時の女神が見た夢・ゼロ   作:染色体

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63話 もう地球人では…… その4 給料は出なくとも

レディ・Sが通信室を出ると、トリューニヒトがマルガレータ達と共に待っていた。

 

トリューニヒトはレディ・Sに声をかけた。

「悪役、お疲れ様」

 

「私は地球統一政府のエージェント。仕事を果たしたまでよ。ヨブこそ大変だったわね」

 

「いやいや、君の助けになるなら本望だよ」

 

「随分と仲睦まじいんですね」

口を挟んだのはマルガレータだった。

 

レディ・Sは笑顔を見せた。仲睦まじいと言われたのが本当に嬉しいかのように。

「羨ましい?ユリアンが降伏してくれていたらよかったのにね。もう会えないかもしれないわよ」

 

「ユリアンとヤン長官なら、どうにかしてしまうでしょう」

 

「ふうん。でもその前にあなたが先に殺されることは考えないの?」

 

「あなたに私達は殺せない」

 

「……なんで、そう言い切れるの?」

 

「あなたがユリアンに似ているから」

 

レディ・Sは不快げに眉をひそめた。

「それ、理由になっているの?」

 

「容姿のことではないわ。心根のことよ。短い付き合いだけど、あなたは私の子供のことを気にかけてくれた。四百億人を殺すという話も、きっと望んでのことではないのでしょう?」

 

レディ・Sは一瞬答えに詰まった。

「……望む望まないじゃなくて、私は必要だから殺そうとしているのよ。私にはそれができてしまうのよ」

 

「それなら、必要になるまでは私は殺されないのね。安心したわ」

 

「む……」

 

トリューニヒトが仲裁に入った。

「まあまあ、今は仲良く様子を見ようじゃないか。彼らが本当にどうにかできるものならだがね」

 

 

その頃シリウス星域では、保安機構、各国軍共に事態の収拾に奔走していた。

 

残された戦闘可能艦艇はそれぞれ、下記の通りだった。

銀河保安機構千隻

自由惑星同盟(ホーランド)二百隻

独立諸侯連合(プレスブルク)八百隻

オリオン連邦帝国(ビッテンフェルト)二千隻

 

オリオン連邦帝国に比較的無事な艦艇が多かったのは電子化が遅れていたためである。

動かせる艦艇が減ったこともさることながら、より大きな問題は残された艦艇すらどこまで信じられるかわからないという点だった。

仮に地球統一政府を追い詰めたとしても、いざという時に艦艇が動かなくなってしまえば、形勢は一挙に逆転してしまう。そのようなトラップが仕掛けられていないとは誰にも言えなかった。

 

これ以上の被害を出さないために、外部との通信は妨害電波によって遮断されることになった。

また、敵の時空震連続発生装置搭載艦による昏睡被害を防止するために、パッシブシールド構築、保安機構が所有する時空震連続発生装置による逆位相発生による時空震無効化の対応が技術局預かりのメッゲンドルファーを中心に急遽進められた。

 

人員にも損失が発生していた。

多数の人員が、各艦の設備の暴走に巻き込まれた。艦が吹き飛んだ場合には当然ながら人員がまるごと失われてしまった。

将官にも被害が出ていた。艦橋の防御設備の暴走により、独立諸侯連合軍司令官のプレスブルク中将が負傷した。

また、ミュラー司令長官自身は無事だったが、その高級幕僚数名が負傷していた。

 

義眼が爆発したオーベルシュタインは血塗れとなり、ヒューベリオンの艦橋に倒れた。そのダメージは脳にも達していただろう。

担架に乗せられながらも、オーベルシュタインはヤンに声をかけた。

「ユリアン・フォン・ミンツを補佐として用いて下さい」

 

一番驚いたのはユリアンだったかもしれない。

「オーベルシュタイン中将、僕は銀河を危機に陥れた人間ですよ!」

 

「そうも言っていられぬ状況です。小官は事態打開のために使えるものは使うべきだと主張しているのです。卿の用兵家としての手腕を」

そこまで言うと、オーベルシュタインは気を失った。

 

オーベルシュタインの発言には二つの効果があった。

仮にヤンが直接ユリアンを補佐として望んだとしたら、私情を優先しているとして軍内に反発が生まれていた可能性もあった。ユリアンに対する最強硬派と目されていたオーベルシュタインの発言だからこそ、受け入れられやすかった。

もう一つはユリアンの退路を断つ効果である。ユリアンは地球統一政府への降伏を拒んだが、トリューニヒトへの情から銀河保安機構に積極的に協力しない可能性もあった。しかし、明確な役割を与えてしまえば、ユリアンは性格からその役割を果たしてしまうとオーベルシュタインは考えていた。

 

「使えるものは使う、か……」

アルマリック・シムスンはオーベルシュタインの発言を聞き、何やら考え込んでいた。

 

ヤンはユリアンに要請した。

「オーベルシュタイン中将はあの状態だ。私としても君に補佐についてもらえるならありがたい。受けてくれないか」

 

ユリアン自身に断る選択肢はなかった。

「……わかりました。皆さんが認めてくださるなら」

 

オーベルシュタインの発言があった上で、さらに異論を唱えるものはいなかった。ユリアンの人間性に疑いを持つ者は依然としていたが、能力を疑う者はいなかった。そしてこの危急の時に人間性を問う余裕がないことを皆認識していた。

 

艦橋のどこかで、会話がかわされていた。

「ヤン司令官に、ユリアン参謀長、銀河最強の組み合わせじゃないか」

「でも、率いられる艦隊の方は貧弱極まりないじゃないか。これで勝てるのか?」

「いや、奇跡の(ヴンダー)ヤンと驚異の(ワンダー)ユリアンならきっとやってくれる」

「ペテン師コンビの間違いだろう」

「おい、聞こえるぞ」

 

 

別のところでは別の人物が呟きを発していた。

「人類を、守るために、ヤン・ウェンリーと、ユリアン・ミンツが、太陽系で、地球統一政府と、戦う」

ポプランは奇妙に音節を区切った。

「いくつかの文章を文節ごとに分解して違う文節と組み合わせる遊び、あれを思い出すな。生きていると退屈しなくて済むぜ。陰気な顔をしているけど、あんたはそう思わないか?」

 

問われたアルマリック・シムスンは何かを決意した様子だった。

「確かに退屈はしませんね。ここに来てやり残したことに気付かされるのだから」

 

 

ヤンは少し考えた後に、もう一人別の人物にも声をかけた。

「エルウィン・ヨーゼフ陛下」

 

ヤンとユリアンの握手を微笑ましく見守っていたエルウィン・ヨーゼフは少し驚いた。

「何か用か?」

 

「使えるものは使うという点では、あなたの用兵能力も遊ばせるのは惜しい。協力してもらえませんか?」

 

「それは構わんが、いいのか?あなたにしろ、兵達にしろ、余のことを信用できるのか?」

 

エルウィン・ヨーゼフは艦橋を見渡したが、多少怯えの篭った表情が見受けられた一方で、少なくとも反対の意見は出なかった。

 

「状況が状況ですし、あなたはユリアン救出作戦にも協力していますからね。私としては、ユリアンが私に協力する限りはあなたも協力してくれると考えていますよ」

 

エルウィン・ヨーゼフは帝王然とした笑顔を見せた。

「その認識は正しい。ならばよろしく頼む」

 

ヤンとエルウィン・ヨーゼフは握手を交わした。

威厳の差から、周りからは、皇帝が巡幸先でしがない青年と握手しているようにも見えた。

 

エルウィン・ヨーゼフはヤンに改めて尋ねた。

「それで、不敗のヤン提督殿は、勝つ算段を既に立てているのかな?」

 

ヤンは頭をかいた。

「問題はそこなんですけどね……」

 

 

ここで急にオペレーターが警告を発した。

「接近する艦艇あり!非戦闘艇のようです。こちらに通信を求めています」

 

艦橋で警戒の声が上がった。

「怪しすぎる!」

「敵だろう?例の音波を聞かされるんじゃないのか!?」

 

ヤンは落ち着いていた。

「それなら時空震発生装置を使うだろう。多分あの艦は違うよ。妨害電波一部解除。念のため、通信を時限で切れるようにしつつ、繋いでくれ」

 

通信に出たのは意外な人物、トリューニヒトの「元」秘書官、リリー・シンプソンだった。




体調不良でした……

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