ゼロの龍   作:九頭龍

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召喚された龍


第一章 異世界奮闘篇
第1話


「あんた、誰?」

 

 先程まで見ていた星のない夜空と、厭らしい程ギラつき輝いていたネオンの灯りの代わりに視界いっぱいに広がる青空に呆気を取られていた桐生はその声で我に帰り、自分が仰向けに寝ているのに気付いて身体を起き上がらせた。

 声の主は女の子だった。歳は15、6位だろうか。桃色の長い髪に白い肌の顔の鳶色の瞳が此方を不思議そうに眺めている。見た限り、日本人ではない様だ。

 周りには、その女の子と同じ位の歳の男女が、やはり不思議そうに此方を見ている。みな、制服の様な格好に黒いマントを羽織っている。

 更に周りを見回して、桐生は眉をひそめた。どうやら自分は柔らかい草が覆い茂る大草原のど真ん中にいるらしい。更に遠くの方では、昔テレビで見た様な石造りの城の様な建物が見える。見慣れたはずの高層ビルや、卑猥な喧騒に満ちた通り等はどこにもない。一体ここはどこなのだろうか?

 

「おいおい、ルイズ…「サモン・サーヴァント」で平民を呼んでどうすんだよ?」

 

 誰かがからかう様な口調で言ったのを皮切りに、桐生と女の子を囲んでいた男女が揃って大声で笑い始めた。

 ルイズと呼ばれた女の子は、そんな周りをキッと睨みながら顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

「ちょっと間違えただけよ!」

 

「どこがちょっとだよ!? 相変わらず笑わせてくれんなぁっ!」

 

「流石ルイズだぜ!」

 

 爆笑の声が響く中、桐生は今に至るまでの経緯を考え始めた。

 確か、遥達アサガオの子供達が揃って林間学校となって暫く帰って来ない事になった。じっとアサガオで待つのも何だと、久しぶりに神室町に来て親友の真島、伊達等とニューセレナで飲んでいた。

 暫く飲んでからニューセレナの前で解散し、久しぶりの神室町を探索してた所、数人の若者に絡まれ、何時もの様に殴り飛ばした。そして再び歩き出そうとした瞬間、どこかに落ちる様な感覚に襲われて意識を失ってしまったのだ。

 

「ミスタ・コルベール!」

 

 桐生が回想に耽って首を傾げてた所、ルイズの怒鳴り声が響いて再び顔を上げた。見ると、男女の中から中年の男が此方に向かって来たが、その男の格好に桐生は再度眉をひそめた。

 大きな木の杖を持ち、真っ黒なローブに身を包んでいる。眼鏡の奥の瞳は困った様な、困惑の色が窺える。禿げ上がった頭には幾分かの親近感を感じるが、格好が格好だけに怪しい人物にしか見えない。まるで映画に出てくる魔法使いだ。

 

「なんだね? ミス・ヴァリエール?」

 

 中年の男はルイズに優しい口調で問い掛けながら首を傾げて見せた。

 

「もう一回召喚させて下さい! 見ての通り、私は「サモン・サーヴァント」に失敗しました!」

 

 必死さが窺える口調のルイズに男は静かに首を振って見せる。

 

「それは出来ません、ミス・ヴァリエール」

 

「何故ですか!?」

 

「何故って……君もわかっているでしょう? 二年生に進級する際、君達は「使い魔」を召喚する。今の様にね。それによって現れた「使い魔」で今後の属性を固定し、専門過程を決めます。一度呼び出した「使い魔」を変更する事は出来ない。これは、神聖な儀式の決まりですからね」

 

「でも、平民を「使い魔」にするなんて聞いた事がありません! これは例外でしょう!?」

 

 ルイズと男の会話に桐生はついて行けず、周りを眺めながら事の成り行きを見守っていた。春を感じさせる暖かな風が肌を撫でる感触が心地良い。

 

「ミス・ヴァリエール……彼は確かに平民かもしれない。だが、呼び出された以上君の『使い魔』にしなければならない。確かに古今東西、人間を「使い魔」にした例は聞いた事がないが、ルールはルール。いいですね?」

 

「そんな……」

 

 桐生を指差しながら語りかける様に言う男の言葉に、ルイズはがっくりと肩を落とす。

 

「では、儀式を続けなさい」

 

「その…彼と、ですか?」

 

 まだ納得出来てないのかルイズが渋った様に言うと、男は溜め息を漏らしながら頷いた。

 

「さぁ、早く。次の授業がつかえてしまうでしょう?」

 

 少し強い口調で言う男の言葉にグッと言葉を飲み込み、深い溜め息を漏らしながらルイズが桐生に向き直る。

 

「ねえ」

 

「なんだ?」

 

「あんた、感謝しなさいよ。貴族にこんな事されるなんて、普通は有り得ないんだから」

 

 貴族とは、随分古めかしい言葉を知っているなと感心してる桐生をよそに、ルイズは目を瞑って手に持った小さな杖を振り始めた。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の「使い魔」となせ」

 

 長ったらしい呪文を唱えてから桐生の額に杖を置き、ゆっくり顔を近付け始めた。

 

「おい、何の真似だ?」

 

「うるさいわね! じっとしてなさい!」

 

 桐生の問い掛けを無視して半ば無理矢理に唇を重ねる。柔らかい感触が互いの唇に伝わっていく。

 そっと唇を離して男に向き直ったルイズは、白い頬を桃色に染めながら儀式の終わりを告げた。

 ルイズの頭に手を乗せ、優しく撫でながら男が頷いた。

 

「「サモン・サーヴァント」は何回も失敗しましたが、「コントラクト・サーヴァント」はきちんと出来ましたね」

 

 男の褒め言葉を聞いて、周りにいた男女が鼻を鳴らした。

 

「ふんっ! そいつが平民だから「契約」出来たのさ!」

 

「他の幻獣とかだったら、ルイズには「契約」なんて出来ねえって」

 

 再び沸き起こる笑い声にルイズが怒鳴り声を上げる。

 

「バカにしないでよ! たまには成功するわ!」

 

「本当にたまにね、「ゼロ」のルイズ」

 

 今度はブロンドの巻き髪を揺らしながらそばかす顔の少女が嘲笑う様にルイズに声をかけた。

 

「うるさいわね! 「洪水」のモンモランシー!」

 

「私の二つ名は「香水」よ! いい加減覚えてよね! 頭の中身までゼロなのかしら!?」

 

 二人の言い争いに男が割って入り仲裁する。そんな光景を見ていると急に左手の甲が焼ける様に熱くなったのを感じて桐生が自分の手を見る。すると光の様なものが見覚えのない字を刻んでいく。

 

「お前、俺の身体に何をした?」

 

 熱は一瞬だったがどうにも入れ墨の様に落ちない文字にルイズを睨みながら桐生が聞く。

 

「貴族にそんな口利いていいと思ってるの? まぁ、いいわ。「使い魔のルーン」が刻まれたのよ」

 

 説明になっていないルイズの説明に今度は脱力感を感じていると、男が熱心に左手の文字を眺めていた。

 

「さて、みんな教室へ戻りましょう」

 

 しばらく桐生の左手を眺めた後男がそう言うと、次々に男や生徒達が飛んだ。

 

「なっ…!?」

 

 それなりに経験を積み、平常心が鍛えられていた桐生も流石に驚きを顔にする。

 人間が飛んでいる。手品ではない様だ。浮かんだ全員は少し離れた場所に見える、絵画に描かれる様な石造りの城の様な建物に向かって飛び始める。

 

「ルイズ、お前は歩いて来いよ!」

 

「その平民、あんたにはお似合いよ!」

 

 飛び去っていく生徒達に笑われ、いつしか桐生とルイズの二人になった。

 ルイズは二人っきりになると、杖を桐生に突き付け大声で怒鳴る。

 

「あんた、なんなのよ!?」

 

 イマイチ状況も掴めていないが、子供相手に怒っても仕方ないと思って立ち上がる。

 

「悪いな、俺にもよくわからん。俺は桐生一馬と言う。悪いんだが、ここがどこなのか教えてくれるか? ついでに、あいつ等が何故飛べるのかも教えてくれ」

 

「ったく、どこの田舎から来たんだか……いいわ、教えてあげる。ここはトリステインって国。そして今あんたがいるのはかの高名なトリステイン魔法学園よ」

 

「魔法学園?」

 

「そうよ。選ばれた貴族だけが入れる高名で高貴な学園なの。そして私達メイジはここで魔法を学ぶ訳。学んだ魔法を使えばさっきみたいに飛ぶ事も出来るのよ。わかった?」

 

「イマイチわからんが……日本という国は聞いた事があるか?」

 

「にほん? なにそれ? 聞いた事ないわ」

 

 ルイズの大まかな説明に懸命に納得しようとはするも、日本という国が存在してない様な発言に困惑の色が隠せない。

 しかし、今自分が見てるのが現実なのはさっきの熱で思い知らされている。あれほどの熱を感じて夢から覚めない訳がない。

 

「私は二年生のルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。今日からあんたのご主人様よ。覚えておきなさい!」

 

 ひらりと身を翻し、学園であるだろう城の様な建物に向かって歩きだすルイズに返事もせず桐生も付いていく。

 ともかく、今自分が置かれている状況を確認するためにもこの少女に付いて行った方が賢明な気がしていた。

 

「それと……言っとくけどね」

 

 突然足を止めて振り向いたルイズの顔は頬が紅潮し、瞳に怒りの炎を灯しながら杖を桐生に突き付けた。そして、その小さな体からは考えられないほどの大声で叫ぶ。

 

「ファーストキスだったんだからね!」

 

「……そりゃ、光栄だな」

 

 などと答えた事に更に腹を立てたらしいルイズが大声でこちらを罵ってきたが、そこは大人の余裕と伊達に九人の子供達を見てきている訳ではないため、あっさりと躱したのであった。


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