時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

90 / 105
今回短めです


88話 永遠の夜のなかで その11 夜来たる

 

 

 

 

破局、三大技術の喪失はレディ・Sの予告通りの日に訪れた。

 

何の予兆もなく、その瞬間何かが変化したということを体感した者は殆どいなかった。

しかし、超光速通信は予定した時刻に断絶し、衛星施設からは人工重力が失われた。星間貿易の為に活動していた恒星間宇宙船はその本来の役割を終えた。

 

それに伴う混乱は、事前のアナウンスと準備によって最小限に抑えられた。

 

自給自足の不可能な辺境星系は予め放棄され、人々は特定の星系に集中させられていた。

ヴァルハラ、アルテナ、トラーバッハ、エックハルト、マリーンドルフ、バーラト、メルカルト、ガンダルヴァ、ハダド、フェザーン、モールゲン、リューゲン、キッシンゲン、アルタイル、太陽系……

この避難は数年をかけて行われた。その船隊は故事に習って箱舟隊と呼ばれた。

それぞれの星系には各種資源、プラントが運び込まれ、自給自足の体制が整えられた。

フェザーンのような多数の人口を抱える惑星でさえも。

 

一部には中央政府の指示に従わない星系政府も存在したが、再三の説得と、避難希望者の退避の後、最終的には捨ておかれることになった。

 

この一連の対応は、銀河行政機構長官ブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒによって主導されたものだった。

彼でなければ、これほど迅速で徹底的な対応は難しかっただろう。

そのシルヴァーベルヒも、宇宙暦835年を迎える前に勇退した。後任はリリー・ケッセルリンクだった。彼女は新銀河連邦主席ルパート・ケッセルリンクと20年前に結婚していた。

 

従来の超光速通信は使えなくなっていたが、星系間の通信は代替手段によって辛うじて保たれていた。精神波通信である。

拝蛇教徒の中には再び〈蛇〉との融合を望む者達がいた。新銀河連邦は彼らに望みを叶えさせる一方で、彼らの精神ネットワークを超光速の通信手段として利用することにしたのである。無論厳重な監視の上でのことだったが、少なくとも生き残ることに関して〈蛇〉と人類の利害は一致していた。

 

銀河保安機構は、光速の制限の中でも人類領域における治安維持組織の役割を果たすことができていた。

保有する艦艇の殆どは既に光速航行用のものに切り替えられていたし、保護すべき人々は今や特定の星系に集中していた。

ミュラーは破局に銀河人類が対応できたことを確認した後、銀河保安機構長官の座から降りた。

後任はユリアン・フォン・ミンツだった。

既に五十代となっていたユリアンの長官就任に反対する者は殆どいなかった。それだけの実績と信望を彼は既に積み上げていた。

銀河保安機構統合本部長にはクリストフ・ディッケルが、宇宙艦隊司令長官にはマルガレータ・フォン・ヘルクスハイマーが就任した。

 

避難を拒んだ星系においては多数の餓死者が発生したり、不毛な内戦に陥ったところもあったが、人類全体から見ればごく一部に過ぎなかった。

人々は破局後の10年を、ある意味では平穏に過ごすことができたと言える。

 

その裏で、銀河人類唯一の星間軍事組織となった銀河保安機構は来るべき上帝の侵略に対応するため、慌ただしく動き続けた。

 

そして、宇宙暦845年。

 

上帝がついに人類領域に姿を現した。

 

その最初の出現場所はアスターテ星域。

 

レディ・Sの情報の通りだった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。