「なぁリュウ、『テクニカル・オンライン』って知ってるか?」
そう幼馴染みである
いつも通りにこの幼年からの幼馴染み──黒髪ツインテールの貧乳さん、口が悪い。──に今やってるネトゲの愚痴、「やれ、あのゲームは古参が多くて馴染みずらい」だの「レベル上げるまでがダルい、転職前に飽きそう」、「画面の向こうにいる得体の知れない誰かに話しかけるなんて無理」とか話してる折であった。
ネトゲを初めてから毎日続く俺の愚痴に顔をしかめながらも、なんだかんだで聞いてくれている愛すべき幼馴染みは唐突にこう言ったのだ。
──なら最近の流行りのVRMMOとかにしたらどうよ?
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VRMMO。ゲームの中に入ってプレイするオンラインゲーム。言葉にすると簡単なそれは約5年程前に初代機が発売された現代のゲームの象徴だ。
昔こそハードが10万やそれ以上の値段をしていたが今では改良されにされて、2万かそこらで買えてしまう一家に一台のゲームと化したのだ。
誰でもゲームの世界にダイブ、そのキャッチコピーで発売されてそれは確かに人類にとてつもない夢を抱かせたのである。
だがなにも良いことばかりでは無い。
凄すぎた技術革命は現代人のパソコン離れをおこさせたのだ。
そしてそれだけだけでは飽きたらずその一年後、後に『変態と変態の自浄作用事件』と呼ばれる事件が起きた。
「パソコンの目の前でポチポチとマウス動かすより、やっぱりリアルで剣とか魔法とか銃とかしたいじゃん? そしたらパソゲー(パソコンゲームの略)とかもうカスじゃん? どうだカスめー、やーい、悔しいかぁ…………! 悔しかったら言い返してみやがれぇ──!」、なんてふざけた事を抜かしてVRMMO信者が旧オンラインゲームに終止符を打とうとしたのだ。
無論それを易々と許すほどパソゲー信者は腑抜けて無かった、新しく作られたVRMMOの倫理規定が厳しいのを取り上げて「エロゲとかどーすのお前ら? んん? まさかその程度も考えて無かったとか? 倫理規定? パソコンにそんなものあるものかよ、すげぇだろ? 羨ましいか? ほらほらぁ、良い子ちゃんぶってんじゃねぇよ…………!」と18禁路線で攻めたのだ。彼らは過去の家庭用ゲームの経験上、エロゲなどパソコンでしか出来ないと知っていたのだ。
正に外道、だが確かにその恐ろしい問題にVR信者は一度叩きのめされたのだ。ちなみに俺はスレを見ながら馬鹿だなぁ、こいつらと思っていた。
だが現実は無情であった。
パソゲーソフトの使用可能。
第四世代機である『ゲームボックス』に付けられた新機能、それが決定的であった。
名目上、パソコンで使用可能な円盤ソフトをVRMMOでも出来る様にと銘打たれたそれは、事実上のエロゲのVR化であった。 過去の名作ゲーを今一度VRで! そんなメーカーの言葉とは裏腹に、VR信者は確かに気付いていたのである。
「つまり、…………エロゲーも?」
そっから先は酷かった。鬼に棍棒と言うべきか、なんと言うべきか破竹の勢いとも言える程の速度で数多くのパソゲー信者はVR信者によって駆逐されたのである。
「パソコンの前でするのって、………………なんか、虚しいよね」
この言葉を最後に殆どのパソゲー信者が力尽き、結果としてゲームと言うゲームがVRハードに集約された。
話にすると下らないが、事実確かに某5ちゃんねるでもスレ立てされて論議を交わされていたのである。ちなみにスレは数にして表すと五百を越えるらしい。
だが、だ。画面の向こうの人恐怖症の自分としてはVRMMO等とんでもない、と言うわけなのだ。
だってゲーム内のいさかいとか怖いし、レアアイテムの取り合いとかも怖いし、そもそも今やってるゲームでもソロだし。
つまりだ。
今やってる、現在となっては数少ないMMORPGで手一杯な俺はVRMMOなんて言うボッチ量産機の悪魔のゲームなど決してしないのだ。決してだ。
例えそれが愛すべき幼馴染みの誘いであっても、仮に俺が幼馴染みに千円の借りがあったり、テスト勉強の面倒を見てもらってるとしても、だ。
絶対にVRMMOなとしてやるものか。小説で読んだが、あんなのいつかデスゲーム化するか異世界に飛ばされるに違いない。危なすぎるだろ。
とにかく絶対、VRMMOなんかに負けないんだからっ!
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VRMMOには勝てなかったよぉ…………。
言葉にするとこの一言で終わります、はい。回想終了して今日なのにこれです、負けるのが早すぎる気がするんだけど。
「あれ、兄貴ようやくVRMMOすんのー?」
リビングの真ん中にて三ヶ月前に買って、そのまま放置していた第六世代VRハード『リアルキューブ』の前にて正座していた俺に妹が話かけてきた。
風呂上がりなのか若干エロいんですけど、これはもう逆セクハラで訴えたら勝てるんじゃないんですかね。まぁ心優しい僕は肉親の情で見逃してあげますけどね。断じて敗訴するのが目に見えてるからじゃあない。
「兄貴パソコン派じゃ無かったー? 三ヶ月前に奏さんに言われて買ったわいいけど、結局初期設定しかしてないし」
「うるさいぞ妹ちゃんよ。俺はもうパソコンなど卒業したのだ、そして今日から心機一転廃人ぷれーやーになってやるのだ」
「廃人って、兄貴の事だから三時間で飽きそうな気がするんだけど…………」
うるさい、と視線を目の前の機械に向けたまま返事を返す。そんな無防備な格好で俺の前に立つんじゃない、俺の息子が立っちまうだろう。俺の息子の「起立──!」なんて見られた暁には俺は首を括る自信があるんだぞ。
「てか、このソフトなに? またパッケージだけで判断したの? 兄貴これで11回目だよ?」
薄手のシャツとホットパンツのまま妹が前屈みになって新品のソフトを手に取る。
あ、っちょそんな前屈みにならんといて! いいんですか? 見えちゃいますよ? いろいろと見えちゃいますとの事よ!?
俺の心境を表すとこんな感じなので、妹様(現人神)の持ってるソフトについて考えて無我の境地に至ろうと思う。あ、鼻血でそう。
昨日の放課後、話そのままで我が愛すべき幼馴染みによってゲーム販売店に連れて行かれた俺は三ヶ月前から幼馴染みがしていると言うゲームを見に行ったのだ。
着いた当初こそどんないちゃもんをつけてやろうか、このアマめ……! とパソゲー信者(ぼっち)としての魂を燃やしていたのだが、そのパッケージを見て天啓を受けたのだ。
──なにこれ格好良すぎ。
リアル志向と書かれたそれはきらびやかな装備ではなく無骨な装備が大半で、よくあるキラキラしたゲームとは違った印象を受けたのだ。
無骨な大剣を背に背負って戦う戦士、鋼一色のプレートアーマーを着込んだ騎士、木材片手に天地魔闘のポーズをとる村人、真っ黒なローブに身を包んだ魔法使い、鍋の蓋を構える弓使いのエルフ。
これを見た瞬間、ぶっちゃけこれは買うしかないでしょ、そう俺の中のゲーマー魂が叫んだのだ。
そっからはもう、善は急げだった。後はもうカセット片手にレジへと直行、気付けば幼馴染みに千円借りていた。
借金二千円である。
ついでに月始めなのにお小遣いが全てとんだ。これはもう奏ではなく奏様と呼ばなくてはならないのだろうか?
兎にも角にも買ってしまった『テクニカル・オンライン』通称テクオン、考えた奴のセンスを疑う程のセンスの無さだが面白そうなのは事実。そして奏様(決定)にも別れ際に──家はすぐそこなのだが──「帰ったらすぐにログインしてスタート地点で待ってろよ」と言われたのは良いのだが、俺はとてつもない問題にぶち当たっていた。
こんなゲームソフトなんかに関してではない、もっと大きな事にだ。
「やい、妹ちゃんやい」
「なんだい兄貴やい」
返ってくる妹の返事は軽いものだ、しかしすぐに重いものと化すだろう。それだけの事を、俺は言おうとしている。
脳裏に浮かぶのは一つの言葉。
『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』、普段の俺ならば鼻で笑って後者を選択するが今の俺は違う。
覚悟を決めろ杉村隆二。
とてつもない緊張に身が震え、冷や汗がでる。体は硬直し上手く動かない。
それでも、それでもこの胸の内の覚悟が熱く燃え盛り体が熱を帯びる。燃え盛る気炎は今か今か、と叫んでいる。
落ち着け、胸中にそう呼び掛ける俺の声はしかしどうしようもない熱を放っていた。気付けば冷や汗は消え、震えは治まっていた。
今なら行ける、そう体が言っていた。行け、行け、杉村隆二。今なら行ける──!
「どうやってこれ起動させるんですかね…………!」
「説明書読めば?」
「あ、はい」
萎んだ俺の気炎と同じように、気のせいか妹の目は冷たかった気がする。
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「ええと、これでおーけー?」
ハードにネット回線を繋ぎディスクを入れた、俺はまたもや正座していた。
罰ゲームではなく、過去二回パソコンを起動時にぶっ壊した歴史のある俺としては慎重に慎重を重ねているのだ。
そしてようやく終わった準備。既に隣に住む愛すべき幼馴染みはログインしているのだろうが、帰宅からもう一時間はたってる、早くログインせねば明日の起床が奏ハンマーになってしまう。あれは駄目だ、一度中学生の時に受けたキリだがあの呼吸が完全に停止した感覚は今でも覚えてる。
だがそれでもよーやく準備が終わったのだ、これでようやくログイン出来ると言うものだ。
フルフェイスだと首が痛くなるとの事で仮面型に改良されたそれを被りベットに寝転がる。
「電気は消した、飯は食った、トイレは行った。準備完璧!」
関係ないけど節電は大事だよね、やっぱり。
そんな事を考えながら仮面の横に付いてるスイッチを入れる。電源が入ったのか小さな機械の起動音を聞いて「思ってたより音が小さいんだなー」と密かに感動。
スタンバイ状態になったのか肉体の感覚が消える、ハードに電気信号が接続されたのだと少したって気付く。思えば初期設定の時もこんな感じだった。
ハードから送られてくる電気信号の画面、灰色のそれに緑色の文字列が並ぶ。
《ゲームをスタートなさいますか? ──Yes or No》
肉体こそ動かないが口の端が吊り上がるのを感じた。
いつだってゲームの起動の時は盛り上がってくるものだ。先程の妹の時とは違う高揚が身を包み俺は、
「イエス!」
──ゲームを始めた。