ゼロの龍   作:九頭龍

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約束


第18話

 ニューカッスルでの戦いはあっと言う間に各国へと伝わり、戦争が近いかもしれないと言う噂があちらこちらで広まった。

 トリステインの王宮も厳戒態勢が敷かれ、普段なら難なく通される仕立て屋や商人も厳重な荷物チェックや魔法による身体検査が行われていた。

 三隊に別れている魔法衛士隊のうちの一つ、マンティコア隊は蟻一匹通さぬ様な鋭い目つきで王宮の前を闊歩し、本日の警備に当たっていた。

 そんな中、突然上空から一匹のウィンドドラゴンが確認されて隊員達は色めき立った。すぐさま跨がっている相棒のマンティコアを飛び上がらせ、現れたウィンドドラゴンに近付いていく。

 ウィンドドラゴンの背に五人の人間の姿と、口元には巨大なモグラが咥えられているのを確認して、隊員達がここは現在飛行禁止である事を呼びかけたが、風竜は警告が聞こえない様に王宮の中庭へと優雅に着陸した。

 ウィンドドラゴンの背中から降りたのは桃色の髪の少女、赤毛の長身の少女、眼鏡をかけた小さな女の子、そして金髪の少年に黒髪の大男だ。大男の腰には大振りの剣がぶら下がっている。

 マンティコアに跨がった隊員達は中庭に着陸したウィンドドラゴンを取り囲んだ。腰からワルドの物同様、レイピアの様な形状の杖を引き抜いて切っ先を風竜から降りた五人に向ける。下手な動きを見せればすぐさま魔法をお見舞いすると言う意思表示だ。

 隊員達の中からゴツい身体つきの髭面の男が一歩歩み出た。

 

「杖を捨てろ! そして、そこの男! 腰からぶら下げている物を捨てるんだ!」

 

 男の言葉に赤毛の少女と桃色の髪の少女が顔をしかめたが、青髪の小さな女の子が首を振って見せ、大男が桃色の髪の少女の肩を掴んだ。

 

「宮廷」

 

「俺達はここに殴り込みに来た訳じゃねぇ。ここは従っておけ」

 

 二人の言葉に少年少女が杖を捨て、大男が腰にぶら下げた剣を地面に置いた。

 

「今現在、王宮の上空は飛行禁止だ。貴様等、触れを知らんのか?」

 

 敵意がない事を悟った髭面の男が五人に歩み寄って溜め息混じりに言うと、桃色の髪の少女が一歩前に出て名乗った。

 

「私はラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです。怪しい者ではありません。姫殿下にお取り次ぎ願います」

 

 髭面の男はその伸びた髭を指先で捻りながら少女を見つめた。ラ・ヴァリエール公爵と言えば高名な貴族故知っている。

 

「ラ・ヴァリエール公爵様の三女、と仰ったか?」

 

「いかにも」

 

 ルイズは小さな胸を張りながら凛々しく頷いて見せた。

 

「ふむ……確かに目元が母君そっくりだ。して、要件を伺おうか?」

 

「それは言えません。密命なのです」

 

「それでは殿下に取り次ぐ訳には行かぬ。要件も聞かずに取り次いだ日には此方の首が飛んでしまう」

 

 髭面の男は困った様な苦笑を漏らしながら掌で自分の首を切る仕草を見せた。

 ルイズがしかめっ面を浮かべると、大男が脇から前へ出て来た。

 

「あんたの言いたい事はわかる。が、こっちも姫様から直々に密命を受けた身だ。取り次ぎの際にはルイズが戻って来た、と伝えてくれればいい。なんとか取り次いでくれないか?」

 

 髭面の男は大男の格好を見て首を傾げた。自分よりも年は上の様だが、見たことない服装に黄色い肌だ。どこの国の人間かは知らないが、貴族ではない事は確からしい。が、ただの平民でもない様だ。大柄な身体から熟練の戦士特有の雰囲気が漂っている。

 

「無礼な平民だな。従者が貴族に話し掛けると言う法はない。貴様は黙っていろ」

 

 大男の表情が静かに変わっていくのをルイズは見逃さなかった。この大男、桐生一馬が怒りを露わにしてる表情はもう何度も見てきたが、やはりその静かな圧力は得体の知れない怖さがあった。

 

「おい……」

 

 桐生から発せられる今さっき話した時よりも低いトーンにルイズを含む四人も、髭面の男も表情を強張らせた。

 

「こっちもガキの使いで来てんじゃねぇんだ。あんたがどれだけ偉いか知らねぇが、あんまりこっちを、しかも目上の人間を見下す様な態度は頂けねぇな」

 

「貴様……この俺とやろうと言うのか?」

 

 桐生の威圧的な態度が気に入らなく、髭面の男がズイッと顔を近付けた。

 一瞬の沈黙と緊張感の中、宮殿の入り口から鮮やかな紫色のマントとローブを羽織った少女が現れ、中庭で魔法衛士隊に囲まれているルイズの姿を確認するなり駆け寄った。

 

「ルイズ! ルイズなのね!?」

 

 聞き覚えのある声にルイズが振り向くと、その顔を輝かせた。

 

「姫様!」

 

 二人は一行と魔法衛士隊に見守られる中抱き合った。その様子に桐生も、髭面の男も戦意が失せて互いに一歩引いた。

 

「良かった……無事で本当に良かったわ、ルイズ」

 

「姫様……」

 

 アンリエッタの熱い包容に瞳から涙を一筋零しながらルイズが少し身体を引くと、胸ポケットから手紙を取り出した。

 

「これが、件の手紙です」

 

 アンリエッタは大きく頷くと手紙を差し出してきたルイズの手をかたく握り締めた。

 

「ありがとう、ルイズ。やはり貴女こそ、私の一番のお友達よ」

 

「勿体無いお言葉です、姫様」

 

 明るく輝いた表情を浮かべたアンリエッタだったが、一行の中にウェールズの姿がないのを確認すると、その表情は一瞬で暗くなった。

 

「やはりウェールズ様は……父王に殉じた、のですね」

 

 ルイズはなんと言っていいのかわからず、静かに頷いた。

 

「そう言えば、ワルド隊長は? 姿が見えませんが……別行動を取っているの?」

 

 アンリエッタの言葉に今度はルイズの表情が暗くなる。そんなルイズの頭を優しく撫でながら、桐生のその言葉の返事を返した。

 

「あいつは裏切り者だったんだよ、お姫様」

 

「裏切り者……?」

 

 アンリエッタがその言葉に息を飲んだ。

 そこで漸く、此方を興味深そうに眺めている魔法衛士隊達に気付いてアンリエッタが説明した。

 

「彼等は私の客人です、隊長殿」

 

「左様ですか。では、我々は警備に戻ります」

 

 隊長と呼ばれた髭面の男が頷いて他の隊員達も引き下がろうとした時、

 

「おい」

 

 桐生が隊長を呼び止めた。

 

「良かったな、首が飛ばなくて」

 

 少し小馬鹿にした様に笑みを浮かべながら言い放つ桐生を忌々しそうに一瞥してから、隊長達はマンティコアを飛ばして去っていった。

 

「長いお話になりそうね、ルイズ」

 

「……はい」

 

 ルイズは力なく頷いた。

 

 

 キュルケとタバサ、そしてギーシュを謁見待合室に残し、アンリエッタはルイズと桐生を自分の居室に招き入れた。小さいながらも精巧なレリーフがかたどられた椅子に座り、アンリエッタは力を抜く様に背にもたれた。

 ルイズはアンリエッタに事の次第を説明した。

 途中キュルケとタバサが合流した事。アルビオンへと向かう船に乗って空賊に襲われた事。空賊の正体がウェールズ皇太子だった事。ウェールズに亡命を勧めるも、拒否されてしまった事。

 そして、ワルドと結婚式を挙げる為に脱出船に乗らなかった事。その式の最中にワルドが豹変し、ウェールズの命を奪った事を。

 

「あの子爵が……まさか、魔法衛士隊の中に裏切り者がいるなんて……」

 

 静かにルイズの話を聞いていたアンリエッタは深い溜め息を漏らしてうなだれた後、かつて自分がウェールズに出した手紙を見ながらポロポロと涙を零した。

 

「私が、私がウェールズ様のお命を奪った様な物だわ。裏切り者を使者に選ぶなんて、私はなんて事を……」

 

「それは違うぜ、お姫様」

 

 涙をパタパタと手紙の上に零して弾くアンリエッタに、桐生が首を振って言う。

 

「あの王子様はどの道あの国に残るつもりだったんだ。例え他の人間が使者として出向いても、戦火に焼かれていただろう」

 

「あの方は私の手紙をちゃんと最後まで読んで下さったのかしら?」

 

 アンリエッタが顔を上げてルイズと桐生に視線を向けると、二人は頷いて見せた。

 

「はい、姫様。ウェールズ皇太子は、姫様からの手紙を読まれました」

 

「そう……ならあの方は、私を愛しておられなかったのね」

 

 アンリエッタの顔に、寂しげな笑みが浮かんだ。

 

「姫様……やはり、ウェールズ皇太子に亡命を?」

 

 アンリエッタはルイズの言葉に力なく頷いた。

 ニューカッスルの城で、ウェールズからアンリエッタの手紙には亡命の事は書かれていないと聞いていたが、やはりそれは嘘だったのだ。

 

「死んで欲しくなかったのよ。心から愛していたのよ、私。でも、あの方には私よりも、名誉の死の方が大切だったのね」

 

 どこか遠くを見つめる様な瞳でアンリエッタが呟くと、桐生は力強く首を振った。

 

「それも違うな。あの王子様はあんたやこの国の為に、あの国に残ったのさ」

 

 桐生の言葉に、アンリエッタが呆けた様な表情を浮かべる。

 

「私と……この国の為?」

 

「今自分がトリステインに亡命すれば、反乱勢に攻めいる為の格好の口実が出来ちまう。あの王子様はそれを心配していたんだ。本人から直接聞いた」

 

「ウェールズ様が亡命しようとしまいと、攻める時は攻めて来るでしょう。個人の存在だけで、戦は発生するものではありませんわ」

 

「あの国に残り、そしてあんたやこの国に迷惑をかけないのが、あの王子様なりのあんたへの愛だったんじゃないか? そばにいるだけが愛の表現じゃない。愛してるからこそ、時に突き放し、自ら身を引く場合もある。あんたがどう思うかは知らないが、俺にはあの王子様が、誰よりもあんたを愛していたと思うぜ?」

 

 アンリエッタは溜め息を漏らしながら、涙で濡れた手紙を胸元で抱き締めて窓の外へと視線を向けた。

 桐生はゆっくりと、ウェールズからの必ず伝えると約束した伝言を口にした。

 

「勇敢に戦い、勇敢に死んでいった……それだけをあんたに伝えてくれと、王子様が言っていた」

 

 寂しそうな微笑みを浮かべて、アンリエッタは桐生に頷いた。

 アンリエッタは美しい彫刻が施された大理石の机に手紙を置いて、何度目かの深い溜め息を漏らした。

 

「勇敢に戦い、勇敢に死んでいく……ふふ、殿方の特権ですわね。なら残された女は、どうすれば良いのでしょうか……」

 

 桐生は何も言わなかった。何を言っても、慰めの言葉にはならないのを知っているからだ。誰かの為に死ぬ。その残された誰かの痛み、他人が簡単にわかる物ではない。

 

「申し訳ありません、姫様。私がもっと強く、ウェールズ皇太子を説得していれば……」

 

 俯き、申し訳なさそうに話すルイズを、アンリエッタは立ち上がって優しく抱き寄せた。

 

「いいえ、ルイズ。貴女は立派にお役目を果たしてくれたわ。貴女が気にする事なんて何もありません。第一、ウェールズ様に亡命を勧めろなんて、私はお願いしてないのだから」

 

 ルイズの身体を離してアンリエッタはにっこりと笑った。

 

「私の婚姻を妨げようとした暗躍は未然に防がれました。我が国はこれで無事ゲルマニアと同盟を結ぶ事が出来ます。そうすればアルビオンも簡単に此方を攻められません。危機は去ったのよ、ルイズ・フランソワーズ」

 

 努めて明るく振る舞うアンリエッタの姿に、ルイズの胸が痛んだ。

 ルイズはポケットからアンリエッタから授かった水のルビーを取り出すと、差し出した。

 

「姫様、これをお返しします」

 

 しかし、アンリエッタは首を振りながらルイズのその手を押しやった。

「それは貴女が持っていなさい、ルイズ。せめてものお礼です」

 

「こんな高価な物……受け取れません」

 

「忠誠には報いが必要です。いいから取っておきなさい。私からの気持ちです」

 

 ルイズは素直に頷くと、その指輪を指に嵌めた。

 ルイズとアンリエッタのやり取りを見送った後、桐生はアンリエッタに歩み寄ってズボンのポケットから指輪を手渡した。

 

「王子様から、あんたへだ」

 

 その指輪を受け取り眺めると、アンリエッタの視線が指輪と桐生に交互に向けられた。

 

「これは……「風」のルビー。ウェールズ様から預かってきたのですか?」

 

「ああ。事切れる前にあんたに渡して欲しいと託された」

 

 本当は勝手にウェールズの指から引き抜いてきたのだがそれは言わない。この世には、誰かを傷付ける厳しい真実もあれば、誰かを救う優しい嘘もあるのだ。

 アンリエッタは「風」のルビーを指に通した。ウェールズが嵌めていただけあってブカブカだったが、小さく呪文を唱えるとピッタリと吸い付く様に薬指に指輪が嵌められた。

 アンリエッタは「風」のルビーを愛おしそうに撫でてから桐生に微笑みかけた。

 

「それと……これもだ」

 

 桐生は腰のベルト差していたウェールズの短剣をアンリエッタに差し出した。自分の危機を救ってくれた武器ではあるが、ウェールズの形見を少しでもアンリエッタに渡したかった。

 

「この短剣は?」

 

「王子様が護身用に持っていた物だ。勝手に拝借させて貰ったが……あんたが持っていた方が良いだろう」

 

アンリエッタは差し出された短剣をジッと見つめていたが、やがてそっと優しく押し返した。

 

「それは貴方が持っていて下さい」

 

「良いのか?」

 

「武器は、使われてこそ価値があります。私よりも貴方の方がこの短剣には相応しい筈です」

 

 桐生は短剣を少し見つめてから、再び腰のベルトに差した。

 

「ありがとう、優しい使い魔さん。」

 

 寂しさを伺える笑みではあるが、アンリエッタからの感謝の気持ちが伝わり桐生も微笑みかける。

 

「あの人は、勇敢に死んでいった……そう仰られましたね?」

 

「ああ、そうだ」

 

 アンリエッタの言葉に、桐生が深く頷いた。

 

「ならば私は、勇敢に生きてみようと思います。私の命が尽きた時、向こうでウェールズ様に胸を張って会える様に」

 

 窓から差し込む午後の柔らかな日差しが、「風」のルビーを淡く照らした。

 

 

 王宮から魔法学園へと向かって風竜の背に乗った空の上で、桐生とルイズは一言も口を聞かなかった。

 キュルケは、ルイズはともかく、桐生が黙っている事に妙な不安を覚えているのかやたらと二人に話し掛けるが、二人とも「ああ」とか「そうね」としか返さない。

 

 「……なんなの? 本当に。まるでタバサが三人いるみたいだわ。いやまぁ、タバサは何となく言いたい事がわかるんだけど……」

 

 一人呟くキュルケをよそに、ギーシュが溜め息を漏らした。

 

「しかし、あのワルド隊長が裏切り者だったなんて。僕は彼を尊敬していたのに……」

 

 落ち込んだ様に風竜の背鰭に寄りかかるギーシュ。

 以前キュルケから聞いていたが、魔法衛士隊はメイジの男の憧れの的だと言う。ギーシュも自分の目指していた立場に立っていた人間の裏切りに多少なりともショックな様だ。

 ギーシュのその言葉を聞いたキュルケが、いきなり桐生の腕に絡み付いてきた。

 

「でもそんなワルドを、ダーリンが倒したのよね?」

 

「倒した……か。いや、引き分けだろうな。逃げられた訳だし」

 

 キュルケの熱っぽい視線に桐生が苦笑を浮かべながら答える。キュルケはやっとまともに口を聞いた桐生に嬉しく思い、そのまま首に腕を回して抱き付いた。

 

「それでも凄いわ! 流石はあたしのダーリンね!」

 

 そんなキュルケを見て、ルイズがグイッと桐生の袖を引っ張った。その揺れでキュルケの腕から桐生が離れる。

 

「ちょっと何よ、ルイズ! せっかくダーリンと熱い包容を楽しんでたのに!」

 

「カズマは私の使い魔なのよ。勝手な事しないでちょうだい。熱い包容がお望みなら、自分の使い魔とすればいいじゃないの」

 

 ルイズとキュルケの視線がぶつかり合い、久し振りに火花が飛ぶのを見て桐生は苦笑を浮かべる。喧嘩するほど仲が良いとは言うが、この二人の場合は犬猿、もしくはハブとマングースの様だ。

 キュルケは苛立った様子で本を読んでいるタバサの肩を掴んだ。

 

「ちょっと、タバサ! どう思う!? 「ゼロ」のルイズったら生意気よ! 今回の任務の内容も全然教えてくれないし! 馬鹿にしてるわよね!? ねぇ!?」

 

 キュルケが物凄い勢いでタバサを揺さぶる。タバサは壊れた人形の様にカックンカックンと首が前後するが視線は本へと真っ直ぐ向けられている。

 キュルケがタバサを揺らした事で風竜がバランスを崩してギーシュが背中から放り出されてしまった。

 

「ギーシュ!」

 

 断末魔の様な叫びを上げながら落ちていくギーシュに視線を向けて叫ぶ桐生。しかし他の三人は意に介した様子もなく自分のバランスを取るのに懸命になっている。

 何故意に介さないか?それは落ちたのがギーシュだから。

 

「おい! ギーシュが落ちたぞ!」

 

「大丈夫よ、ほら」

 

 慌てる桐生にルイズが落ちていくギーシュを指差す。

 落ちていく中、ギーシュは杖を取り出して「レビテーション」の魔法を唱え、すんでのところで地面にふわりと着地した。

 ウィンドドラゴンが何とかバランスを戻そうともがいた所、今度はルイズがバランスを崩して落ちそうになるのを桐生が腕で抱き止めた。その桐生の行動に、ルイズの胸はドキッと高鳴る。

 

「大丈夫か?」

 

 心配そうに見つめてくる真っ直ぐで綺麗な黒い瞳。桐生のその瞳に見つめられるだけで、ルイズの小さな胸はキュンと痛んだ。

 自分は、カズマの事が好きなのだろうか。

 確かに格好は良い。学校の男子にはない大人の色気と言うのか、そう言った魅力的に見える所もある。どんな強敵には臆さない強い心や、そばにいるだけで安心出来るほどの逞しい身体。

 しかし、桐生は平民だ。年だって自分よりも遥かに上だ。貴族と平民は身分が違う。そう教わってきたルイズにとってこの胸の痛みや高鳴りは戸惑いしか生まなかった。

 

「き、気安く触らないでよね!」

 

 結局、照れ隠しなのか桐生に怒鳴ってしまうルイズ。本当はこんな事が言いたいのではないのに。

 

「そうは言ってもな……お前も落ちそうだったんだぞ? ギーシュみたいに。」

 

「ギーシュは落ちても良いのよ。ギーシュだから」

 

 緊張からかとんでもない事を口にするルイズ。

 

「いや、あいつだって落ちない方が良いが…ともかくちょっと我慢しろ。支えてないと危ない」

 

「使い魔のくせに……」

 

 顔を赤らめてもごもごと文句を言いながらも素直に桐生の腕に抱き止められたままじっとしているルイズ。

 そんな二人を見て、キュルケが軽く首を傾げた。

 

「なんだ……貴方達、もう出来てたの?」

 

 キュルケの言葉にルイズの顔が更にかぁっと赤くなり、何か文句を言おうと口を開くよりも先に桐生の笑みが聞こえた。

 

「俺みたいな中年と一緒にされちゃあ、こいつが可哀想だ。なぁ、ルイズ?」

 

「う、う~……」

 

 桐生なりのフォローだったのだが、ルイズはその言葉に不服そうに顔をしかめながら唸っている。

 何かいけない事でも言ったか? と一人首を傾げる桐生をよそに、風竜は真っ直ぐに魔法学園へと羽ばたいた。

 

 

 魔法学園の厨房で、桐生は野菜を刻んでいた。

 その周りにはシエスタ、マルトー親父、そして他のコック達が包丁を振る桐生を見ていた。

 

「……なぁ」

 

「はい! 何ですか!? カズマさん!」

 

 一口大に切った人参を火にかけた鍋にボチャボチャと入れながら桐生が周りに声をかけると、シエスタが笑顔で元気良く返事を返した。

 

「その、そんな大勢で見られるとやり辛いんだが……」

 

「何言ってんだ、カズマ!」

 

 マルトー親父が笑顔で言う。その手には羽根ペンと羊皮紙が握られていた。

 

「お前が料理を作らせてくれなんて言うから興味があるんだ。それに俺の知らない料理だしな。しかし、カリー粉を煮込むなんてな」

 

「こっちではどういう風に使うんだ?」

 

「肉や魚にまぶして焼くぐらいさ」

 

「確かにそれも美味そうだ。今度俺にも食わせてくれ」

 

 話ながら桐生は今度はスパイスの調合に取り掛かる。「アサガオ」にいた頃、遥に勧められて一度だけスパイスの調合からカレーを作ったのが功を奏した。幸い此方の世界にも桐生が使ったスパイスと同じ物があったので、それを擦り砕いてカレー粉を混ぜる。厨房にスパイスの良い香りが漂い始めた。

 

「こりゃあ……良い匂いだ」

 

「ああ、腹が減って来るぜ」

 

 鼻をヒクヒクと動かしてスパイスの香りを味わいながらコック達が堪らなそうに溜め息を漏らした。

 マルトー親父は羊皮紙にサラサラと桐生の調理法や材料を書き込んでいく。

 材料を鍋で混ぜて煮込み、暫くして良い感じに煮込まれていくと一口味見をしてみる。

 

「……よし」

 

 口の中に広がるスパイシーな味はやや辛さとコクが足りない様にも感じるが、勝手知らない厨房で作ったには悪くない味だ。

 

「マルトー、味を見てくれ」

 

「よし来た!」

 

周りのコック達やシエスタが羨ましそうに見る中、マルトーは煮込まれた人参と一緒にルウを口に含んだ。

 

「うん? なんと言うか……スパイシーなシチュー、みたいな味だな。だが、シチューにはない深みがある。もう少しコクを出せれば、更に美味くなりそうだ」

 

 もぐもぐと味わう様に咀嚼しながら感想を言うマルトー親父にコック達とシエスタは味を想像して生唾を飲み込んだ。

 

「シエスタ、悪いんだがルイズとタバサ、それにキュルケとギーシュを呼んできてくれるか?」

 

「わかりました!」

 

 桐生が呼んできて欲しい名前を言うと、シエスタは一目散に走り出した。

 

「いやぁ、カズマ! お前が料理出来るなんて意外だったが、こりゃあなかなかどうしてだぞ!」

 

 マルトー親父が桐生の背中を叩きながら笑うと、桐生もつられた様に笑った。

 

「今度、学生やこいつ等に作ってやってくれ。あんたなら俺よりも上手く作れるはずだ」

 

 

「うん!これなかなか美味しいわ!」

 

「まぁ、悪くないわね……」

 

 呼び出された厨房のテーブルでカレーを口に運ぶキュルケとルイズが感想を漏らす。どうやらルイズにはちょっと辛かったらしい。一口含んでは水をごくごくと飲んでいる。

 

「色の違うシチューの様に見えるが、これはクセになる味だな」

 

 ギーシュもカレーを食べながら笑みを浮かべて感想を言う。

 タバサはと思い桐生が顔を向けると、空になった皿をズイッと差し出してきた。

 

「おかわり」

 

「おう」

 

 桐生は皿を受け取り再び盛ると、皿を受け取ったタバサがガツガツと食べ始めた。

 

「でもどうしたのよ、ダーリン? 急に料理なんて」

 

 食べきってスプーンを口に咥えながらキュルケが問い掛けると、桐生がタバサの頭を優しく撫でた。

 

「約束したからな。俺の得意料理を、腹一杯食わせてやると」

 

 カレーにがっついていたタバサがスプーンを止めて桐生を見上げる。相変わらず表情に変化は見られないが、僅かながら頬が赤らんでいる気がする。

 

「ふ~ん……なら、ダーリン? 私との約束も覚えてくれてるかしら?」

 

 スプーンを皿に乗せて顎に手を当てながら色っぽくウィンクを飛ばすキュルケの一言に、ルイズのスプーンが止まる。

 敵意を剥き出しにした視線を向けるルイズにキュルケは勝ち誇った様な余裕の笑みを浮かべて見せる。

 

「何よ、ルイズ? あたしはダーリンとちゃ~んと約束したのよ? 無事に帰ったら、キスをしてちょうだいって。ねぇ、ダーリン?」

 

 ルイズから桐生に視線を移すと熱っぽい視線を向けるキュルケ。

 桐生は苦笑を浮かべてから首を振って見せた。

 

「ああ、約束したな。でも今日は駄目だ。人目もあるしな。そういった事は人前でするもんじゃねぇ」

 

「あら? 二人きりでしてくれるの? いや~ん、キスだけじゃ済まなくなっちゃうかも~」

 

 まるでルイズを挑発する様に目の前で自分の肩抱き締めながら身体をくねらせるキュルケを睨んでから、今度は桐生に鋭い視線を飛ばすルイズ。

 その視線に苦笑を浮かべた直後、突然左足に鋭い痛みを感じて桐生が顔を歪める。見ると、シエスタの足が桐生の足を思いっきり踏んづけていた。

 

「すみません、カズマさん。ミス・タバサのコップに水を注ごうとしたら踏んじゃって」

 

 笑顔だが、目は全く笑っていないシエスタに妙な怖さを感じて、桐生が溜め息を漏らした。

 

「いやはや……「我等の拳」はモテモテだな」

 

「ライバルが多過ぎて大変そうですがね」

 

「シエスタ、頑張れ」

 

 桐生の背後では、マルトー親父とコック、そしてシエスタの同期のメイドがクスクスと笑いながら話し合っていた。


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