時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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72話 もう地球人では…… その13 黄昏の月

アルマリックと巨大電子頭脳を隔てる金属の扉には時空震が集中した影響で歪みや亀裂が生じていた。

それでもそこに描かれた意匠を読み取ることはまだ十分にできた。

 

地球統一政府(グローバル・ガヴァメント)の略称「G・G」。

扉にはそれが、一つ目のGに対してもう一つのGが鏡文字で対称となるように描かれており、それはまるで猛牛の角を思わせた。

 

アルマリックは、年代物の荷電粒子ライフルで扉に、自身が入れるだけの穴を開けた。

 

内部に侵入した彼の目の前に現れたのは、霊廟のごとき空間と、金属とも有機物とも知れぬ素材でつくられた巨大な四角錐だった。

 

薄暗かったが、アルマリックの目は内部の様子を捉えることができた。

 

四角錐の周囲には天井から落下した構造材が散乱し、四角錐自体の表面にもひび割れや歪みが生じていた。

時空震によるダメージか、経時劣化か、それはまるで老人の皮膚のようだった。

 

暗闇から不意に太いケーブルが現れ、蛇のようにアルマリックに向かって襲いかかってきた。

 

アルマリックはそれを回避したが、さらに多数のケーブルが出現し、ついには手足にまとわりつかれてしまった。

アルマリックは荷電粒子ライフルを取り落とした。

 

そのまま強烈な力で手足を引っ張られ、アルマリックは動けない状態となった。

アンドロイドの体でなければたちどころに引き裂かれていただろう。

どこからともなく声が聞こえてきた。

 

「お前は何だ?その身体能力、耐久力、竜の眷属か?」

それは巨大電子頭脳からの声であった。

 

「竜?何を言っている?お前達は自ら作り出したものすら忘れたのか?……まあ末端が何をしていたかなどいちいち関知していないか」

アルマリックは、地球とシリウスの間の緊張状態の中、プロキシマ系において陰謀に巻き込まれ、地球側の組織によってアンドロイドにされた。自らがアンドロイドにされたことを、地球側のエージェントである888、サクマから命令違反を承知で知らされたアルマリックは、逃走を選択して長く隠遁生活を送ることになったのである。

 

巨大電子頭脳はアルマリックの回答を無視してさらに問いを重ねた。声が先ほどとは変わっていた。

「竜どもはどこにいる?あの憎きやつらはどこだ?」

 

 

「竜?竜と呼ばれる計り知れぬ力を持った宇宙生物なら人類領域のはるか彼方にいるが……」

 

「そやつらがまたしても我々を阻んだに違いない!」

またしても別人の声。人格が会話の度毎に変わっているかのようだった。

 

アルマリックは嘲るように、また、憐れむように笑い声をあげた。

 

「何を言っている?電子頭脳も劣化が始まって記憶が混濁したか?お前達を阻むのは、いつだってそんなものではない」

 

さらに別の声が聞こえた。

「もうよい。不毛な問答だった。お前は始末する。上で騒いでいるものどもも同じくだ」

 

「追い詰められているのはお前達だと思うけどな」

 

「我々の力が今まで見せたものに留まると思ったら大間違いだ」

 

「へえ?それならなおさら僕がお前達を破壊しなくてはいけないな」

 

「もうよい。死ね」

ケーブルの力がさらに増し、アルマリックの体から異音が生じ始めた。

 

アルマリックは身体から発せられる擬似的な痛覚を遮断した。九百年の間にアンドロイド体の扱いには習熟していた。

 

「皮肉だね。お前達に与えられたこの身体だからこそ、お前達を倒せる。一つは人並み外れたこの力」

 

アルマリックは右手の付け根の関節を外し、自らの膂力とケーブルの力でそのまま引きちぎった。

その上で付け根から溢れる合成血液に構わず、自由になった右腕をそのまま自らの腹部に突っ込んだ。

 

腹部には鶏卵状の物体が存在した。

「もう一つがこの核融合爆弾だ」

それは、地球統一政府がシリウス植民地議会議長の息子であるアルマリックの立場を利用しようと、その身体に仕込んだものだった。シリウスと戦端が開かれた際にアルマリックに仕込まれた核融合爆弾を爆発させればシリウス首脳部を壊滅させることができるはずだった。外部から遠隔で爆発させるには手術により爆弾表面の金属皮膜を剥がす必要がありその前にアルマリックは逃走し、その計画は頓挫したが。

 

ケーブルが、まるで意思を持っているかのように震えた。

「核融合爆弾だと?ここでそんなものを使えばどうなるかわかっているのか?」

 

「ここはシェルターの内部だろう?月都市への被害は小さいと思うけどね」

 

「お前は!?お前も死ぬんだぞ」

 

アルマリックは笑い声をあげた。

「僕は既に死んでるんだよ。それを生き返らされたんだ。お前達の配下の手によって。亡霊同士仲良く一緒に消えようじゃないか」

 

「やめろ」

「やめろ」

「やめろ」

「やめろ」

様々な声がやめろと叫んだ。

「竜どもでもないお前などに我らを害する資格などない!」

 

「資格?そんなことを言っているから足元を掬われるんだな。お前達を倒すのは、竜などではない!いつだって、人間だ!」

身体は機械となったが魂は人間である。それがアルマリックの矜持であり、かつて自らを救ってくれた888サクマの教えでもあった。

 

アルマリックは腹部に突っ込んでいた腕で核融合爆弾の位置を10センチ下にずらした。体内で爆弾の位置がずれることが核融合爆弾の作動条件の一つだった。

 

膨大なエネルギーの奔流が空間を焼き焦がした。

 

最後の瞬間に、アルマリックは思った。

僕は自分の意思で自分の人生を決めることができた。ユリアンにはああ言ったものの、それほど悪くない人生だったのかもしれません。どう思いますか?サクマさん……

 

 

 

九百年に及ぶ、人間アルマリック・シムスンの物語はここに終わった。

 

地球統一政府を牛耳っていた者達の亡霊とともに。

 


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