時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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97話 果てしなき流れの果へ その1 式典への招待

 

 

 

元々6月に予定されていたユリアン達の結婚式であるが、相次いだ混乱と、花嫁達の負傷により、9月に延期されていた。

 

それでも時間がないことに変わりはなかった。

 

準備の打ち合わせの最中、ユリアンは思わず大きな声をあげた。

「結婚式に同年代の友達を呼ぶ、だって?」

結婚式にエリザベートとサビーネが同年代の友人を呼びたいと言い出したのである。

 

それ自体はわがままでも何でもない普通の要求だった。しかし、ユリアンには同年代の友達などいなかった。正確には一時期はいなかったわけではないが、正体を隠した状態での付き合いでしかなかった。

ヤンやポプラン、マシュンゴなど、友達と言えなくもない人々はいたが、友人席に座ってもらうべき立場かと言えば違ったし、年も離れていた。

つまり、結婚式でごく当たり前の友人として席に座ってもらえる人にユリアンは心当たりがなかったのである。

 

それでも今のユリアンには心強い同志がいた。

「マルガレータ、どうしよう?」

 

マルガレータはギョッとして問い返した。

「どうして私に訊くんだ?」

 

ユリアンは、何を言っているのかと言いたげだった。

「え?だって僕達には友達がいないじゃないか?」

 

「……」

マルガレータは思い出した。ユリアンを傷つけたくなくて、その思い込みを訂正できていなかったことを。そのツケが今になって回ってきた形である。

 

マルガレータの様子に、ユリアンも察せざるを得なかった。

「メグ、まさか、友達、いたの?」

 

「……すまない」

 

ユリアンは信じていた婚約者の裏切りに絶望に満ちた表情になった。この世のすべてが信じられなくなりそうだった。

「マルガレータ、今まで僕を騙していたんだね」

 

慌ててサビーネやエリザベートが仲裁に入ろうとした。

「そりゃあ普通友達ぐらいいるわよ。あ……」

 

ユリアンはその場に崩れ落ちた。

「そうだよね、普通いるよね。僕がおかしいだけで……」

 

花嫁達がユリアンを落ち着かせるのに二時間以上の時が必要だった。

 

エリザベートが項垂れるユリアンにおそるおそる尋ねた。

「ええと、ユリアン。誰かいないの?同年代の友人」

 

ユリアンは四人の顔を見た。

 

「ええと、私達以外で、ね」

 

指導者として皆を導いて来たユリアンが、この時には幼い少年に戻ってしまったかのようだった。

 

ユリアンは絞り出すように答えた。

「エルウィン」

 

「収容所から出て来られないじゃない……。それに、同年代でもなムグ」

サビーネの口はカーテローゼの手で塞がれた。

 

「他には?」

 

「シンプソンさん」

 

彼女達にとっては避けたい名前だった。

「他には?」

 

「……クリストフ・ディッケル」

 

「ユリアンの友人というよりは、メグの友人じゃ、ムグ」

サビーネの口は再度塞がれた。

 

マルガレータが尋ねた。

「頼んだら来てくれそうか?」

 

「う……」

 

口ごもるユリアンにマルガレータは助け舟を出した。

「私が頼もうか?ユリアンの友人として来てくれるように」

 

ユリアンは口の開け閉めを繰り返した後にようやく応えた。

「お願いします」

 

 

 

マルガレータから連絡を受けたクリストフは仏頂面をしていた。

「君の頼みなら聞いてやりたいけど、あいつの友人としてだって?そこまで友人がいなかったのか」

 

「お願いだ」

 

「……一つ質問に答えてくれるか?」

 

「何だ?」

 

クリストフはスクリーン越しにマルガレータの瞳を見つめた。

「僕は君のことが好きなんだ。知ってた?」

 

少しの間が空いてマルガレータの口から回答が零れた。

「知らなかった」

 

「僕が告白していたら何か変わっていたかな?」

 

ほんの少しだけ躊躇った後にマルガレータは返した。

「いや、変わらなかっただろうな。お前は友達だ。でも、私は出会った時からユリアンが好きだったんだ」

 

「そうか。ならしょうがない。ユリアンの友人ととして結婚式に出るよ」

 

「ありがとう。お前はいいやつだ」

 

ディッケルは一瞬複雑な表情を見せた。

「マルガレータ、帝国に行っても元気でいろよ。……友達でいてくれるか?」

 

「当たり前だ。だけど、私は少なくともあと数年は銀河保安機構に所属し続けるぞ」

 

「え?」

 

「ベアテ……娘をユリアンと引き離すなんてそんなことできないだろう?ちょうど月支部に欠員が出るらしいから……」

 

クリストフは急に情けない顔になった。

「ちょっと待って。最後だと思ったから恥を忍んで告白したのに。今度からどんな顔して君に会えばいいんだよ?」

 

「友達だろう?友達って顔をしてくれればいいじゃないか」

マルガレータはそう言って堪えきれずに笑い出した。

 

その様子に、これは完全に脈はなかったんだな、あとに引かなくて済みそうだとクリストフは思った。

 

 

 

リリイ・シンプソンにはユリアン自身が連絡を取った。彼女はルパート・ケッセルリンクの秘書官となっていた。

「僕の友人として結婚式に出てもらえませんか?」

 

リリイは目を瞠った。

「……いいんですか?」

 

「駄目な理由なんてありましたか?」

 

「……いいえ。しかしあなたの友人としてとは……」

 

ユリアンは情けない顔になった。

「皆、同世代の友人をたくさん呼ぶらしいんです。でも僕は友人がいな……少ないので」

 

「わかります。私も友人がいな……少ないので」

 

「リリイさん……」

ユリアンは真の同志を見つけた思いだった。

 

リリイは笑顔で大きく頷いた。

「わかりました。そういう理由なら私も手を貸しましょう。あなたには借りがあったことですし」

 

リリイが快諾してくれたことにユリアンは安堵した。

 

リリイとクリストフでようやく二人。それでも少ないが、いないよりは断然よかった。

 

ユリアンと四人の花嫁の結婚式は、月で行われるものとしては史上最大級のものとなった。

花嫁の数からして通常の4倍だったし、結婚する者があのユリアンとなれば当然でもあった。

 

結婚式、披露宴の参加者も非常に大人数となった。

銀河首脳の出席は、新銀河連邦の新主席であるルパート・ケッセルリンクのみだったが、他の者も祝電を送ることになっていた。

結婚式の司会はネグロポンティ新総書記である。

 

宇宙暦805年9月吉日、若干の不安要素を抱えながらもユリアンとその花嫁達は結婚式に臨むことになった。


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