とりあえず掘れ   作:魔法使いK

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掘る

 広大な青空にさんさんと輝く太陽。晴れ渡る青空に鳥が飛んでいるその光景はまるでリアルもかくやの光景だろう。見上げる太陽の光が目を眩ます感覚、体を撫でるそよ風は最早ゲームと言うそれを越えている。

 

 石造りの街並みの中、目の前には綺麗な噴水があった。街には煉瓦だろうか赤い屋根が並ぶ異国情緒溢れるそれは、見るものにとめどない感動を感じさせた。

 

 これがVRMMO。

 これがヴァーチャルリアリティ。

 

 まるでゲームとは思えないこの光景はなるほど、確かにパソコン等と言ったゲームが負けるはずだ。比べるのも烏滸がましい程にこのゲームは完成されている。

 これでVRMMO業界でも中堅辺りなのだ、上位のゲーム等どんなものになるのか想像できない。

 

 そしてこの光景を見てプレイヤーは皆、こう思うのだろう。

 

 ──この世界を冒険しつくしてやる…………!!

 

 辺りを見れば俺と同じで初めてのプレイなのか、目を輝かせ希望に身を焦がしてるのが傍目からでもわかる程の感動に包まれたプレイヤー達がいた。

 

 そう、彼等は冒険(ロマン)をしに来たのだ。

 

 そんな噴水場の前。

 きっと、初めてVRMMOを始めた者全てが抱くであろう想いを想起させるスタート地点を前にして俺はと言うと。

 

「スコップはどこだぁー!」

 

 一人、他とは違う気炎を燃やしていた。

 そう、俺は…………

 

 

 

 

 

 

 

 ────穴を堀りに来たのだ。

 

 

 

 

 □■□

 

 

 

 

 スタート地点に立った直後に大声をあげた俺に視線が集中するのを感じるも、普段とは違いやる気(三日坊主)に満ちた俺はそれを無視して未だ待っているであろう我が幼馴染みを探した。

 

 《ヴェルティア公国首都バレルサイド─噴水広場─》

 

 そんな文字が視界の端、右上に踊る。おそらく現在地を示してるのであろう文字は、しばらく存在を主張するように点滅した後、消えた。

 

 気付けば着込んでいた、初期装備であろう布の服が風にはためく。

 ポケットに僅かな重み。リアル志向と銘打たれたこのゲームのことだ、最初の所持金だろう。事実、辺りを見渡しながら足を踏み込めば、じゃらじゃらと大きめの小銭が揺れるような感覚と音がした。

 

 目線を上げ、辺りを見渡すとプレイヤーであろう人々が目に入った。

 鎧やローブを着込んだその姿はまるでファンタジー小説そのままだが、一部の──猫顔や蜥蜴顔など──プレイヤーを除いてその殆どが現実でいそうな顔立ちばかりだ。このゲームの仕様なのか、それとも3Dは処理が大変だからとVRMMO全てがそうなのか。

 

 初めてVRMMOをする俺にはわからないが、ともあれ自分のこのキャラも現実の自分と同じ顔立ちなのだろうな、と言うのは予想がついた。

 

「あ、おいリュウジ! お前どれだけ人を待たせんだよっ!」

 

 そうして目を前後左右せわしなく動かし、目的の人物を探してみれば、先に相手が見つけてくれたのか声がかかる。

 

 現実と変わらない顔立ちにツインテール、柄の悪そうな吊り上がった目。剣士なのか腰に剣をさし革鎧を着込んでいるそれは、我が愛すべき幼馴染みだった。

 

 怒っているのか何時もより二割増しに目を鋭くし、こちらへと歩み寄ってくる奏を見て思う。

 本来ならここで謝罪(別名大地への抱擁)の一つでもいれて、機嫌をなおして貰ってから頼み事をするべきなのだろうな、と。

 

 しかし今の俺は一味違った。あのふざけた事をぬかしてくれたAIをとことん馬鹿にするために、修羅の道を俺は歩もうとしているのだ。違いすぎて最早劇物レベルだ。

 

「カナデ! カナデカナデ! スコップ! スコップは!? スコップはどこに売ってるんだぁぁああ! 知らないとか言わないよな!? 三ヶ月前からしてるんだもんな! 知ってんだろ!? それでも答えないって言うなら今からお前の事貧乳アマゾネスって呼ぶからな! いいのか!? 俺は本気だぞ!? 嫌だったら答えてみな、貧乳アマゾネスめっ………………!!」

 

 怒濤の勢いだった。テンションに身を任せるとここまで人を貶めれると言う証左だった。人間って醜いなぁって思いました、まる。

 

 だが言い訳をするなら、これは我が愛すべき幼馴染みが貧乳なのが悪いと口を大にして言いたい。Bすら無いとは何事だ。

 

 そして明日の俺の起床が奏ボンバー(必殺 )に決まった所で、余りの暴言にプリーズしてた奏が再起動した。

 

「て、てめぇ…………っ!いきなりごちゃごちゃと何言ってんだこの野郎!だいたいだなぁ!お前は普段からそーやって人のコンプレックスの事を──」

「い、い、か、ら! スコップは、どこだぁーっ!!」

 

 そう、スコップだ。今や絶望(奏ボンバー)を乗り越えて(諦めて)想いは既に地底へと突き抜けている俺なのだ。今回ばかりは暴力系幼馴染みキャラである奏も相手が悪かったと言わざるをえない。

 

 今の俺は最早スコップで始まりスコップで終わろうとしているのだから。その始点であるスコップを求めるのも道理であろうと言うもの。

 

 スコップがいくらするのかこそ知りはしないが、そこいらの剣や槍と言った武具よりは安いだろう。少なくとも一つは手持ちの所持金で買えるはず。

 

 そしてスコップが一本でもあれば今の俺の事、必ずやフィールドに純粋に落下で死ねる程の深さの穴を掘ることができるだろう。根拠は特にない。だが必ずや怒れる獅子(沸点低し)である俺は成し遂げると俺は信じてる。

 

 そう俺の壮絶たる決意を込めた視線で奏の目をしっかりと見詰める。

 

 届け俺の熱意………………!!

 

 すると俺の意を汲んでくれたのか、奏の表情が怒ったものからまるで慈母の様な優しげなものに変わる。

 なんだろう、この期待してた表情なのに感じる的外れ感は。

 

「お前…………。大変だったんだな」

 

 かけられる言葉に俺を労る様な色が混じってるの何故なのだろうか。本当にこいつはさっきまで俺に向かって鬼気迫る迫力でにじり寄って来た人なんでしょうかね。

 

「あ、ああ! そうだ! ほんと腹立つんだぜ! 聞く!?」

「あぁ、いいいい。わかってる。わかってるから」

「マジで!? ツーカー!? 俺らツーカー!? パンツ!?」

「────あぁ、そうだ」

「…………そうなの!?」

 

 なんか知らんけどわかってるらしい。

 ほんとに何考えてやがるこいつ。なんだその私全てわかってますよ顔は。そしてパンツなのかよ。

 

「ただな、やり返すならスコップじゃなくて剣とかの方が良いぞ」

 

 こいつは真面目な顔をして何を言ってるんだ。それじゃあ地面が掘れないじゃあないかよ。

 

「いや、駄目だ! スコップしかないんだ!」

「いや、でもスコップよりも剣の方が使い易いだろう?」

「いいや! これに関してはスコップしかない、むしろスコップ以外にありえない」

 

 他にあるのなら聞いてみたいものだ。

 

「ん……?やり返すんじゃ無いのか?」

「は?いやいや、流石にそれは無理だろ」

 

 だって垢バン食らっちゃうし。

 

「じゃあ、なんでスコップなんか欲しがってるんだ?」

「そりゃあお前、────見返す為にだよ」

「…………!お前、腹が、立たないのか……?」

 

 声を震わせながら俺に奏が尋ねてきた。

 それに俺が返事をしようとすると、頭をふって、俺をやけに綺麗な目で見据えてきた。

 

「いや、そうか、。何か理由でもあるんだな…………。わかった、スコップだろう。売ってる店なら知ってるぞ、今から行くか?」

 

 何故だろう。話を続ける度にこの俺の中で暴力の代名詞と化している幼馴染みが優しくなっていくのは。

 まぁ、それでも俺の返事は最初から決まっているのだが。

 

 

 

「────もちろん!」

 

 

 

 

 □■□

 

 

 

 

 ちりんちりんと後ろで鈴が鳴った。そのまま閉まり行くドアに目線を向けず俺はドアの前で立っていた。

 

「念願のスコップ…………ゲットだぜぇー!」

 

 あの訳のわからないやり取りから数分の後。俺は遂に念願のスコップを手に入れた。

 これから俺の相棒になるのであろうスコップは渋い銀色がなんとも言えない風格を滲み出してた。

 

 《鉄のスコップ─2000B─》

 

 両手で握る相棒を撫でるとポーンと言う軽い音と共に文字が表示された。格好いい名前でこそ無いが、これからすることを思えば長い付き合いとなるのだ、大切にしていきたい。

 

 ちなみに表示されている2000Bとはスコップの値段、つまりBがこのゲーム内での通貨単位となるらしい。読み方はベクトールだそうな。

 そして俺の所持金が2500Bだったから、残るは500Bだ。意外と高い。他にもあった《回復薬・弱》が100Bだったから二十五個分もこのスコップはするということだ。

 

 だがこれで遂に、遂に穴を掘ってやる事が出来る………………!! 掘って掘りまくって限界に来たその時、こうあのAIに言ってやるのだ。「え? 完璧なゲーム? ああ、AIでも寝言ぐらいほざきますねー、このデカチチがっ!!」

 

 なんて俺がそう遠くないであろう未来に想いを馳せていると後ろにて再度ちりんちりんと音が鳴った。

 

「──たっくよぉ、金があったんなら言えよー。てっきり恒例の『募金詐欺』か『悲劇のあたくし劇場』にでも引っ掛かったかと思ったじゃねぇかよ」

「なんだそれ? 特に後者」

「いや、可哀想なキャラをロールプレイして同情を引き出して金を貰うって奴だ。しかも同情を引けないとわかると持ち前のレベルの高さで追い剥ぎにジョブチェンジするんだよ」

 

 最近流行ってんだよなぁ。

 

 そんな事をなんともなしに言う我が幼馴染みを見て、やはりこのゲームはクソゲーだと再度認識。今すぐログアウトしてディスクをへし折ってやりたいものだが、それも穴を穿つまでの辛抱。そう自分に言い聞かせて萎えかけた気力に活を入れる。

 

 ようやくスコップを手に入れたのだ、なら後は実行に移すだけ。

 俺はどこか掘れる場所は無いものかと辺りを見渡した。奏に連れられたこの寂れた店はどうやら街の郊外に近いらしく、まだ建物の建てられてない空き地や公園の様なものが近くに多く見られた。

 街の中心の方からは活気のある人々の喧騒が聞こえてくるのに対して、こっちはどうにも人がいないかった。俺と奏ぐらいしかここいらにいないんじゃないか? そんな勘違いを引き起こしそうな程に静かだ。

 

 スコップを肩に担ぎ、掘っても問題なさそうな場所を探す。────あった。

 

 店の右前。公園の様なそれは歩道の石畳とは違い土が露呈していた。避暑地なのだろうか少しばかり乾いた土と、木陰をつくる木があった。

 

 あそこにしよう。しいて理由を挙げるのならば木陰の涼しい中を堀り進めたいと思ったからだ。そこまで暑くもないとは言え、掘ってくうちに穴が蒸し暑くなるだろうと考えたからだ。

 

 行くぞと片手で奏にジェスチャーを送り歩きだす。

 

「なぁ、リュウジー。結局何すんだよ?」

 

 公園の入口であろう所は無く、仕方なしに無遠慮に入らせて貰うことにした。別に見た限り私有地でもないだろうから問題は無いのだろうが。

 

「お前スコップ片手にする事と言えば、あれしかねぇだろ、あれ。掘るんだよ」

「何を?」

 

 さして広くもない公園の中。すぐに木の近くについた。休憩用なのか設置された木製の長椅子の上、雑誌を頭に被せた男が寝ていた。何もゲームの中でも寝なくても、と思うがゲームのプレイ方法など人それぞれだ。それこそ穴を掘るなんて言う希代の変人プレイを行おうとしている俺が言っていい台詞ではない。

 

「穴を、だよ」

 

 適当に掘るところに目星をつける。しばらく悩んだ後、ここでいいかと足で目印をつくる。

 

「────ん?」

 

 ふと、視線を上に上げると奏が名状し難いものを見るような目で俺を見ていた。

 

「………………なんだよ」

「いや、なんで掘るんだよ」

 

 そんな事を奏が聞いてきた。

 

「どや顔でカルネさんがふざけた事言ってきたから」

「はぁ?」

 

 奏がすっとんきょうな声をだした。

 俺はそれから視線をそらし目印を睨む。言うことは言った、後はこれを掘るだけ。

 

 まだ欠片もスコップをさしこんではいないが、こういうのは最初が肝心だと俺は思う。

 

 初めてのギャルゲしかり。

 初めてのエロゲしかり。

 初めてのネトゲしかり。

 初めての穴堀りしかり、だ。

 

 肩に担いだスコップを下ろす。鉄で出来ているからか普通の学校で使うようなスコップよりも重く感じるが、そこまでキツい程ではない。

 

 スコップの持ち手を両手で握り、背筋と腕とを伸ばして振り上げる。自然持ち手を両手で持ってる為に切っ先が地面を向く。

 

 これが俺の穴堀りの最初。そして俺のこのゲームのシステムへの挑戦の最初。

 もしカルネさんの言う通りなら、限界があるにしろかなりの深さだろう。それこそ途中で果てが無いと諦めたくなるだろう。それでも。それでも最初の、今を思い出して頑張れる様に。

 

 最初くらい景気良くいこう。

 

 そうして俺はスコップを振り上げ、

 

「────掘ったらぁーっ!!」

 

 思い切りふり下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして次の瞬間、俺は爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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