時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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本日もう一話投稿します


79話 永遠の夜のなかで その2 World to come

 

 

 

 

大空位時代の開始から七百年が経過し、新たに成立した星間連合国家が安定した統治を続けていた頃、それは突然に起こった。

 

人類の雄飛を約束していた三美神、重力制御技術、慣性制御技術、そして亜空間跳躍航法技術の三大技術が突如使えなくなったのである。

超光速通信も同様だった。

 

当然ながら人類社会は大混乱に陥った。何もかもを取り上げられたも同然だった。星間の流通が停止し、膨大な数の餓死者、病死者が出現し、各地で内乱が起こった。

 

時間が経過しても三大技術は復活しなかった。

 

銀河人口の7割を失う惨事を経て、それでも人類は各地で生き延び続けた。

高度な文明を維持し続けた地域もあった。

 

彼女自身が滞在していた地域もその一つだった。

 

原因は不明ながら、このまま人類が各地で生存を続けるならそれでもよいと彼女は考え始めていた。星間戦争のリスクは限りなく低くなり、人類の生残性はむしろ向上した可能性すらあった。

 

この「破局(カタストロフ)」によって実はタイムワープも不可能となっていたが、既に必要のない状況なのであれば構いはしなかった。

 

そう考え始めた彼女、そして何とか平穏を取り戻した人類を、さらなる悲劇が襲った。

 

破局からさらに数百年が経過した頃のことである。

最初は人類領域辺縁部からの悲鳴じみた通信だった。

 

「正体不明の敵に襲われている。敵の数は膨大で抵抗不可能である」

 

通信を受けた人々は当初、どこかの軍事国家の野心が光速の壁すら越えたのかと考えた。彼女も同様だった。

 

事実は異なっていた。

それは人類以外の正体不明の敵による侵略だった。

 

相応の軍事力を維持していた星系国家も存在したが、質量ともに到底敵し得なかった。

 

敵も光速の制限に囚われていたものの、人類の領域は刻一刻と狭まっていった。

 

彼女は再び絶望の淵に立たされた。

 

より深刻であったのが、タイムワープが出来ないことだった。

タイムワープ技術さえ使えれば、通常光速航行とタイムワープを組み合わせた擬似的なワープ航法を構築することも可能だったのだがそれも出来ないのである。

無論、歴史のやり直しも出来なくなっていた。

 

この状況に、彼女はついに正体を明らかにして、滞在している星系国家の顧問的立場に就いた。

自らの持つ別の歴史の科学技術知識を総動員して、人々と共に打開策を探ろうとした。

その試みの多くは徒労に終わったが、一つだけ最後の希望と言える方法が見つかった。

 

それは精神旅行だった。

彼女は別の歴史の中で、精神波を操るカペラ系第二惑星土着の異星生命「ストーン」についてサンプルを入手し、精神波の解析を行なっていた。

その結果、ごく微弱ながらも彼女自身、精神波の発生と検出が可能となっていた。

精神波の特性は驚くべきものだった。精神波は光速の制限を受けずに受発信が可能で、さらには時間遡行さえ時に引き起こすことを確認していた。

さらには、ワープ、タイムワープが不可能となったこの異常事態でも精神波のその特性は有効だったのだ。

 

彼女は、精神波を用いた時間遡行を計画した。

しかし問題が複数あった。

理屈は不明ながら時間遡行が可能な人は女性に限られ、その上で非常に稀だったのである。

アンドロイドである彼女自身が精神波によって時間遡行を行うことはできなかったのである。

また、時間遡行先を指定することは不可能だった。ごく近い過去であれば本人に時間遡行することもできたが、数十年以上前であれば遡行先を特定することはできなかった。

 

不幸中の幸いと言うべきか、適合者はその星系に存在した。

友人と呼ぶべき関係となっていた女性だった。

 

彼女はその女性と話し合った。

一つの案が出てきた。

 

化学的記憶移植措置によって、ヒルデガルド・シュニッツラーの知識と人格の一部を、その女性に移植し、その後に精神的な時間遡行を実施するのである。

「受信者側」を選ぶことはできなかったが、それは大きな問題とは考えられなかった。受信者として適合する人物は過去の歴史に複数存在するはずであり、その誰かに「彼女」は転送されることになる。

実のところ、そのすべてに転送は行われ、その中でも歴史を変えるべく動ける者だけが、「彼女」として活動を続けていくことになるのだ。

 

RNAによる化学的記憶移植措置は、別の歴史で確立された技術であった。

ヒルデガルドは電子頭脳であり、生身ではなかったが、その記憶と人格情報をRNAに変換して人に移植することは可能だった。

問題は、移植先の人間が移植された記憶と人格に耐えられず、精神的に壊れてしまうリスクが存在することだったが、彼女の友人は何度かの小規模な試験によってそれに耐えられることを証明した。

ヒルデガルドの膨大な絶望の記憶を移植されてなお人格を保っていられるかどうかは賭けであったが。

 

賭けは実行された。ヒルデガルドとその女性は賭けに勝った。

 

人類外の侵略者は、この時人類の及ばぬ技術と兵器を有していることが判明していた。

人々はそれのことを自らを上回る存在として「上帝(オーバーロード)」と呼んで畏怖するようになっていた。

上帝は、間近まで迫って来ていた。

 

ヒルデガルドとその女性の計画は、滅びる運命となった人々の、最後の希望とならなければならない。

 

彼女達は、計画を人々に公表し、その計画の名を、人造神創生計画「時の女神」と名付けた。

 

上帝を上回り、打ち倒すことが可能と思われる存在は、人類の持つ概念の中では最早、神しか存在しなかったから。

 

ヒルデガルドの記憶と人格の一部を受け継いだその女性は、上帝が星系に到達したその日に過去に跳んだ。人々の最後の希望を背負って。

 

「彼女」は成功した。

到達したのは西暦2100年代、とある女性の中だった。


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