「話が逸れてごめんなさい。
使用可能なエネルギー量を尺度とするカルダシェフの文明レベル分類で言えばタイプ3文明。銀河レベルでエネルギーを利用していることになる。使用エネルギー量で言えばタイプ2にも未だに届かない現行の人類文明とは隔絶していた。
ヤンはレディ・Sに問いかけた。
「レディ・S、我々自身にそのような文明が築けるとは思わない。少なくとも今の我々のままでは。彼らはどうやってそのような文明を実現したんだ?」
敵を知るのは戦略を立てるために必要なことではあったが。
「歴史に対する興味が入っているわね。ヤン・ウェンリー」
レディ・Sは苦笑しながら続けた。絶望的な話を聞かされて尚、関心事に執心できるのは才能だとも思いつつ。
「私はこう考えている。彼らの正体は光速の制限の下で発展した文明の後継者の集合体。そして、彼らの目的は我々の世界の乗っ取りだと」
「詳しい説明が聞きたい」
「勿論よ。はじめにことわっておくけど、ここからの話は探査機の収集したいくつかの断片的な情報と、私が多数の歴史を過ごして来た経験から私が推測したことよ。
上帝の世界、ワープ不能宙域は我々の世界と物理法則が少し異なっている。その最たる結果が、ワープなど三大技術が使用不可能なことなのだけど。ヤン・ウェンリー、逆に問うけど、一つの惑星上、あるいは星系に閉じ込められている文明はどうなると思う?」
「それは、フロンティアを持たない文明がどうなるかということかな?いずれ衰退期に入り、内乱で滅びるか……」
「存続し、発展し続けるとしたら?」
「それは、何らかの発展の余地、フロンティアを見出したということじゃないかな?それを言い当てることは難しいけれど、上帝は光速の限界の中でフロンティアを見出したということかい?」
「見出したのは上帝ではないのだろけど、その通りよ。あくまで私の推測だけどね。光速の限界の下で一つの惑星、一つの星系に閉じ込められた者達は電脳世界にフロンティアを見出した。情報通信技術や人工的な知能を極度に発達させたのよ。
我々の世界は超光速航行が可能だから、我々は宇宙をフロンティアとして発展を続けた。情報工学も相応に発達させたけど、それは特に頑健性に関してのものとなった。様々な環境に対応する必要があったのもそうだけど、計算能力自体の向上に関して物理法則に基づく理論限界があったせいよ。
上帝の世界においては計算性能の向上が続いた。上帝の世界にはそれを可能とする物理法則の差異もあった。主に量子力学の方面にね。
結果、情報通信技術が極度に発達した社会が生まれた。そしてその先に出現したのが、
「技術的特異点?聞いたことがあるな……たしか、初期の計算機の発展と関連して」
「そうよ。13日戦争以前、西暦で20世紀の頃に唱えられた概念よ。テクノロジーの進歩のスピードが速くなり過ぎて予測が不可能になる歴史上の一点を意味するのだけど、特に人工的な知能が人類の知能を超えるタイミングのことを指すことが多かったようね」
「それなら我々も既に技術的特異点を迎えて久しいのでは?」
「電子頭脳のことを言っているのね。でもその能力はせいぜいが人を少し超えるかどうかという程度でそれ以上ではないわ。その状態で理論限界に到達してしまい、進歩が頭打ちになっている。テクノロジー全般に関してもそうね。
当時技術的特異点の概念を広めた者達は、計算機の際限のない発展を信じていた。宇宙の法則によってそれが制限されていることを想定していなかった。
一方で、上帝の世界では光速の制限が存在する代わりに計算機性能の向上に関しては制限がなかった。
それ故に人工的な知能の進歩が止まることなく、創り出した者を遥かに超える存在、超知性体とでも呼ぶべきものが出現することになった。その後に起きたことが超知性体による文明の乗っ取り」
「ふむ……」
「あとは、その超知性体は更なる超超知性体を生み出し、その超超知性体も次の、と際限なく知能を向上させ続けながらテクノロジーを発展させ続けた。彼らは惑星内に飽き足らず、資源とエネルギーを求めて星系に広がり、ついには光速の制限の中でも銀河レベルにまで広がることになった。自らと宇宙を改造しながら」
ヤンは話を遮った。
「確証はないんだろう?どうにも不思議だ。一つの惑星から出発した文明が光速の制限の中で銀河の広域に進出できるものなのか?」
「私は超知性体が様々なタイミングで多発的に発生したのだと思っているわ。多数の惑星から超知性体が出現し、光速の制限の中で広がって行き、ついには遭遇して融合した」
「彼らは何故今までこちらの領域には出てこなかったのだろう?」
「法則が違うから。特に量子のレベルで異なっているから、我々はともかく、彼らはその知能を我々の世界で維持できないのよ」
「つまり、破局は彼らによって意図的に引き起こされたものだと?」
それはヤンも薄々感じていた可能性だった。
レディ・Sは頷いた。
「私はそう思っている。彼らが我々の領域に進出して、乗っ取るために、ね」
宇宙の法則すら操れる敵。そこにいた者たちは敵の大きさに圧倒されていた。
「繰り返すが、今の話に確証はないんだろう?」
「ないわ。あるのは探査機が収集した断片的な情報と、歴史的必然性に関する考察だけ。
光速の制限の元にある文明及び知性体は、いずれ何も残さず自滅するか、そうでなければ技術的特異点を迎えて次代の知性体にその主役の座を譲ることになる。
これもあくまで仮説の域を出ないけど、あなたなら同意してくれるのでしょう?歴史家志望のヤン・ウェンリー?」
ヤンは少し考えてから口を開いた。
「歴史上でも人類が地球に留まっていた一時期にはその兆候が確かにあった。
宇宙ではなく電脳世界にフロンティアを求める動きと、情報工学の急速な発展が。
その中で技術的特異点という概念も出てきた。確かに計算機性能の制限がなければ、あなたの言うことが起きてもおかしくはないのかもしれない」
「実証ということなら、私は干渉したいくつかの歴史の中で人類を地球に閉じ込めてみた。存続した文明においては情報工学の発達が急速に進むことが多かった。勿論この世界ではその発展にも限度があったけど」
「相手が知性体ならばコミュニケーションが取れる可能性があるんじゃないか?」
ヤンは交渉が成立する可能性を再度考えていた。
レディ・Sの言葉はその望みを打ち砕いた。
「貴方は家に入り込んできた虫とコミュニケーションが取れるの?駆除する方が手っ取り早いでしょう?実のところ何度かコンタクトを試みたのだけど何の反応もなかったわよ」
「彼らにとって我々は虫か。しかし、その例えは正しいのかもしれないな」
「繰り返すけど、彼らの正体については憶測に過ぎない。しかし、彼らが文明として我々と隔絶した段階にあること、我々から世界を奪おうとしていることは確かでしょうね。彼らが我々の領域を侵略してやっていることは、彼らの世界でのそれと結局同じだったから」
沈黙が場を支配した。
それぞれが様々に考え込んでいた。
その様子にレディ・Sは失望のため息を漏らした。他の歴史においてレディ・Sの話を理解した者達が見せていた反応と変わりがなかったから。
「結局貴方たちを絶望させただけになるのかしら。それでも、話は最後まで続けさせてもらう。そのために私はここに在るのだから」