「僕が
ユリアンの自白を聞いたマルガレータは、一瞬頭が真っ白になった。そして怒りとも悲しみとも判然としない、ただただ巨大な感情が彼女を支配した。
激情のままにブラスターが抜かれ、ユリアンの顔に突きつけられた。
「ユリアン・フォン・ミンツ!そこまで堕ちたのか!」
彼と交わした約束。彼を止める。彼がどうしようもなくなった時は殺す。その約束を果たすべき時が来てしまった。
マルガレータはそう思った。
果たしたくなかったその約束を。
ユリアンは突きつけられたそれを気にした様子も見せず、マルガレータにただただ微笑を見せていた。
「落ち着いて。中佐」
落ち着けだと?
マルガレータの中で激情は明確な憎悪となった。ここまで来ても平然としているユリアンが憎かった。自分を見ているようでまったく見ていない彼が憎かった。妾を見ろ!ユリアン!何か言え!妾に感情をぶつけてみせよ!
渦巻く感情で思わず力が入りそうになったその手を、ブラスターごと押さえた者がいた。ライアル・アッシュビーだった。
「落ち着け、ヘルクスハイマー中佐。ユリアン君からは何か説明なり言い訳なりがあるはずだ。まずはそれからだ」
マルガレータは我に帰った。自分が暴走していたことに気づいた。
「失礼しました」
マルガレータは自席まで戻り、それきり黙り込んだ。
ユリアンはアッシュビーに一礼した。
「ありがとうございます。アッシュビー首席保安官」
アッシュビーは憮然として答えた。
「助けたつもりはない。早く話をしてくれ」
ユリアンは説明を始めた。
「まず繰り返しになりますが、生命卿というのは僕のことです。爵位持ちで生命水を売っているから
誰も何も言ってくれないので、ユリアンは説明を続けた。
「ですが、僕はワープ怪死事件の犯人ではありません」
「嘘だ!バーゼルは逃亡生活の果てに経済的に困窮していた。ユリアン・フォン・ミンツ!貴様はそこにつけ込んで、彼を利用して生命水なる毒薬をばら撒いたんだろう!?」
裏切られたと思ったマルガレータは、もうユリアンのことが信じられなかった。
ヤンが彼女を宥めた。
「落ち着いてくれ。中佐」
ユリアンはマルガレータを見ながら続けた。
「生命水は毒薬でも何でもありません」
マルガレータは息を整えて尋ねた。
「……それならあれは何なのですか?」
「ただの水だよ」
一瞬沈黙がその場に落ちた。
マルガレータは再び憤然として言った。
「はぁ!?わざわざ生命水と言っているのにただの水だなんて、おかしいでしょう?」
「まあ、正確にはビタミンD入りの水なんですけどね。新銀河連邦の整備されていない法律では水扱いになります」
「ビタミンD?」
「生命水を広めていたのは曇天の惑星や寒冷地の惑星、あるいは赤色矮星を回る惑星など、日光量、紫外線の少ないところばかりだったでしょう?実はこれも失われた知識の一つなのですが、紫外線が少ないとビタミンDが不足しやすいんですよ。生命水はそれを補充できるんです。水扱いの医薬品とも言えるので、あえて悪く言うなら脱法薬物になるのかもしれませんけど」
「あなたがそんな物を広める必要なんてないでしょう!」
ユリアンは肩を竦めた。
「回してもらえる予算が少なくてね。財団としては自力でお金を稼ぐ手段をつくらないといけなかったんだ。幸いヤン提督のせい……いや、おかげで水は大量にあったし……健康商品なら付加価値がついてよい商売になると思って」
「そんな馬鹿な……」
その時、会議の部屋をノックする音が聞こえた。マルガレータが部屋を出ると伝令役がイセカワ少佐からのメッセージを持って来ていた。
マルガレータはそれを確認して、ようやく冷静になった。
「イセカワ少佐から速報です。怪死体の血液を詳細に質量分析で確認したところ、未知の薬物と思われるピークを検出したとのことです。一方で、生命水の方は確かに添加物としてビタミンDが検出されました。何個かノイズなのか何なのかわからないピークもあったようですが、怪死体から検出されたものとは明確に異なるようです」
「つまり?」
ヤンがマルガレータに要約を促した。
「つまり、ミンツ総書記の仰る通り、生命水はビタミンD入りの水で、怪死事件とは関係がないようです」
ユリアンは事件と本当に無関係なのかもしれない。そのことに安堵しかけたマルガレータだったが、アッシュビーが水を差した。
「しかし、生命水が広まったところで怪死事件が起きていたのはどうしてだろうか?」
その謎が確かに残っていた。末端の流通はバーゼルも商人に任せていた。各惑星にまで出張って生命水以外の何かを仕掛けることなどできないだろう。
そう思案していたマルガレータにひらめきが訪れた。
「商人です!」
「え?」
「バーゼルから生命水を買い付けていた商人。彼とその仲間はワープ怪死事件の起きた惑星を渡り歩いています!彼らなら例えば各再開拓惑星の水源や食料プラントに毒物を撒くことも可能でしょう。ワープにだけ反応するような薬物を!」
アッシュビーはそれを聞いて思案した。
「たしかに……開拓惑星は水源やプラントの数も規模も限られているし、そのような工作がやりやすい。あるいは生命水にも後から毒薬を仕込むこともできなくはない。あり得るか」
ディッケル他数人の独立保安官と地方警備隊に、バーゼルと取引していた商人の捜索依頼が出された。
1時間で惑星上の警察隊より速報が来た。
「やられました。既にもぬけの殻でした」
各惑星の事務所は既に引き払われた後だった。一方で本社とされたフェザーンの住所は架空のものだった。
ただ、一部の事務所には大量の「生命水」の瓶の他に謎の薬品が放置されており、怪死事件との何らかの関連が疑われた。
「分析にかけて見ないとわかりませんが、その薬品が怪死体から検出されたものと関係していれば確定ですね」
アッシュビーは話をまとめようとした。
「ひとまずはミンツ総書記の嫌疑は晴れたようだな」
このタイミングでオーベルシュタインが指摘した。
「ミンツ総書記がクリストフ・フォン・バーゼルと接触していた件はどうなるのです?」
アッシュビーは視線をユリアンに向けた。
「どうなんだ?」
ユリアンは平然としたものだった。
「生命水の卸先、たしかにジン・ジーベルという名前の方だった気もしてきたのですが、その人がまさかクリストフ・フォン・バーゼルだったなんて知りませんでした。騙されました」
アッシュビーは視線をオーベルシュタインに戻した。
「だそうだ。ミンツ総書記がクリストフ・フォン・バーゼルのことを把握していた証拠もなし。まあなんともできんだろう。……と、いうわけでこの話はおしまいだ。ヘルクスハイマー中佐、後の捜査の指示は任せる。ディッケル、イセカワの二人、現地の警察隊と協力して進めてくれ。ただ念のため、今日のところはまだこの本部にいてくれ」
「承知しました!」
ヘルクスハイマー少佐は、心なしか明るくなった表情で部屋を出て行った。
ユリアンも立ち上がった。
「さて、疑いも晴れたようですし。僕も帰らせて頂きます」
「待つんだ。ミンツ総書記」
先ほどまでと変わって、ヤンは厳しい表情を見せていた。
「ここからが本題だ」