空からゴーレムを見下ろした。

 桐生が目を細めてその大きさを確認する。

 

「あれも、何かの魔法か?」

 

「わかんないけど……巨大な土のゴーレムね」

 

「ゴーレム、か……。あのギーシュの物とは、比べ物にならないな」

 

「当然よ。あんな大きいゴーレムを操れるなんて、トライアングルクラスのメイジに違いないわ」

 

 どうやら、そこそこ強力なメイジの者によるゴーレムらしい。

 しかし、今はそんな事よりも、桐生はルイズに顔を向けた。

 

「助けようとしてくれて、ありがとうな。ルイズ」

 

 桐生はそう伝えると、ルイズの頭を優しく撫でた。

 

「と、当然よ。使い魔を見捨てるメイジはメイジじゃないわ」

 

 きっぱりと言いながらも、先程まで感じていた恐怖は、桐生の手の温もりと感触がゆっくり溶かしていってくれた。

 

 

 フーケは、巨大なゴーレムの肩の上で、薄い笑いを浮かべていた。

 逃げ惑うキュルケや、上空を舞うウィンドドラゴンの姿が見えたが気にしない。フーケは頭からすっぽりと黒いローブに身を包んでいる。その下の自分の顔さえ見られなければ、問題はない。

 ヒビが入った壁に向かって、土ゴーレムの拳が打ち下ろされた。

 フーケはインパクトの瞬間、ゴーレムの拳を鉄に変えた。

 壁に拳がめり込む。バカッと鈍い音を立てて壁が崩れる。黒いローブの下で、フーケは微笑んだ。

 フーケはゴーレムの腕を伝い、壁に空いた穴から宝物庫の中へ入り込んだ。

 中には様々な宝物があった。しかし、フーケの狙いはただ一つ、「破壊の杖」である。

 様々な杖が壁に立て掛けられている一画を見つける。その中に、どう見ても魔法の杖には見えない品があった。全長は一メイル程の長さで、見た事もない金属で出来ていた。フーケはその下にかけられた鉄製のプレートを見つめた。

 「破壊の杖。持ち出し不可」と書かれている。フーケの笑みがますます深くなる。

 フーケは「破壊の杖」を取った。

 その軽さに驚いた。一体、何で出来ているのだろう?

 しかし、今は考えている暇はない。「破壊の杖」を抱きかかえて、急いでゴーレムの肩に乗った。

 去り際に、杖を振る。すると、壁に文字が刻まれた。

 

「破壊の杖、確かに領収致しました。土くれのフーケ」

 

 

 再び黒いローブのメイジを肩に乗せて、ゴーレムは歩き出した。魔法学園の城壁をひとまたぎで乗り越え、ずしんずしんと地響きを立てて草原を歩いていく。

 そのゴーレムの上空を、ウィンドドラゴンが旋回する。

その背に跨がった。タバサが身長よりも長い杖を振るう。「レビテーション」の魔法で、桐生とルイズの身体が、足からウィンドドラゴンの背に移動した。宙ぶらりんの体勢とは違い、しっかり足場のある所に行くとホッとする。

 

「助かったぜ。ありがとう、タバサ」

 

 桐生がタバサに礼を言う。タバサは無表情で頷いた。

 桐生は巨大なゴーレムを見下ろしながら、ルイズに尋ねた。

 

「あいつ、壁をぶち壊しやがったが……何をしたんだ?」

 

「宝物庫」

 

 ルイズの代わりにタバサが穴の空いた壁を指差して答える。

 

「あの黒ローブのメイジ、壁の穴から出てきた時、何か握ってたわ」

 

「要は泥棒って奴か。しかし……随分派手に盗みやがったもんだな」

 

 草原の真ん中を歩いていた巨大なゴーレムは、突然ぐしゃっと崩れ落ちた。

 巨大ゴーレムはみるみるうちに原型を崩し、大きな土の塊になった。

 三人はウィンドドラゴンから地面に降りた。月明かりに照らされたこんもりと小山の様に盛り上がった土山以外、何もない。

 そして、肩に乗っていた黒ローブのメイジの姿は、どこにもなかった。

 

 

 翌朝。

 トリステイン魔法学園では、昨夜から蜂の巣をつついたような騒ぎが続いていた。

 何せ、秘宝の「破壊の杖」を盗まれたのである。

 それも、巨大なゴーレムが、壁を破壊するといった大胆な方法で。

 宝物庫には、学園中の教師が集まり、壁に空いた大きな穴を見てあんぐりと口を開けていた。

 壁には、「土くれ」のフーケの犯行声明が刻まれていた。

 

「破壊の杖、確かに領収致しました。土くれのフーケ」

 

 教師達は口々に好き勝手に喚き散らしている。

 

「「土くれ」のフーケ! 貴族達の財宝を荒らし回っていると言う盗賊か! 魔法学園にまで手を出しおって! 随分とナメられたらもんじゃないか!」

 

「衛兵は何をしていたのかね?」

 

「衛兵などあてにならん! 所詮は平民ではないか! それより当直の貴族は誰だったんだね!?」

 

 シュヴルーズはその言葉にビクッと震え上がった。昨晩の当直は自分であった。しかし、まさか魔法学園を襲う盗賊などいるとは夢にも思わず、当直をサボってぐうぐう自室で寝ていたのである。本来なら、夜通し門の詰め所に待機していなければならないのに。

 

「ミセス・シュヴルーズ! 当直は貴女なのではありませんか!?」

 

 教師の一人が、早速シュヴルーズを追及し始めた。オスマンが来る前に責任の所在を明らかにしておこうと言うのだろう。

 シュヴルーズはボロボロと泣き出してしまった。

 

「も、申し訳ありません……」

 

「謝れば済む問題ではありませんぞ! 泣いたって、お宝は戻って来ないのですぞ!? それとも貴女、「破壊の杖」の弁償が出来るのですか!?」

 

「私、家を立てたばかりで……」

 

 シュヴルーズは、よよよと床に崩れ落ちた。

 そこに、オスマンが現れた。蓄えられた髭を撫でながら集まった教師達を見回す。

 

「これこれ……女性を苛めるものではい」

 

 シュヴルーズを問い詰めていた教師が、オスマンに訴える。

 

「しかしですな! オールド・オスマン! ミセス・シュヴルーズは、当直なのに自室でぐうぐう寝ていたのですぞ! 責任は彼女にあります!」

 

 オスマンは相変わらず長い髭を弄りながら、口から唾を飛ばして興奮するその教師を見つめた。

 

「ミスタ……何だっけ?」

 

「ギトーです! お忘れですか!?」

 

「そうそう、ギトー君。そんな名前じゃったな。君は怒りっぽくていかん。さて、ではせっかくの機会だし、改めて聞かせて貰おう。この中でまともに当直をしたことのある教師は何人おられるかな?」

 

 オスマンは周りを見回した。教師達はお互い、顔を見合わせたかと思うと恥ずかしそうに顔を伏せた。名乗り出る者は一人もいない。

 

「さて、これが現実じゃ。責任があるとすれば、我々全員じゃ。この中の誰もが……もちろん、私も含めてじゃが、まさかこの魔法学園に賊が現れるなど、夢にも思っていなかった。何せここにいるのは、ほとんどがメイジじゃからな。誰が好き好んで、虎穴に入るのかっちゅう訳じゃ。しかし、それは間違いじゃった」

 

 オスマンは、壁にぽっかりと空いた穴を見つめた。

 

「この通り、賊は大胆にも忍び込み、「破壊の杖」を奪っていきおった。つまり、我々は油断していたのじゃ。この油断が、賊を入れる結果となった。違わぬか? 諸君」

 

 誰もが反論出来ずに一瞬の静寂が辺りを包んだ。

 その静寂を破ったのは、シュヴルーズだった。オスマンの言葉に感激し、いきなり抱き付いた。

 

「おおっ! オールド・オスマン、あなたのお慈悲のお心に感謝致します! 私はあなたをこれから父と呼ぶ事にします!」

 

 オスマンはそんなシュヴルーズの尻を撫でた。

 

「ええのじゃ、ええのじゃ、ミセス……」

 

「私のお尻で良かったら! そりゃもう! いくらでも! はい!」

 

 オスマンはこほんと咳払いした。場を和ませる為にシュヴルーズの尻を撫でて見せたのだが、誰も突っ込んでくれない。皆、一様に真剣な眼差しでオスマンの言葉を待っている。

 

「で、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」

 

 オスマンが尋ねた。

 

「この三人です」

 

 コルベールがさっと進み出て、自分の後ろに控えていた三人を指差した。

 ルイズにキュルケにタバサの三人である。桐生も側にいたが、使い魔なので人数に入っていない。

 

「ふむ、君達か……」

 

 オスマンは興味深そうに桐生を見つめた。桐生はどうして自分がじろじろ見られるのか分からず、また、その視線が不快でオスマンを睨み付けた。

 

「では、詳しく説明したまえ」

 

 オスマンの言葉にルイズが進み出て、見たままを述べた。

 

「あの、大きなゴーレムが現れて、ここの壁を壊したんです。肩に乗っていた黒いメイジがこの宝物庫の中から何かを、その、「破壊の杖」だと思いますけど。盗み出した後またゴーレムの肩に乗りました。ゴーレムは城壁を超えて歩き出して……最後には崩れて土になっちゃいました」

 

「ふむ、それで?」

 

「後には、土しかありませんでした。肩に乗っていた黒いローブを着たメイジは、影も形もなくなっていました」

 

「ふむ……」

 

 オスマンは顎髭を撫でた。

 

「後を追おうにも、手掛かりはなしと言うわけか……」

 

 ふと、ここで気付いた様にオスマンがコルベールに尋ねた。

 

「時に、ミス・ロングビルはどうしたのかね?」

 

「それがその、朝から姿が見えませんで」

 

「この非常時に、どこにいったのじゃ」

 

「さぁ、どこなんでしょう?」

 

 そんな風の噂をしていると、ロングビルが宝物庫に入ってきた。

 

「ミス・ロングビル! どこに行っていたんですか!? 一大事ですぞ! 事件ですぞ!」

 

 コルベールが興奮した調子でロングビルに近付きまくし立てる。しかし、ロングビルは落ち着きを払った態度で、オスマンに告げた。

 

「申し訳ありません。朝から急ぎ調査をしていました」

 

「調査?」

 

「そうですわ。今朝方、起きたら大騒ぎじゃありませんか。そして、宝物庫はこの通り。壁にフーケのサインを見つけたので、すぐにこれが国中の貴族を震え上がらせている大怪盗の仕業と知り、すぐに調査を致しました」

 

「仕事が早いの、ミス・ロングビル」

 

 オスマンが感心した様に顎髭を撫でながら言った。

 コルベールが慌てた調子で結果を促した。

 

「それで、結果は!?」

 

「はい。フーケの居場所がわかりました」

 

「な、なんですと!」

 

 コルベールが素っ頓狂な声を上げる。

 

「一体、どうやって居場所を掴んだのかね? ミス・ロングビル」

 

「はい。近在の農民に聞き込んだ所、近くの森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの男を見たそうです。恐らく、彼はフーケで、廃屋はフーケの隠れ家ではないかと」

 

 ロングビルの話にルイズが叫んだ。

 

「黒ずくめのローブ……それはフーケです! 間違いありません!」

 

 ルイズの言葉に頷いて見せてから、オスマンは鋭い眼差しでロングビルに尋ねた。

 

「そこは近いのかね?」

 

「はい。徒歩で半日、馬で四時間と言った所でしょうか」

 

「すぐに王室に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けて貰わなくては!」

 

 コルベールが叫ぶ。

 しかし、オスマンは首を振り、目を剥いて怒鳴った。年寄りとは思えない迫力だった。

 

「馬鹿者! 王室なんぞに知らせてる間にフーケは逃げてしまうわ! その上、身にかかる火の粉を己で払えぬ様で何が貴族じゃ! 魔法学園の宝が盗まれた! これは魔法学園の問題じゃ! 当然、我らで解決する!」

 

 その言葉を聞いて、まるでこの答えを待っていたかの様に微笑むロングビルを、桐生は横目で眺めていた。

 オスマンは咳払いを一つして、有志を募った。

 

「では捜索隊を編成する。我と思う者は杖を掲げよ」

 

 しかし、誰も杖を掲げない。皆、困った様に顔を見合わすだけだ。

 

「おらんのか? おや? どうした!? フーケを捕まえて、名をあげようと思う貴族はおらんのか!?」

 

 誰も杖を掲げない中、ルイズは俯いていたが、それからスッと杖を顔の前に掲げた。

 

「ミス・ヴァリエール!」

 

 シュヴルーズが驚きの声を上げた。

「何をしているのです! 貴女は生徒ではありませんか! ここは教師に任せてーー」

 

「誰も杖を掲げないじゃありませんか」

 

 ルイズはキッと唇を強く結んで言い放った。唇をへの字に曲げて、真剣な目をしたルイズは凛々しく、美しかった。そんなルイズを、桐生は眉を歪めて見つめた。本来なら、止めるべきなのだろう。だが、今のルイズにはそうさせない何かがあり、諦めた様に溜め息を漏らした。

 ルイズがその様に杖を掲げるのを見て、キュルケが渋々杖を掲げた。

 そんなキュルケに今度はコルベールが驚きの声を上げる。

 

「ツェルプストー! 君は生徒じゃないか!」

 

 キュルケは鼻を鳴らし、つまらなそうに言った。

「ふん。ヴァリエールには負けられませんわ」

 

 キュルケが杖を掲げるのを見て、タバサも杖を掲げた。

 

「タバサ、あんたはいいのよ。関係ないんだから」

 

 キュルケがそう言ったら、タバサは首を振って短く答えた。

 

「心配」

 

 キュルケは感動した面持ちでタバサを見つめた。ルイズも唇を噛み締めて、お礼を言った。

 

「ありがとう、タバサ」

 

 そんな三人の様子を見て、オスマンが笑った。

 

「そうか……では、諸君等に頼むとしよう」

 

「オールド・オスマン! 私は反対です! 生徒達を危険な目に合わせるなんて!」

 

「では、君が行くかね? ミセス・シュヴルーズ」

 

「い、いえ、私は体調が優れませんので……」

 

 強く否定の念を表すものの、オスマンの一言でシュヴルーズが弱々しく答える。

 

「彼女達は敵を見ている。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いているが?」

 

 オスマンの言葉に、タバサは返事もせずボケッと突っ立っている。教師達は驚いた様にタバサを見つめた。

 

「本当なの、タバサ?」

 

 親友であるキュルケも驚いている。

 王室から与えられる爵位としては、最下級の「シュヴァリエ」の称号であるが、タバサの年でそれを与えられるのは異例である。男爵や子爵の爵位なら、領地を買う事で手に入れる事も可能であるが、シュヴァリエだけは違う。純粋に業績に対して与えられる爵位……言わば実力の称号なのだ。

 宝物庫の中がざわめいた。オスマンは、それからキュルケを見つめた。

 

「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法もかなり強力と聞いている」

 

「ええ。炎の魔法に関しては、自信がありますわ」

 

 キュルケは得意気に髪をかき上げながら、優雅な調子で言った。

 それから、ルイズが今度は自分の番とばかりに可愛らしく胸を張った。

 オスマンは困ってしまった。誉める所がなかなか見つからないのだ。

 こほん、と咳払いをすると、オスマンは目を背けた。

 

「その……ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵の息女で、その、うん、なんというか……将来有望なメイジと聞いている。しかもその使い魔は!」

 

 それから桐生を熱っぽい視線で見つめた。

 

「平民ながらあのグラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったという噂だが?」

 

 オスマンは思った。彼が、本当に、本当に伝説の「カンダールヴ」なら、「土くれ」のフーケに、後れを取ることもあるまい。

 コルベールは興奮した調子で、後を引き取った。

 

「そうですぞ! なにせ、彼はガンダー――」

 

 先を言おうとするコルベールの口を、オスマンが押さえて言葉を遮らせた。

 

「むぐっ! いえ、何でもありません! はい!」

 

 教師達はすっかり黙ってしまった。最後の確認とばかりに、オスマンが威厳のある声で言う。

 

「この三人に勝てると言う者がいるなら、前に出たまえ」

 

 誰もいなかった。オスマンは、桐生を含む四人に向き直った。

 

「魔法学園は、諸君等の努力と貴族の義務に期待する」

 

「杖にかけて!」

 

 ルイズとキュルケとタバサは、真顔になって直立すると、同時に唱和してスカートの裾を抓み、恭しく礼をする。

 このまま早速「破壊の杖」奪還に向かわせようとするオスマンよりも先に、口を開く者がいた。

 

「ふざけんじゃねぇよ」

 

 宝物庫の中に響く静かで、威厳のある声が響く。教師達もルイズ達も、誰も彼もが声の主に視線を向けた。

 声の主、桐生は眉を歪め、露骨に機嫌の悪い表情を浮かべてオスマンを睨む。

 

「危険を承知の上で、生徒を向かわせて、それが貴族の義務と努力だ? 笑わせんじゃねぇよ」

 

「何だと、貴様!」

 

 桐生の言葉に、オスマンの代わりにギトーが歯を向き指を差して声を荒げる。

 

「平民風情が知ったような口を利くな! これは我々の問題だ!」

 

「なら、こいつ等の代わりにてめぇが行くのか?」

 

「い、いや、私は……」

 

 桐生の言葉にぐっとギトーが口を紡ぐ。そんなギトーにつかつかと桐生が歩み寄ると、力強く胸倉を掴んだ。余程握る力が入っているのか、ギチギチとギトーの服が音を立てて歪んでいく。

 

「か、カズマ!」

 

 ルイズが困った様な声を出して桐生に駆け寄るも、桐生の視線は真っ直ぐ目の前のギトーに向かっている。心臓を射抜く様な鋭い視線に、ギトーは顔を逸らしてしまう。

 

「普段授業で偉そうに生徒に説教する割に、いざ自分達じゃ手に負えなくなりゃ生徒に任すってか? ふざけた真似してんじゃねぇよ。貴族かなんだか知らねぇが、教師ってもんは親から預かった生徒を命に代えても守るもんじゃねぇのか?」

 

 乱暴にギトーを離して言い放つ桐生。誰も、何も言い返さない。いや、返せない。

 そんな教師達を、今度は小馬鹿にする様に桐生が鼻で笑った。

 

「平民に言われて何も言い返せねぇか……てめぇ等みてぇな奴等に、教師を名乗る資格はねぇよ」

 

 そしてオスマンの前まで歩み寄る。目の前に立つ平民の男を、オスマンが静かな眼差しで見上げる。その表情は静かで、力強い自信を感じさせる物だった。

 

「安心しな。俺はてめらぇ等格好だけの大人と違って、こいつ等を必ず守ってみせる。自分の命に代えてもな」

 

 隣で心配そうに桐生を見上げるルイズの頭に、優しく手を乗せて言い放つ。

 ルイズはそんな桐生を見て、心の底から安堵した。正直に言えば、怖い。あの巨大なゴーレムと対峙し、勝てる自信なんてこれっぽっちもない。しかし、目の前にいる桐生がいれば、なんとかなる様な気がして来た。

 オスマンは溜め息を漏らしてから、桐生をジッと見つめた。

 

「……では、頼むぞ。この子達を守ってやってくれ」

 

 オスマンが頭を下げる姿を見て、教師達は驚きに互いの顔を見合わす。

 桐生は、深く頷いた。

 

「では、馬車を用意しよう。それで向かうのじゃ。魔法と体力は目的地につくまで温存したまえ。ミス・ロングビル!」

 

「はい、オールド・オスマン」

 

「彼女達を手伝ってやってくれ」

 

 オスマンの言葉にロングビルが頭を下げる。

 

「もとよりそのつもりですわ」

 

 四人はロングビルを案内役に、早速出発した。


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