時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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66話 もう地球人では…… その7 小惑星要塞を粉砕せよ

3月6日になって、マルガレータは子供と共に、月都市の収容施設から通信室まで連行された。

 

他にもアイランズ、シュトライト、アンスバッハ、シェッツラー子爵、アマーリエ、クリスティーネ、エリザベート、サビーネ、カーテローゼ等が連れて来られていた。

 

地球財団、自治区の要人に、ユリアンの関係者、人質としての価値がある者達が集められたことになる。

 

皆、手だけでなく部屋に着いた時点で足にも枷を付けられ、動きを制限されていた。

マルガレータは子供と引き離されていた。

 

トリューニヒトが笑顔で挨拶をした。

「やあ、皆さん、集まって頂きありがとう。ヤン君やユリアン君が太陽系に到着するとしたら今日あたりだからね。皆さんと一緒に銀河の命運を見届けようと思ったのさ」

 

レディ・Sが付け足した。

「あなた達の人質としての価値もこれからの展開次第ね。果たして明日を迎えられるかどうか」

 

アマーリエ、クリスティーネなど一部の者達は露骨に怯えを見せた。

マルガレータは、殊更大きな声で呟いた。

「今のところ殺される心配は無さそうだ。すぐにでも人質として使われるのかと思っていたんだが安心した」

 

レディ・Sはそれを肯定した。

「そうね。今のところは」

 

それによって、皆の動揺はひとまず収まった。

 

レディ・Sはマルガレータに問いを発した。

「何故人質としてあなた達を活用しないか、わかる?」

 

「さあ?つまらない見栄か?」

 

「必要ないからよ。通常の備えだけで十分対処できる。それだけよ。まあ、人質で脅す真似をしないことを見栄と言うなら否定はしないけど」

 

「その備えというやつは解説してもらえるのかな?」

 

「ええ、あなた達に教えても別に害はないからね」

 

その時、地球統一政府の手下となった月の民の一人が、トリューニヒトとレディ・Sに合図を送った。

 

トリューニヒトがマルガレータに告げた。

「おしゃべりの途中申し訳ないが、彼らがやって来たようだ。続きは見物しながらということにしようか」

 

 

銀河保安機構軍のものと思われる約二千隻が出現し、天頂方向から地球に向けて接近しようとしていた。

 

トリューニヒトがレディ・Sに確認した。

「それで、『三提督の城(ドライ・アドミラルスブルク)』は作動しているのかな?」

 

「ええ、順調に」

 

マルガレータはその単語を聞き咎めた。

「三提督の城?」

 

「教えてあげるという話だったわね。『三提督の城』というのは地球統一政府が絶対防衛圏死守のために構築した小惑星要塞システム、その完成形のことよ。小型小惑星に偽装された要塞群が必要な場所に移動、あるいはワープして防衛を行うの」

 

レディ・Sの説明は、概ねユリアンが予想したものと同一だった。

 

「通常なら二千隻の艦隊程度、相手にならないわ」

 

「どうして『三提督の城』という名前なんだ?」

 

「簡単な話。かつて地球統一政府宇宙軍が誇った三提督、コリンズ、シャトルフ、ヴィネッティ。彼らが要塞を操っているからよ」

 

「そんな馬鹿な……」

マルガレータはそう呟きつつも、あり得ることだと思い直していた。地球統一政府首脳部が巨大電子頭脳に姿を変えて生き延びていたのだから……

 

しかしレディ・Sの説明は続いていた。

「正確には彼らの劣化コピーだけどね」

 

「地球統一政府は、まともな艦隊戦を行える実力を持った軍人の不足を感じていた。だから当時の彼らは禁忌に手を出した。有能な提督、つまり三提督を複製して増やすことを試みたの。

当初の計画では生きている間に三提督の人格を電子頭脳に移すことだったのだけど、実際にはそれを実行に移す前に三提督はチャオ・ユイルンの罠にかかって全員死亡してしまった。

その結果、彼らの脳は損傷が激しく、直接電子頭脳に人格を移植することができなかった。

できたのは彼らの脳からRNAを回収して、適当な被験者に非合法の化学的記憶移植措置を施すことのみ。それによって生み出されたのは三提督の記憶を持った出来損ないの山だけど、その中でも比較的出来の良い者を選び、電子頭脳化して複製できるようにするという試みが行われた。

何人かは実戦投入されたけど、ジョリオ・フランクールの前では全く相手にはならなかった。

それでもそこそこの経験と能力を持った複製アンドロイドが出来てしまったから、地球統一政府は有効活用を考えた。

それが、各小惑星要塞の指揮よ。

……というわけで、三提督の劣化コピーがそれぞれの要塞を指揮しているから『三提督の城』なのよ」

 

マルガレータは義憤にかられた。

「人間を何だと思っているんだ!?」

 

レディ・Sは妙に醒めた目でマルガレータを見つめた。

「綺麗事を。そういったことが必要になる場合もある。あなたも追い詰められればきっとわかるわ」

 

マルガレータが戸惑っているうちに、レディ・Sは話を切り上げにかかった。

「ひとまず話は終わり。小惑星の機動要塞化程度のことはユリアンやエルウィン・ヨーゼフあたりが気づいているはずだから、何かしら対策は打っているはずよ。それをまずは見物しましょう」

 

 

 

銀河保安機構軍を中心とした約二千隻が太陽から5天文単位程度の距離にまで差し掛かった時、進路に複数の物体が出現した。

 

ついに小惑星要塞群がワープアウトして来たのである。

通常、太陽ほどの質量から5天文単位ほどの至近でワープを行うことは事故の危険性が高く通常であればやらないことだった。

 

しかし、かつてのシリウス戦役時の地球統一政府は多少の危険など気にできないほど切迫していたし、現在の地球統一政府は多少の損失など意に介していなかった。

 

銀河保安機構艦隊は前進を止め、小型要塞群と対峙した。

 

小型要塞群は前進を始めた。また、小型要塞のワープアウトは続いており、時間と共に彼我の戦力格差が広がることは確実だった。

 

しかし、戦場に亜光速で接近するものがあった。

 

氷塊群だった。

ヤンは神聖銀河帝国との戦いの時と同様、ラムジェットエンジンによる氷塊攻撃を今回も実施したのだった。

 

アッテンボロー提督とフィッシャー提督が木星系から氷塊を調達し、ラムジェットエンジンを装着して放っていた。

ラムジェットエンジン自体は、地球財団が反乱を起こした場合の備えとして、秘密裏にシリウス星系に蓄えられていたものだった。あくまで万一のためのものではあったが。

 

艦隊は、氷塊の軌道を調節するための観測基地の役割を果たした。

 

氷塊を探知した要塞群からは迎撃のためにレーザーが射出されたが効果は薄く、氷塊の多くは要塞群に衝突し、それを宇宙の藻屑と変えた。

 

「見たか!これが『氷の滝』だ!」

 

艦隊を指揮していたのはウィレム・ホーランド提督だった。

 

ホーランドはエピメテウスIIの艦橋で気を吐いていた。

「小惑星要塞など、俺の作戦で粉砕してくれる」

 

ヤンの作戦ではないのかとツッコミを入れられる人材はその場にはいなかった。

 

ホーランドは、そのまま、少しずつ断続的に現れ続ける要塞を粉砕し続けた。

 

しかし要塞の出現が終わる様子はなかった。

「戦力の逐次投入もいいところじゃないか。奴らは何を考えているんだ?」

 

ホーランドも徐々に不安になって来ていた。

 

月都市の通信室でレディ・Sは薄く笑った。

「小惑星要塞への対策は考えてきたようね。だけど、我々の備えがそれだけだと思っているなら、彼らはここで終わりかもしれないわね」

 

戦いはいまだ序盤だった。




あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

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