《ディスクの存在を確認。──『テクニカル・オンライン』》
文字が視界の正面に踊る。
《『テクニカル・オンライン』を起動なさいますか?》
「イエス」
口で話そうと思ったことが確かに聞こえた。最近の科学技術は凄いなー、と思いました。
《インストールなされますか?》
「イエス」
こんな所はどこか旧世代のゲームと似ている、そう言えば昔親父にさせてもらったゲームはインストールにやけに時間かかってたっけ。これもそうなんだろうか。
《インストール中………………、終了いたしました。セーブデータがありません、新しく作りますか?》
早いなぁ。パソコンだとロードだけで結構な時間がかかんのに、これは流石の最新ゲームと言うわけか。
「イエス」
《IDを確認。…………製作しました。ゲームをロードします》
その言葉を契機に灰色の画面が一気に暗くなった。
「お、おお!?」
ロードしてるから暗くなるのはわかるが、どうにも昨日読んだ小説のせいかデスゲームを期待してる自分がいる。
どうしよう、デスゲームになったらヒロインってやっぱりカナデ? それとも謎の美少女? そしてなんやかんやでエクストラスキルを得たりとか!?
────妄想は加速するが、はっきりと言うか冷静に言うと取らぬ狸の皮算用である。
数分後に俺はとてつもない会合を経てそれを知るのである。
そして徐々に視界が明るくなって行き、
《テクニカル・オンライン》
白い画面に黒字だけのタイトル。
手抜きと言われても可笑しく無いようなそれは、なぜか俺にある種の期待を抱かせた。タイトル下に浮かぶ《ゲームスタート》の文字。
それをクリックしようと思うや否や、ポンと軽い音が辺りに響いた。
《テクニカル・オンラインへようこそ!》
ゲームスタートを告げる文字を前にして興奮がピークに達する。
気付けば、自然と口は動いていた。
「俺の冒険は、これからだぜ──!」
□■□
「テクニカル・オンラインへようこそ」
俺を迎えたのはそんな綺麗な声と辺り一面の白い部屋だった。
リアルそのままの体と白い服を着て、俺は浮游とも立っているともわからない感覚の中、戸惑っていた。
「す、げぇ…………! まるでリアル!」
目に入る光景、その全てがパソゲーなんかとは違って綺麗だ。どれだけのグラフィックスなのかリアルと見分けがつかない。
もしこんなのを三ヶ月も前から愛すべき幼馴染みが体験していたのなら何故早く俺に教えなかったのか、カナデへの怒りがつのる。まったく、これで借金分はちゃらだな。うん、なにせこれだけの物を俺に隠してたのだ大体二千円分位だろう。
「──VRMMOは初めてでしょうか?」
唐突に声がかかる。余りの驚きに気付かなかったのか、如何にも女神然とした白いトーガを纏った女性がいた。
チュートリアルキャラなのだろうか。
「え、あ、はい」
しかし対人スキルに於いて《キョドる》を会得している俺に隙は無かった。
「そうですか、ならよろしければ説明させて頂いても?」
ふふふ、と大人の微笑でこちらを見る女性はまるで人間もかくやと言った様子だ。それに胸がでかい。
胸が、でかい。
いくら俺が幼馴染みことカナデの味方であっても、どっちを揉みたいかと問われたらこっちを選ぶ自信がある。ごめん、カナデ…………!
「ええと、続けても?」
謎の謝罪を愛すべき幼馴染みに向けて行ってる間に説明ならぬチュートリアルが始まった。
□■□
「まず最初に私の名前はカルネと言います。私の仕事はプレイヤーの皆様のサポート、及びヘルプです」
「ヘルプ?」
バストサイズはいくつですか?
最初はそう尋ねたかったが、初対面の相手に──いくらAIでもそんな事を尋ねる程人間やめてなかったのは幸いと言うべきなのか、もう手遅れと取るべきなのか。
「はい。現在『テクニカル・オンライン』は約五十万人ものプレイヤーの方々がご利用なさってます。その膨大なプレイヤーの方々の疑問やクレームに対処するために、『テクニカル・オンライン』ではGMコールではなくAIである私が対処させて頂いてます」
「はぁ…………。確かに話してる限り大丈夫そうだけど、五十万ってかなりよ? そこんところ大丈夫なの?」
こんな巨乳さんと会話することが簡単に出来るのだ、俺ならかなりの頻度でコールしそうだけど。
「はい、高性能のスーパーコンピューターを使用しておりますので問題ありません。万が一プレイヤーの皆様全員がコールなさっても対処出来ます」
これを聞いて、カルネさんいっぱいのおっぱいハーレムプレイとか想像した俺は悪い子なのだろうか。
「他にご質問は?」
「あ、いや無いです。妄想なんてしてないんで、続きを早く…………!」
「はぁ? わかりました」
このままだと俺の内なる獣(見境ない)が暴れだしそうなので流して貰う事にした。
そしてそこに突っ込んでこないカルネさんは良い人なのだろう。
「ではゲームの方の説明へと入らさせて頂きます」
おお、きたきたきた! これぞゲームの醍醐味。プレイ前に説明書を読まない俺としてはチュートリアルと言うのはありがたい。
「『テクニカル・オンライン』ではスキルの無い、リアルシステムを採用しています。その為、クエストやモンスターを倒す事によって得ることのできるステータスポイントを利用してステータスを上げる事は出来ますが、錬金術師や魔術師に職人プレイをなさる場合は実際に勉強、修練を積んで貰う必要があります」
ははぁーん、これはあれだな? 楽が出来るのが脳筋ジョブで、苦しいけど強いのが魔術師とかってわけだな。
「更に職業に関しましても取得制、──つまりそれ相応の行動をすることによって称号の様に与えられます。プレイヤーの方々にはそれらを選択していただいて職業とさせて頂きます。職業補正はありません」
シビア過ぎる。
これでよく五十万もの人間がやってるな、課金要素が薄いからなのか?
「えぇーっと、じゃあ商人みたいな事してたら商人になれるってこと?」
やはり安定の街暮らし。なんでわざわざPKに会いに行くために戦わにゃならんのだ。
待ってなさい商人ライフ、目指せ成金ライフ。
「はい。ですが商人は、その、お奨めいたしません」
「え、なんで?」
「その、商人プレイヤーの方々を相手に詐欺行為を行う詐欺師が横行し、更にその詐欺師のプレイヤーの方々を相手に詐欺をする方々がいて、最早リアル過ぎる程にドロドロとした魔窟ですので」
さよなら商人ライフ。
こえーよ、街こえーよ。人間の醜さってこんなゲームでも見なくちゃいけないの? ねぇ?
「一応、NPCが担当する王族キャラが対処しているのですが商人から貴族に成り上がったプレイヤーの方々が権力争いを王族キャラに仕掛けていますので…………」
待てや、成金プレーヤーもこんな感じなの? 俺の野望、もう潰えた感じ?
「その、垢バンとかわ…………?」
無意味とわかっていてもしたくなるのが人間だ、ってじっちゃが言ってた。
「リアル志向なので、その、チートでも無い限り、でき……ないんです」
道理で販売店の商品説明に今もっともドロドロとしたゲームなんて書かれてるわけだよ。
中古が沢山あるわけだよ。売り返されてんじゃねーよ、企業。作った奴馬鹿だろこのゲーム。
「あ、じゃあ行商人とかわ!?」
あれなら街にも関わらないでほんわか旅ライフが出来るはず。成金ライフはこの際諦めよう、うん。
「その盗賊プレーヤーの方々が………………」
うん、予想できてた。
思った以上にリアルだなぁ、なんて思ってねえよ。期待した俺が馬鹿だったなんて思ってねーよ。
こりゃカナデが待ってろって言うわけだわ。どんな人外魔境だよそりゃ。
「う、う、海! 海なら!」
海賊なら船を小型化してなんとか逃げ切れるはず。そもそも海に隠れる場所などないだろ。
届け、俺の最後の希望──!
「最近は、そのぉ……マーメイドを種族に選択した方々が『人間魚雷ごっこ』を行っていまして。見つけた船に我先にとばかりに突撃し、沈めた船の数を競うと言う事を…………」
「………………」
「あ、あのぉ?」
「………………」
そろそろ、だ。そろそろ俺にも我慢の限界がある。そりゃあ最初から思っていたわけじゃあないが、今ならはっきりと言える。この、おっぱいへの自重をやめた今なら。
顔を引き締め、カルネさんの方を向いて俺は口を開いた。
「──クソゲーじゃねぇか!」
「ひぃ!」
俺の罵声が辺りに響き渡った。
□■□
あの後、罵声と言う罵声を浴びせた俺は死んだ魚の目でチュートリアルを行っていた。
「…………え、と。その、初期のステータスは皆様同じでそこから初期所有のステータスポイント、10ポイントを振り分けて貰います」
俺はまだこのゲームを続けていた。
はっきし言ってクソゲー要素満載のゲームだが、カナデが待ってるし、なにより、金を無駄にしたくなかったのだ。
それにほら、意外とプレイしてみると楽しいかもしれないし。
そうして俺は俯いてた視線を上げた。上げる途中で心配しているのかカルネさんが前屈みになってるのを見て、俺が前屈みになりそうだったけど耐えた。上げる途中で視線が一時固定されたのは俺の傷心の証であって、内なる獣(年中発情期)のせいではない。
…………ちょっとだけ、このゲームに対して前向きになれた。
《リュウ/ヒューマン/男
Lv.1
筋力──8
敏捷──6
器用──9
頑強──4
体力──4
知力──6 》
俺のであろうステータスを見る。種族は先程の傷心の間に選ばされ、面倒だったので一覧の一番上にあったヒューマンを選択したのだ。名前も同じでほぼ適当にリアルネームだ。
HPやMPが無いのは仕様らしい。
恐らく平均的であろう、俺のステータスのそれをなんともなしに押してみた。
《筋力──脳筋の証。あなたも考えるのをやめて、力が全ての世界へと来てはいかが?》
ばっちゃん、このゲームプレイヤーに喧嘩売りすぎだよ。流石の《仏のスギやん》と呼ばれた俺でもこれはキレそうだよ。
無言で《戻る》をプッシュ。次々と次の項目を押していく。
《敏捷──逃げ足だけは達者な証。あなたも扉を壊して逃げる『どっかんダッシュ』はいかが?》
わかった、これ全ての元凶は運営だわ。『人間魚雷ごっこ』とか絶対こいつが考えたろ。
《器用──貧乏の証。一生洞窟に籠ってればいいんじゃないんですかね?》
なに、こいつ職人プレイヤーに恨みでもあんの?
《頑強──人壁の証。これであなたも立派な人柱になってはいかが?》
せめてタンクか盾って言ってやれよ、報われなさすぎたろタンクが。
《体力──パシリの証。疲れないからずっとパシられ続けるんじゃあ…………! ひはは!》
パシられた経験でもあんの? ねえ? 同情はしないけど。
《知力──賢き者の証。遥か昔の賢者は魔道の全てを理解できたと言われる、君にその資格はあるのか》
なんでここだけ真面目に締めたよ、おい。お前実はあれだろ、青春謳歌出来なかった学歴エリートだろ。
もうなんか考えるのが面倒臭くなった俺は、この時点でゲーム終了したかったが落ち着いて《戻る》を押した。
「ステータス、ねぇ…………」
このクソゲー(確定)の事だ。どれを選択しても変わらないような気がするのは俺だけだろうか。
「ねー、カルネさん」
「は、はい!」
俺がステータスを選択しはじめてから体育座りで隅っこに座ってたカルネさんが、立ち上がって元気よく寄ってきた。
あぁ、三角地帯(秘境)が………………!
「フィールドってどんだけ自由なんですか?」
なんて思っている事が言葉と表情に出ないように、堪えながら聞いてみるとカルネさんがまるで可哀想なものを見るような目で俺を見てきた。
なにこれ、腹立つんですけど。ちょっと《ニトログリセリンのスギやん》と呼ばれた俺を舐めすぎじゃあねぇの?
「あの、ですねリュウ様。自由は自由ですよ?」
まるで子供をあやすように言ってきたので、危うくあやされてしまう所であったが俺はそれを鋼の心で耐えたのであった。
決意新たに俺は言い返した。
「だーかぁーらぁー、所詮ゲームっしょおー?」
今にして思えば、この時の俺はちょっと心がやさぐれていたのかもしれない。
「今、なんて言いました…………?」
でもやっぱりカルネさんにも非はあるんだと思うね、俺は。ちょっと心底腹立つ顔で心底腹立つ声で言っただけじゃんか、感情豊かすぎだよ。
□■□
「所詮ゲームなんだから、高度制限や潜水制限とかあるんだろぉ?」
「いいえ、ありません。そんな不完全なゲームとは違うのです『テクニカル・オンライン』は!」
「いやいや、不完全なのはこのゲームだろぉ!」
「あなた、なんて事を…………!」
「だってプレイヤーを御することも出来ないんだろぉ? んん?」
「ぐ、ぬぬ…………!」
「ほらほらぁ、どーしたんでちゅかぁ? 完璧なゲームじゃあ無いんですかぁ? あ、完璧なゲームかっこ笑いでしたねぇ!」
「システムなら! システムなら完璧なんです! 海も! 空も! 全て完璧に出来てます!」
「空と海、ねぇ…………」
「ええ! 特許も取ってるんですよ!」
「なら地底ならどうだよ──!」
「なんですってー!? そ、そんな地底なんて…………!」
「ほぉらな? こんなもんだろ?」
「──なんて言うと思ってましたか?」
「な、に…………!?」
「貴方ごときの想像など『テクニカル・オンライン』はとっくの昔に超越してます、地底も完璧なんですー!」
「………………かっちーん、これはキタね。もーキレたぞー、ははは」
「な、なんですか! そんなに凄んでも怖くありませんよ! 来るならこいです! 一瞬で垢バンさせてやりますよ!?」
「そこまで言うなら掘ったらぁ! 地底の底まで! システムの限界まで掘ってやらぁー!」
「出来るものならやってみるといいのです………………!」
□■□
文に纏めるとこれだけの、醜い人とAIによる筆舌し難い罵りあいが行われたのである。酒でも飲んでたのかおどれらは、と言いたい。
そして罵りあいの終了と共に俺はステータスポイントの殆どを《筋力》に注ぎ込み、チュートリアル終了をクリックしたのだ。特にステータスについて考えた記憶はない。本当に酒の勢いに近いと思う。
そうしてついた、この見るに耐えない罵りあいの結末について言うのならば、やはり最後に叫んだらあれだろう。今にして思うとほんと馬鹿だった、と思える発言だ。
ステータスの調整が終了し、チュートリアル終了をクリックしたが故に現れたのであろう光のゲートをくぐるにあたって、カルネさんのあっかんべーを見た俺は怒りのままこう叫んだのだ。
「フィールド中穴だらけにしてやるかんなっ!」