ゼロの龍   作:九頭龍

13 / 55
アルビオンへ


第13話

 ルイズを抱きかかえたまま駆け下りた一階は、既に戦場と化していた。飲んでいたワルド達にいきなり傭兵が襲いかかったらしい。

 机を倒して壁にし、ギーシュにタバサ、キュルケにワルドが魔法で応戦しているが、戦況は宜しくないらしい。

 傭兵達は長年の経験でメイジとどう戦えばいいのかを理解していた。ワルド達の魔法の射程範囲を計り、その外から弓を放っている。

 豪華な造りだった玄関口は壊され、盾代わりのテーブルや壁には無数の矢が突き刺さっていた。

 桐生は体勢を低くしてワルド達の元に駆け寄り、相手方にフーケがいる事を伝えた。

 

「王室もアテにならないわね。こそ泥一人満足に監禁出来ないなんて」

 

 キュルケがうんざりした様子で呟きながら肩を落として見せた。

 

「参ったね……まさか先日の物取りが、また襲いに来るとは」

 

「それにフーケが付いているって事を考えると、アルビオン貴族が後ろにいると考えて良いだろう」

 

 青ざめながら呟くギーシュにワルドが頷いて言う。

 そんな二人を見ながらキュルケはつまらなそうに杖を弄った。

 

「連中、あたし達の精神力が切れるのを待って、その瞬間に一気に襲い来るつもりよ。そしたらどうする?」

 

「し、心配ない、僕のゴーレムで防いでみせるさ」

 

 一気に襲いかかって来る傭兵達を想像したのか、更に青ざめた表情でギーシュが言う。心なしか声も震えている。

 

「無理ね、ギーシュ。あんたの「ワルキューレ」じゃ、一小隊が関の山よ。相手は手練れの傭兵なのよ?」

 

「ぼ、僕はグラモン元帥の息子だぞ! 卑しい傭兵風情に遅れを取る様な真似はしない!」

 

「……ったく、これだからトリステインの貴族は駄目なのよ。プライドばかり高くて現実を見ようとしないんだから」

 

 ギーシュの力強い宣言を鼻で笑いながらキュルケが溜め息混じりに零す。

 

「いいかね、諸君?」

 

 言い合いをしていたギーシュとキュルケを制してワルドが低い声で言う。

 

「今回の様な任務は半数が目的地に着けば成功となる」

 

 こんな時でも分厚い本を広げていたタバサがワルドの言葉に答える様にパタン、と本を閉じて自分とキュルケとギーシュを指差し、

 

「囮」

 

 と呟く。そして今度は桐生とルイズとワルドを指差してから、

 

「桟橋へ」

 

と呟いた。

 

「よし、開始時間は?」

 

「今すぐ」

 

 頷き尋ねるワルドにタバサはきっぱりと言い放つ。

 

「聞いての通りだ。ルイズ、カズマ殿、裏口へ回るぞ」

 

「おい」

 

 早速行動を開始しようとしたワルドに、桐生が顔をしかめて声をかける。

 

「こいつ等を置いて行けと言うのか?」

 

 明らかに納得していない、不機嫌そのものが出ている様な声で桐生が言う。しかし、そんな桐生に、ワルドは当然の様に首を振って見せる。

 

「彼女達には囮になって貰い、せいぜい派手に暴れて貰います。貴方の言いたい事がわからなくもありませんが、これが我々の任務なのです。私情は捨てて頂きたい」

 

 ワルドの言葉全てに納得は出来なかったものの、言っている事その物は間違っていない様に感じて桐生も言葉を詰まらせた。

 桐生がギーシュ達に目を向けると、キュルケが優雅に赤く長い髪をかき上げて唇を尖らせた。

 

「仕方ないわよ、ダーリン。元々今回の任務はルイズとダーリンが受けたんでしょう? どんな任務かは知らないけど。なら、ダーリン達が行くのが当然なのよ」

 

 ギーシュは薔薇の造花を弄りながら青ざめた顔でブツブツ呟いている。

 

「ああ、僕はここで死ぬんだろうか? 姫様は僕を忘れないでいてくれるだろうか? モンモランシーは僕が死んだら悲しんでくれるだろうか?」

 

 どうにもネガティブな考えを口にするギーシュを横目にタバサが桐生に近付き裏口に続く廊下を指差す。

 

「行って」

 

「……わかった。ただし、絶対に無茶はするな。ヤバくなったら必ず逃げろよ」

 

 桐生の言葉にキュルケとタバサが頷き、ギーシュがコクコクと何度も頷いた。

 

「ねぇ、ダーリン? 帰ってきたら、キスの一つでもして貰えるかしら?」

 

 矢が飛んできて次々壁に突き刺さっていく中、キュルケは色気たっぷりに笑みを浮かべて桐生を見つめる。そんなキュルケに桐生も笑みを浮かべて頷いて見せた。

 

「ああ……大人のキスを教えてやるよ」

 

「ふふ、期待してるわ」

 

 そんな風にキュルケと話していると、不意にジャケットの裾がクイッと引っ張られた。其方に目を向けると、タバサが桐生を見つめながらジャケットの裾を指先で摘んでいた。

 

「料理、出来る?」

 

「……一応、得意料理はあるが」

 

 良くアサガオで子供達に作ってあげていたカレーが頭によぎった。いつもみんなおかわりを求めてくれたのが嬉しかったのを思い出して僅かに口元に笑みが浮かぶ。

 そんな桐生にタバサが頷いた。

 

「今度それ、作って」

 

 どうやらタバサなりの恩返しの要望らしい。桐生はタバサの頭を優しく撫でながら頷いた。

 

「ああ、腹一杯食わしてやるよ。約束だ」

 

 タバサは撫でられ瞳を細めながら満足そうに、ん……と呟くと桐生に背を向けて杖を構えた。

 ふと、此方を不安そうに見ていたルイズに気付き、キュルケが鼻を鳴らして顎をしゃくって見せる。

 

「ほら、さっさと行きなさいよ。言っとくけど、あんたの為じゃないわよ? ダーリンの為に囮役になるんだからね」

 

「わ、わかってるわよ!」

 

 そう言いながらも、ルイズはキュルケに深々と頭を下げた。

 体勢が低いまま裏口へ向かった桐生達を見送って、キュルケは杖を握り締めた。

 

「さ~て、始めましょうか? ギーシュ、ちょっと「ワルキューレ」を使って厨房の、そうね……揚げ物用みたいな、油の入った鍋を持ってきてくれない?」

 

「鍋かい? あ、ああ……お安いご用だ」

 

 キュルケの要望にギーシュは頷き、「ワルキューレ」を一体作り出すと、厨房に向かって走らせた。

 すかさず数本の矢がワルキューレ目掛けて飛んできてその青い身体に突き刺さったが、なんとか鍋を持ってきてくれた。

 

「これで準備は整ったわね。ほら、タバサ。あんたもちょっとは女の子らしくなさいな」

 

 鍋の到着に笑みを浮かべたキュルケは胸元から手鏡と化粧道具を取り出して化粧を施すと、タバサの唇に淡いピンク色の口紅を塗った。心なしかやる気が伝わってきてギーシュは呆れ半分、羨ましさ半分に二人を見つめた。

 

「こんな時にまで化粧か……あいつ等をやっつける気が満々だね」

 

「当然よ! ダーリンのキスがかかってるんだから!」

 

「……料理がかかってる」

 

 ギーシュの言葉にキュルケとタバサが深く頷いた。色気と食い気、どちらも二人とってはとても大事らしい。

 

「さぁ、行くわよ。ギーシュ、鍋を入り口へ投げてちょうだい!」

 

「よし!」

 

 「ワルキューレ」に命じて油の入った鍋が入り口目掛けて投げつけられた。その鍋にキュルケが「ファイヤーボール」を飛ばすと、中の油が引火して入り口が炎に包まれた。キュルケはそのまま杖を振って呪文を詠唱し、燃え盛る炎を操って入り口付近で動揺していた傭兵達の身体を焼き始めた。

 火の勢いが強くなった所で、タバサが杖を振るって風を起こし、弓矢部隊に炎を飛ばした。暗い夜道が赤々と燃える炎に照らされる。

そんな中、たじろぎ後ずさる傭兵達の前に我が物顔で炎の中を闊歩してキュルケが前に出た。

 

「名も無き傭兵の皆様方、貴方達に一つ、教えて差し上げますわ」

 

 キュルケは色っぽく髪をかき上げながら言うと、杖を高く振り上げて燃え盛る炎を踊らせた。

 

「恋する乙女に、敵はいないのよ!」

 

 

 裏口に出た桐生達は表の方から聞こえる傭兵達の悲鳴を聞いて互いに目を配らせた。

 

「始まった様だ」

 

 ワルドがそう言うと、桐生とルイズが頷いた。

 

「桟橋とやらはどっちだ?」

 

 表とは違って暗く、静まり返った辺りを見渡しながら桐生が言うと、ワルドが「こっちだ」と先導して走り始めた。その後を、桐生とルイズが追った。

 

 

 腕が再生した巨大ゴーレムの肩の上で、フーケが舌打ちした。自分の雇った傭兵達が見るも無惨に逃げ惑い、炎に喚き散らしているのを見て苛立ちを隠せない。

 

「ったく、やっぱり金で雇った連中なんてアテにならないわね。情けないったらありゃしない」

 

「あれでいい」

 

 フーケの苛立つ声に、隣に立っている仮面の男が意見した。

 

「こっちは完全に出遅れてるのよ! あれじゃあ、あいつ等をやっつけられないじゃない!」

 

「どの道、無理だっただろう。あの使い魔の男、ただ者ではない様だしな。それに、出遅れたのにはお前にも責任があるだろう?」

 

 そう言われ、フーケは唇を噛み締めた。

 腕を砕かれたゴーレムを再生させるのに時間を食ってしまい、襲撃に出遅れてしまったのだ。片腕だけでも十分戦えはしたが、拳一つでゴーレムを腕を砕いた桐生の存在はフーケに安心感を与えてくれず、より万全な状態で挑める様に更に硬く錬成したのだった。

 

「まぁ、構わぬ。奴らを分散させられればそれでいい」

 

「そりゃあんたはいいかもしれないけど、私はそうはいかないわよ! 恥をかかされて見逃すなんて、私のプライドが許さないわ!」

 

 喚き散らすフーケに男は答えず、まるで風の音を聞く様に押し黙った。

 暫くの沈黙の後、男は一人頷いた。

 

「よし、俺はラ・ヴァリエールの娘を追う」

 

「ちょっと、私はどうすんのよ!?」

 

 自分の目的の為行動しようとした男にフーケは呆れながら問い掛ける。

 仮面のせいでわからなかったが、「女神の杵」亭前で炎を操るキュルケをチラッと見た様な気がした。

 

「連中をどうしようと、お前の好きにするがいい。焼こうが煮ようが……それこそ八つ当たろうがな」

 

 それだけ言うと、男はふわりとゴーレムの肩から飛び下り、まるで夜風の如く消えた。

 残されたフーケは再び舌打ちを鳴らす。

 

「全く……嫌な男だね。目的も何も教えずに行っちゃうし……八つ当たろうが、ですって……」

 

 ふと、先程の桐生の言葉が脳裏に蘇る。自分でもわかっているのだ。こんな事で金を稼ぎ、仕送りをした所であの子は喜ばない。だが、これしか道はないのだ。自分自身の復讐の為にも。

 チラリと、踊る炎に逃げ惑う傭兵達を見てからゴーレムを動かし始めるフーケ。

 

「なら、させて貰おうじゃないの……八つ当たりってヤツを、ね!」

 

 ゴーレムの拳が、「女神の杵」亭の入り口に叩き付けられた。

 

 

 「女神の杵」亭の前でキュルケとタバサは炎を操り、傭兵達を苦しめた。近付けばキュルケが炎を踊らせて焼き払い、距離を取ればタバサが風を操り炎を飛ばしてくる。息の合った「火」と「風」のコンビは容赦なく傭兵達を撃退していった。

 

「わかる!? 恋する乙女の炎は、溶岩よりも熱いわよ!」

 

 高らかに笑いながらキュルケが炎を踊らせる。

 ほとんどの傭兵が逃げ去ってしまった所でギーシュが「女神の杵」亭から出て来て二人と並んだ。

 

「よし! 僕も!」

 

 先程から全く良い所のなかったギーシュがここぞとばかりに薔薇の造花を振るおうとした瞬間、背後にズシンと言う強い衝撃と轟音が大地に響いた。

 振り返ると、ゴーレムの太く硬そうな拳が、「女神の杵」亭の入り口に叩き付けられていた。

 

「あちゃあ……そう言えばあの業突く張りのおばさんがいたんだっけ」

 

 キュルケが苦々しい顔で言うと、ゴーレムの肩の上からフーケが叫んだ。

 

「調子に乗ってんじゃないわよ、小娘共が! 仲良く潰されなさい!」

 

 フーケの叫びを無視してキュルケがタバサに振り向く。タバサは両手を上げて首を振って見せると、キュルケは頷いた。

 

「仕方ないわね……ギーシュ、逃げるわよ」

 

「あ、ああ、そうだね、うん、素直に逃げよう、そうしよう」

 

 つい数秒前までは意気込んでいたギーシュも、フーケのゴーレムを見るなり完全に逃げ腰になって頷く。

 そして走り出そうとした時、急にタバサがギーシュの服を引っ張った。

 

「なんだね!? 早く逃げよう! カズマも言ってただろう!? 無茶はするなって!」

 

「タバサ、時間は十分稼いだわ。ここは退きましょう」

 

「…………作戦がある」

 

 二人の説得に首を振るタバサに、とりあえず話だけでも聞こうと耳を傾ける。

 

「それ」

 

「それって……これかい?」

 

 タバサがギーシュの持っている薔薇の造花を指差し、そしてそれを振る仕草をして見せる。

 

「花びら、沢山出して」

 

「そんな事をして何になるんだね!?」

 

 タバサの考えが理解出来ず怒鳴るギーシュの胸ぐらを掴んでキュルケが睨み付ける。無言の圧力で今すぐやれ、と言っているらしい。

 キュルケの剣幕に圧されて訳もわからずギーシュが大量の花びらを造花から産み出す。するとタバサが杖を振るって風を起こし、その花びらをゴーレムに振りかけた。

 

「ゴーレムに花びらをまぶしてどうするんだね!? 目潰しにでもすると!?」

 

 花びらに包まれたゴーレムを少しの間見つめてから、タバサがギーシュに振り向き言った。

 

「錬金」

 

 

 自分のゴーレムに花びらがまぶされたのを見て、フーケは首を傾げた。

 

「何よ、贈り物? だからって手加減はしないわよ!」

 

 相手の意図がわからないままフーケはゴーレムに腕を上げさせた。動かない所に一気に拳を打ち付けてやろうと言う訳だ。

 ふと、ゴーレムの身体にまとわり付いた花びらが、滑りを帯びた液体に変わった。つん、と油の臭いがフーケの鼻を抜ける。

 「土」系統のエキスパートであるフーケはその意図にやっと気付いた。どうやら連中は花びらを「錬金」して油に変えたらしい。そして今、キュルケが杖の先に小さな火球を作り出していた。

 まずい、そう思ったが既に遅かった。油に濡れたゴーレムの身体に火の玉がぶつかった。

 

 

 一瞬で炎に包まれたゴーレムはゆっくり膝を突き、徐々にボロボロと崩れていった。

 キュルケ達は互いに手を取り合って歓声を上げた。

 

「やったわ! 勝ったわよ! あたし達!」

 

「ああ! 父上! 僕はやりました! あのフーケを僕の力で倒す事が出来ました!」

 

「何言ってんの!? 勝ったのはタバサの作戦のおかげでしょ!?」

 

 嬉しそうにはしゃぐギーシュの頭をキュルケが腕で小突く。

 燃え盛るゴーレムをバックに鬼の様な形相のフーケが立ち上がった。美しく白い肌も青い髪も黒く煤けて汚れてしまっている。

 

「あんた達……またしてもこの私を!」

 

「しぶといわね、おばさん! でも、これで終わりよ!」

 

 フーケに気付いたキュルケが再度杖を振るう。

 が、杖の先からはポスンと情けない音と煙しか出てこなかった。

 

「あら……打ち止め?」

 

 どうやら今の戦いで精神力を使い切ってしまったらしい。それはタバサもギーシュも同じらしく、両手を上げて見せた。

 そんな三人にヅカヅカと近付いてフーケがキュルケに殴りかかる。

 

「誰がおばさんよ! 私はまだ二十三よ! 大人の色気も持たない小娘が図に乗るんじゃないわよ!」

 

「はぁっ!? 十分おばさんじゃないのよ! あたしの若さに嫉妬とか、みっともないわよ! おばさん!」

 

 キュルケとフーケによる女同士の殴り合いが始まった中、既に仕事を放棄した傭兵達はどちらが勝つのか賭けを始めて歓声が上がった。

 ギーシュは疲れ果ててその場に座り込み、タバサもその場に座ると、再び本を開き始めた。

 

 

 キュルケとフーケが殴り合いになった頃、桐生達は桟橋を目指して道を駆けていた。暫く進んでワルドが建物に入ると、目の前の階段を登り始めた。

 桟橋へ向かうのに階段を登るのか、と桐生は心の中で疑問に思ったが考えている暇はない。そのまま三人は足を止めず階段を駆け登った。

 長い階段を登り切ると、丘の上に出た。そして目の前の光景に、桐生は息を飲んだ。

 巨大な樹が、四方八方に枝を伸ばしている。その大きさは山程あり、まるで東京タワーを見上げる様な気分だ。枝の先端には所々木の実の様な巨大な何かが引っかかっているのが見える。しかし、目を凝らすと、それ等は全て船だった。

 

「これが桟橋で……あれが船か」

 

驚きと感動が入り混じった声を漏らす桐生にルイズが首を傾げて見せた。

 

「あんたの居た所には、船はないの?」

 

「桟橋も船もある。だが、どちらも海にしかないな」

 

「海には海の、空には空の桟橋と船があるのが普通だと思ってたけど?」

 

 事も無げに言うルイズに、相変わらず自分の常識が通じない世界である事を思い知らされる桐生。

 ワルドに続いて樹の根元へと駆け寄ると、吹き抜けの様に洞窟になっている入り口に入った。

 樹の中は幾つもの階段があり、それぞれに鉄製のプレートが張られて何か文字が書かれていた。此方の世界の文字なのだろう。残念ながら桐生には読めなかったが、その光景は駅の行き先案内に見えた。

 程なくしてワルドは目当ての船に続く階段を見つけると、二人に合図して駆け登った。桐生とルイズもそれに続く。

 木製の階段は一歩踏み込む度にしなり、手すりもボロボロで頼りない。造られてからそこそこの年月が経っているのが伺える。

 ふと、階段を登っている足音が増えた事に気付き、桐生が振り向いた。少し前自分達が通った階段の踊場に、あのフーケの隣に立っていた仮面の男がそこにいた。

 男はまるで跳ぶ様に一気に間合いを詰めてルイズの背後に立った。

 

「ルイズ! 伏せろ!」

 

 桐生に怒鳴られ訳もわからずその場にルイズがしゃがんだのと同時に、桐生がデルフリンガーを居合斬りの様に引き抜きざまに仮面の男に斬りつけた。しかし、男も素早い動きで腰に差してあったレイピアの様な杖を引き抜いて桐生の一撃を止める。

 そのままルイズを空いている片腕で抱きかかえると、男が後ろに跳び退いた。

 

「きゃあっ!」

 

「ルイズ!」

 

 男が先程までいた踊場に立つと、桐生の背後からワルドが男目掛けて魔法を打ち込んだ。

 風の槌が男の身体を打ち付けると、男は吹き飛びルイズを離した。が、ルイズは踊場の外へと投げ出され、下に向かって落下していった。

 すぐさまワルドは階段から飛び下り、ルイズの身体を抱きかかえると何やら呪文を唱えて空中で留まった。

 ホッと一息ついたのと同時に、桐生は立ち上がった男を睨み付けながらデルフリンガーを構えた。

 男はその場で杖を振るい始めると、突然空気が冷えるのを感じた。桐生も肌に、突き刺す様な冷気を感じる。

 男が呪文を唱え始めると、デルフリンガーが叫んだ。

 

「相棒。気をつけろ! 魔法が来るぜ!」

 

 デルフリンガーの声を聞いた瞬間、男の周りの空気がパチンと音を立て震えた様に見えたかと思うと、青い稲妻が桐生目掛けて飛んできた。

 すんでの所でかわしはしたが、左手が僅かに稲妻に触れてしまう。

 

「ぐぅぅっ!?」

 

 バチバチと激しい痛みが左手から腕にかけて走り、思わず声を漏らす桐生。見ると左手首から腕にかけて赤く焼けただれていた。

 

「「ライトニング・クラウド」だ! 「風」の中でも強力な魔法だぜ! 野郎、やりやがるぞ、相棒!」

 

 デルフリンガーの声に耳を傾けながら男を見ると、もう一発とばかりに構え始めていた。

 すかさず桐生は脱兎の如く男に駆け寄って、デルフリンガーを打ち付ける。呪文の詠唱が邪魔された男が杖で刃を受け止めると、桐生は痛む左腕に鞭打ってそのまま力強く押し進む。

 

「うぉぉぉぉっ!」

 

 雄叫びを上げながらデルフリンガーを振って男を踊場から押しやり、地面へと突き落とした。

 

「カズマ!」

 

 ワルドによって階段に戻ったルイズが桐生に駆け込み、顔を覗き込んで来た。

 

「腕、大丈夫なの!?」

 

「心配ねぇ。痛みはするが、何とか大丈夫そうだ」

 

 ピリピリと痺れる様な痛みが走るが、我慢出来ない程ではない。まともに食らっていたらやばかっただろうが。

 

「流石ですな、カズマ殿。本来なら命すら奪いかねない魔法でしたし、相手も手練れの様でしたが……この高さなら助かりはしないでしょう」

 

 ワルドがチラリと階段の外に視線をやりながら安心した様に言うと、桐生はデルフリンガーを鞘に収めた。

 

「行こう。また追っ手が来られちゃたまらねぇ」

 

 桐生が言うと、二人は頷き再度階段を登り始めた。

 登り切った先には一本の枝が伸びており、その枝に沿って一艘の船が停泊していた。マストがあって帆が張られるらしいが、舷側には空を飛ぶ為らしい羽が突き出ていた。

 桐生達が甲板に乗り込むと、眠りこけていた船員が起き上がった。

 

「な、なんでぇ!? てめぇ等は!?」

 

「船長はいるか?」

 

 問い掛けに答えないワルドを疑わしく思った船員はラム酒の瓶をラッパ飲みすると派手にゲップをしながら首を振って見せた。

 

「もう寝てるぜ。用があるなら明日来るこったな」

 

 ワルドは静かに杖を引き抜いて船員にその切っ先を向けた。

 

「貴族に二度同じ事を言わせる気か? 僕は船長を呼んでこいと言ったんだ」

 

「き、貴族!?」

 

 まどろんでいた様な船員の目がカッと見開かれて駆け出し始めた。

 暫くして、手の甲で目元を擦りながら初老の男がやって来た。帽子を被っている。どうやらこの初老の男が船長らしい。

 

「こんな夜更けに何のご用ですかな?」

 

 船長は欠伸を漏らしながらワルドに問い掛けた。

 

「女王陛下直属の魔法衛士隊隊長、ワルド子爵だ」

 

 船長の眠そうな目がすぐさま覚醒したかの様に開かれ、深々とワルドに対して頭を下げた。

 

「これはこれは……して、我が船に何のご用で?」

 

「今すぐ、アルビオンに発って貰いたい」

 

「そんな無茶な!」

 

「これは勅命だ。王室に逆らうつもりかい?」

 

「貴方方が何をしにアルビオンに行くのかこっちは知ったこっちゃありませんが、朝にならなければ出発出来ません!」

 

「どうしてだ?」

 

「貴方方も知ってるでしょう!? アルビオンが最もここ、ラ・ロシェールに近付くのは朝です! その前に出発してしまうと、風石が足りませんのや!」

 

「風石ってのは、何だ?」

 

 ワルドと船長の話に割って入った桐生に、風石も知らんのか、とばかりに船長が溜め息を漏らした。

 

「「風」の魔法力を蓄えた石の事さ。その石のおかげで船は飛ぶんだ」

 

 桐生に風石の説明をした船長はワルドに向き直った。

 

「子爵様、当船が積んでいる風石はアルビオンへの最短距離分しかありません。途中で地面に墜っこっちまうのが関の山ですわ」

 

「風石が足りない分は、僕が補おう。僕は「風」のスクウェアだ」

 

 船長と船員が互いに顔を見合わせた後、船長がワルドに頷いた。

 

「ならば結構でさぁ。ただし、料金は弾んで貰いますよ」

 

「積み荷は何だ?」

 

「硫黄でさ。今のアルビオンじゃ、黄金並みの値段が付きますんで。新しい秩序を作ろうとしてる貴族の方々は、高値で買い取って下さいますんでね。火薬と火の秘薬は蓄えておきたいんでしょうよ」

 

「その運賃と同額の報酬を出そう」

 

 ワルドの言葉に船長はずる賢く笑みを浮かべると、控えていた船員が笛を高々と鳴らした。

 

「野郎共! 出港だぁっ! もやいを放て! 帆を打て! グズグズするんじゃねぇ!」

 

 眠っていた所を起こされて不機嫌そうにブツブツと文句を漏らしながらも訓練された船員達は無駄のない動きで準備を終了させ、風石を発動させた。打たれた帆と羽が風を受けて、ゆっくりと船が動き出す。

 

「アルビオンにはどれくらいで着く?」

 

「明日の昼過ぎには、スカボローの港に到着でさぁ」

 

 ワルドと船長の会話を聞きながら、桐生は舷側に乗り出して桟橋の枝から覗くラ・ロシェールの町を見渡した。

 あの三人は無事に逃げただろうか、妙な無茶をしてなければいいが、と考えて思わず苦笑する。まるで父親の気分だ、と。

 ルイズが舷側から町を見下ろしている桐生に近付き、ジャケットの裾をクイッと引っ張った。桐生が振り向くと、心配そうに此方を見るルイズの顔があった。

 

「カズマ……傷、大丈夫?」

 

 不安そうに言うルイズに優しく微笑みかけ、頭を撫でてやる桐生。

 

「大丈夫だ……見た目程酷くはねぇ。心配かけて悪いな」

 

「……使い魔の心配は、貴族として当然だわ」

 

 精一杯強がって言う物の、瞳には安堵の色を浮かべながらルイズは苦笑して言った。

 そんな二人の元に、ワルドが寄ってきた。

 

「船長の話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、攻囲されて苦戦中の様だ。貴族も馬鹿じゃない、傭兵や手練れの兵士を引き連れて攻め続けているらしい」

 

 ルイズがハッとした顔になった。

 

「ウェールズ皇太子は?」

 

 その質問にワルドは首を振った。

 

「わからない。生きてはいるらしいが……」

 

「でも、もう港町は反乱軍に押さえられているんでしょう?」

 

「その様だね」

 

「なら、どうやって王党派と連絡を取れば良いのかしら」

 

「ふむ、危険ではあるが……」

 

「陣中突破、か」

 

 顎に手を当てしかめ面を浮かべるワルドに桐生が言うと、ワルドは頷いた。

 

「ええ。スカボローからニューカッスルまでは馬で一日ですから、何とか反乱軍の間を抜けて向かうしかないでしょう」

 

「上手く……行くのかしら」

 

 不安そうな声を漏らすルイズに、ワルドが肩に優しく手を添えた。

 

「大丈夫さ。反乱軍も公然とトリステインの貴族に手出しは出来ないだろう。隙を見て、包囲網を突破したら真っ直ぐニューカッスルの陣へと向かう。ただ、夜の闇には気を配らなければならないがね」

 

 ルイズが緊張した顔で頷くと、ワルドが微笑みかけた。

 

「心配ないよ、ルイズ。何があっても、僕とカズマ殿がいれば大丈夫さ。そうでしょう、カズマ殿?」

 

 ワルドの問い掛けに、桐生は力強く頷いた。それを見たルイズの表情に、安堵の色が少し浮かんだ。

 

「そう言えばワルド、貴方のグリフォンはどうしたの?」

 

 ルイズがふと思い出した様に聞くと、ワルドが口笛を吹いた。すると、力強い羽ばたきで船の下からグリフォンが舞い上がり、甲板に着地して船員達を驚かせた。

 桐生はひとまず、まだまだ安心が出来ないのを悟って舷側に座り込んで瞳を閉じた。休めるうちに休み、体力を温存しておこうと考えたのだ。

 ルイズとワルドの相談の声が徐々に遠くなり、桐生は夢の中に落ちていった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。