時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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暗い展開が続いておりすみません。
もうすぐ色々と終わりますので。





90話 永遠の夜のなかで その13 宇宙暦865年〜 暗黒の歳月

 

 

宇宙暦865年4月、タナトス星域に上帝の軍勢が侵入した。

アスターテから二十年、二度目の来襲である。

 

迎え撃ったのは、ライアル・アッシュビー銀河保安機構宇宙艦隊副司令官。

彼もまたアンドロイド体となっており、正確には第12号アンドロイドだった。

フレデリカも、彼とともにアンドロイドとなり、高級副官を務めていた。

 

五万隻の艦隊で迎え撃ったライアルだったが、善戦むなしく艦隊をすり減らすことになり、最終的には恒星破壊砲で恒星を超新星化させ、上帝軍二百億機を道連れに戦死を遂げた。

この戦闘には〈蛇〉一万匹も援軍として参加した。

〈蛇〉はこれ以降人類の同盟勢力として、各地の戦いに実戦力として参加していくことになった。

 

 

艦隊戦力による上帝軍の誘引と、恒星超新星化による殲滅が、ユリアンをはじめとした対上帝作戦考案チームの考え出した作戦だった。

 

人類領域にある数十万の恒星を陣地とし、損害の強要と、敵の侵攻スケジュールの遅延を図るのが人類側の意図である。

 

上帝の主要ターゲットは、宇宙における利用可能な天体質量の大半を占め、巨大なエネルギー源でもある恒星それ自体だった。そうである限りは、この作戦は有効に機能した。

 

たとえ上帝の総兵力を考えればごくわずかな損害に過ぎず、あくまで侵攻を遅らせる効果しかないにせよ。

 

各地で上帝軍に侵入された恒星が超新星と化していった。

 

宇宙暦887年、エリザベートとサビーネが同じ年に死んだ。

彼女達は生身のまま生き、死んだ。

アンドロイド体としてユリアンのアンドロイドと共に生きる選択肢もないわけではなかった。しかし、月都市の地下に眠る生身のユリアン、マルガレータと共に永遠の眠りにつく道を彼女達は選んだ。

アンドロイドとなったユリアンが本物のユリアンだと彼女達はどうしても思えなかったのだ。

 

宇宙暦888年、カーテローゼも死んだ。彼女は死ぬに際してアンドロイドとなる道を選んだ。彼女も迷っていた。しかし、エリザベートとサビーネの死にユリアン・アンドロイドが苦悩する姿を見て、自分自身であるかはともかく、彼のために自らのアンドロイドを残そうと思ったのだ。

 

その間にも銀河を舞台とした遅滞戦闘が続いていた。

 

各地でアンドロイドとなった将兵達が勇戦し、敵とともに全滅した。

 

ブルートフェニッヒでエルウィン・ヨーゼフ・アッシュビー39号率いる八万隻が。

ヴァンステイドでカール・フランツ・ケンプ27号率いる七万隻が。

アルトミュールでダスティ・アッテンボロー5号率いる二万隻が。

カストロプでマルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー67号率いる四万隻が。

モールゲンでエルマー・フォン・クロプシュトック3号率いる十万隻が。

シュパーラでウィレム・ホーランド95号率いる三万隻が。

………

……

 

すべて遅滞戦闘に過ぎなかった。

 

宇宙暦2061年、外縁部の殆どの星系が超新星化するに至って、ついに上帝が人類領域の内部に侵入を開始した。

 

人類はここでも恒星の超新星化を実施した。

人類領域内部の殆どの星は既に無人化されていた。

 

宇宙暦3001年、上帝が人類側主要星系に初めて到達した。

最初は、ワープ不能領域に最も近接していたフェザーン星域だった。ここまで見逃されていたのが奇跡に近かったとも言えた。

 

しかし上帝が襲来した時、その地には既に誰もいなかった。

 

フェザーンに集まった25億人以上の人々は、可住惑星であるフェザーン第二惑星ではなく、フェザーン第三惑星の衛星グラーゼに集められた。

 

グラーゼは月のように要塞化されており、人々はその内部に隠れるように住むことになった。空間も物資も25億人を収容できるだけの余裕が十分にあった。

 

グラーゼは上帝到達前に、第三惑星軌道から離脱させられ、さらに加速され、フェザーン星系自体からも離れ去っていた。

無論巨大なエネルギーを必要としたが、生き延びるために背に腹は代えられなかった。そのためにフェザーンの恒星のエネルギーは人類が利用可能な限りにおいて絞り尽くされた。

 

同様のことがバーラトでも、ヴァルハラでも、太陽系でも行われていた。

 

人類は当初から居住環境として恒星系自体を放棄することに決めていた。

 

 

宇宙暦3103年、モールゲン星系に上帝到達

宇宙暦3875年、バーラト星系に上帝到達

宇宙暦4205年、キッシンゲン星系に上帝到達

宇宙暦5158年、ヴァルハラ星系に上帝到達

宇宙暦7102年、アルタイル星系に上帝到達

宇宙暦7470年、太陽系に上帝到達

 

人類は、全ての恒星系を喪失し、要塞化した放浪天体を拠点に、広大な恒星間空間の中に隠れ潜むことになった。

 

衛星をすぐに検知するには、恒星間空間は上帝の軍勢にとってすら広過ぎた。

宇宙空間で光を発しない天体を見つけるのは元々困難である上に、広大な恒星間空間には類似のサイズの天体が少なからず存在し、人類が拠点としている天体を見分けるのは難しかった。

 

あるいはこのまま上帝が恒星系のみで満足すれば人類は生き延びられたかもしれない。

 

しかし、上帝は恒星間空間にある天体までも資源化し始めた。

 

数に任せて探査用の機体"シーカークラス"を多数派遣し、発見された天体を自らの資源とするために片端から解体し始めた。

 

 

人類の拠点となっていた天体にもその手は伸びた。

人類は未だに多数抱えていた宇宙艦艇群を、シーカークラスの破壊、発見防止のために派遣した。

 

恒星間空間を舞台に単艦同士の遭遇戦が展開された。

拠点を明らかにさせないために。

人類が派遣した艦艇群には、拠点情報を記憶から消されたアンドロイド将兵が搭乗した。

各艦一人の将兵が操縦しており、かつての単座式戦闘艇全盛時代を彷彿とさせた。

オリビエ・ポプラン、グスタフ・イザーク・ケンプなど撃墜王として名を挙げた将兵もアンドロイド体の中には含まれていた。

オリビエ・ポプランは、アンドロイドとなってもあいも変わらず性欲を維持し続けた。若い体を維持することがアンドロイドとなった目的であるとも噂された。一方で彼は長く続くアンドロイドとしての生に飽きを感じており、30年経過する度にアンドロイドとしての記憶を消去するという奇行に出ていた。

そもそも、正気では絶望しか待っていない戦いには臨めないのかもしれなかった。

 

宇宙暦53749年、人類の拠点天体の一つであるアルタイルIIが上帝に発見された。

人類は要塞化されたアルタイルIIに篭って粘り強く抵抗したが、五月雨式に来襲する敵の前についに敗北し、全滅した。

 

この後、上帝によって人類拠点は一つ、また一つと発見され、破壊されていった。

〈蛇〉もまた恒星間空間に隠れ潜んでいたが、状況は人類と変わらなかった。

 

戦況は精神波通信によって人類拠点「月」のユリアン・フォン・ミンツ第1号にも伝えられた。

 

人類拠点の発見と破壊にはそれぞれ長い時間がかかったが、上帝は時間を気にする存在ではなかった。

 

上帝の襲来から十万年以上の歳月が経過した。

 

人類の拠点は、太陽系を離れて放浪を続ける「月」ただ一つを残すのみとなった。

 

再び、長い時が経った。


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